Vol.63 No.3(2022年3月号)



Vol.63 No.3(2022年3月号)

高橋響子
高橋響子
[ジュニア会員]
大学院生

 

  大学院生です.提案手法の略称の決め方が気になります.特にユニークなものは意図して付けたものだったりするんですか(それとも偶然?)?.

  どんなに良い研究でも,他人に知ってもらえないと届きません.名前や略称は他人に紹介しようとしたときに最初の接点になるので,とても重要です.
  では,良い名前とはどういう名前でしょうか.もちろん語呂の良さやググラビリティ(googlability/検索での探しやすさ)も大切ですが,何よりも「その研究で伝えたいことが端的に表現されていること」が良い名前の必須条件だと思います.
  その提案手法の独自性はどいういうところにあるのか.アピールポイントは何か.その研究でどういう未来を実現したいのか.名前を考えるというのは,改めて自分の研究を客観的に俯瞰し,いちばん大事にしたいポイントを明確にしていく作業でもあります.
  まずはその研究のキーワードをいくつか書き出してみることから始めてみてください.その上で,単語に優先順位をつけたり,組み合わせたり,部分的に抽出したりしながら,ぴったりの名前を見つけてあげてください.

米澤香子
米澤香子Wieden + Kennedy Tokyo

田城文人
田城文人
北海道大学総合博物館

  地球上では膨大な種数の生物が暮らし,我々人間(ヒト)もその一種にすぎません.文明の発展とともにヒトは周りにいるさまざまな生物を認識し,それらに『名前』を与えてきました.近代に入ると,西洋の博物学者が書物の中であらゆる生物種に対して世界共通の学術的な生物種名,いわゆる『学名』を命名するようになりました.現在はスウェーデンの博物学者カール・フォン・リンネ(Carl von Linné)が1750年代に体系立てた2語のラテン語(例:ヒトはHomo sapiens)で種の学名を示す手法が採用されています.新種が発見されるとニュースなどで話題になることがあります.この『新種の発見』とは,これまで学名が与えられていなかった生物種に対して学名が命名されたことを意味します.言い換えると,これまで誰も目にしたことのなかった生物種が発見されても,学名が命名されない限りその種は『名無しの権兵衛』というわけです.
  一部の例外を除き,学名は何かしらの意味を伴って名付けられます.ヒトHomo sapiensは『(物事を)理解する人間』という“性質”にちなんだ意味を,旧人類ネアンデルダール人Homo neanderthalensisは『ネアンデルタルの人間』という“発見地”にちなんだ意味をそれぞれ持ちます.近年アメリカ人研究者らが東北地方で発見し,新種として発表した魚類にAmmodytes heianという種がいますが,“heian”は地震によって甚大な被害を受けた東北地方の平和を願ったものとなっており,学名には命名者の色々な想いが詰まっていると考えさせられました.
  一方,とても大変なのが学名を考える(=作る)過程です.特に昆虫や魚類など種数が多い分類群では,命名しようとする新種と似たような特性を持つ既知種(=すでに学名が与えられている種)がたくさん存在しています.このようなときは,同じ意味を持つ別のラテン語単語を捜したり,他言語の単語を翻訳ではなく強引にラテン語化したりします.ラテン語化の例として,先の“heian”は英語の“peace”を日本語の“平安”へと翻訳し,“heian”としてラテン語化したものです.古い時代には,アナグラムといって同じ単語のアルファベット配列を入れ替える裏技が流行ったこともあるようです.ほかにも,人の名前を学名に用いる『献名』という方法があり,研究でお世話になった人,尊敬する人,家族,好きな俳優など,さまざまな人の名前が生物の学名に用いられています.
  一度命名された生物種の学名は基本的に未来永劫残ります.植物種イチョウGinkgo bilobaの学名も先のリンネが1771年に命名したものです.この壮大さゆえ,新種の学名の命名は多くの人々の憧れとなっていますが,不適切・不適当な命名行為は時に混乱をもたらし,倫理的に受け入れがたい状況を引き起こす可能性もあります.そこで制定されたのが『命名規約』と呼ばれる国際ルールで,学名の命名法に関するありとあらゆるルールが,生物群ごとに定められた命名規約で示されています.これはつまり,学名は命名規約に則ってさえいれば,命名者の自由で名付けることが可能ということを意味します.よく聞かれる質問として「命名者自身の名前を付けられるのか?」がありますが,答えとしては『可能』です.ただし,そのような事例はほぼ皆無です.
  我々日本人にとって,異言語のアルファベットで示される学名は少々受け入れにくいものです.しかし,学名には数百年以上の歴史と命名者の想いが存在しています.辞書を片手に学名の語源(etymology)を調べることで,“ネーミング”にまつわる見識を広げることができるかもしれません.

