Vol.60 No.8(2019年8月号)



Vol.60 No.8(2019年8月号)

匿名希望
匿名希望
大学生
(Twitterより)

 

  最近,エンジニアになりたいなら大学の勉強って何の役に立つの?というのをめっちゃ悩んでるので,何かいい答え持ってたら教えてください.

 その悩み,よ〜く分かります.大学の勉強って仕事と結びつく感じがまったくしないですよね.
 僕はコンピュータ方面に進みたかったが,学科は電気工学科だったので,以下のように3分野の勉強をしました.
1.カリキュラムに沿って電気工学(量子力学や数学が大盛り)を学ぶ
2.米国大学のコンピュータサイエンスのカリキュラムをまねて自習
3.プログラミングのバイトなどで実務力をつける
 さて,その後この3つのうち1つはほとんど役に立ちませんでしたが,どれだと思います?  実は3番です.残念ながらアルバイトの実務知識などほとんど役立たなかった.なんでかというと,実務の知識はすぐ陳腐化しちゃう.
 では大学の勉強は何の役に立つのでしょう? おおざっぱに言って,以下のように言えると思います.
専門学校=今ある技術を,早くより完全に習得する.
大学=技術をさらに進歩させ,新しい方法を見つける力をつける.
 たとえばこんなことがありました.新型パソコンで画素を増やさずに文字を見やすくする必要があった.その方法を探すと,画像のアンチエリアシング処理の論文がありました.ほかのプログラマはアンチエリアシングを知らなかったが僕は電気工学で知っていたから,40行くらいの簡単なプログラムをすぐに完成することができました.
 そして最近は人工知能や量子コンピュータが進歩したので,1.で学んだ数学や量子力学がめっちゃ役立ってます.
 このように,大学で得た知識は応用がききます.完成された技術は教えませんが,未来の応用や技術を作る力がつくのです.大学では基礎を学び,図書館で多くの本や論文を読み漁り,自分の研究にも取り組んで,自由に未来を作れる人を目指してください.

金子格
金子 格
[正会員]
名古屋市立大学
 

馬田隆明
馬田隆明
東京大学

 役に立つかどうかが分からないことを学ぶことは楽しくないですよね.気持ちはとても分かります.
 まず私なりの答えをお伝えします.大学の勉強が役に立つかどうかは,あなたがどのような職業に就きたいか,ひいてはどんな人間になりたいか次第です.
 たとえば微分積分のことを考えてみてください.微分積分を役立たせることができる職業は,職業全体から見ればほんの一部です.しかし学んでいなければ,微分積分を使う職業に就く可能性はとても低くなります.その結果,微分積分を学んでいない人は「微分積分は社会で役に立たない」といった印象を持つことになるでしょう.
 もしあなたがそれなりに高度な技術が必要な職業に就きたいのであれば,その知識を事前に学んで準備しておく必要がある場合があります.そうでないと,その知識が役立つ機会を得ることができません.もちろん,必要になったあとに学んでも遅くないことも多いのですが…….でも「学習能力に自信があります」と主張したとして,それを受け入れてくれる人は少なく,基礎的なスキルがなければさらなる学びの機会が得られないことも多いのです.
 Steve Jobsは「点と点をつなげる」と言いましたが,実際には点と点がつながったように,後から見えるだけです.そして点と点がつながったように見えるのは,過去が未来によって遡行的に意味づけられるからです.勉強や行動の意味の一部はたいてい遅れてやってきてます.そして勉強をして学んでおくことは,つながり得る点の数を増やしておくことです.あなたの今している勉強は,きっとつながるときが来ます.
 偉そうに書いてきましたが,こういうのは大人の使う抽象的な気休めの言葉ですね.だから具体的な話も1つしておきます.もし今すぐに勉強の意味を見出したいのであれば,未来を先取りしてみてはどうでしょう.目の前の勉強自体に意味を見出すのではなく,あなたの就きたい職業を考え,その職業への理解を深めてみてください.
 エンジニアになりたいのなら,どんなエンジニアになりたいのかを考えてみましょう.そして具体的な1人を挙げてみて,その人に何を学べばよいか,それはなぜかを聞いてみてください.きっとヒントをくれるはずです.ポイントは「なぜ」を聞くところです.その「なぜ」という質問は,その学ぶべき知識についての文脈や関係性を与えてくれるでしょう.
 意味は関係性の中で生まれてきます.だから勉強の中に意味を探すのではなく,勉強の外を見てください.今している勉強を関係性や文脈の中に置いてみてください.関係性や文脈が変われば,勉強の意味が少し違って見えてきます.それは点と点をつなぐことでもありますし,過去が未来によって遡行的に意味づけられる理由でもあります.
 最後に,大学で学ぶのはとても効率的です.Albert Einsteinのような天才が何年もかけて考えて辿り着いたことを,たった数時間頑張るだけで私たちは学ぶことができます.試験はもちろん大変ですが,大変なことをしないと学ぶ効率が落ちることはよくあります.そして大学には一緒に学ぶ仲間がいます.仲間を得るのが難しいオンライン学習では,達成率が 5 ~ 10% だそうです.一方,日本の大学の卒業率はなんと平均80%だそうです.誰かと一緒に同じ場所で学ぶというのは,実は学習を続ける上でとても効果的な動機づけの方法です.
 そして誰かが傍にいれば,こうして質問することもできます.大学はあなたのような疑問を持ち,学ぶ人たちに開かれています.大学を辞める前に,ぜひ大学をうまく活用してみてください

  いまITの先進技術では大学で習う情報処理の理論が大活躍しています.検索エンジンの順位,インターネット販売の商品推薦,カメラの顔画像認識……いずれも情報処理の基礎理論やさらにその基礎である数学を活かした研究成果による技術ばかりです.あるいは,SEになって銀行や商店のITシステムを設計する職業に就くと,計算機やネットワークの性能の知識,ソフトウェア開発のノウハウなどが欠かせなくなります.これらはすべて大学で勉強可能な専門知識ばかりです.一言に ITのエンジニアといっても多種多様な専門性があり,皆さん一人ひとりにとって何が必要になるかは職場に配属されてみないと分からない面もあります.大学での勉強は,皆さんがさまざまな専門家になるための第一歩をいろんな方向に踏み出すための,広い入口です.それがどの仕事にどう役に立つかを理解できるようになるには,勉強や経験の積み重ねが必要かもしれません.もしそれを早く実感したいということでしたら,たとえば開発業務や運用業務に就かせてくれる本格的なインターンシップで現場を見てくる,プログラミングコンテストで腕を試す,と いったことも試してみるといいかもしれません.

伊藤貴之
伊藤貴之
[正会員]
お茶の水女子大学
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