2024年02月01日版:佐藤 寿倫(調査研究担当理事)

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    「スはスペキュラティブのス

    佐藤 寿倫(調査研究担当理事)


     令和6年能登半島地震により犠牲になられた方々に心からお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに深くお見舞い申し上げます。この原稿を書いている現在、発生から約2週間が経過しておりますが、依然として孤立状態の地域が存在しています。通信インフラが絶たれ、半島の地形が救援アクセスを困難にしているため、被災地外へ被害の甚大さが伝わるのに時間がかかりました。社会インフラの重要性を痛感させられる出来事です。

     さて、調査研究担当理事として1年半が経過し、任期の終了が見えてきました。この期間、学会活動においてどれだけの貢献ができたのか気がかりです。どのような成績をいただけるでしょうか。理事の職務については「理事からのメッセージ1)」で多くの方々が説明されていますので、わたしはこの機会を利用させていただいて徒然なるままに戯言を書き散らかしたいと思います。

     SFとテクノロジーとがお互いに影響し合っていることに異を唱える方は少ないと思います。SFが予測するテクノロジーが実現されることはしばしばあり、逆に現在のテクノロジーにインスパイアされて尖鋭なSF作品が執筆されることもあり、両者はお互いに深く結びついています。たとえば仮想空間というテーマはSFでは古くから語られてきましたが、最近ではこの概念が現実に近づいています。近年では細田守監督の作品が多くの人々に知られています。現在世間を賑わせているメタバースや少し前に話題となったセカンドライフは、SFが描く仮想空間を実現する試みの一環と見なせるでしょう。わたしが所属している大学では本年度(2023年度)にメタバース入学式を開催しました。仮想空間が現実の出来事となりつつあります。

     近年ChatGPTに代表される生成AIが注目を浴び、この「理事からのメッセージ」でも何度も取り上げられています。AIの反乱もSFではよく扱われるテーマであり、古典的な作品として『2001年宇宙の旅』や『ターミネーター』が有名でしょう。生成AIの性能が向上し続ければ、カーツワイル(Ray Kurzweil)の予言したシンギュラリティが起こるかもしれないと不安に感じる人もいるでしょう。しかし、わたしはそのような心配はしていません。なぜなら、「シンギュラリティSFに傑作なし」だと思うからです。しばらく前には翻訳SF界でシンギュラリティSFの出版ブームがありましたが、読み継がれる作品は思い浮かばず、まるでそのようなものはなかったかのようです。でも、この理屈が正しいとすると、ヒトを越えないAIは反乱を起こすかもしれませんね。

     わたしはそれよりも痴呆化に関心があります。ワープロの登場により漢字を書くスキルが低下したという事実は広く認識されているでしょう。漢字を書く機会が急激に減るのですから、これは当然の帰結でしょう。同様に、生成AIの登場により文章を書く能力、具体的には論理的な文章を組み立てるスキルが低下する可能性を想像できます。わたしは学生に対して生成AIの利用を推奨していますが、それには無条件ではなく慎重な姿勢が必要です。最近の出来事ですが、プログラミングの課題に取り組む中で完成できないという質問を受けました。一見して間違いに気づけるようなコードでしたが、その学生は気づけなかったのです。その学生が生成AIにコードを作成してもらっていたことが原因でした。生成AIがしれっとついた嘘を見抜けるようになるまでは、学生には生成AIへの依存には慎重になるよう注意を促しています。

     生きていく上で騙されないためには科学の知識が必要です。同様に、生成AIに騙されないためにも知識は必要ですが、その必要な範囲はどこまでなのかという問いには一概に答えが出難いものがあります。原理を知らないよりは知っておくべきですが、教育すべき知識の境界線はどこにあるのでしょうか。わたしの担当科目では、スマホネイティブでコンピュータの中身に興味を持てない学生に、D以外のフリップフロップ、二の補数表現、エンディアンなどを教えるべきかどうかを悩んでいます。専門分野の教育でも境界線を見出すことは困難ですから、一般人が生成AIに騙されないための教育の境界線を定めることは一層困難かもしれません。

     バチガルピ(Paolo Bacigalupi)の『第六ポンプ』には、社会インフラを維持管理している技術者がマニュアルを読むことすらできなくなった、痴呆化の進んだ世界が描かれています。故障しても修理することはできず、社会インフラが朽ち果てていくことをただ待っているだけの世界です。その先にヒトの未来はないでしょう。そのような世界を迎えないためには、批判的思考を身に付けるための教育が求められるでしょう。知識を単に受け入れるだけではなく、考えるスキルを低下させないことが重要です。だとすると、生成AIが精度向上して嘘をつかなくなり無批判に生成AIを受け入れられるようになったときには、『第六ポンプ』の世界が現実のものとなるのでしょうね。

     しらんけど。

    1)https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/riji_message.html
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