Vol.64 No.1(2023年1月号)



Vol.64 No.1(2023年1月号)

匿名希望
匿名希望
[学生会員]

 

  アカデミアと企業で違いを感じたのはどういうところですか.

  「研究をする上で違いを感じたのは……」というご質問と解釈してお答えします.
  一般論として「何を研究するか」に関する自由度はアカデミアのほうが格段に高いと思います.企業では,多くの場合「事業に役立つ研究」という制約条件がつきます.私が最初に勤めた日本企業の研究所で「SIGIR (情報検索のトップ国際会議) に論文を通しても会社で評価されない」と不満をもらしたところ,上司から「学会発表は事業貢献とリンクしてお願いします」と言われました.ごもっとも……(ただし,トップ国際会議で研究成果を発表すること自体を評価してくれる企業もあります).また,企業では所属する研究グループのミッションから逸脱した研究を行うことも難しいですし,グループやミッションが変われば研究テーマも変わるかもしれません.さらに,研究成果を発表したくても知的財産権の関係で発表できない場合もあります.
  一方,企業の研究職では,大きな予算や潤沢なリソースを使って社会への実インパクトが大きい研究を迅速に遂行し得るというメリットもあります.アカデミアですとこれはかなり難しく,研究予算確保のために日頃から科研費などの競争的資金を得る努力をしている方が多いです(なお,企業からお金をもらって共同研究をするという道もあります.この場合は前述の「自由度」について少し妥協が必要かもしれません). さらに,研究分野にもよりますが,大規模な実データを使った研究ができるのも企業の強みです.アカデミアの場合,企業と共同研究をしないかぎりそのようなデータは手に入りにくいです.
  百聞は一見に如かず.もし可能であれば,アカデミアにおける研究と企業における研究の双方をなんらかの形で体験されるとよいと思います.たとえば,私の研究室には博士後期課程在籍中に海外企業インターンシップを経験した人もいましたし,逆に企業に在籍しながら自分のペースで私の研究室を訪れ博士号取得を目指している人もいます.ぜひご自分に合った研究の形を見つけてください.
 

酒井哲也
酒井哲也
[正会員]
早稲田大学

丸山宏
丸山宏
[正会員]
Preferred Networks, Inc.

  アカデミアでは研究業績を主に論文で評価しますが,企業ではビジネスへの貢献も主要な評価軸であることが大きな違いです,という当たり前の回答でないとすると……時間の流れです.私は,IBM(外資系),キヤノン(国内大手),統計数理研究所(政府の研究機関),Preferred Networks(スタートアップ)とさまざまな職場を経験してきました.IBMで1日かかる意思決定は,日本の大企業であるキヤノンでは1カ月かかっていました(私の主観時間で).一方,同じ意思決定は,スタートアップであるPreferred Networksでは10秒,アカデミアである統計数理研究所では1年かかる,という感じでした.研究する環境としては良し悪しです.ご自分のスタイルに合わせて進路を考えられるとよいと思います.

  現在,クロスアポイントメント(副業制度)を利用して,企業とアカデミアの両方に所属して研究活動をしています.
  両方に所属してみて,アカデミアと企業での研究活動の違いとして一番に感じたことは,「研究をする目的の違い」です.
  アカデミアでは,「学生さんを教育するため」に研究活動をしています.研究テーマを決めること,周りとディスカッションしながら課題を明確にしていくこと,国際会議で発表することなど,研究活動のすべてが「学生さんを育てるため」の手段です.実は,高校や大学の教養課程までの「勉強」と,大学の研究室に配属されてからの「勉強」には大きな違いがあります.それは,高校や大学の教養課程までの「勉強」は「答えのある勉強」であるのに対し,大学の研究室に配属されてからの「勉強」は「答えのない勉強」であるという点です.社会に出てみなさんが働き始めると,はじめから答えが決まっていることはほとんどありません.「どのような製品を作るのか,どうやって作るのか,どうやって売り出していくのか」すべてがほとんどオープンの状態で,仲間と一緒に頭をひねりながらこれらを解決していく必要があります.「社会に出てから答えのない課題に取り組むための方法」を学ぶのが,アカデミアでの研究だと思います.
  一方で,企業での研究は,「社会に貢献するため」の活動です.研究のプロとして,社会に役立つ技術を生み出し,社会をより良くするために研究しています.もちろん,学生さんが日々学ぶことがあるように,企業研究者も日々成長を重ねながら研究活動をしているので,「研究をする中で成長していく点」は変わりませんが,企業での研究者の成長はあくまでも研究活動の副産物で,目的は「社会に貢献すること」にあると思っています.
 学生の間に,しっかりと「自分を育てるため」に多くのことを学んでください.たくさんの学生さんたちが情報の世界に入ってきてくれることを心待ちにしています.

