情報処理学会60年のあゆみ
第1編―学会60年のあゆみ
第2章 学会活動10年間のあゆみ

本章では,創立50周年を迎えた2010年度以降現在(2020年3月末時点)に至る10年間の情報処理学会(以下,本会と記す)の運営や事業活動の成果を示す.

2.5 人材育成

情報処理分野における人材育成に関連して,本会では多くの委員会によりさまざまな活動が行われてきている.これらの委員会のほとんどは情報処理教育委員会の下の委員会として位置付けられているが,技術応用運営委員会の下にあるITプロフェッショナル委員会および資格制度運営委員会においても,技術者の資格制度に関する活動が行われている.本章では,これらの委員会による人材育成に関連するこれまでの活動について報告する.

なお,情報処理分野における人材育成に関連して,情報教育に関する研究,たとえばプログラミング教育の方法論や教育情報の解析技術などに関する研究は,調査研究運営委員会の下にある研究会において活発に行われている.本章で報告するのは,研究ではなく人材育成に関連する実践的な活動である.

人材育成の実践的活動は,いくつかの軸で分類することができるが,教育段階によって分類するのが最も分かりやすい.すなわち,幼児教育,小学校教育,中学校教育,高校教育,高専(高等専門学校)教育,大学共通教育,大学専門教育,社会人一般に対する教育,技術者に対する教育と分類することができる.また,具体的な活動としては,カリキュラムの体系化,カリキュラム標準・参照基準の策定,教材の開発,試験問題の作成,教育組織の認証,個人の資格認定,コンテストの開催,教育者の支援,各種の提言の起草などがあげられる.

情報処理教育委員会の下にある初等中等教育委員会では,幼児教育までは扱っていないが,小学校教育,中学校教育,高校教育における各種の活動を行っている.教員免許更新講習委員会では定期的に教員免許更新講習会を開催することにより,高校の教員の支援を行っている.情報入試委員会では,教科「情報」における大学入試に関して,試験問題の作成や模擬試験の実施などを行っている.さらに,調査研究運営委員会の下にある「会員の力を社会につなげる研究グループ」は,高校教員や高校教員を目指す学生への支援活動を行っている.以上の活動については2.5.1項で詳説する.

高専教育委員会は,2.5.2項で述べるように,高専教育を担当しており,高専プログラミングコンテストの開催などを行っている.

大学教育に関しては各種の活動が行われている.まず,2.5.3項で述べるように,情報処理分野における教育の体系化,具体的にはカリキュラムや参照基準に関連する活動があげられる.情報処理教育委員会の下にあるJ17作業委員会は,カリキュラム標準J07およびその後継であるJ17の策定を行ってきた.J17の下にはさらに分野別のカリキュラム委員会が置かれ,J17のそれぞれの分野のカリキュラム標準の策定を担当している.また,親委員会である情報処理教育委員会は,日本学術会議の参照基準策定の活動に協力してきている.具体的には,情報学分野の大学学士課程の参照基準の策定を行った.さらに,小学校教育から大学共通教育に至る情報教育の体系化を目指す「情報教育の参照基準」の策定にも協力している.こちらの参照基準は,大学教育だけでなくあらゆる教育段階の情報教育を対象としている.

一般情報教育委員会は,2.5.4項で述べるように,大学における共通教育を対象とした各種の活動を行っている.J17においては,一般情報教育委員会のカリキュラムの策定も行っている.

大学専門教育に関しては,2.5.5項で述べるように,アクレディテーション活動委員会が長年にわたってアクレディテーション活動を行っている.

情報システム教育委員会は,もとは分野別のカリキュラム委員会の1つであったが,2.5.6項で述べるように,情報処理教育委員会の下の常置委員会として,情報システム教育に関する各種の活動を行っている.

