2014年度受賞者詳細

2014年度コンピュータサイエンス領域奨励賞受賞者詳細

コンピュータサイエンス領域奨励賞は,コンピュータサイエンス領域に所属する研究会および研究会主催シンポジウムにおける研究発表のうちから特に優秀な研究発表を行った若手会員に贈呈されます.本賞の選考は,CS領域奨励賞表彰規程,CS領域奨励賞受賞者選定手続およびCS領域奨励賞受賞者推薦内規に基づき,領域委員会が選定委員会となって行います.本年度は9研究会の主査から推薦された計14編の優れた論文に対し,慎重な審議を行い,決定しました.本年度の受賞者は下記14君で,各研究発表会およびシンポジウムの席上で表彰状,賞金が授与されます.

●アウトオブオーダ型クエリ実行に基づくプラグイン型データベースエンジン加速機構
 [WebDBフォーラム2013(2013/11/27)](データベースシステム研究会)

早水 悠登  君 (正会員)

発表時所属:東京大学 大学院情報理工学系研究科
受賞時所属:東京大学 生産技術研究所
[推薦理由]
アウトオブオーダ型クエリ実行とは,動的タスク分解と非同期入出力発行に基づくクエリ実行方式であり,従来の実行方式と比べて大規模データに対する選択的クエリ実行において高い性能を発揮することが知られている.本論文では,既存データベースエンジンの挙動を変えることなく処理速度を向上させるために,アウトオブオーダ型クエリ実行機能をプラグイン型加速機構として組み込む手法を提案する.当該機構は既存エンジンのクエリ実行と並行して,協調的にアウトオブオーダ型実行を行なう.これによりバッファプールを介して先行的にデータベースページを供給し,既存エンジンの入出力待ち時間を縮減し,高速化を達成している.大規模データ管理技術に関する重要な研究成果であり,コンピュータサイエンス領域奨励賞にふさわしい論文として推薦する.
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●リポジトリマイニングに対するHadoopの導入に向けた性能評価
  [ソフトウェアエンジニアリングシンポジウム(SES2013)(2013/9/9)] (ソフトウェア工学研究会)

大坂 陽  君 (学生会員)

発表時所属:九州大学大学院 システム情報科学府  修士1年
受賞時所属:九州大学大学院 システム情報科学府 修士2年
[推薦理由]
本論文は,リポジトリマイニングに対する Hadoop の効果を研究している.リポジトリマイニングのプロセスを識別し,Hadoopの性能評価に関する詳細な実験データで有用性を評価している. Hadoop をリポジトリマイニングにおけるプロセスメトリクス計算に応用し,将来の開発リポジトリ,履歴の大規模化に対抗しうる基盤となる評価を行っている.効果的な適用シナリオを示しており,今後リポジトリマイニングにおいて Hadoop を利用する上での有用な知見が示されている.実践的なトピックであり,大規模なソフトウェアに対する適用として現状からの適用範囲の拡大,効果も期待できる.よって,CS領域奨励賞受賞候補として推薦する.
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●トピックを識別したバグ予測モデルの構築
  [ソフトウェアエンジニアリングシンポジウム(SES2013)(2013/9/9)] (ソフトウェア工学研究会)

畑 秀明 君 (正会員)

発表時所属:奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科
受賞時所属:奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 ソフトウェア工学研究室
[推薦理由]
従来の研究における課題としてバグを一律に扱うことがある.それに対して,従来のバグ予測を拡張し,バグをトピック別に予測するモデルを構築している.作成したモデルを,他分野で実績のある手法によって解決しようとしている.評価実験を行い,この手法で一定の改善がみられることを示している.提案手法ではモデル作成手順がよく練られており,着眼点もよく,手堅いアプローチである.バグ予測に識別トピックを用いるアイデアは直感的ではあるが,画一的な予測に比べ,バグ予測の有用な一手法として今後の研究が期待できる.特に,実用性への期待もできることからも,CS領域奨励賞受賞候補として推薦する.
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●SIMD命令セットを用いた浮動小数点演算における精度低下検出
 [2013-ARC-205(2013/4/26)] (計算機アーキテクチャ研究会)

