Ubiquitous Computing for Improving Daily Behaviors

(邦訳:日常行動を改善するためのユビキタスコンピューティングに関する研究)
 
門村 亜珠沙
日本学術振興会 特別研究員(PD)/東京大学情報学環暦本研究室

[背景]日常生活におけるユビキタスコンピューティングの適用
[問題]健康と深く関係のある食行動,特に子供の食育活動
[貢献]日常行動の改善を促すシステムのための設計手法の体系化

 デバイス,ネットワーク,センサのコモディティ化に伴い,日常生活におけるユビキタスコンピューティングが現実的になり,これまでにも多くの提案が行われている.本学位論文では,日常の行動の中でも健康と深く関係のある食行動と,昨今重要課題とされている子供の食育活動に着目し,家庭内で楽しく食育を支援するユビキタスコンピューティングシステムの実現と設計手法の体系化を目指した.そこで本論文では,日常生活の中で行動改善を促すシステムには,受容性(Acceptability),魅了性(Attractiveness),合意性(Agreement)を内包することが重要であり,システム構成においても,この3要素の考慮が有用であると提言した.受容性とは通常の生活の中でユーザに受け入れられること,魅了性とはユーザにシステムを使う動機を与えること,そして,合意性とはユーザがシステムや行動改善に対して合意・納得できること,として定義している.この提案にしたがって,家庭の場において,技術を意識させない自然な形で,子供の食行動を改善するシステムの実現を行った.そこで,システムの受容性を高めるため,食事の場における慣れ親しんだ日用品,すなわち食器にシステムを組み込んだ.また,多くの子供は,食行動改善に対する動機を見出だせない.そこで,子供の食行動に合わせて魅了性の高いフィードバックを返すことで,システムを使う動機付けを行った.さらに,システムが説得力のある動作を行うことで,子供がシステムに対して合意・納得し,システムから得られた体験を自身の知識の糧にすることで,最終的に行動改善につながると考えた.

 食育支援のためのユビキタスコンピューティングシステムを設計するにあたり,幼稚園にてアンケート調査を行い,食育の現状を探った.調査の結果,親が抱える子供の食行動問題には,嫌い/食わず嫌いな食べ物があること(以下,dislikes問題),食べ方や食べる量のバランスが悪いこと(以下,unbalanced問題),遊び食いといった食事中に注意が散漫してしまうこと(以下,distraction問題)が大半を占めていることがわかった.そのため,本論文では,主に前述した3つの要素を軸とする設計手法,ならびに,dislikes問題,unbalanced問題,そして,distraction問題を解決するために実装した2種類のシステムと評価実験について述べる.

 EaThereminと名付けた1つ目のシステムは,主にdislikes問題とdistraction問題の改善を目指したフォーク型デバイスである.ユーザがEaThereminを使用して食材を食べると,食べた瞬間に楽しい音が鳴る.2つ目のシステムであるSensingForkは,主にunbalanced問題とdistraction問題の改善を目指したフォーク型デバイスである.Bluetooth通信モジュールと,カラーセンサや加速度センサなどの多様なセンサをフォークに組み込んだSensingForkは,スマートフォンと連動することで,ユーザが食べた食材の色と,フォークを置いている/持っている,フォークで刺している/食べているといった4種類の食動作を検出することが可能である.また,このように取得したユーザの食行動に応じてフィードバックを返すスマートフォンアプリケーション:腹ペコパンダも開発した.

 本研究で開発した2種類のフォーク型デバイスは,いずれも実環境で動作可能であり,実際の食事の場にそのまま持ち込むことが可能である.通常の家庭内の食事において,多くの子供が楽しみながら,dislikes問題,unbalanced問題,そして,distraction問題を克服することができ,家庭内での食行動改善を促進し,ユーザ自身の意識と行動に変化をもたらしたことを確認した.


 (2015年5月19日受付)
取得年月日:2015年3月
学位種別:博士(理学)
大学:お茶の水女子大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


健全な食生活を実践できる人間を育てるために(子供の)食育に着目し,開発した食行動改善システムを用いて実環境実験を行い,優れた効果を確認した.また,家庭内でユーザの行動改善を促すために重要な点を体系化するなど,当該分野研究成果の産業応用への貢献が期待できる研究として推薦する.


著者からの一言


「デザイン」を幅広い視点から考慮することの重要性と,実環境で動作可能なシステムにすることの意義を強く感じた博士生活でした.また,子供を対象に調査や実験を行う中で,子供の「素直さ」に難渋することもありました.しかし,主査副査の先生方や学会でお会いする方々に,有意義な意見や励ましをいただいたおかげで,楽しく奮励することができました.支えてくださった多くの方々から学んだことを活かして,社会に貢献できるように,今後も精進したいと思います.ありがとうございました.