Vol.63 No.4(2022年4月号)



Vol.63 No.4(2022年4月号)

満柏
満柏
社会人

 

  芸術家が,芸術を研究する情報学の研究者を見つけるには,どうすればいいでしょうか?

  大きく分けて3種類の研究をしている科学者がいます.まず芸術作品の研究をする科学者,次に芸術体験の研究者,最後に芸術制作を研究する科学者です.1つ目の作品研究は,素材や技法,時代や作者,主題や形式を対象としています.いつ,どこで,誰が,どのように,何を作ったのか.いわば物としての芸術の研究者です.2つ目は感性の研究と言い換えてもよいでしょう.芸術体験をする人の感覚はどのように働いているのでしょうか.何らかの手段で感動している脳の状態が再現できれば,芸術は必要ないのでしょうか.こちらは芸術を効果の側から研究していることになります.最後はプログラム等による作品制作の研究です.これは作品と体験の研究を統合したものと言えるかもしれません.絵画や音楽,あるいは文学でさえも,作品の具体化には素材への理解が欠かせませんし,制作を終えるためには出来栄えを判断する感性が必要です.おそらく「情報学の研究者」と限定した場合でも,研究者の関心の中心がどこにあるのかで,研究活動の内実は大きく異なります.特定の研究テーマを持っている研究者を探すことは難しいかもしれませんが,関心の近い研究者が見つかるとよいですね.
  最後に自分のことを話しますと,文化財全般の資料を整理し,データベース化する仕事を行っています.画家が日記に記したある1日の天気や食事は,その日の創作にどのような影響を与えたでしょうか.研究の基礎資料に加えていただければ,と思いながら業務をしております.

小山田智寛
小山田智寛
東京文化財研究所

迎山和司
迎山和司
公立はこだて未来大学

  レオナルド・ダ=ヴィンチ(Leonardo da Vinci)は芸術を研究した科学者といえます.彼および同時代のルネサンスの芸術家たちが発明した遠近法は有名です.近代以降ではポール・セザンヌ(Paul Cézanne)も芸術を研究した科学者といえるでしょう.彼はたとえば同じ山の絵を何枚も描くことによって,自分の心が感じた印象を理論的に研究しました.前者の遠近法はコンピュータ・グラフィクスの基礎になり,今日では多くの科学者がその新しい表現を研究しています.後者の印象の研究はどうでしょうか? 印象は他者には観察しにくい情報であり,科学として扱いにくいかもしれません,しかし,今日の人工知能は,この印象の情報をますます柔軟に扱えるようになってきています.したがって,人工知能に絵を描かせることによって,心で感じた印象を科学としてますます研究できるようになるかもしれませんね.私はそうしています.

  まず,何はともあれ本会のWebページで,「芸術」を検索すると902件,「アート」を検索すると634件の項目がヒットします(2022年2月10日現在).芸術も,情報学もともに広範な領域なので,それぞれの項目を地道に調べていくと,「この人に会ってみたい」あるいは「この人の話を聞きたい」という人が見つかる可能性があります.もし見つかったら,その人の所属先なり,あるいは連絡先など(これも検索すれば見つかる場合があります)に,メールなどで連絡してみるのがよいと思います.他者との協働を志向する研究者は,基本的にオープンなマインドの持ち主なので,それで返事がなかったら,その人はそもそも芸術には関心がない研究者だと思っていただいて,ほぼ間違いありません.芸術やアートを,単に道具として利用しているだけの研究者も多いので,ここは注意が肝心です.
  より広く芸術と科学技術の協働は,古くからその必要性が謳われているにもかかわらず.生産性や効率,成功や完成を重んじる現代の価値観によって,領域化や専門化は,今なお進行し続けているように思います.そうした中で,異なる分野の本格的な協働を何とかして実現しようとする試みが,散発的にではありますが行われています.たとえば,科学技術広報研究会(JACST)の坪井あやさんが中心となって行っている「ファンダメンタルズ」という試みは,実際に芸術家と科学者が出会って議論する場を設けることから始める,きわめて重要な挑戦です.ある1つのジャンルの芸術家や,ある1つの分野の研究者になるだけでも,長い時間が必要なように,異なる分野との協働作業にも,それと同等の,あるいはそれ以上の長い時間が必要です.そのためにも,まずは良い研究者との出会いが,なにより重要かと思います.論文の数や,メディアへの登場回数などに惑わされず,(自分の関心や研究だけではなく)芸術家の創作活動そのものに対して本気で興味を持ち,他者との共同作業という,一見非効率で無駄に思える作業に対して,時間だけでなく,心身を注いでくれる方が見つかることを願っています.

久保田晃弘
久保田晃弘
多摩美術大学

後藤真孝
後藤真孝
[正会員]
産業技術総合研究所

  芸術の1つである「音楽」を扱う「音楽情報処理」の分野を,約30年間研究しています.また,2010年6月の情報処理学会誌に「音楽情報学」の解説を執筆しました.その立場から回答します.
  インターネット上にはさまざまな検索サービスがあるので,単に研究者を「見つける」だけでしたら,興味のあるキーワードと「情報学」「研究者」等を組み合わせて検索すれば発見可能になっています.ですので,こうしたご質問をいただいた背景には,特定の目的を達成するために相談できる研究者を見つけたい,あるいは,芸術の特定の事項に関してきわめている研究者を見つけたい,というような,通常の検索では困難な状況があったのかと思います.
  芸術家と同様に,研究者も,それぞれ異なる考えや興味,得意分野を持っています.たとえば音楽情報処理でも,信号処理や記号処理,機械学習等の基礎側を得意とする研究者もいれば,インタフェースやアプリケーション,サービス等の応用側を得意とする研究者もいます.また,鑑賞に関連した研究(たくさんの楽曲の中から好みの楽曲を見つけて聴くインタフェース研究等)をしている場合もあれば,創作に関連した研究(新たな表現を切り拓くデジタル楽器開発等)をしている場合もあります.このように多様なので,たくさんの研究者の中から見つけるのが難しく感じるかもしれません.
  そこで見つけやすくなる方法を3つご紹介します.1つ目は,学術論文から探す方法です.芸術家にとっての作品に相当するのは,研究者にとっての学術論文です.研究者を見つける,と考えるより,論文を見つけてからその著者に連絡する,と考えた方が近道なことがあります.インターネットで論文題目をキーワード検索してもよいですし,情報処理学会の「電子図書館」も活用できます.2つ目は,研究者コミュニティを活用する方法です.研究者はコミュニティを作って活動していて,お互いの研究内容を把握しているので,その1人に「こういう研究者はいませんか」と質問すれば,より適切な人を紹介してくれます.学会はまさにそうしたコミュニティで,たとえば情報処理学会の研究会等で主催者・司会に相談をすれば教えてくれるかと思います.3つ目は,報道記事等から探す方法です.研究者が芸術家と連携した事例は,論文よりも報道記事や作品発表等の方が見つけやすいこともあります.
  芸術と技術の親和性は高く,新たな技術が,新たな表現や新たな鑑賞方法を生み出してきました.たとえば音楽でも,ピアノやギターが発明された時点では当時の新技術でしたし,楽音・歌声合成技術は新たな表現を切り拓き,音楽配信技術は聴き方を大きく変えました.物質的な豊かさだけでなく,心の豊かさが重視される世界において,今後も情報学の研究者が芸術とかかわる場面と重要性は増していくと確信しています.

     目次に戻る