技術者に対する活動は,情報処理教育委員会の下にある技術士委員会と,技術応用運営委員会の下にあるITプロフェッショナル委員会および資格制度運営委員会が行っている.技術士委員会は,文部科学省の技術士制度改革に関する委員会に関連する活動を行っている.ITプロフェッショナル委員会および資格制度運営委員会は,本会のCITP(Certified IT Professional)制度の設計と運用を行っている.これらの活動に関しては,2.5.7項で述べる.

本章の最後の2.5.8項では,教育活動に関する表彰について報告する.具体的には優秀教育賞と優秀教材賞の2つの賞であり,どちらも情報処理教育委員会が選定を行っている.

2.5.1 初等中等教育・大学入試等に関する活動

情報処理教育委員会(以下「親委員会」)としての初等中等教育分野に関する活動は,その元にあるいくつかの小委員会や研究グループが主体となって行っており,2019年現在,以下のものがある.

  • 初等中等教育委員会(PS)
  • 情報入試委員会(JN) および 大学入学者選抜改革推進委託事業(DNSKSIJ)
  • 教員免許更新講習委員会(TD)
  • 会員の力を社会につなげる研究グループ(SSR)(高専での教育は中等教育分野も含むがこれについては高専教育委員会(KE)が扱っており別項に述べている)

以下では組織および活動ごとに切り分けて述べるが,実際はこれらの多くの活動を同一人が兼ねて担っている場合が多い.

(1)初等中等教育委員会(PS)

初等中等教育委員会(PS)は,2016年度までは委員会内全体で活動を行ってきた.2010年以降の活動の主なものとしては,2012年に公表した「『情報』試作教科書2012」があげられる.当時の高等学校の共通教科情報科が「社会と情報」,「情報の科学」の2つからなっており,実際には全国の約70%の高校現場でより科学色の薄い「社会と情報」が教えられていた.その現状に対し,「情報I」を必履修科目としその後に選択科目として「情報II」,「情報III」を設けるべきという提案であった(その後の2018年に公表された学習指導要領で,実際に必履修科目「情報I」と選択科目「情報II」が設けられた).

また並行して,国(主に文部科学省や中央教育審議会および関係の会議)へのパブリックコメントや,それ以外の当該分野の教育政策に対する提言を多く作成し会長名で公表した.また高校教科「情報」シンポジウム(ジョーシン)の主催・運営を行ってきた.

2017年度から2018年度にかけて組織をととのえ,行うことごとにワーキンググループ(以下WG)を作ることにした.2019年4月現在,以下のWGがある.

  • 初等中等教育関係のパブコメおよび学会意見表明の原案作成提案WG
  • イベントの企画実行WG
  • 国際比較検討WG
  • 教職課程および教員研修制度検討WG
  • ジュニア会員活性化委員会担当WG

なおジュニア会員活性化委員会担当WGは,本会内だが親委員会とは別の組織である「ジュニア会員活性化委員会」(以前は「ジュニア向けプログラミング教育検討WG」だったものが統合された)の活動と親委員会が連携する窓口を初等中等教育委員会が担当することになったことから,最近になって設けたものである.

(2)情報入試委員会(JN) および 大学入学者選抜改革推進委託事業(DNSKSIJ)

情報分野の大学入試に関する活動は,情報処理教育委員会情報入試ワーキンググループを引き継いだ情報入試委員会(JN)が担っている.ほぼ同一メンバによる「情報入試研究会(任意団体)」と協力し,2015年度までに4回の「大学情報入試全国模擬試験」を行った.

2016年度から3年間は,大学入学者選抜改革推進委託事業「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」(以下「DNSKSIJ」)が大阪大学に委託され東京大学と情報処理学会に再委託され,JNがこのうちの情報処理学会としての活動を担った.DNSKSIJは,思考力判断力・表現力の情報分野における定義およびそれに基づいた試験問題の試作を行い一方でCBT(Computer Based Test)のシステムを試作し,これらを用いて複数回の情報入試の試行試験模を実施した.また,情報教育の参照基準および情報教育分野のルーブリックについても策定した.

