VUCA時代に突入し,お客様の変化がますます早くなる中,企業もお客様に合わせて迅速に変化し続ける必要がある.そうしたお客様の変化をいち早く捉え,企業自らを変化させていくのに,DXが必須となる.
DXは全社改革であり,その実現に向け,すべての業務が改革を必要とする.特に継続的なUX向上が求められる中[1][2],全社の中でのコンタクトセンターの役割を再定義し,具体的にどのような業務改革がコンタクトセンターに求められるのかを明らかにする.
本稿は主に製造小売業を中心とした筆者の経験を基に記述しているが,今後,小売業から製造小売業を,または製造業から製造小売業(DtoC)を目指す企業の一助になればと考えている.
本稿は全7章で構成する(図1).
第1章に続く第2章では,時代背景とともに,事業におけるお客様の声の重要性を再認識する必要が”なぜ”あるのかについて説明する.
第3章では,お客様の声をどう事業に組み込むのか,全体業務プロセスとITソリューションに触れる.
第4章では,変革後の全体業務プロセスにおけるコンタクトセンターの位置づけを再定義している.
第5章で,再定義されたコンタクトセンターに求められる業務改革の具体例に触れている.
第6章,および第7章で,これらコンタクトセンターの業務改革実現に向け,店舗スタッフ,顧客データプラットフォーム構築など他部署含めた全社改革の必要性を謳っている.
VUCA時代に入り,これまでの経営の仕方を大きく変える必要がある.つまり「明確なゴールに向かって,計画を立て,徹底管理の下,確実に実行し,失敗しないことで,効率よくゴールを実現する」のではなくなっている.理由は,以前に比べ,大衆が求めるような共通の分かりやすいゴールがほぼ満たされ,残っているのは多様化した多種多様なお客様からの細分化された分かりにくい欲求になっているためである.その意味で「山登り型経営」から「サーフィン型経営」への変化が求められる,と言われることもある.「山登り型経営」は先の記述のとおりであり,ゴールが見えていることが前提だ.「サーフィン型経営」はゴールがすぐに見えないことが前提で,それであるが故に,お客様という見えにくいゴールから発せられる『お客様の声』にもっと頼っていくという考え方である.このお客様の声を集め,お客様の真の欲求を紐解き,事業プロセスへ活かし,お客様へ再度商品やサービスを届け,また声をもらう.これを何十回も短期間で繰り返していく.こうした「お客様の声を起点とした」新しい経営にシフトしていく必要があり,これらを実現するためにDXが必要なのである(図2).
これら一見して分からないお客様のニーズに応えていくためには,「多様な価値観に左右されにくい大きなゴール仮説を基に,プロトタイプを提供し,顧客のフィードバックを得つつ,その際に単純にお客様の言っていることではなく,真の欲求をくみ取り,商品やサービスに即時反映させ,再び提供し,再度お客様の声を問う.そうしたやりとりをクイックに回すプロセスを実現して初めて多様化した細分化されたお客様のニーズに到達することができる.
こうしたお客様との対話を繰り返しながらお客様の声を起点に商品開発,サービス開発をするためには,顧客接点を自ら持つ必要がある.新商品・新サービスを気軽に試す(ローコストでできる)場が必要なのと,お客様の反応をすぐにキャッチするためである.しかも,年に1回やればよいということではなく,複数回やり続ける「仕組み」が必要である.これが,「お客様を事業プロセスに組み込む」ということになる.結果,VUCA時代のゴールが見えないサーフィン型経営において,お客様の声は最も重要な経営資源となる.
そんな,今後ますます重要になる顧客接点はどこにあるのか.それは売場とコンタクトセンターである.特にコンタクトセンターは,わざわざお客様自らが自分たちのビジネスの至らない点を教えてくれる最重要チャネルになる.そんな重要なお客様の声を取得する機会を,オペレーター不足で電話が取れない,コストを掛けられないから返事が遅い,なるべく短い時間で応対する,などで機会ロスしている場合ではない.広告宣伝費よりもかけるべきコストである.