安仁屋 宗石 君 (学生会員)

発表時所属:広島市立大学 情報科学研究科 情報科学専攻 情報工学系1学年
受賞時所属:広島市立大学 情報科学研究科 情報科学専攻 情報工学系2学年
[推薦理由]
本研究は,浮動小数点演算において精度低下の要因となる桁落ち,情報落ちの検出処理を,SIMD命令セットを用いて高速化する手法を提案している.精度低下検出を高速化するために,複数の指数部をSIMDレジスタに格納することで,一度で複数の精度低下検出を可能とし,精度低下検出コードをLLVMによって,コンパイル時に自動で組み込むことで,ソースコードを書き換えずに精度低下検出を実現した.実際にSPECfp2006に含まれるワークロードを用いて評価を行った結果,従来手法と比較して,24倍の高速化を達成した.浮動小数点演算において演算結果の信頼性を確保するには,精度低下の検出は重要であり,この処理を高速化した有用性は高い.以上により,コンピュータサイエンス領域奨励賞に推薦する.
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●KVMを用いた仮想化環境における省電力制御の研究
  [2013-OS-126(2013/7/31)] (システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会)

DOUANGCHAK SITHIXAY 君 (正会員)

発表時所属:東京農工大学 大学院工学研究院 博士前期課程 情報工学専攻
受賞時所属:Phongsavanh group
[推薦理由]
仮想化環境における省電力化の達成は重要な研究テーマであり,さまざまな研究が活発に行われている.仮想化環境では,複数の仮想マシンが単一の物理マシンの上で稼働するため,アプリケーションやゲスト・オペレーティングシステムが個別に省電力化を行っても大きな効果を得ることは難しい.本発表では,仮想マシンモニタにおいて,仮想マシンごとに性能・消費電力予測モデルを構築することによって,ゲスト・オペレーティングシステムやアプリケーションに対して透過的に省電力化を実現できる手法を提案している.ベンチマークによる評価では,30% から 40% に近い消費エネルギーの削減が確認されている.コンピュータサイエンス領域賞にふさわしいすぐれた研究である.
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●チップ間およびチップ内ばらつきを評価可能な再構成可能遅延モニタ回路
 [DAシンポジウム2013(2013/8/22)] (システムとLSIの設計技術研究会) 

Islam A.K.M. Mahfuzul 君 (正会員)

発表時所属:京都大学大学院 情報学研究科 博士課程3年
受賞時所属:独立行政法人 日本学術振興会(京都大学大学院情報学研究科 (受入機関))
[推薦理由]
本論文はチップ間及びチップ内ばらつきをオンチップでモニタする回路を提案している.提案したモニタ回路はリング発振回路であり,構成するインバータは構成可変である.特定インバータ段の遅延がリング回路の周波数に支配的となるような構造を用いると,チップ内トランジスタ間のばらつきをモニタできる.また,すべてのインバータ段をpMOSFETあるいはnMOSFETに敏感な構造にすることにより,チップ間ばらつきをモニタできる.本論文は今後のチップ設計に大きな指針を与えるもので価値の高い論文である.本論文をCS領域奨励賞に推薦する.
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●LSIセキュリティ対策のための集積回路の表面磁界分布からの動作状態推定
 [DAシンポジウム2013(2013/8/22)] (システムとLSIの設計技術研究会)

中村 陽二 君 (正会員)