(3)教員免許更新講習委員会(TD) および 会員の力を社会につなげる研究グループ(SSR)

2012年5月に発足した「会員の力を社会につなげる研究グループ(SSR)」は,情報処理学会の会員が,初等中等教育の教育現場を支援することを目的として設立された.この研究グループでは,2012年8月に「東大での『一般情報教育』を体験しよう」というイベントを開催した.このイベントは,主に高等学校情報科の教員を対象とし,SSRのメンバで東京大学教養学部の「情報」,「情報科学」の授業を担当していた複数の同学部教員が,同授業の一部を再現(再演)した.このイベントが好評であったため,翌年以降も,同イベントを継続することとなった.

全国の小中高の現職教員には,10年ごとに「教員免許更新講習」の受講が義務付けられている.これは大学や各地方の教育委員会の機関が主催するものが多いが,学会が主催することも可能であることが分かり,2013年冬に有志がワーキングループを組織し,上記「東大での『一般情報教育』を体験しよう」イベントの内容を骨格とした教員免許更新講習を2014年夏に東京大学駒場キャンパスを会場として3日間実施した.教員免許更新講習としては受講年度に該当する小中高校教員などの受講該当者だけが受講するものとなる.しかし同じ講習をSSR主催の講習会としても位置付ける「2枚看板」方式とすることで,それ以外の参加希望者も参加できるようにした.

上記のワーキンググループはその後に教員免許更新講習委員会(TD)に改組され,現在はこの委員会が教員免許更新講習の実施を担っており,また任意のイベントとの2枚看板方式はその後も続けておりそちらは引き続きSSRの主催となっている.これは2015年以降,毎年徐々に規模を拡大しており,2018年度は,夏に東京大学3日間と大阪大学1日間,冬に大阪電気通信大学3日間と名古屋文理大学2日間の開催となり,述べ人数で,133人日の受講があった.内容は,プログラミング,高校教育事情,メディアリテラシーなどが含まれており,今後も継続的に実施する予定である.

SSRは,上記の教員免許更新講習のほか,「情報科教員を目指す学生のためのガイダンス会」を毎年開催している.これは各大学の高校情報科教職課程で学んでいる学生に集まってもらい,現職の高校情報科の先生方や,それに採用されたばかりの方にお話をいただき,教職課程学生たちが,それぞれの大学での学びだけではなかなか得られない,高校情報科教員としての素養・実際に教壇に立つまでの経験談などを聞けるようにしている.

(4)情報科学の達人

これらの取り組みに加えて,本会では,2019年より2022年度までの予定で,国立情報学研究所を代表機関とし,情報オリンピック日本委員会とともに,科学技術振興機構グローバルサイエンスキャンパス(GSC)「情報科学の達人」育成官民協働プログラムの支援により,「トップ才能の接続とエリート養成の樹立」事業を開始した.現在,我が国の情報学分野における高校生のトップ才能は,自信を持って世界トップクラスといえる.実際,高校生が参加する情報オリンピックでは常にトップ5をキープしている.しかしながら,我が国における情報学分野のエリート養成は,高校年代で世界トップクラスの才能を多数抱えているにもかかわらず,高校,大学,そして大学院と連携・接続がない状態であった.このような状況に鑑みて,本事業では,高校年代の情報学分野のトップ才能と,大学・大学院の「エリート」との接続を行い,さらに日本を代表する情報学分野研究者との共同研究の場を提供する.また特別優秀なトップ才能には,海外の一流研究機関で一定期間研究する機会を提供する.本会は特に,中高生情報学研究コンテスト等の成績優秀者の推薦,国内各地の大学等の情報学研究のプロの研究機関の紹介,全国大会等におけるアウトリーチ等での貢献を予定している.

