古川 一夫

会長挨拶

 復興と再成長に向け情報処理技術が牽引を

—会長就任にあたって—

古川一夫

古川 一夫
情報処理学会会長/ 独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構


(「情報処理」Vol.52, No.7, pp.762-764(2011)より)

情報処理学会は昨年創立50周年を迎えました.その間,日本経済の高度成長を担った情報産業の発展に学会が果たした役割はきわめて大きかったと思います.会員の皆様の長年のご尽力に敬意を表する次第です. このたび白鳥会長のあとをついで,第26代の会長に就任することになりました.

 これからの50年,次の飛躍に向けて情報産業の新たな成長が期待されておりますが,その新年度を迎える直前に日本は東日本大震災に見舞われました.

 今回の震災において被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに一日も早い復興をお祈り申し上げます.学会としても「東日本大震災復興支援運営委員会」を設置して迅速なる復興を支援させていただく所存です.

 

大震災から学んだこと

 この未曾有の天災とそれに伴う一連の重大事故が社会のあらゆる分野に大きな課題を突きつけました.情報分野においても例外ではありませんでした.

 はじめにインフラレベルでは災害時におけるシステムの安全性の問題です.具体的には個々の情報インフラの信頼度,システム全体の可用性,多重障害時の耐力などの問題です.またユーザレベルではWebページにアクセスさえできない「情報弱者」の問題や流言飛語の問題も浮き彫りになりました.

 一方,この災害の中で情報システムの役割が見直される面もありました.放送を補完するインターネット経由同時配信機能の役割や,即時系システムが次々と輻輳する中で接続性の高さで活躍した待時系のソーシャルサービス等の役割です.インターネットベースのサービスの優位性をいかんなく発揮した例と思います.また災害時の事業継続計画(BCP)は企業の生命線ですが,備えがあった企業とそうでない企業の明暗が大きく分かれました.

 以上のような今回の震災より学んだ事柄に関して学会も中長期的視点で具体的な対応に鋭意取り組んで参ります.

 

情報処理分野の展望

 情報処理技術はこの50年で当初の計算主体の「計算機システム」から社会のすべてのインフラの基礎を担う「情報処理システム」へと進化を遂げてきました.その間のメインフレームからサーバ・パソコンへのダウンサイジング,さらにその過程でのハードウェア・ソフトウェアのオープン化,インターネットやモバイル端末のネットワーク技術の進化等の大きな技術革新によって現在の新たな情報化時代を迎えました.個人ユーザにとっても身近になった情報処理システムの社会における役割はますます重要になりました.社会システムの効率化や価値創造面で威力を発揮するだけでなく次の50年に向けて新たなパラダイムシフトを牽引しはじめています.最新の情報処理技術により従来の労働形態が変わりつつありますし,医療や介護の面でもさらなる進歩が期待されます.環境問題対策での「グリーンICT」の適用には強い社会的要請もあります.今後のさらなる少子高齢化社会での種々の変化に対応した新たな社会的かつ人間的なコミュニケーションツールとしての活用も考えられます.情報爆発とまで言われるサイバー・フィジカル両面の大量データから真に価値ある情報を抽出・分析し新たな付加価値につなげることや官公庁が所有する大量な公的データの民間利用も新たな産業創出という視点で重要と思います.

 異分野にまたがるまったく新たなサービスの出現も期待できます.

 一方,大規模システムの安定稼働という点ではまだまだ大きなトラブルも散見されます.社会への影響が大きくなればなるほどシステム構想段階からの高品質システム構築のためのさらなる努力も必要
です.

 また,どの新しい技術にも光と影の部分があります.新しい技術はそれに適応できないユーザへの格差問題を引き起こします.この「情報弱者」を救済する努力が必要となります.利便性の高い情報処理技術を使用する上でのモラル,マナーも重要です.情報の漏洩という視点でも単なる不注意によるものでなく「恣意的な漏洩」への対応も大きな課題になってきています.同じくいわゆる「サイバーテロ」に対する備えも重要になってきています.

 この影の部分を慎重に対応しつつまた震災で学んだ教訓を活かしながら情報処理技術の光の部分を大いに伸ばし持続的成長可能な世界の構築へ貢献していく必要があります.
 

取り組むべき事項

 以上の視点を踏まえ以下3の項目を中心に取り組みます.

①魅力ある学会の構築
自由闊達に議論ができるとともに会員の皆様にとって魅力と感じられるような「何か」が得られる場としての学会のあり方を考えたいと思います.まずは情報処理の研究・論文・発表において優れた質を確保し,さらに向上させるための従来の努力を継続する必要があります.このためにも情報処理系の他の学会や組織との連携や交流も必要と考えます.最近は課題別の小規模勉強会も産学横断的に行われだしていますが参加層を広げるべくさらなる活発化も行います.
人材の育成に関してもこれからは「量」より「質」と言われております.学会活動を通じて高いレベルの人材が確保されるよう人材教育や資格取得に取り組む他の組織とも連携して推進したいと考えます.なお近年,世界的に活躍できる若い人材も徐々に現れ変化の兆しが見られますが,さらに多くの日本の若者が世界で活躍できるよう応援します. 

②グローバル化の推進
日本の長期的な発展のためにもグローバル化の視点はきわめて重要と感じています.
学会としてもぜひその地位をあげて情報産業を牽引したいと考えております.そのためにも前述したように研究・論文・発表の質を高めることはもちろんのこと海外学会とのさらなる交流を進めます.海外から正しく迅速な評価を得るためにはグローバル標準での発信が必須です.その意味でも英文論文誌の質の向上,数の増加も重要と考えます.
産業界とも連携して日本発の技術の標準化をすすめ,他国発の標準化といえども日本の意見を十分に反映させる等により情報産業のグローバル化を支援していきます.

③社会への提言の強化
公的組織として学会は,より良い社会の実現に向け情報発信する必要があります.
科学技術の基本課題への取り組み,若年層の理科離れ対策,中高等教育から大学院レベルまでの教育問題全般,新規技術に対応した知的所有権問題等の継続的な取り組みが必要と考えます.国,自治体の電子行政の基本にかかわる番号制度(国民ID)等の事項に関しても意見を述べていきたいと考えます.

 

復興,再成長に向けて情報処理技術がさらなる牽引を

 今回の震災で多くの日本企業が世界的なサプライチェーンに深く組み込まれていることが明らかになり,日本の産業のレベルの高さと責任の重さをあらためて感じました.情報処理技術が各種社会インフラを支える基本技術であることも再認識させられました.最新のクラウド技術,省電力データセンタ技術,スマートフォン等に代表される情報処理技術が大きく進展し,次の50年に向け日本の復興,再成長を力強く牽引するものと考えます.

 日本の復興と再成長に貢献するよう,学会のさらなる活性化に全力で取り組みます.会員の皆様のご協力を宜しくお願い申し上げます.

(2011年5月11日)