Vol.62 No.12(2021年12月号)



Vol.62 No.12(2021年12月号)

金子雄介
金子雄介
[正会員]

 

 「情報処理学会」は,なぜ「情報学会」とは呼ばないのでしょうか?

  歴史的経緯によるのです.
  皆さんは「情報」と聞けば,高校教科「情報」からしても,コンピュータのことであり,インターネットのことであり,もはや生活の一部になったしまったスマホを使ってやりとりしている,さまざまな「情報」のことだと思うでしょうね.
  でも,私が中学生・高校生のときにはコンピュータなど遠い遠い世界のことでした.「情報」といえば,10年ほど前に始まったテレビに流れる番組でFBI(連邦捜査局,Federal Bureau of Investigation) や CIA(中央情報局,Central Itelligence Agency) がマフィアやスパイの暗躍の様を電話回線を盗聴したり押収した書類から抜き出したりして得る「秘密情報」(secret information) を意味していました.
  まさにその時代に,コンピュータのもたらしつつあった新しい科学技術の広がりに着目したUNESCOが,世界中の国々から研究者・技術者を集めて国際会議を開きました.1959年6月のことです.この国際会議の表題が「情報処理」(International Conference on Information Processing) だったのです.UNESCOの勧告もあって翌1960年1月に,12カ国の参加を得た国際組織 IFIPS (International Federation of Information Processing Societies) が発足しました.それぞれの参加国は,この新分野を担う組織─たとえば,学会─を1つ定めて,それらの組織をこの国際組織の成員とすることになりました.
  日本国内にはまだこの分野の科学技術を主対象とする学会がなかったことから,UNESCO主催の国際会議から参画してきた山下英男東京大学教授が中心となってIFIPSの成員となる学会 IPSJ (Information Processing Society of Japan)を誕生させました.1960年4月のことです.「Information Processing」を「情報処理」と訳出することにして,正式名称を「情報処理学会」とする学会が誕生したのです.
  古くからの学問分野では,数学 (Mathematics) に対する日本数学会(The Mathematical Society of Japan),物理学 (Physics) に対する日本物理学会(The Physical Soceity of Japan),化学 (Chemistry) に対する日本化学会 (The Chemical Society of Japan) など,学会の名称は学問分野名を冠したものになっています.IFIPS が作られたとき,その対象となる学問分野を表す言葉はまだ生まれていなかったのです.実際,現時点で IFIP (当初の名称から Societies が省かれたものになっています)の成員となっている各国の組織名称を見ても,Computer Society が多数を占め,Information Processing Society と称しているのはカナダと日本だけとなっています.つまり,情報処理を中核とするこの学問分野を表す名称は,いまだに確定していないのです.
  米国では,この学問分野に Computer Science, Computer Engineering という名称を使っています.これに対してInformatics という名称を使おうという流れもあります.
  日本でのこの分野に対する国立研究所は,国立情報学研究所(NII, National Institute of Informatics) です.つまり,研究対象分野を「情報学」(Informatics) と称しているのです.情報処理学会は,情報学を対象とする学会なのですから,教科「情報」を学んだ皆さんが社会で活躍するころには日本情報学会 (The Informatical Society of Japan) と改名することになるかもしれませんね.
 

筧 捷彦
筧 捷彦
[名誉会員]
東京通信大学