2.5.2 高専教育活動

高専教育委員会の主な活動は,全国高等専門学校プログラミングコンテスト(高専プロコン)を中心とした実践的教育活動である.高専プロコンは高専の情報処理教育の高揚や教員・学生の交流の機会拡大を目的として設立された大会である.高専プロコンの教育的効果は産業界等でも高い評価を受けている.産業界の技術者を講師とする講演会(高専プロコンシンポジウム)も毎年開催されている.

なお,本会は学会全体として,17回大会(2005年)から後援を行っており,最優秀チームに対する若手奨励賞(19回(2009年)~),実行委員・指導教員に対して優秀教育賞(6件),優秀教材賞(8件)が授与している.

高専には情報系以外の学科もあり,全高専で保証すべきスキルをモデルコアカリキュラム(MCC)として策定し,2018年度から本格運用を行っている.2017年度の「超スマート社会における情報教育カリキュラム標準の策定に関する調査研究」では非情報系学科を対象とした専門基礎教育段階についてMCCを事例にして提言をまとめた.2019年度から高専の情報教育カリキュラムの見直しについて検討を進める予定である.

2.5.3 J07/J17および参照基準

•カリキュラム標準J07/J17

2007年度に策定したカリキュラム標準J07は,世界標準である米国ACM/IEEE-CSのCC2001-CC2005を土台として,日本の情報専門教育の状況に対応したコンピュータ科学(J07-CS)/情報システム(J07-IS)/ソフトウェアエンジニアリング(J07-SE)/コンピュータエンジニアリング(J07-CE)/インフォメーションテクノロジ(J07-IT)の5分野に一般情報教育(J07-GE)を加えた6カリキュラム標準からなっていた.

この分野の技術内容が大きく変化し,米国でのカリキュラム標準(CS,IS,CE,SE,IT)もそれぞれに改訂されたことを受けて,J07の全面的な見直しを行い,2018年にカリキュラム標準J171として公表した.なお,情報セキュリティとデータサイエンスについても,別立ての側面別カリキュラム標準をおく方針であったが,J17では前者に対するJ17-CyberSecurityの素案提示にとどまった.

現在ACMが中心となってCC2020プロジェクト(カリキュラム標準を俯瞰する文書および活用支援サイト開発,2020年完成目標)が進行中である.本会からも運営委員を送り出してこのプロジェクトに参画している.

J17に関連して,2016,2017両年度に文部科学省の委託事業を行った.特に2016年度には国内全大学対象に情報教育の現状調査アンケートを行った.文部科学省の学校基本調査には「情報」の項目がないため,大学の情報系の学部・学科を総覧できる統計データが存在しないなか,貴重なデータが得られた.なお,これをきっかけに学会サイトに国内情報系学科のリスト2掲載が始まった.

•情報学の参照基準

日本学術会議は,文部科学省高等教育局長からの依頼により,2010年7月に回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」において,大学(学士)専門課程の分野別質保証のための手法として,分野別の教育課程編成上の参照基準を策定することを提案した.これに沿って同会議では,学術の各分野(同会議の分野別委員会に対応)の参照基準の策定を進めた.情報学の分野においては,同会議の情報学委員会のもとにある情報科学技術教育分科会が,情報処理学会の情報処理教育委員会の協力を得て参照基準を策定し,日本学術会議の報告として「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準:情報学分野」を2016年3月23日に公開した.この参照基準は,大学学部レベルの専門教育に対して,情報学の定義,固有の特性,学生が身につけるべき素養,学修方法と評価方法に関する基本的な考え方について述べるとともに,教養教育としての情報学についても言及している.情報処理教育委員会は,J17の活動とも関連させながら,特に情報学の知識体系の執筆を行った.この参照基準の公開の後,日本学術会議では情報科学技術教育分科会の後継である情報学教育分科会が,初等中等教育から大学共通教育までの情報教育を体系化することを目指して「情報教育の参照基準」の策定を行っており,情報処理教育委員会はこの策定にも協力している.特に,情報入試委員会が参画した大学入学者選抜改革推進委託事業の活動の一環として執筆を行った.令和元年5月18日の公開シンポジウムは,情報処理教育委員会が共催した.