発表時所属:東京大学 工学系研究科 電気系工学専攻 修士2年
受賞時所属:McKinsey & Company
[推薦理由]
チップ製造の外部委託が進んでいる現在,回路に対し悪意のある変更がチップ製造段階で行われる危険性が増している.しかしながら,非破壊で安全性を判定し,さらに誤動作部位を特定することは困難である.そこで,悪意のある回路の変更を発見するため,高精細磁界プローブを用いたシステムが提案・開発されている.本論文では,このシステムにより得られた磁界データを用いて,提案する回路動作状態推定手法を提案し,実証した.また,観測対象から磁界測定点の距離と推定制度との関係を示した.本論文はチップのセキュリティを確保するうえで大きな指針を与えるものであり,価値の高い論文である.本論文をCS領域奨励賞に推薦する.
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●ワークスチーリング戦略のカスタマイズによるAMR法の高速化
 [2013-HPC-140(2013/8/1)] (ハイパフォーマンスコンピューティング研究会)

中島 潤 君 (正会員)

発表時所属:東京大学 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 博士課程3年
受賞時所属:東京大学 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 田浦研究室 博士課程4年
[推薦理由]
本研究では連続体シミュレーションの手法として注目されている適合細分化格子法(AMR)について,並列実行のためにLazy task creation(LTC)方式を適用している.LTCの問題点の一つであるタスク粒度制御の困難さに対して,ワークスチーリング戦略のカスタマイズにより対応し,共有メモリ並列マシン上で良好な性能を得ている.今後の研究の展開も興味深く,CS領域奨励賞に推薦するものである.
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●部分一致を含む文字列に対する探索のAVXによる高スループット化
  [2014-HPC-143(2014/3/3)] (ハイパフォーマンスコンピューティング研究会)

楠堂 航 君 (正会員)

発表時所属:大阪大学 大学院 情報科学研究科 コンピュータサイエンス専攻 博士課程前期二回生
受賞時所属:富士通株式会社
[推薦理由]
本論文では,様々な応用上重要な文字列探索の高速化に取り組んでいる.提案手法はビット並列アルゴリズムをベースとし、最新のCPUで利用可能なAVX2命令を効果的に活用することにより,高性能な探索を実現している.また,下位桁へのダミービットのパディングに基づいたデータ構造を提案し,長さの異なるパターンの探索を効率化している.提案手法は部分一致を多く含むゲノムデータに対して,既存アルゴリズムであるPFACと比べて1.4倍の性能改善を実現している.必ずしも実験に用いた全てのデータセットで既存アルゴリズムを上回る性能を得ているわけではないが,文字列探索アルゴリズムとして有用な手法を提示しており,また実応用への展開も期待されるため,本論文をCS領域賞として推薦する.
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●CUDAによるランダムスパース方程式求解の命令レベル並列性を用いた高速化手法
  [PRO-2013-2(2013/8/2)] (プログラミング研究会)

富永 浩文 君 (学生会員)

発表時所属:千葉工業大学 情報科学研究科 情報科学専攻 博士後期課程3年
受賞時所属:千葉工業大学 情報科学研究科 情報科学専攻 博士後期課程
[推薦理由]
本論文は,拡張ベクトルLU分解法に対して静的な命令レベル並列性解析に基づいたベクトル化を施すことで,分岐によるロスを防ぐことに成功し,従来手法比1.6倍の高速化を実現した.本論文で採用されている高速化手法の基本的な考え方は,既存手法を大きく発展させたものではないが,これを拡張ベクトルLU分解法に適用し,性能改善が確かに得られることを確認したことは,GPU性能最適化手法の適用事例として興味深い内容である.本論文はGPU命令レベル並列性解析手法の適用成功例を増やしたという点で価値の高い論文と認め,CS領域奨励賞に推薦する.
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●スタック長の特徴付けによる言語の非DCFL性証明
  [PRO-2013-5(2014/3/17) ] (プログラミング研究会)

上里 友弥 君 (学生会員)

