誇張表現に基づいた触覚インタラクションの設計・開発

 
蜂須 拓
筑波大学システム情報系 研究員

[背景]視聴覚に続く感覚メディアとしての触覚の利用
[問題]写実的な触覚インタラクションがもたらす臨場感や表現の幅の限界
[貢献]誇張表現に基づいた触覚インタラクションの設計・開発およびその整理
 
 自らの身体を動かして皮膚等に加わる刺激をたよりに外界を把握する体験,触覚インタラクションの設計・開発は視聴覚に続く映画やビデオゲーム等のエンタテイメントやヒトとコンピュータの対話を豊かにする研究であるとして注目されている.一方で,現実を忠実に再現した写実的な触覚インタラクションは必ずしも写実的な視聴覚コンテンツと同様の臨場感を提供できるとは限らない.この理由として,触覚は他の感覚と比較して不明瞭なことが多く,信頼性が低いことが挙げられる.そのため,写実的な触覚インタラクションが再現できたとしても写実的なコンピュータグラフィックスやサウンドレンダリングがもたす以上の臨場感は期待しがたい.したがって,写実的な触覚インタラクションの再現は体験の臨場感を向上させるという点において限界がある.

 誇張表現の概念を触覚インタラクションの設計・開発に適用することで,再現性は劣るが実感性に優れた触覚インタラクションを設計・開発することが本研究の目的である.漫画やアニメーションでは現実を基に大げさに描くという誇張表現を用いて,視聴者に非現実的ではあるがもっともらしいという感じ(本論文では実感性と定義)をつくりだす.誇張表現を触覚インタラクションの設計・開発に適用することで,表現の幅が広がること,分かりやすく実感性のある体験がつくりだせること,が期待できる.

 本研究では誇張表現の論理構造を見いだし,次の3つの論理モデルを設定する: 1)感覚Aを別の感覚Bに置換して提示する代替モデル; 2)感覚Aに操作kを加えて変調し提示する変調モデル; 3)感覚Aに別の感覚Bを提示して重畳する重畳モデル.以下に,3つのモデルを基に取り組んだ8つの触覚インタラクション設計・開発を記す.

 1)代替モデル
  カチカチ感: 屈伸運動に応じた周期的な触覚提示による運動知覚の拡張
  Visual Vibration: 叩き動作に応じた視覚的材質感提示
 2)変調モデル
  HaCHIStick & HACHIStack: 叩き動作に応じたタッチスクリーン材質感変調
  拡張歯ブラシ: 歯磨き動作に応じた歯磨き音変調による歯磨き感の拡張
  トクトク感再現: 傾ける動作に応じた振動提示によるトクトク感再現
 3)重畳モデル
  トクトク感重畳:液体を容器から注ぐ動作に応じた振動重畳
  Jointonation: 屈伸運動に応じた振動提示による関節材質感変調
  VacuumTouch: タッチスクリーン上での動作に対する引力提示

 本論文では以上の3つの誇張表現の論理モデルおよび8つの触覚インタラクションについて述べ,総括する.これを基に誇張表現に基づいた触覚インタラクションの設計・開発に関して明確になった要件や課題を整理するとともに今後の展望について論じる.

 

(2015年6月10日受付)
取得年月日:2015年3月
学位種別:博士(工学)
大学:電気通信大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本論文は表現手法が確立していないという意味で未成熟といえる触覚インタラクションの分野において,誇張表現という切り口によって触覚による多数の表現事例を生み出し,それらを論理モデルによって整理したものである.この知見は今後拡大する触覚インタラクションの設計および議論に利用できる基本的な枠組みを示しており,推薦に値する.


著者からの一言


梶本先生をはじめとする研究室メンバや本研究を支えてくださった方々に改めて感謝いたします.博士号を取得しましたが,自分自身をしばしば未熟に思うことがあります.博士という肩書に恥じない,満足しない社会に貢献できる研究者になることでご支援いただいた皆様の恩返しになればと思います.