2.5.4 一般情報教育に関する活動

大学の教養教育としての情報教育について検討する一般情報教育委員会では,カリキュラム標準J07の中で策定された一般情報処理教育の知識体系(GEBOK:General Education Body of Knowledge)とシラバス案普及に向け,2009年度情報教育研究集会,第73,74回全国大会等でイベントを実施,2011年にはGEBOKに準拠した教科書「情報とコンピュータ」,「情報とネットワーク社会」をオーム社より出版した.引き続き,一般情報教育の現状と課題を把握するため,科研費による研究と連携し,一般情報教育に関する全国調査,海外調査を実施し,一般情報教育モデルを構築した.この成果は情報教育シンポジウム2012,第75~77回全国大会等でのイベントに加え,「これからの大学の情報教育」を日経BPマーケティングより出版し公表した.これらの成果と第78,79回全国大会,情報教育シンポジウム2017イベントでの議論,カリキュラム標準J17の全国調査結果等をふまえ,GEBOKを更新し,「GEBOK2017.1」として,第80回全国大会のイベント等で発表した.また,科研費の研究と連携して情報プレースメントテストを開発,実施した.この成果は,第81回全国大会のイベントに加え,「大学における情報プレースメントテスト」を日経BPマーケティングより出版し公表した.2016年以降,シンポジウム「これからの大学の情報教育」を大学ICT推進協議会情報教育部会と毎年共催し,一般情報教育の諸問題について会員外の参加も得て広く討議している.

2.5.5 アクレディテーション活動

アクレディテーション活動として,アクレディテーション委員会では日本技術者教育認定機構(JABEE)に協力して,電子情報通信学会および電気学会とともに情報分野の認定活動を行ってきた.この活動のなかで,国際的にワシントン協定では情報専門分野は対応できない状況が判明し,2007年にJABEE,ABEEK(韓国),ABET(米国),ACS(オーストラリア),BCS(英国),CIPS(カナダ)の6カ国によるソウル協定の検討が始まった.そして,2008年に6機関によるソウル協定が発足した.情報処理学会とJABEEが協力をしてその設立に関わった.その後,IEET(台湾)および(香港)が加わり,現在4カ国の認定機関が暫定加盟としてメンバになっている.

JABEEでは,情報および情報関連分野として情報系教育プログラムをひとまとめに認定していたが,ABETおよびソウル協定に合わせて,2010年度からコンピュータ科学(CS),情報システム(IS),インフォメーションテクノロジ(IT),および情報一般の4分野をソウル協定に対応し,2012年度から電子情報通信・コンピュータ工学分野を新たにワシントン協定対応として設け,そのなかにコンピュータ工学(CE)とソフトウェア工学(SE)を含むようにした.ソウル協定対応の4分野は情報処理学会および経営工学関連学会協議会(FMES)が中心となり,電子情報通信・コンピュータ工学分野は電子情報通信学会が中心となって認定活動を行っている.2018年度末での認定数は,CSが16プログラム,ISが2プログラム,情報一般が1プログラムの計19プログラムであるが,この数は他のソウル協定加盟団体の認定数にくらべて極端に少ない.

もう1つのアクレディテーション活動として,専門職大学院の認証評価活動がある.IT分野の専門職大学院の認証評価機関が必要であるという要望から,情報処理学会内にそのための検討委員会が作られ,文部科学省からの研究委託事業の支援を受けて活動を行った.その後JABEEに協力をして,JABEEに専門職大学院の認証評価部門を設け,他の工学部分野も含むようにして,情報処理学会がこれに協力をする形で,文部科学省から2010年に認証評価機関としての認定を受けた.現在すでに2巡目の認証評価が行われている.

