Vol.61 No.10(2020年10月号)



Vol.61 No.10(2020年10月号)

黒岩海斗
黒岩海斗
[ジュニア会員]
大学生

 

   タイムマシンは今後開発される可能性がありますか?

 答えは,「いいえ,開発されないでしょう」と「はい,開発されるでしょう」とです.
  「いいえ,開発されないでしょう」の方は,SFに登場するような,なにか物理的な乗り物に乗って,時間の流れに逆らって,過去や未来の社会に物理的移動し,過去や未来の社会に入り込み,実際に過去や未来の人々とインタラクションし,過去や未来の社会活動に影響を与えるというシステムは,開発できないだろうと思います.また,そういった機械を実現して,特に過去の世界を操作することで現在への歴史の流れを改変することは,倫理的にやってはならないことのような気がします.
「はい,開発されるでしょう」の方は,過去や未来の社会を体験するシステムは可能だと思います.
   人間を取り巻く世界感という感覚自体が,諸器官からの信号に基づいて,脳が構成した幻想です.我々をとりまく緑の芝生や青い空に,本来色はありません.人間は各瞬間,0.1度の範囲しか見えていません.我々をとりまく色鮮やかな安定した世界という感覚は,視覚器官や接触感覚器官からの興奮信号に基づいて,脳が作り出したいわば脳内にのみ存在する幻の表現です.
  過去や現在の状況を精密に調べ,コンピュータの上で世界の今の状態から,時間の流れをシミュレーションし,過去や未来の世界の状態を作り出します.さらに,脳による世界感の生成法をコンピュータでシミュレートし,脳内に未来や過去の世界感を作り出し,これを操作することで,未来や過去を体験するシステムは実現可能だと思います.
   ただし,これらは水族館や動物園で魚や動物の活動を眺めるように,過去や未来の社会を静かに横から傍観するだけで,時間の流れを攪乱しないシステムである必要があると思います.

池内克史

池内克史
[正会員]
米国マイクロソフト/
東京大学名誉教授

永崎研宣
永崎研宣
[正会員]
一般財団法人
人文情報学研究所

  タイムマシンといえばドラえもん,ですが,作者の藤子・F・不二雄先生は,SF短編マンガを多く書いておられて,その中でもタイムマシンを扱うものがいくつかあります.ドラえもんとは打って変わった,タイム・パラドックスをテーマとするものが多く,過去の自分の変化が現在の自分に影響を及ぼしたり,時間軸の分岐によって生じたパラレル・ワールドのそれぞれの自分が集まってみたり,といった色々なトピックスが扱われ,過ぎゆく時間の取り返しのつかなさがタイムマシンによって贖えるわけではないという藤子先生の思想が展開されています.
   さて,実際のところ,未来にタイムマシンが作られたとしたら,かつてそれを自分が知りたがっていたことを知っている未来の自分は,それを現在の自分に何らかの方法で伝えにくるのではないでしょうか.そうだとすると,未来にタイムマシンが作られるということは,それをすでに知っているはずなのです.タマゴと鶏の循環的関係ですね.つまり,この循環の中に入り込むことができれば,タイムマシンはすでに存在します.ではどうやって入り込むのか.藤子先生のSF短編でもそれを描いた作品があります.興味が湧いたら,ぜひ探してみてください.

  「肉体」が時空を越えて移動する,という意味での「タイムマシン」が今後,開発されるかどうかは分かりません.SFファンとしては,こころから開発されてほしいところです.一方で「こころ」が時空を越える手段は,いろいろと考えられます.私たちは,AIとヒトのコラボレーションによって過去の白黒写真をカラー化し,現在と地続きの感覚を生み出し,対話を創発する「記憶の解凍」の取り組みを進めています.この取り組みは「こころ」が過去に旅する手段であり,過去のできごとを時を越えてよみがえらせ,未来の社会に活かす方法ともいえます.同じように,VR・AR技術などを活かして,ひとの「こころ」に時を旅させることも可能でしょう.COVID-19禍において,私たちは「空間」を越えて対話する手段が元々身近にあったことに,今さらながら気づきました.そして,「時間」を越えた対話,「こころ」のやりとりをする手段の萌芽も,きっと私たちの身の回りにあるはずです.

渡邉英徳
渡邉英徳
東京大学
大学院情報学環

稲見昌彦
稲見昌彦
[正会員]
東京大学
「情報処理」編集長

  タイムマシン,誰もが憧れますよね.私はドラえもんの大ファンで,小学校高学年になっても,タイムマシンは信じ続けていました.なぜなら,もし自分が本当に困っているとき,未来にタイムマシンが発明されているなら誰かが絶対助けにくるはずと考えていたからです.しかし,どんなに困っていてもタイムマシンは現れず,どうやらタイムマシンは未来でも発明されていないか,過去への干渉が厳しく禁じられているのだろうと諦めました.
  その後大学に入るまで,SFに登場するテレポーテーションやパラレルワールドや透明マントなどは,物理学の進展により解決されると思っていました.しかし,それらを「主観的に等価な体験」として具現化できるのは,バーチャルリアリティ(VR)などの情報学的なアプローチの方が近道と考え,現在の研究分野を志しました.
  VRによるタイムマシンで過去に遡る研究は,たとえば東大廣瀬らによって開発された目前の世界に過去の映像を重畳することで過去の世界を追体験できる『領域型バーチャルタイムマシン』やDoron FriedmanらによるVR世界の中でタイムマシンを用いて過去に干渉する心理実験など,すでに色々活用されています.

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