「世界最先端IT国家創造宣言」に対する意見

「世界最先端IT国家創造宣言」に対する意見

2015年5月28日
一般社団法人 情報処理学会
会 長  喜連川 優

以下のとおり,2015年5月27日付で意見書を提出しましたので,ご報告いたします.
(協力:情報システムと社会環境(IS)研究会)


2015年5月27日
高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)御中
一般社団法人 情報処理学会
会長 喜連川 優
以下の通り意見を提出しますので宜しくご査収ください.

情報処理学会は,平成25年6月の「世界最先端IT国家創造宣言」に対する意見募集,および平成26年6月の「同改定(案)」に対する意見募集に応じて継続して意見を提出してきており,今回の意見募集についても学会内で意見を募りました.今後の「創造宣言」推進方策や改訂検討のご参考になれば幸いです.既に提出した意見でも繰り返し述べているように,情報処理学会はIT利活用を成長戦略の柱と位置づける「創造宣言」を大いに支持し,学術・科学技術・教育の側面から積極的に貢献してゆく所存です.

(1)[全般に関して] 工程進捗情報の公開と共有
 今回は「創造宣言」本体に対する意見募集となっていますが,今後の推進方法や改訂に対して意味ある議論を行うためには,「工程表」の進捗状況を基にする必要があると考えます.初版と改訂版の「創造宣言」,および「工程表」の公開から現在まで,IT総合戦略本部および各省庁・自治体で何をやったのか,その効果はどうなのか,どのような課題が現れてきたのか,などを判りやすく明記されることを強く望みます.また,過去に税を投下した施策に対する有効性に関するビッグデータを整備・公開し,今後の無駄な投資を避けるための参考にすべきであると考えます.施策の効果を観測して記録し,過去を振り返ることができるシステムを用意することは,納税者に対するアカウンタビリティの向上に寄与するはずです.

(2)[III.1に関して] オープンサイエンスのためのクラウドデータ基盤構築
 ITを活用して革新的な新産業・新サービスを創出してゆくには,現在総合科学技術・イノベーション会議において議論されているオープンサイエンスへの取り組みが非常に有効であると考えます.現在挙げられている(1)~(6)の6項目に加えて,オープンサイエンス推進のためにクラウドデータ基盤の構築整備を追加することを検討願います.

(3)[III.1., III.2.に関して] より多岐の分野でのビッグデータの活用推進
 ビッグデータは,III.1.およびIII.2.に記載された分野(農業,観光,放送,映像,医療,災害対策,エネルギー,交通,テレワーク,行政サービス)以外にも多様な産業(いわゆるインダストリ4.0など)や社会場面で積極的な利活用が期待されており,より幅広い適応領域の議論が不可欠であると考えます.各種の具体的な施策上は,優先度を定めて対応する必要がありますが,「創造宣言」においては現在挙げられている分野に限定された印象を与えないように記述されるべきと考えます.

(4)[III.1.(1)に関して] オープンデータとビッグデータの区別
 オープンデータとビッグデータは異なる概念であり,並列して一様に記述しているのは不適切であると考えます.IT利活用の中心となるのがビッグデータであり,II.1~II.3の「目指すべき社会・姿」全てに共通した基底概念となります.オープンデータは,主として行政が保有するデータの公開に関する概念で,より限定的なものです.また,オープンデータに関しては,英国のODI(Open Data Institute)の例を見ても,現実に公開されるデータは一部でしかなく,民間企業でもよく言われているようにオープンとクローズを戦略的に組み合わせた方針設計が重要であると考えます.

(5)[II.1., III.1.(1)に関して] 単なる地理空間情報を越えて時空間情報の活用へ
 「地理空間情報」という表現は,情報処理分野の最近の状況から見ると古めかしいものであると言わざるをえません.空間軸だけに固定するのではなく,より広い「時空間情報」の戦略的利用を推進することが必須であると考えます.

(6)[III.1.(1)に関して] 公共データの長期安定アーカイブ
 公共データを原則オープン化し,利用ルール・アクセスインタフェース・データカタログを整備して利活用を推進することは,大いに賛成します.しかし,せっかくの公共オープンデータも,時間が経過すると利用できなくなってしまう状況に陥るとその価値が大きく損なわれてしまいます.公共データの多くは,長期継続的に利用できてこそ活用価値が最大化できるものと考えます.各々のデータ発生元の努力に任せるだけでは長期継続してデータを公開し続けることは難しいと想定されますので,政府・自治体として統一した安定的データアーカイブの仕組みを設けることを検討願います(データ版国会図書館のようなもの).

(7)[III.3.(1)に関して] 一般利用者のニーズの本質に応えるデザイン力の強化
 ITを取り巻く社会環境や技術環境の変化が激しく,また,利用者(市民)のニーズが多様化している現在,公共サービスにおいても提供側が利用者ニーズを全て把握することは困難であろうと推測されます.全体論として「利便性の高いサービス」が提供されることに反対する人はいないでしょうが,各論では多用な考え方が生じ得ます.このような状況で,いかに的確にニーズを把握し,多角的なステークホルダーの納得性を高めつつ,具体的なサービスとして実現してゆくかというシステムのデザイン力がますます重要になってくると予想されます.このようなデザイン力の強化を目標に加えることを検討願います.この推進にあたって情報処理学会として協力できる場面は少なくないと考えています.

(8)[III.3.(2)に関して] 全国一律業務のシステム共用化の強力な推進
 政府情報システムに関しては2021年度を目処に原則全てクラウド化する旨の記述があり,工程表においてより具体的な計画が示されていますが,地方公共団体等の情報システムについてはそこまで明確な目標が示されていません.全国一律の業務については,効率化やサイバーセキュリティ対策の観点からも,共通化したシステムをクラウド利用することが望ましいと考えます.一般国民にとって接する機会の多い行政サービスは,主として自治体システムによって担われると想定されるので,国民に「最先端IT国家」の有用性を身近に実感してもらうためにも,全国一律業務システムの抜本的改善の効果は高いと考えます.政府CIOの強力なリーダーシップの下で,より具体的な工程を設定して推進することを望みます.さらに,IT技術の変化は急速なため,個々のシステム構築の目標を定めるだけではなく,ITの進化に追従可能な全体的なフレームワークの整備が重要であると考えます.

(9)[IV.1(1)に関して] 教育ビッグデータの利活用推進
 教育分野においても,単なる電子黒板,デジタル教科書,ブロードバンド接続といった設備環境整備の時代を超え,教育ビッグデータの利活用を推進する制度設計が今後重要になると考えられます.世界的にもこの分野での競争の激化が予想されるので,記述を加える必要があると考えます.

(10)[IV.1.(2), IV.4.に関して] 世界から人材を集める場の形成
 シリコンバレーの強みの源泉の一つは,全世界から叡智と野心を備えた人材が集まってくるところにあると考えます.我が国においても,国内の人材を強化して世界に発信してゆくことはもちろん重要ですが,魅力的な研究開発環境を整備して世界から有能な若手IT人材を日本に集め,存分に才能を発揮してもらうことを検討してはどうでしょうか.既に政府方針でもその方向性は打ち出されていると思いますが,現在の「創造宣言」の文書中からは明確に読み取ることができませんでした. 
 
以上