Vol.60 No.1(2019年1月号)



 H.K
[ジュニア会員]
大学生

 

100年後のコンピュータ科学はどんなことを研究しているの?

 コンピュータが生まれてまだ100年経っていません.そのような若い学問の100年後を想像することはとても難しいのが実情です.コンピュータ創成期には大ぐくりには,ハードウェアとソフトウェアという分類であったかと想像されますが,現在の情報処理学会では,約40の専門分野に分かれています.この数は,世界最大のコンピュータに関連する米国の学会ACMもだいたい同じです.
 40個の専門領域を60年前に予想することは困難であったと思います.しかも,40の分野それぞれが非常に大切な役割を果たしています.これからも細分化が進むと想定されますが,100年後の新しい研究分野を言い当てる能力を回答者は残念ながら持ち合わせておりません.
 病理医はdoctor of doctorsと呼ばれます.すべての診療科を支える共通基盤的な医学分野と捉えられています.同様にRichard Karpは京都賞受賞時にコンピュータサイエンスはqueen of scienceであると言いました.コンピュータサイエンスは多様な学術の根幹を支える基盤となる学問という見方です.コンピュータに関する研究分野はほかの多くの学術とともに今後も無限の広がりを持つでしょう.
  我が国,そして世界には多くの社会課題が山積しています.平成29年7月九州北部豪雨,平成30年7月西日本豪雨など立て続けに異常気象により痛ましい被害が生まれました.また日本は,超高齢化社会に向けた破綻しない保険制度を設計する必要があります.世界的には,SDGs(Sustainable Development Goals)という全世界が解決すべき社会課題が提起されています.社会課題の解決には情報技術の進展が不可欠です.社会の課題をデータで捉えようとするビッグデータの基盤技術が近年大きく進展しました.一方で,バグのないソフトウェアの作り方すらいまだ分かっていません.日々セキュリティに関する被害が報告されます.すなわち未解決の難問は多々残っています.100年後も,社会課題やITの難解な学理にIT研究者は挑戦し続けていると信じます.

喜連川優
喜連川優
[正会員]
国立情報学研究所
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和田英一和田英一
[名誉会員]
IIJ技術研究所

 リスト,スタック,ハッシュなどプログラミングの主要技法は計算機が出現して数年のうちに発明され,後に再発見されているだけという人がいる.そのほとんどがDavid Wheelerによるという人もいる. コンパイラの開発法,演算回路の設計法は確立され,世はインテルとマイクロソフトの製品で満たされた. 今でも新プログラミング言語が時々発表され,計算モデルの提案も後を絶たぬが,インパクトのあるものは少ない. 要するにコンピュータ科学はすでに終わったと見てよい. パソコン,ネットワークの登場時にはしばらく活気づいたが,今後劇的な進化はないであろう. ユニークな新製品は期待されなくもないが,未来は応用が主流になる.
 今や情報処理装置はモータ同様にどこにでも設置されている. さらに相互に接続され,巨大データベースやサーバと情報交換する.
  コンピュータ科学に興味ある人は領域外に進出し,情報ネットワーク環境を人類のために活用し,先端医療,災害予知,交通輻輳制御,総合物流網,その他思い付く限りの有効な利用法の開発に情熱と知見を集中すべきであろう.
  私自身はプログラム書きが好きだが,絶滅危惧人種のつもりでいる.

 「シンギュラリティ」が話題になっている今日,100年後を考えるなんて随分悠長な人ですね.シンギュラリティは物理学的にはビッグバンやビッグクランチ,あるいはブラックホールなどの特異点のことですから,その向こうは予測不能です.技術は加速しています.コンピュータが誕生してから今日まで約60年ですが,同等の変化は今後は5〜10年でやってくると考えています.ですから,正直な話,10年後を語るのも難しいと思っています.
 文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)というところで定期的に科学技術予測を行っているのですが,ITに関しては予測は無理だということを申し上げました.また,ITを物理や医学などのほかの分野と並列に置くのは間違いで,それらを横断する軸で捉えるべきだとも提言しています.今後は社会のあらゆる分野に入り込んでくるであろうし,そのための研究開発が行われると考えています.
 さて,100年後.AIがかなり成熟しているはずなので,研究に関与してくると思います.昔々,半分冗談でAI研究の最終目的はAIにAIの研究をさせることだと言っていましたが,あながち間違いではなかったようです.

中島秀之
中島秀之
[正会員]
札幌市立大学
(公立はこだて未来大学 名誉学長)
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加藤淳
 加藤 淳
[正会員]
産業技術総合研究所

 コンピュータ科学は,人の手で発明され継続的に改善されているコンピュータを対象とした学問なので,この質問は100年後のコンピュータ像から考える必要があります.
 個人的に注目しているのが「仮想」に関する2つの技術です.まず仮想化技術について.かつては仮想化した計算資源の上でプログラムを動かすという発想でしたが,最近は逆に,プログラムやデータを用意すると適した実行環境がクラウド上に構築されます.次に,VRについて.センサ,アクチュエータ,インタラクション技術の進歩で,人の五感情報を入力したり再現したりする研究が進んでいます.100年後は,量子コンピュータ,分子コンピュータといった新たな計算資源や,ブレインマシンインタフェースといった対人インタフェースが高度に実用化されているかもしれません.
 これらを併せて考えると,100年後のコンピュータ科学では,人が開発したいことを思い浮かべれば,適した統合開発環境(計算資源と,人が五感で感じられる実世界の環境)がすぐ構築されるプログラミング体験(PX)に関する研究が行われていると思います.やりたいことができる環境を瞬時に作れる未来,すごくワクワクしませんか?