徳久良子
徳久良子
[正会員]
(株)豊田中央研究所/
東北大学

横野 光

横野 光
[正会員]
明星大学

   企業と言っても(もちろん,アカデミアも同様でしょうが)さまざまな立ち位置がありますので,民間企業の研究部門に勤めたことのある私一個人の感想だということを念頭に置いていただいて…….
  アカデミアも企業も未解決の問題を解決するために研究・開発を行っていると思います.アカデミアの場合,多くは一般的な問題を対象とし,それに対して,たとえば企業との取引をメインとする企業であれば取引相手の企業が抱える問題という,限定的で具体的な問題が対象とすることが多いです.また,企業の場合,実際に開発したシステムやサービスを運用することが前提となるため,単に問題を解決するだけではなく,実際に運用できるかまで考慮する必要があります.
  したがって,求められるものもさまざまになります.性能が重視されることが多いと思いますが,企業では人手のコストをどのくらい削減できるか,限られたリソースの中でどのくらい速くできるか,といった点が重要視されることもあります.アカデミアの場合,新規性が一般的に重視される要素ですが,企業の場合は必ずしもそうではなく,目的,要望に応じて適切なものを選択する必要があります.この「何を重視するか」が私の感じた違いの1つであり,それ故にそれぞれ異なった面白さがあると思います.
 

  質問ありがとうございます.私個人が体験した範囲内での回答となることご了承ください.私は,大学院博士課程修了後に大学の特任教員として4年ほど勤めた後に,現在の所属企業に転職をし,同時にクラフトビールの製造と研究を行う醸燻酒類研究所を友人と立ち上げました.私はHuman-Computer Interactionという人間とコンピュータの間をつなぐ研究をしているのですが,具体的なターゲットユーザを設定して,問題の調査とそれを解決するシステムを開発し評価をする,というサイクルを通して研究を進めています.これは大学にいるときも企業でもあまり変わらないように思います.一方で,企業に移ってからの方がターゲットユーザからよりリアルなフィードバックを受ける機会が多いように思います.また,醸燻酒類研究所ではビールを造るためのレシピの研究を担当しており,原材料の量などさまざまな醸造のためのパラメータを調整しながら日々美味しいクラフトビールを追求しています.この作業はビール好きの私にとっては大変楽しい作業なのですが,最も重要なのは会社を継続させ研究を続けるためにも,きちんと顧客に喜んでもらえる製品を造ることです.自分の知的好奇心を満たすための研究もあり,人に喜んでもらうための研究もあります.私の経験上,それは両立可能なようです.

樋口啓太
樋口啓太
(株)Preferred Networks /
(株)醸燻酒類研究所

清田陽司

清田陽司
[正会員]
(株)LIFULL /
(株)FiveVai

  アカデミアで9年(ポスドク・助教・特任講師),企業人として15年(スタートアップ創業・M&Aを経て企業の研究部門,その後ふたたび創業)を過ごしてきましたが,「両者に根本的な違いはないのでは」と最近感じています.
  アカデミアでインパクトのある研究を行うには,「情報のインプットや周囲の人々との議論などの日々の営みの中から新たな問いを立てていく」積み重ねが不可欠ですが,企業でビジネスの仕組みを改善したり,まったく新しいビジネスを創り出したりする上でも,この積み重ねはとても大切です.「誰かの役に立ちたいという想いが強い動機になる」という点も,両者に共通です.偉大な研究成果も,世の中を大きく変えた画期的なイノベーションも,個人の「まだ見ぬ誰かの役に立つかもしれないテーマ」に取り組み続ける営みから生まれてきました.
  もちろん,求められるアウトプット(論文か利益貢献か),問いの時間軸の長さ(100年後に役立つかもしれないものが許されるか)などには,大きな違いがあります.しかし,分野の細分化を重ねることで分野間の交流が少なくなりがちなアカデミア,業界ごとの慣習に縛られて新たなビジネスが生まれにくくなった企業には,お互いに見習うべき点がたくさんあると感じます.「一見当たり前の事象に向き合い続けることから,隠れた大きな課題を発見する」という企業の目線には,研究者として活躍するヒントがありますし,「スペシャリストどうしが同じ空間を共有し,緩やかに連携しながら新たな価値をつくりだす」というアカデミアの目線は,企業人として新たな事業を創る上で大いに参考になります.

