2017年12月04日版:柴山 悦哉(論文誌担当理事)

  • 2017年12月04日版

    「バージョンアップ」

    柴山 悦哉(論文誌担当理事)

     とある事情で、小学校の次期学習指導要領を眺める機会がありました。「情報」という単語の出現回数を調べると、旧版の8回、現行版の21回に対し、次期版は90回でした。H10の旧版からH29の次期版まで、約20年で10倍以上の増加は、予想を上回るものです。質的変化も見てみましょう。現行版の第1章「総則」に現れる「情報」は、「情報手段」、「情報通信ネットワーク」、「情報モラル」という形のみです。注意して使うべきだが、道具にすぎないのでしょう。一方、次期版では「情報を精査して考えを形成」、「資料を活用した情報の収集」などの言い回しが出てきます。さらに、「情報活用能力」を「言語能力」や「問題発見・解決能力」と同列に並べ、学習の基盤となる資質・能力としています。こういうバージョンアップは歓迎です。

     ところで、「情報」の頻出化に貢献している教科が何かご存知ですか? 実は、社会と国語が1, 2位です。それぞれ、旧版の1回と2回が、現行版で7回と3回、次期版では21回と20回に増えています。一方、算数は一貫して0回、理科は旧版と現行版が2回で、次期版が3回です。ただし、次期版で、算数には「データ」が頻出し、算数と理科には「プログラミング」が申し訳程度ですが出てきます。この4教科の中で一番遠いのは理科なのかもしれません。

     さて、以下が本論で、学会経営に関する私見を述べます。学会経営が目指すのはコミュニティの価値の向上であり、金銭的利益ではありません。財務諸表に載らない人の流れや情報・データの流れを押さえることが肝要と考えます。冒頭で小学校に触れたのは、人の流れの最上流に近いからです。上流から下流まで全体を俯瞰した戦略が必要ではないかと思うのです。情報処理学会では、ジュニア会員の制度により、意識の高い少数の小学生にはリーチするようになりました。また、中教審の「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」に対するパブコメも昨年出しています。「最上流からも攻めろ!」は理想論に過ぎるかもしれませんが、プログラミング教育への関与の機会は今後増えるでしょうし、それを必要とする人も増えるでしょう。昔に比べると少し可能性が広がっているように思うのです。

     経営面でもう一つ重要なのが情報・データの活用です。我々は専門家のはずなのに、なぜか紺屋の白袴になりがちなテーマです。学術情報の流通に限れば、私が担当する論文誌も大きな役割を果たしてきました。しかし、知的作業を機械が担う割合が増えた今日、機械可読なデータやソフトウェアの流通にも目を向ける必要があります。そこで、論文誌では付録としてデータを投稿する仕組みを作りました。このあたりまでは良いのですが、一方で、論文評価のためのデータさえ集め切れていないのが実情です。論文間の引用関係程度なら分析できても、実世界に及ぼす間接的インパクトの総和までを求めるのはとても無理です。悪貨が良貨を駆逐しない評価システムは欲しいけれど、前途遼遠です。また、論文の査読者選びや研究者のマッチングなどで個人の属性情報を活用したいと思っても、それに合ったデータも不足しています。

     中長期的に、情報技術や情報学が社会に大きな影響を与えることは間違いありません。学会がなすべきことも多いでしょう。巷では、Society 5.0に向けた取り組みが注目されていますが、Information Processing Society 5.0 of Japanはどんな姿になるのでしょうか? 専門家集団として、叡智を集めて取り組むべき課題ではないかと思います。あの学習指導要領でさえバージョンアップしているのだから。