お客様の変化が年々早くなっている.お客様の声を起点とし,自分たちの業務に活かしきるためには,お客様の声を取得し,動的に自分たちの業務への変更を受け入れる業務プロセスを組み込む必要がある.期初に立てた計画とおりに進捗しているか徹底管理するのではなく,期中でも柔軟に計画を変更できる仕組みが必要である.
お客様の声を絶えず聴き,即座に自社が変化していくためにやることは2つ.
この2点である.
1つ目は,どこから声を拾うか,どんな声を拾うか,どう商品やサービスに紐づけるか,真意をどうくみ取るか,真の要望をどう明確にするか,が,具体的な仕組み化のポイントとなる.
2つ目は,日々の業務の中に急遽入ってくるお客様の声を動的に組み込む業務プロセスの再定義をする.どのタイミングでどういう内容であれば当初計画と異なる要望を組み込むことができるか業務プロセスを整理する必要がある.
そして,お客様の声を活かした商品やサービスを投入し,それに対する新たなお客様の声を聞く.
この1つ目と2つ目を高速に回すことで,迅速なお客様の早い変化に応じた商品開発やサービス開発が可能となり,常に顧客の近くにいることができるようになる(図3).
この2ステップを迅速に回せるようにするためには,IT,デジタルの力をフル活用する.
ステップ1は,SNSからのお客様の声の自動収集,コンタクトセンターへの問合せの自動サマリや自動カテゴリ付け,などデータ収集やデータ統合に活用される.
ステップ2では,商品企画や,商品計画,生産計画,生産管理,物流,EC倉庫,店舗オペレーション,POSレジなど,現時点で各業務プロセスがどうなっているのか把握できないと,急な変更依頼に対応できない.そうした動的サプライチェーンのために,IT活用が主軸となる業務としてDAM(デジタルアセットマネジメント),需要予測,販売在庫計画自動化,生産計画自動化,工場キャパ自動最適化,発注タイミング自動化,店舗EC在庫統合,RFID,自動レジ,会員アプリ,店舗スタッフ向けアプリ,ECサイトのパーソナライズ,商品レビュー,FAQ,チャットボット,アンケート,投稿BOX,応対履歴管理,顧客統合データベースなどが必要となる(図4).
これらデータ起点で事業の全体業務プロセスを動的に変更させる仕組みが「お客様の声起点で変化し続けるためのDX」となる.
お客様の声起点で変化し続けるためのDXにおける,コンタクトセンターの役割は何だろうか.コンタクトポイントの1つとして,お客様の声を集める役割を担うのは当然の役割である.が,これに加え,このプロセスで最も重要な役割となるのは,このお客様の声を集め,精査し,各業務で活用できる形にして提供し,各業務がお客様の声を活用し新たな商品やサービスを開発し,お客様に提供され,お客様がその変化に気づきさらなる声を上げるところまで,見届けることである.このお客様の声を受け取ってから変わるまで全体のプロセスを見届ける部署が必要となるが,どの部署が担うのだろうか.これは,自社内において最も顧客に寄り添う部署であるコンタクトセンターが担うべき役割と考える.このあたかも『社内にいる顧客』であるように立ち居振舞うのが,「お客様の声起点で変化し続けるためのDX」における「顧客エージェントとしてのコンタクトセンター」と再定義する(図5).
顧客エージェントとしてのコンタクトセンターへの改革の道のりとして,筆者が実践してきたことをここに記す.
コンタクトセンターに求められる業務改革は3段階ある.既存業務の省力化,既存業務の進化,新規業務への拡張である.3つの各段階についてそれぞれ説明していく(図6).
「顧客エージェントとしてのコンタクトセンター」という新たな業務を追加で担うためには,リソースの確保という意味で既存業務の省力化が必要である.従来から省力化の話はあると思うが,コスト削減のための省力化ではなく,顧客提供価値向上を目指した顧客エージェントの役割を全うするリソース確保のための省力化である.
コンタクトセンターにかかるリソースは大きく
と2つの要素からなる.またコンタクトセンターに寄せられる問合せの目的は大きく5点ある.
この5つのうち問合せ数を減らすことができるのは②以外のすべてである.この①はいわゆるFAQやチャットボットで自己解決してくれるので,問合せ自体が来なくなる.③④⑤は一方的に伝えたいだけで,応答の必要がないので,投稿BOXを用意するだけで,こちらも対応時間をゼロにできる.
