2019年04月22日版

「ようやくわかり合えたAIとスパコン」

関口 智嗣(長期戦略担当理事)


 この稿がIPSJメールニュースに掲載されて皆様のところに配信されるときには、もう「平成」も残すところカウントダウンに入っているのでしょう。気分が押し詰まったようでもあり、また新たな年明けにワクワクするような不思議な感覚です。平成最後となる情報処理学会「理事からのメッセージ」に寄稿できる歓びとともに、次回情報処理学会総会において無事(かどうかわかりませんが)に4年間の理事任期を満了することになります。長期戦略担当として会員皆様のために情報処理学会がどうあるべきか、微力ながらお手伝いさせていただきました。ただ、十分な成果もないまま、大変なお仕事を後任の方々に委ねることとなります。ここまで、辛抱強くお付き合いいただきました皆様に心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

 さて、今回は少し昔話を。30年前の1989(平成元)年頃は1982年に開始されたICOT(新世代コンピュータ技術開発機構)が並列推論マシンPIMや並列論理型言語による第二次人工知能ブームの最中でした。また、ほぼ同時期の1981年に開始された「科学技術用高速計算システム」プロジェクト(通称スパコン大プロ)のいずれでも最終成果物の見せ方や次期の計画などが議論されていました。とはいえ、筆者もまだ30歳の「ひよっこ」で、当時の大人たちの会話はインピーダンスが合わず、右の耳から左の耳へと通り抜けていました。いま思えばせっかくの貴重な機会に惜しいことをしました。いまでこそ「京コンピュータ」やその後継などは文部科学省が主導していますが、このころの挑戦的プロジェクトはいずれも通商産業省(いまの経済産業省の前身)が音頭を取りコンピュータメーカを中心とする産業界と工業技術院電子技術総合研究所(いまの産業技術総合研究所の前身)が一丸となってチャレンジする体制が構築できていました。

 ある日、人工知能関係の新聞発表で「小学生の文章題で鶴亀算が解けた」というのがありました。鶴亀算は問題を理解できてしまえば、高々2次元の連立一次方程式になります。私個人はスパコン大プロに従事していましたので問題を理解した後の問題に気が回っていました。実際にスパコンの研究者は1000次元の連立一次方程式を頑張って解いていたのですから、問題の難しさの軸がそもそも異なっていたわけです。

 平成の初めのころはこのように人工知能の研究とスパコンの研究は直交するくらい方向・価値観が違っていました。しかし、ICOTの次に通商産業省が立ち上げたのがRWCP 新情報処理開発機構です。これは1992(平成3)年から2002(平成13)年の10年間プロジェクトでした。ICOTは人間が有する論理的側面に対してRWCPでは直感的な側面を「柔らかい情報処理」として実世界の実データから実現するというアプローチをとりました。さらにシステムの方はマイクロプロセッサをベースにしてクラスタコンピュータを構築して、専用ソフトウェアによる高性能を実現することを目指していました。

 いまの第三次人工知能ブームの火付け役は言うまでもなくGeoffrey Hinton氏らが深層学習を大規模な実データに対し大規模なコンピュータシステムでその有効性をデモンストレーションしてみせたことです。しかし、我が国にはICOTやRWCPにおいてAI用コンピュータの研究で世界をリードしてきた実績もあります。手前味噌で恐縮ですが、昨年公開した産業技術総合研究所のABCI(人工知能向けクラウド)も世界で屈指の能力を誇っています。企業の抱える具体的な問題の解決をお手伝いしています。いま、平成の30年を経て、人工知能は実世界の複雑で予測困難とされた問題を解いており、これはもはや鶴亀算の世界から大きく羽ばたいて、スパコンでも解けなかった世界へと突入しています。直交していたと思った軸は遂にひとつになりました。こうした、先人たちの決めたディレクションがいまの、新たな実世界の人工知能を開拓する礎となっていることを思い起こすのに良い機会です。30年は長いようですが技術が融合し成熟するのに必要な時間なのだと思います。

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