2.5.6 情報システム教育に関する活動

情報システム教育委員会では,2007年にJ07-IS標準カリキュラムを開発して以来,その保守と普及活動を行ってきた.2008年から普及活動の大きな柱として情報システム教育コンテスト(ISECON)を企画し,大学・大学院・高専・高校・企業など広く教育現場から情報システムに関する教育の実践発表を募集し,約10年にわたり毎年開催してきた.このコンテストでは,J07-ISで提供されるLU(ラーニングユニット)と呼ばれる学習単位を記述することを義務付け,情報システム教育(IS教育)の良い実践例を示すとともに広い視野での情報教育の質の向上につながることが企図されている.2017年には,それまでのACM/AISカリキュラムガイドラインの最も新しいバージョンであったIS2010をベースとして,J17-IS標準カリキュラムを開発した.J17-ISでは,IS2010の7つのコアコースに際して,J07-IS標準カリキュラムでのLUをそれぞれに割り当て,現在の文脈に合わせて記述を修正し,新たに抽出された学習目標に対応するLUを新規作成することで,時代に対応し,使いやすい国際カリキュラム標準を開発した.

2.5.7 技術者に関する活動

2.5.7.1 技術士委員会

技術士委員会の主なミッションは,文部科学省の技術士制度改革に関する委員会へ委員を派遣することと,情報工学部門の技術士へCPD(Continuous Professional Development:継続研鑽)の機会を提供することである.

文部科学省の委員会へ派遣された委員は,技術士試験の試験委員を文科省に推薦したり,技術士制度の改革を推進したりしてきた.これらの活動によって,2019年度から技術士制度が大きく変わった.具体的には,情報工学部門で技術士試験を受ける場合,情報処理技術者高度試験の合格者は一次試験を免除されるとした.また,試験の4つの専門科目もJ07カリキュラム標準の領域に合わせた(CSは4科目共通).我々の分野では,BOKを整備するという文化がある.そのおかげで,ITSSや高度情報処理技術者試験のシラバス,情報処理学会のJ07カリキュラム標準などに基づいて,文部科学省と経済産業省とともに技術士一次試験の免除を認めることの妥当性について具体的に検証することができた.

情報工学部門の技術士にCPDの機会を提供する活動は,CPDコラボと名付けている.CPDコラボは,技術者や研究者による講演と,講演内容に則した演習を行うワークショップから構成されており,2008年から現在まで,年3回のペースを守りながら継続的に開催されている.残念なことに情報処理学会会員の参加はほとんどないが,CPDは技術士だけに必要な活動ではない.2019年度には,情報工学部門の技術士がCITPとして認定されることになった.CPDコラボを含め,技術士とCITPおよび本会会員が密接なコミュニティ活動をとおして,互いに切磋琢磨する場を提供したい.

2.5.7.2 CITP(Certified IT Professional)

CITPはITプロフェッショナル人材のための資格制度である.2008年に技術応用運営委員会の下にあるITプロフェッショナル委員会の下にWGを設置し,資格制度の具体化を検討し,2014年に資格制度の本番運用の開始にともない,技術応用運営委員会の下に資格制度運営委員会を設置し,資格制度の運営(審査,認定等)を開始した(表2.5.1).2018年度末に累計資格取得者数は9,402名に達している(図2.5.1).以下,本制度を紹介する.

表2.5.1 CITP資格制度の年譜
図2.5.1 CITP累計資格取得者数

(1)制度の目的

CITP制度の目的は,第1に,高度な能力を持つ情報技術者を可視化し,その社会的地位の確立を図ることである.CITP資格は,情報技術者に目標を示し,自発的な技術力の向上を促すとともに,情報技術者の能力を客観的に評価する尺度を提供する.情報システムベンダ,情報システムユーザ企業,政府・地方自治体等は,情報技術者の能力を評価する際にこの資格を参照することができる.これらを通じて情報技術者の社会的地位の確立を図ることを狙っている.

