量子コンピュータとソフトウェア

日時:2020年12月14日(月) 10:00~16:30
会場:オンライン開催

量子コンピュータや量子通信・量子暗号を含む量子情報科学は、これまでは主に物理学の一分野として進展してきました。シミュレーションや機械学習など様々な情報処理への量子コンピュータの適用が期待される一方で、現代のコンピュータでは「当たり前」のことの多くが、ハードウェア的にもソフトウェア的にも今の量子コンピュータでは実現されていないという現状もあります。実用的な量子コンピュータの開発を促し、量子情報科学の様々な応用を模索するためには、情報、数理、電気工学などの広い分野の研究者・技術者の参画が必要です。本セミナーでは特にソフトウェアや計算機アーキテクチャの観点から量子コンピュータの現状と今後を考えます。
オープニング[10:00~10:20]

コーディネータ:嶋田 義皓

国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

【略歴】JST 研究開発戦略センターフェロー。博士(工学、公共政策分析)。2008年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。2008年日本科学未来館科学コミュニケーター、2012年JST戦略研究推進部主査を経て、2017年4月より現職。2018年に政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策プログラム博士課程修了。専門分野は、物性物理、科学コミュニケーション、ICT、科学政策。

セッション1[10:20-11:10]

量子コンピュータとソフトウェア

量子コンピュータは、量子力学を計算原理として動作する次世代コンピュータである。現在、Google、IBM、マイクロソフトといった巨大IT企業に加え、ベンチャー企業、国家プロジェクトにおいて研究開発が進められている。現在、50-100量子ビット規模の量子コンピュータが実現しつつあり、特定のタスクにおいては、スーパーコンピュータを用いてもそのシミュレーションが難しいレベルに到達しつつある。一方で、素因数分解や量子化学計算などの問題において、指数関数的に計算を高速化するためには高度な量子アルゴリズムを実行する必要があり、量子誤り訂正機能が搭載された大規模な誤り耐性量子コンピュータの実現が必要である。また、現状のノイズを含む中規模の量子コンピュータ(NISQ: noisy-intemediate scale quantum computer)を誤り訂正なしに応用をする試みも行われている。本講演では、短期的・長期的な2つの課題について、どのようなソフトウェア開発が現在行われているかを解説し、我々のグループの取り組みを紹介する。

講師:藤井 啓祐

大阪大学大学院基礎工学研究科 システム創成専攻 電子光科学領域 教授

【略歴】2011年3月京都大学大学院工学研究科 博士課程終了。博士(工学)。大阪大学大学院基礎工学研究科 特別研究員、京都大学白眉センター特定助教、東京大学光量子科学研究センター助教を歴任。2017年10月から京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻、特定准教授(卓越研究員制度テニュアトラック)。JSTさきがけ研究員、大阪大学大学院基礎工学研究科招聘准教授、情報処理推進機構(IPA)未踏ターゲット事業、ゲート型量子コンピュータ、プロジェクトマネージャーを兼任。株式会社QunaSys(キュナシス)技術顧問。

セッション2[11:20-12:10]

量子プログラミング言語の研究:静的解析から量子プログラム統合開発環境へ

ソフトウェア科学においては「静的解析 static analysis」と呼ばれる一群の手法が長く研究されてきました。プログラムの実行過程の観察による動的解析 dynamic analysis とは対象的に、静的解析では実際にプログラムを実行しません。代わりに、プログラムの文面(文字列)をなぞりながら推論や計算を行うことで、プログラムの振る舞いの解析を行っていきます。プログラミング言語のさまざまな型システムから、Facebookのツール Inferなどのプログラム検証器まで、静的解析手法の具体例は多岐に渡り、ソフトウェア品質の向上に寄与しています。
本講演では、量子プログラミング言語の研究の現況と将来について、静的解析の視点から俯瞰的紹介を行います。量子プログラムの開発においては実行リソース(=実際の量子コンピュータ)が限られているゆえ、ユニットテストを中心とした動的解析アプローチの応用可能性が限定的です。ここで、(対象が量子プログラムであっても)古典コンピュータで実行できるという静的解析の利点が非常に有効になると考えられます。このような新しい応用に向けて存在する次のチャレンジについて展望をお話します: 1) 静的解析の伝統的目標である安全性(バグ不在)から飛躍し、量子ビットの安定性や性能などの新たな目標に対応すること、2) 発展著しい量子コンピュータのハードウェア・アーキテクチャに寄り添ったプログラミング言語及び静的解析手法の開発、3) (量子)具体的計算―(古典)静的解析の間でユーザーが適切な抽象度を選択できるような柔軟性を付与すること。
蓮尾一郎様

講師:蓮尾 一郎

国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 准教授 システム設計数理国際研究センター センター長

【略歴】国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 准教授、システム設計数理国際研究センター長、学術博士(Radboud University Nijmegen, 2008)。京都大学数理解析研究所助教、東京大学大学院情報理工学系研究科講師・准教授を経て現職。2016年10月から JST ERATO 蓮尾メタ数理システムデザインプロジェクト研究総括を務める。専門は理論計算機科学、特にシステム検証、プログラミング言語理論、物理情報システム、情報科学における数学的構造に興味を持つ。第一回藤原洋数理科学賞奨励賞、国際会議 CONCUR 2014 最優秀論文賞(卜部夏木氏と共同受賞)、国際会議 ICECCS 2018 最優秀論文賞(Etienne Andre 氏,和賀正樹氏と共同受賞)などを受賞。ACM、SAE、日本数学会、日本ソフトウェア科学会、計測自動制御学会、自動車技術会 各会員。