  提案手法の略称の決め方についてのご質問ですが,ここでは研究成果となる手法やシステムのネーミングの仕方についてご紹介します.
  我々の研究室では,研究で提案する手法や概念,開発するシステムの名前には,主にアルファベット表記を使っています.ネーミング(名前づけ)をする際には,大きく2つのアプローチを採っています.
  1つは,研究のコアなアイディアが現れるような英単語で構成されるフレーズを作って,その頭文字を組み合わせてアクロニム(頭字語)として名前を作る方法です.まず,その研究にかかわるようなワードやフレーズを,20個から30個,1行に1単語ずつ,名詞,動詞ばらばらに書き並べてみます.列挙された単語列を眺めながら,これとこれの組み合わせでフレーズを作れば各単語の頭文字はこういう並びになる,といったパズルのようなことをしていきます.かっこいいフレーズを先に作ってアクロニムを生成し,そのフレーズの前後に英単語を足すことで,発音しやすい長めの文字列を考えたりもします.候補となりそうな文字列がいくつかできあがってきたら,それぞれ,ネガティブだったり不適切な意味(たとえばスラング)を持たないことを辞書で確かめます.同時に,その文字列をWebで検索してみて,その名前を持つ類似のシステムや研究,社会的にネガティブなことがらと関連するものでないことも確かめます. また,その文字列をどのように読むかについても考えて決めます.ALEという文字列を,「エーエルイー」とアルファベットそのままで呼んでもよいし「エール」と英単語で発音をしてもよいのですが,一貫して同じように呼び続けるところがポイントです.
  もう1つのネーミングの方法は,この名前をつけたい,という強い思い入れのある名称(たとえば研究の鍵になるコンセプトや,研究者が大好きなキャラクタの名前)が先にある場合です.その名前をアルファベットで書いてみて,それがうまくアクロニムとなるような,研究のコアなアイディアを表すような英語のフレーズを作り出していきます.この際にも,その研究にかかわるようなワードやフレーズを書き並べてみてみることが多いです.
  このほかにも,研究のコアなコンセプトに名前をつけて,そのコンセプトを踏襲する複数のシステムにそれぞれ「コンセプト名+番号」でネーミングしたり,提案する原則を用いて異なるアプリケーション領域で展開するモデルに,「コンセプト名+領域名」でネーミングしたりする場合もあります.
  研究の知は,研究コミュニティで論文を介して積み上げられていくものです.論文は半永久的に残ります.研究成果を論文で発表したあと,ほかの研究者がその成果を語る(引用したり言及したりする)際にも,また自分自身で研究を積み上げていく際にも,その成果を構成する手法名やシステム名を使うことがしばしばあります.研究で提案する手法や開発したシステムには,覚えやすい,呼びやすい,そして何よりも,自分で言及したり,人に呼ばれて嬉しくなるような名前をつけておくことは,とても重要だと考えます.『名前と人間』(田中克彦著,岩波新書)によれば,名付けはあやかりでもあります.識別子としての名前という役割以上に,その研究成果にこめられた思いや展望をその名前に託せるような,そんなネーミングのデザインを心がけています.

中小路久美代
中小路久美代
[正会員]
公立はこだて未来大学
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