CITP制度のもう1つの目的は,有資格者によるプロフェッショナルコミュニティを構築し,コミュニティ活動を通じて社会および産業界のニーズに応えることである.技術者同士の交流を通じた自律的な質の向上,社会提言,公的な審議会・委員会等への参画,情報分野における教育・人材育成活動などを含むさまざまなプロフェッショナル貢献活動,ピアレビューによる高レベル情報技術者の評価等を推進する.

(2)ITSS(IT Skill Standard)

CITP制度は,ITSSを参照モデルとして採用している.ITSSは,情報技術者に求められる能力を明確化・体系化した指標として2002年に経済産業省が策定したものであり,我が国のIT業界に広く普及している.ITSSでは,情報技術者の能力のレベルを7段階に分けて定義している(図2.5.2).このうちレベル4以上の上級技術者がCITPの対象である.レベル4とは,「プロフェッショナルとしてスキルの専門分野が確立し,自らのスキルを活用することによって,独力で業務上の課題の発見と解決をリードするレベル」であり,数名から10名程度のチームのリーダクラスの技術者が典型例である.企業によって差があるが,入社後おおむね5年から10年程度の実務経験を有する中堅技術者がレベル4である.すなわちCITPのエントリ層は各企業の現場で中核となる技術者層である.

図2.5.2 ITSSにおけるCITPの対象範囲

(3)情報処理技術者試験との関係

情報処理技術者試験にはITSSのレベル5以上に対応する試験がない.また,ITSSではレベル4の判定において,対応する情報処理技術者試験(高度試験)の合格に加えて業務実績の評価が必要とされている.そして,情報処理技術者試験には有効期限の定めがなく,後述するように資格制度の国際標準が要求する更新制に対応していない.CITPは,情報処理技術者試験がカバーしていないこれら3点を補完する制度である(図2.5.2).

(4)対象技術者の規模

IT人材白書2014によると,ITSSレベル4以上の人材は約30万人と推計されている.また,毎年1万数千人が情報処理技術者試験の高度試験に合格している.これらの人材がCITPの潜在的な認定対象である.

(5)制度の運用

CITP制度の運用は,直接方式と間接方式を併用している.

直接方式は,個人からの申請により,情報処理学会が個々の技術者の資格審査を直接実施するもので,「個人認証」と呼んでいる.個人認証の審査にあたっては,ITSSで定められた知識,スキルや実務能力を持っているか,プロフェッショナルとして所属企業やコミュニティに貢献しているか等を評価する.レベル4では,主として書類審査により業務実績の評価を行い,また,情報処理技術者試験の高度試験によって知識の有無を評価している.合格者にはCITPの認定証を発行する.

一方,間接方式は,社内資格制度を運用している企業に対して,その制度が所定の基準で適正に実施されているかどうかを審査し認定するもので,「企業認定」と呼んでいる.認定された企業の社内資格を持つ技術者には情報処理学会がCITPの認定証を発行する.企業認定は,認定された企業に,情報処理学会がCITPの審査業務の一部を委託する方式であり,2018年度末において8社を認定している.

(6)国際標準への準拠

既存の資格制度と比較した場合のCITPの最大の特徴は,国際標準への準拠である.情報技術者の資格制度に関する国際標準としてはISO/IEC 17024(適合性評価:要員の認証を実施する機関に対する一般的要求事項)およびISO/IEC 24773(ソフトウェア技術者認証)がある.CITPはこれらに準拠するように制度設計されている.

17024は,情報技術者の資格制度に限らず,広く一般の要員(各種技術者や審査員等)の認証を実施する機関に対する要件を規定したもので,公平性を確保するための運営機構を有することなど,認証機関としての信頼性を保つための要求事項が定められている.

24773は,17024を前提としてその下でソフトウェア技術者認証に対する要求事項を規定したもので,(1)知識・スキルの体系と要求レベルの明確化,(2)実務経験を含む能力評価,(3)倫理綱領や行動規範,(4)継続研鑽(CPD,Continuing Professional Development),(5)資格の定期更新などを主要な要求事項としている.