セッション3[13:40-14:30]

現在の量子コンピュータ(NISQ)上で役に立つプログラム実装と実行ツール

量子コンピュータの実機は既に存在しますが、その性能は実用問題の解決に耐えられるものではなく、想定通りにプログラムを実行することは未だに困難な状況です。 また、多くの量子アルゴリズムの論文では、提案アルゴリズムが抽象的な記述でのみ定義されているため、それらを実用的な量子データ構造・プログラムへと変換するには新たなスキルと洞察が必要になります。私達の研究グループは独自にこの研究分野へ取り組んできました。例えば、NISQ上でGroverの探索アルゴリズムを実行するための手法を開発しました。私達の提案手法は従来手法に比べて理論的な性能は落ちるものの、実機上で実行すると遥かに正確な結果が得られます。 これらの短期的な課題の解決に加えて、NISQだけでなく、誤り訂正が可能な将来の量子コンピュータでも有用な、大規模量子プログラミング用デバッガなどのプログラミングツールを構築しています。
ロドニー バンミーター

講師:ロドニー バンミーター

慶應義塾大学 教授

【略歴】1986年にカリフォルニア工科大学で工学および応用科学の学士課程、1991年に南カリフォルニア大学で計算機工学の修士課程を修了、2006年に慶應義塾大学で計算機科学の博士号を取得。近年の主な研究テーマは、量子コンピュータと量子ネットワークのアーキテクチャ。他に、ストレージシステムやネットワーク、ムーアの法則後のコンピュータアーキテクチャの研究にも従事している。現在、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス環境情報学部教授および慶應義塾大学量子コンピューティングセンター副センター長。 Quantum Internet Research Groupのco-chair、Quantum Internet Task Force のアドバイザリーボード、WIDE Projectのボードメンバーも務める。AAAS、ACM、APS、IEEE会員。

セッション4[14:40-15:30]

量子回路の設計手法に関する研究動向

将来、大規模な量子計算を実行するためには、大規模な「量子回路」を設計する必要がある。「回路」という言葉から、量子回路はハードウェアと誤解されることがある。しかし、量子回路は量子的な操作の時系列であるため、ソフトウェアと考えるほうが適切である。ただ、量子回路を設計する際には、現在のデジタルハードウェアにおける回路設計で利用されている多くの考え方や手法を利用できることも多いため、「量子回路設計」は量子計算特有のことを考慮した従来の「回路設計」の延長と考えるのが適切であるかもしれない。本講演では、まず、「量子回路設計」とは何かについて、上述した視点で説明し、どのように従来の回路設計の考え方が利用できるかを説明する。また、量子回路設計の分野で、今までどのようなコストを最適化することが考慮されてきたか、および、そのコストの少ない量子回路を設計するために、どのような最適化手法が今まで研究されているかについて紹介する。
山下茂様

講師:山下 茂

立命館大学 情報理工学部 教授

【略歴】1993年京大・工・情報卒。1995年同大大学院修士課程修了。同年NTTコミュニケーション科学基礎研究所・研究員。2000年JST今井量子計算機構プロジェクト研究員(兼務)。2003年奈良先端大・情報科学研究科・助教授を経て2009年より現職、情報学博士(京大)。IEEE Transactions on CAD Best Paper Award、丸文学術賞、情報処理学会山下記念研究賞等受賞。2019年文科省さきがけ量子情報処理領域アドバイザー。

セッション5[15:40-16:30]

量子ソフトウェア開発環境の実際

量子ソフトウェアの開発は、量子回路を構成することであり、そのための開発環境は、フレームワーク、ライブラリ、コンパイラ、パルス制御、シミュレータ等を含んでいる。これらは現在急速に整備されつつあるが、現時点のような揺籃期においては、新しい着想や新しい機能を迅速に試行錯誤しながら開発環境を進化させていくことこそが最も重要である。本講演では、オープンソースソフトウェアの量子ソフトウェア開発環境Qiskit を題材に、現状を概観し将来を展望してみたい。

講師:小野寺 民也

日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所 副所長

【略歴】1988年東京大学大学院理学系研究科情報科学専門課程博士課程修了。理学博士。同年日本アイ・ビー・エム(株)入社。以来、同社 東京基礎研究所にて、基盤ソフトウェア等の研究開発に従事。現在、同研究所副所長、量子アルゴリズム&ソフトウェア担当部長、同社 技術理事。本学会第41回(平成2年後期)全国大会学術奨励賞、同平成7年度山下記念研究賞、同平成16年度論文賞、同平成16年度業績賞、各受賞。本学会長期戦略担当理事、同量子ソフトウェア研究会幹事、ACM (Association of Computing Machinery) Distinguished Scientist、日本ソフトウェア科学会フェロー、量子ICTフォーラム量子コンピュータ技術推進委員会副委員長。