ユニバーサルデザインを指向する吹き出し型字幕表現の設計と評価

 
紺家 裕子
エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ(株)

[背景]障害の有無によるコンテンツ鑑賞機会の格差
[問題]聴覚障害者と健常者が臨場感を共有する情報提供方法
[貢献]エンターテイメントにおけるユニバーサルデザイン指向の情報提供方法の提案と評価
 
 ユニバーサルデザインは1985年,米国のノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス氏が提唱し,1990年代から広まり始めた考え方である.ユニバーサルデザインは,はじめから多種多様な人がいることを想定し,限りなくすべての人にやさしいデザインとすることを目的にしている.一方,バリアフリーは,障害を持つ人のために後から障害となるバリアを取り除く対策であり,追加の費用がかかるため,ことのほか進まなかった.ユニバーサルデザインは最初から障害の有無に関係なく利用できるものにすることで,費用の問題がなくなり普及しやすくなるという考え方である.

 しかし,エンターテイメントにおけるユニバーサルデザインはあまり普及していない.たとえば,多くの日本語音声に対する日本語字幕は,聴覚障害者へ向けた,音声の代替手段(情報保障)として提供されている.そのためニュースなど緊急度の高いコンテンツへは字幕が付与されているが,文化的,娯楽的なコンテンツへの字幕は優先度が低いため提供数も少ない.映画やテレビドラマ,演劇など,物語を楽しむためには,まずストーリーが分かることが前提であるが,字幕が提供されないことが,聴覚障害者をそれらから遠ざける要因となっていた.また,健常者であっても,早口や耳慣れない言葉,小声の会話など聞き逃しがあったり,加齢により聴力に影響が出る場合もある.文化的・娯楽的なコンテンツは多くの人に触れてもらいたいものであり,対象を限定するものではない.健常者向け作品,障害者向け作品,高齢者向け作品と作り分けることは,感動を共有することができなくなってしまう.皆が同じコンテンツを一緒に楽しめる仕組みが提供されることが求められている.さらに,近年,字幕を使った情報提供機会が増加している.情報保障としての字幕や翻訳字幕に加えて,交通機関や美術館などの施設における音のないコンテンツの情報提供時などでも字幕が活用されている.

 本研究では,字幕を人とコンテンツ(映像,演劇,会議,講演など)をつなぐコミュニケーションツールのひとつとして位置づけ,音が欠落した状態において,文字情報(テキスト)だけでなく,文字情報とならない話者の話し方などを可視化することにより,皆が感情や雰囲気を含めた情報を共有し,コンテンツ理解を支援し,楽しみやすくすることを目的とする.そして,聴覚障害者と健常者が感情や雰囲気を含めた情報を共有し一緒に演劇や映像を楽しむための情報提供方法として,吹き出し型字幕と笑いや拍手といった観客反応を舞台上のスクリーンやビデオ映像に提示する方法を提案する. 話者特定を容易にするために,吹き出しの枠色や表示位置などを工夫し,話者の音声表現を吹き出しの形やフォントサイズなどの表記方法を用いて表現することにより,映像の雰囲気を伝えている.聴覚障害者向けに,音声による言葉,音響,音楽等,本来耳から得られる情報を,目から得られる情報に置き換え,コンテンツに馴染ませることで障害の有無によらず楽しめる仕組みとする.

 
 

(2015年6月4日受付)
取得年月日:2015年3月
学位種別:博士(理学)
大学:お茶の水女子大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本研究は,聴覚障害者と健常者が臨場感を共有してコンテンツを視聴できるバリアフリー環境の構築を目的として,演劇のセリフやテレビの字幕を漫画風の吹き出しで提示する表現手法の提案と運営システムの実装,評価を実施したものである.本研究はエンタテインメントにおけるユニバーサルデザインの発展に貢献するものとして推薦に値する.


著者からの一言


万人が良いというもの作ることは難しいですが,障害の有無にかかわらず皆で楽しめる仕組みのひとつとして貢献できれば幸いです.今後も,より多くの人たちが演劇などに触れやすい環境を目指し研究したいと思います.本研究を通じ,さまざまな視点からご指導いただいた先生方,調査に協力していただいた皆様に感謝します.