この効果は絶大で,売上が伸びているにもかかわらず,問合せ数を3割減らすことにも成功した.ポイントは,FAQやチャットボットの継続的な改善である.すでにFAQやチャットボットを導入されている企業も多いと思うが,FAQに載っているにもかかわらず問合せがくる場合も多い.読むべきFAQにたどり着いていない,読んでも分からない,読み飛ばされている.一度FAQを作成し,半年や1年に1回見直すのではなく,少なくとも週1回はFAQのログ解析をしつつ,オペレータの応対履歴の中に,本来であれば①で自動解決されるものがあるか確認し,継続的にFAQに変更を加え,具体的に問合せが減るまでやり続けるのが重要である.お客様へ届けば必ず問合せは減ってくる.
顧客エージェントとして,顧客の声を各部署に届け活用されるためには,本当に顧客が何を言いたいのかきちんと把握し,正しい顧客の声を各部署に届ける必要がある.認識違いの顧客の声を届けてしまうと,会社の事業全体に悪影響を及ぼしてしまうので重要性は計り知れない.そのため,顧客の声を正しく捉えるという進化が必要である.
顧客の声を正しく認識する必要がある.つまり本当に顧客が言いたいことは何か.言っていることではなく,言いたいことである.「社長を出せ」と言われたら,本当に社長を出してほしいのではなく,そう言いたくなるほど酷い目にあった,と言うことである.そして結果求めている対応は返金なのか商品交換なのか,そうした感情を潜り抜けて,真の要求を引き出すのが大事であり,そしてこれは思いのほか簡単ではない.
正しく聞くために重要なのは,事実情報と感情情報を適切に分けることである.そして情報を適切に解釈すること.つまり事実情報から勝手に過剰に感情情報を予測しないこと.逆に感情情報から勝手に過剰に事実情報を予測しないことが重要である.
省力化により問合せ数そのものが減り,正しく顧客の声を聞きとれるようになると,簡易なものは対応できているので,全体的な比率として難易度の高い問合せが残る.こうした対応に通常のオペレータやSV(スーパーバイザー)が想定外に時間を取られると,通常運営に支障をきたし,管理コストも増え,全体の残業時間増加へと悪循環を生む.そこで専門部隊の設置が有効となる.ハードクレーム対応や法的な対応,複雑な返品交換対応など,特殊な対応が求められる問合せは専門部隊に任せることで,通常のオペレータやSVが,急に手を取られ,体制が手薄になることを防ぐことができる.
各部門で新しいサービスなどを企画し,お客様へリリースする前に,お客様がどう受け止めるか,お客様が困ることが発生しないか,サービスリリースの前にコンタクトセンターのSVに確認するのも有効だ.問題が発生してから対応するよりも,問題自体発生しないように未然に防ぐ方が,断然コスト効率がよい.
ここまでの準備が整ったところで,ようやく「顧客エージェントとしてのコンタクトセンター」への道が開ける.顧客エージェントとは顧客の代理人ということで,コンタクトセンターの人間が,社内から顧客と同様に扱われることを意味する.各部門の業務で,顧客の声を活用することが求められる中,コンタクトセンターのオペレータは,直接顧客の声が聴ける貴重な存在である.商品企画,生産,販売,その他EC,店舗オペレーション,アプリ,情報システムほか,あらゆる部門が頼りにする存在となる.
ここからその具体的な活用例を挙げていく.
お客様の声の中から各部門ごとに主要な声をピックアップし,整理し,レポートで届ける,だけではこれまでと変わらない.これに加え,各部門によってこれは,と気になる声は,その声を聞いたオペレータが直接その部門長(役員)へ説明,対話をすることで,臨場感のある,真の顧客の声を部門が獲得することになる.役員とオペレータが直接会話をするのだ.こうしたオペレータと対話する会を各部署が新設した.通常の各部署の定例会にオペレータを呼びつける,ということではなく,オペレータをお客様のエージェントとして丁重に取り扱い,あくまでお客様のための会を新設した,という点に心構えとして大きな意義がある.