発表時所属:筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻 博士前期課程1年
受賞時所属:筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻 博士前期課程2年
[推薦理由]
本研究は,決定性プッシュダウンオートマトン (DPDA) で受理される言語のクラスである決定性文脈自由言語 (DCFL) に対し,その表現力を論じたものであり,斬新かつ簡潔な特徴付けを試みている.このような特徴付けは「与えられた言語が DCFL では表現できない」という性質を判定するうえで重要であるが,従来の判定法は,煩雑であったり限定的であったりしたため,応用が難しかった.本研究では,DPDA の実行におけるスタック長を観察することで,より簡潔に判定できることを示している.このような正確さを要求する研究は,短時間で多くの聴衆に理解させることが非常に難しいものであるが,発表者は,提案手法の精度を落とすことなく明解に説明していたため,CS領域奨励賞の受賞に値するものといえる.
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●A Linear Edge Kernel for Two-Layer Crossing Minimization
 [2013-AL-144(2013/5/17)] (アルゴリズム研究会)

小林 靖明 君 (正会員)

発表時所属:明治大学大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 博士後期課程 3年
受賞時所属:学習院大学 計算機センター
[推薦理由]
2部グラフの階層描画における交差数最小化問題はグラフ描画の分野で古くから研究されている問題である.本研究では,2部グラフとパラメータkが与えられたときに,交差数k以下の階層描画が存在するかを判定する問題(Two-Layer Crossing Minimization)に対して高速な固定パラメータアルゴリズムを与えた.この問題はDujmovicら[Algorithmica 52(2) 267-292 (2008)]の扱った問題の特殊な場合であるが,彼らの与えた固定パラメータアルゴリズムを大幅に高速化している.本研究の固定パラメータアルゴリズムはTwo-Layer Crossing Minimizationに対する線形サイズのカーネルを与えることで達成しており,本問題に対する研究をパラメータ化計算量理論の観点から大幅に発展させた.パラメータ化計算量理論は近年活発な研究分野であり,CS領域奨励賞を受賞する資格のある,優れた研究成果である.よってここに推薦する次第である.
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●関数ルーターモデルによるハイパーキューブ上ランダムウォークの脱乱択化
 [2013-AL-144(2013/5/18)] (アルゴリズム研究会)

白髪 丈晴 君 (正会員)

発表時所属:九州大学大学院 システム情報科学府 情報学専攻 修士2年
受賞時所属:九州大学大学院 システム情報科学府 情報学専攻 博士1年
[推薦理由]
本研究はランダムウォークの脱乱択化に関して,対象を0-1超立方体上の単純ランダムウォークに絞り,精緻な解析を与えている.ランダムウォークという確率過程を決定性過程で模倣しようというアイデア自体が興味深いのみならず,d次元超立方体上のランダムウォークを1次元空間に射影し,Krawtchouk多項式を用いて解析した結果を元のd次元超立方体に戻す解析技法には,豊富な数学技法が組み合わされ優美である.乱択計算と決定性計算の性能差の解明に挑む本研究には,アルゴリズム理論の進展への期待も高く,CS領域奨励賞に相応しい論文として推薦する.
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●モデルベース設計により自動生成されたエンジン制御Cコードのマルチコア用自動並列化
 [組込みシステムシンポジウム(ESS2013)(2013/10/18)] (組込みシステム研究会)

梅田 弾 君 (学生会員)

発表時所属:早稲田大学 基幹理工学研究科 情報理工学専攻 博士後期課程1年
受賞時所属:早稲田大学 基幹理工学研究科
[推薦理由]
本発表は、モデルベース設計により自動生成されたエンジン制御Cコードのマルチコア用自動並列化法を提案している.自動車制御系は年々高度化しており,これに伴う高い要求性能は,制御プロセッサのマルチコアへの移行を促すと予想されている.自動車制御系においてはモデルベース設計が普及してきたが,依然としてマルチコアの性能を有効化するプログラムの並列化は困難であった.そこで,モデルベース設計より自動生成されたエンジン制御Cコードを用いてマルチコア上で動作するための並列化手法を提案する. 本提案は実用的なアプリケーションにおけるマルチコア利用の可能性を示すなど,その研究成果は今後も多いに期待できるものである.以上の理由からCS領域奨励賞にふさわしいと考えられる.
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