 まず,コンピュータ科学はいつ誕生したのか,を問うてみますと,1936年のチューリングの計算可能数に関する論文に求めるのが有力のようです.それから80年,コンピュータ科学は巨大な学問分野となり,今日の情報化社会の創出に大きな貢献をしてきました.過去80年の大進化を見るにつけ,100年後の予想は妄想となること必至です.
 コンピュータ科学は,ひとことでいえば「計算」に関する学問といってよいでしょう.「計算」は,伝統的には,数学のように,抽象性において研究され,人工的な法則を取り扱ってきました.これに対し,近年,「計算」は物理的プロセスであり,計算機に何ができる否かは物理法則によってのみ決定されるべきだ,という考えが台頭し,量子情報科学という新分野が誕生するに至っています.両者は一見相容れないようにも思えますが,数学にせよ物理にせよコンピュータ科学にせよホモ・サピエンスの脳が「計算」した結果なのだと考えれば,案外不自然ではないのかもしれません.
 さて,100年後のコンピュータ科学ですが,やはり「計算」を研究していることでしょう.それは量子情報科学的にも脳科学的にもその他諸々的にも,とてつもなく深化した概念であるところの「計算」であり,たとえば,P対NP問題は,ホモ・サピエンスの脳が「計算」する限り決定不能である,と結論されているかもしれません.ちょうど,チューリング機械において停止性問題が決定不能であるように.

小野寺民也
小野寺民也
[正会員]
日本アイ・ビー・エム(株)
 東京基礎研究所
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福地健太郎福地健太郎
[正会員]
明治大学

 100年後を考える前に,100年前やもっと前のコンピュータ科学について考えてみましょうか.Charles Babbageの階差機関やJohn William MauchlyらのENIACでは,信頼性の高くない部品にどうやって確実な計算をさせるかが課題になっていました.歯車の精度に悩んだり,真空管が壊れても計算を続ける手段を考えるのが,当時は最先端の問題だったのです.研究が進むにつれ部品の信頼性は向上し,それらが確実に動くことを前提にいまのコンピュータ科学は築かれ,大きな発展を遂げました.
 現在,人類は再び信頼性の低い部品に向き合っています.量子コンピュータや脳模倣型回路はその代表例です.いずれもいま私たちが「計算」といって理解できる考え方とは異なるアプローチが求められるもので,そこから確実に「価値のある」結果を取り出すにはまだまだ工夫が必要です.
 100年後のコンピュータ科学を楽観的に考えるなら,そうした新しい計算の概念を既存の計算機といかに接続し持続可能かつ莫大な計算力を作り出すかの研究開発が一段落し,それを人類社会の発展のためにどう応用するかに取り組む時期になっているでしょう.宇宙へと乗り出した人類のための惑星間ネットワークや,深宇宙探査船用AIの研究も,そろそろ始まっているころかもしれません.

 あらゆる科学技術は進化を続けていますが,コンピュータ科学は,それらを加速させるといった重要な役割を担っています.コンピュータ科学は,その黎明期には,計算機やプログラムに関する基礎理論やコンピュータ上への実装やコンピュータシステムを利用した応用に関する研究が推進されてきました.計算機システムとしては,単体のコンピュータから始まり,タイムシェアリングシステム,並列システム,分散システム,インターネット,ユビキタス,モバイル,クラウド,IoT/CPS,深層学習など次々と新しい技術,計算環境,情報空間を創出し,社会を支える情報インフラとして活用されてきました.現在は,情報を扱うすべてのテーマと関連し,自然科学だけでなく社会科学の基礎をも支えるメタサイエンスとしての学問分野に成長しています.
  100年先のテーマですが,基本的には,“基礎”と“応用”,あるいは“サイエンス”と“エンジニアリング”といった視点で整理できると思います.これまでの古典的な計算機や計算モデルを中心としたテーマではなく,誤り耐性を持った万能量子コンピュータや脳の構造を模したニューロモーフィックコンピュータのような新しい計算理論やアルゴリズムなどといった新しいコンピューティングパラダイムの創出とともに生まれてくる課題の解決が続いていくと思います.また,我々が生活している情報空間という面では,社会の隅々にまでAI技術やロボットが組み込まれ,同様に人体の中にも組み込まれ,人と機械が共生/共創するサイバーフィジカル空間上での新しい生活環境が創出され,それらの制御,最適化,予測といった課題や社会システムの課題なども研究されると考えられます.また,応用に関しては,計算化学,計算社会学,計算デザイン,計算公共政策,計算倫理など,これまでの学問分野との融合が加速し,“Computational X”といった学問分野が活発になることが予見されます.
 大学生の方とのことですが,ビジョン,ミッション,パッションを持って,基礎・理論的な課題や応用システム,あるいは新しい“Computational X”などさまざまなテーマへチャレンジされることを期待しています.

徳田英幸
徳田英幸
[正会員]
国立研究開発法人情報通信研究機構/慶應義塾大学名誉教授)
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