  私は大学の教員や国立の研究所の研究員を経て,会社を起業しました.研究は,統計・機械学習アルゴリズムの開発や,その手法の医学・健康科学・生命科学への応用です.研究内容は大学でも会社でも大差はありません.大きな違いは,アカデミアでの研究は自身の興味に従って研究を進めていましたが,会社では社会の仕組みづくりを行う面が強く,社会をより良くする研究活動を実施しています.「企業の研究では,どうやってお金を儲けるの?」と聞かれますが,アカデミアでは新しい発見や提案に対して,国などの税金から給料や研究費をいただいていましたが,企業では自分たちが提案した新しい仕組みや構想に対して,他の人が賛同したり利用したりしてくれると,お金(実施料,利用料)が発生するイメージです.現代社会では,新しい仕掛けや知識の流通でお金が発生します.情報科学の分野ではアカデミアや企業の間に大きな隔たりはないと思いますので,自分の興味を重要視するならアカデミアで,社会での仕組み・コミュニティ作りを重要視するなら企業で活躍するのがよいと思います.私は今,機械学習が一部の人の特権ではなく,中小企業を含めた多くの人に作ってもらえる仕組みづくりをしているので,企業で研究をしています.

瀬々 潤
瀬々 潤
[正会員]
(株)ヒューマノーム
研究所

榊 剛史

榊 剛史
(株)ホットリンク
開発本部R&D部/
東京大学
未来ビジョンセンター

  自分がアカデミアと企業の研究活動で大きく異なると思う点は2点,時間のスケールと研究活動の目的です.
  アカデミアでは,数年後から十数年後という長い時間スケールで,社会に役立つ技術や知見を創出することを目的とした研究活動になります.一方で,企業では半年後〜数年後くらいの短い時間スケールで,企業のビジネスに役立つことを目的とした研究活動になります,もちろん企業の業種や規模によっては十年後を見据えた研究開発を行うところもありますが,それができるところは多くないと感じています.
  この2つの違いは研究テーマや最終的な成果物に大きな違いを生みます.アカデミアでは抽象的で時間のかかる研究テーマを設定できますが,企業ではより具体的ですぐにビジネスに直結する可能性の高い─もっと直接的に言えば「お金が稼げる」─テーマに制約されます.またアカデミアでは多くの場合,論文が最終的な成果物となりますが,企業の場合は論文だけでなく,既存製品の改善や新製品の開発になります.
  こう聞くと,テーマ設定の自由度が高く,論文という社会の発展に貢献する成果物を創出するアカデミアでの研究活動の方が魅力的に聞こえるかもしれません.しかし,その反面,アカデミアでの研究成果は「いつ誰のために役立つか」という点は未知数です.すぐに役立つこともありますが,なかなか使われないままにあることもしばしばあります.一方で企業での研究成果は「いつ誰のために役立つか」をテーマの設定段階で明確にすることが多いため,使われる可能性が高くなります.前述の「お金が稼げる」という言葉は,ひょっとしたらネガティブな印象を受けるかもしれませんが,「ある技術でお金が稼げる」ということは「その技術にお金を払う価値があると感じているという人が一定数いる」ということでもあり,それはすなわち技術の価値を表す1つの尺度とも言うことができます.
  自分の場合は,アカデミアで研究していたときは「自分がわくわくするか?」という,より自由な基準で研究テーマを設定できていました.その反面,「この技術は,自分は役に立つと信じているけど,本当に役に立つのかな?」と思うことがよくありました.一方,企業で研究している現在は「いかにビジネスに役立ち,かつ,学術的新規性のあるテーマを設定するか」という点に苦労しています.しかし,良い研究テーマを設定できれば「少なくとも社内の誰かに役立っているな」というのは直接的に感じられることが多いです.
  このようにアカデミアと企業での研究活動は時間のスケールと研究活動の目的が違うため,研究活動自体の特徴が異なってきます.どちらが優れているということではなく,2つの異なるタイプの研究活動なので「どちらのタイプが自分に向いているのかな?」という目線で捉えてもらうのがよいと思います.
 

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