この効果は2つある.1つは役員がオペレータを顧客とみなし,顧客から直接声を聞くことによる,コンタクトセンターを顧客エージェントとみなしているという全社への姿勢の共有である.そしてもう1つ,オペレータは役員に直接声を届けると思うと,会社の代表として顧客の声をきちんと聴こうという主体的な態度になり,質のよいお客様の声を引き出すことができる.
先の結果,オペレータは役員や本部部門長の傍にいる必要がある.そのため,もしコンタクトセンターが地方に置かれ,役員などがいる本部業務の中枢から離れているのであれば,本部の傍に移転または拠点設置を考えることも検討したい.
「課題解決チーム」というと,先の「進化」における「各部門定例へのSV参加と事前問題提起」と似ているが,主体性という意味でまったくの別物である.先の例は,あくまで聞かれたことに答えるというスタンスで受け身的であるが,この課題解決チームは違う.主体的に問題を発見しに行き,事前に前始末をつけに行く.始まりはお客様からの問合せからだが,そこでこれまでにない課題だと分かると,通常のオペレータからこの課題解決チームへと主幹が移る.急ぎ,目の前のお客様のために解決をしにいくが,初めての課題のため,対応方針が定まっていない中,社内の各方面を駆けずり回り,必要な情報や対応を引き出し,解決へと導く.さらに,ここで終わらず,根本原因を特定し,根本対応を策定し,再発防止策も考え,各部門へ調整をかけ,根本解決するまでやり切ることをミッションとしている.こうすることで,問題の拡大を防ぐと同時に,問題発生そのものを押さえに行く.
これら,省力化→進化→拡張を経て,顧客エージェントとしてコンタクトセンターを確立することで,お客様の声を起点にして事業プロセスを変え続ける,VUCA時代に適したサーフィン型経営を推進していくコンタクトセンターが誕生することとなる.
DXはコンタクトセンターだけの改革では進まない.店舗オペレーション,ECサイトオペレーション,アプリ,商品企画,商品計画,販売在庫計画,生産計画,生産管理,物流,といったすべての部署が同時に同じビジョンに向かって連動しながら改革を進めていく必要がある.
お客様の声に加え,店舗スタッフの声を活用することも忘れてはいけない.売場で最もお客様の近くにいるのは店舗スタッフである.特に売れる感覚や,店舗でのお客様の会話など,有益な情報は多い.ここは,店舗向けアプリなどで,店舗スタッフがスタッフの声をストレスなく迅速に挙げられる仕組みを提供することで,スタッフの声を吸い上げる仕組みを提供したい.
お客様の声を,全部署で活用するためには,一元管理された顧客データプラットフォームが必要となる.あらゆる顧客接点からお客様の声を集め,クレンジングをし,名寄せしながら,AIを活用し,各部署で活用できるデータを仕立て上げていく必要がある(図7).
本稿ではDXにおけるコンタクトセンターの新しい役割について,筆者のこれまでの経験や,有識者とのディスカッションを通じて得た知見を軸に,コンタクトセンターだけでなく,全社の視点からも論じた.
1つ1つやっていることは,すべて基本的なことで,できないと思うものは何ひとつないのではないかと思う.が,難しいと思ってもいるのではないだろうか.それは組織の横断的な活動が多いからだ.セクショナリズムを超え,共通の理念,ビジョンに向かって,全社員全部門が連動して1人のお客様に対峙していく[3].そうした束ねる役割は当然社長以下経営陣の主体的なリード,特にマインド変革のリードが欠かせない[4].加えてDXとは,デジタル化やITのことではなく,企業文化改革含めた全社改革であることを,最後に強調しておく.
内藤礼志(非会員)
reiji.naitoh@mindsoietylab.com
(株)Mindsocietylab代表取締役.製造小売業を中心としたグローバル日系企業で,全体業務改革から情報システムの企画,開発,運用まで,事業全体のDXの推進に従事,その中でコンタクトセンターの改革を複数実施.2022年12月に(株)Mindsocietylabを設立.精神社会の実現を目指し,現在は,講演や研修,コンサルティングなどで企業のDX活動の支援を行っている.
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