情報処理技術者試験や技術士は資格の定期更新等一部の要求事項に対応できていない.企業認定の制度を含め,CITP制度は総合的に優れたものとなることを目指して設計されている.

現在,ISO/IEC JTC1/SC7/WG20で24773の改訂が進められており,Software EngineeringおよびSystems Engineering分野における資格制度に対する共通要件を定義したPart 1が2019年3月にIS化された.情報処理学会はエディタを出して改訂作業に参画しており,引き続きISO/IEC 24773 Part 2~4の策定に取り組んでいる.

(7)IP3

2006年に開催されたIFIP(International Federation for Information Processing)のWorld Computer Congressで高度IT人材の国際的な相互認証の枠組みを検討するタスクフォースが組織された.その結論に基づいて翌年のIFIP総会でIP3(International Professional Practice Partnership)の発足が決議された.情報処理学会は2009年6月にIP3に加入し,2010年1月よりボードメンバーとしてIP3のスキーム自体の検討にも参画している.

IP3の枠組みは,各国の高度IT資格制度に一定の要件を課すことによって,国際的通用性を確保しようとするものである.IFIPが各国のメンバ学会を資格認証機関として認定し,認定された学会がその国の情報技術者の資格認証を行う.

IP3の資格制度は,ISO/IEC 17024や24773に準拠したもので,資格更新制度などの要件を満たすことが認定の条件になっている.情報処理学会は,CITP制度の運用実績が整った2018年2月にIP3の認定を取得した.IP3の認定取得にともない,CITPの有資格者は国際的に通用するIP3 Professionalの称号を使用することができるようになった.

(8)技術士会との連携

CITP制度の実施にあたっては技術士会との連携を密にし,CITPの個人認証や企業認定の審査の実施に,技術士会に協力していただいている.また,高度IT人材を対象とする資格として,技術士(情報工学部門)とCITPを相互にどう位置付けられるかを検討し,2019年度より,技術士(情報工学)の資格を有する個人に対し,CITP審査を一部免除することとした.

(9)今後の展開

情報処理分野の技術進展と情報処理の新分野(データサイエンスなど)に対する社会的なニーズの拡大に応えるため,データサイエンティスト戦略委員会を理事会直下に設立した.また,CITPコミュニティが発展し,社会的なプレゼンスが向上するように継続して支援していく.我が国の情報処理技術の発展のために,CITP制度が有効に機能するように育てていきたい.

2.5.8 表彰

教育活動に関する表彰には,優秀教育賞と優秀教材賞とがある.これらの賞はともに2000年に創設されたものである.前者は情報処理教育に関して優れた教育を実践した会員を表彰するものである.優秀教材賞は情報処理教育に関して優れた教材の開発を行った正会員に授与されるものである.これまでの受賞者を表2.5.2に示す.

表2.5.2 教育関係表彰受賞者

[参考文献]

1)村山優子:IFIP―情報処理国際連合―近況報告,情報処理,Vol.56, No.3, pp.288–295(2015).
2)斎藤俊則:会議レポート IFIP WCCE2017から得られたもの―そしてWCEE2021 in Hiroshimaに向けて,情報処理,Vol.58, No.11, pp.1040–1041(2017).
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4)村山優子:IFIP―情報処理国際連合―近況報告,情報処理,Vol.60, No.3, pp.255–263(2019).
5)岡部寿男,湊 真一:2019年 IPSJ/IEEE-CS Young Computer Researcher Award紹介,情報処理,Vol.60, No.10, pp.1002–1004(2019).
6)岡部寿男:2019年 IPSJ/ACM Award for Early Career Contributions to Global Research紹介,情報処理,Vol.60, No.10, pp.1005–1006(2019).
7)中村素典:国際会議SAINTの運営―SAINT2011の開催に向けて,情報処理,Vol.52, No.2, pp.225–230(2011).

[脚注]

2国内情報系学科のリスト:https://www.ipsj.or.jp/education/index.html

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