2026年10月29日版:斎藤 彰宏(技術応用担当理事)
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2026年10月29日版
「学会ができること、学会ができないこと ─産学の対話の現場から─」
斎藤 彰宏(技術応用担当理事)
技術応用担当理事として、産業界の方々と対話する機会を数多くいただいています。その中で、立場の異なる複数のリーダーから繰り返し投げかけられてきたのが、「情報処理学会は社会の何の役に立つのですか」という問いです。新しい技術が急速に実装されるなかで学会への期待は変化し、同時に過大な期待や誤解も生まれています。理事として見えてきた「学会ができること」と「学会ができないこと」を率直に整理します。
産業界から期待されていること
企業との対話を重ねて明確になったのは、期待の多くが「中立性」と「横断性」に向けられているということです。AIや量子コンピューティングのように過熱が先行しやすい領域では、本当は何ができて何ができないのかを冷静に見極めたいという声を耳にします。また、大学、研究機関、企業の多様な立場が集まる学会にこそ横串を通してほしいというご意見も多くいただきました。そのうえで求められているのは、学会の活動内容の説明ではなく、それがどのような価値を生んでいるのかを示すことです。
学会ができないこと
一方で、学会には明確な線引きがあります。特定製品の推奨や即効性のあるソリューションの提供は、学会の役割ではありません。製品評価や導入支援は、企業がビジネスとして担う領域です。これは優劣ではなく役割分担であり、それぞれが持ち場を果たすことで社会実装が進みます。十分な議論を経ないまま、話題の技術について公式見解を示すことも同様です。学会は議論と検証を重んじ、迅速性よりも客観性と妥当性を優先します。ただし、それは口を閉ざすことではありません。学会は組織としての見解を急ぐのではなく、専門家が根拠を持ち寄り議論する場を通じて技術の実像を示します。
また、役割上の線引きに加えて、資源の制約もあります。学会活動の多くは、会員の皆様の自発的な参画と、個人会員および賛助会員の皆様のご支援によって成り立っています。研究者や技術者が本務の傍らで力を尽くしてくださる仕組みであり、その熱意こそが学会の原動力です。だからこそ、山積する課題のすべてに応えるのではなく、何に注力し何を見送るのかを見極めることが、活動を続ける上で欠かせません。
学会ができること
では、学会だからこそできることは何か。私は4つあると考えています。
第一に、中立的な立場から技術の実像を示すことです。所属の異なる研究者と実務家が知見を持ち寄って示す評価は、個々の組織の立場からは示しにくいものです。
第二に、対話の場を設けることです。産学官が同じテーブルにつく場は数多くありますが、学会の場には2つの特徴があります。結論の期限に縛られずに前提から問い直せること、そしてそこでの議論が研究会や論文誌という検証と蓄積の仕組みにつながることです。
第三に、研究会を核とした知のコミュニティを維持することです。研究者と実務家が継続的に議論することで、知識と人的ネットワークが同時に育ちます。私自身、研究会で出会った方々が、のちに共同で研究や実装に取り組む例を何度も目にしてきました。
第四に、知識を体系化し、人を育てることです。実務の現場で生まれた成功と失敗の知見を蓄積し、論文誌や研究会を通じて共有することは、将来の標準化やガイドライン策定にもつながります。学生から第一線の専門家までが所属の枠を超えて学び続けられる環境を保つことも、我が国の技術基盤を支える営みです。
おわりに
学会は、すべての期待に応えられる存在ではありません。しかし、その限界を理由に立ち止まることも許されません。中立性は沈黙を意味せず、慎重さは変化を拒む理由にもならないからです。
学会の存在意義は、多様な専門家が集まっていること自体にあるのではありません。中立性と横断性を保ちながら産業界や公共の現場との接点を持ち続け、そこで生まれた知識と対話を社会に還元することにこそ意義があります。接点を更新し続けなければ、どれほど豊かな知見も閉じた共同体の内部にとどまります。
冒頭の問いに、私はこう答えたいと思います。学会は、明日の課題を解いてくれる存在ではありません。学会が役に立つかどうかは、五年後、十年後にその課題を解ける人と知が社会に残っているかどうかで決まります。即効性のなさは学会の弱点ではありません。たとえ他の誰も引き受けなくても、その時間軸を引き受けるのが学会です。
その担い手は、私たち会員一人ひとりです。研究会での議論、実務で得た知見の論文発表、所属を越えた対話の一つひとつが、学会の価値を形づくります。できないことを自覚しながら、できることを果たし続けること。私は、それこそが情報処理学会の役割だと考えています。

