Shape from Scattering: Shape Estimation Based on Light Transport Analysis in Translucent Objects

(邦訳:光伝播の解析に基づく半透明物体の形状推定に関する研究)
 
井下 智加
キヤノン(株)

[背景]物体の形状計測技術の発展に伴う計測可能物体の拡大
[問題]プラスチックやろう等の半透明物体の形状取得
[貢献]物体における散乱光解析及び形状推定技術の発展
 
 物体の形状計測は工場における製品の外観検査,自動ロボットの制御,コンピュータグラフィックスにおける形状モデルの取得など,さまざまな分野で必要とされる技術である.それに対し,三角測量の原理に基づく幾何学的手法,画像として観測された物体の見えに基づく手法などが提案され,成熟の一途をたどっている.しかし我々の身の回りに存在するプラスチック,ろう,宝石など,物体に入射した光を散乱させる半透明物体の形状取得はいまだ困難である.実際,商用化されているレーザレンジファインダを用いた計測では,大理石のような弱い散乱光の場合でも表面での反射に散乱光が加わり明るく観測されるため,計測誤差が生じることが報告されている.そのため,形状計測においては偏光を利用する等の方法により散乱光は除去されてきたが,散乱光が強く観測される物体には対応することができない.

 この問題に対し,本研究では散乱光を除去するのではなく,散乱光の現象そのものを形状推定に利用するShape from Scatteringの枠組みを確立した.半透明物体内部に生じる散乱光を用いた形状推定は原理そのものが新しく,これまで困難であった強い散乱光を生じる物体に有効となる手法である.

 観測される散乱光から形状を推定するためには,この2者を結びつけるモデルが必要となる.しかし,散乱光は入射光がランダムに物体中を伝播することで生じ,対象とする物体の光学的特徴(透明度や空間的均一性)によってもその様子は大きく異なるため,物理現象として正しい散乱光のモデルを選ぶことは容易ではない.本研究ではこの課題に対し,(1)実物体における光のふるまいの観測及び解析,(2)解析結果に基づく散乱光のモデル化を行うことで半透明物体の形状推定を実現した.

(1)実物体における光のふるまいの観測および解析
 物体表面における光のふるまいは,ある位置・角度で入射した光がどの位置・角度から出射するかの関係から知ることができる.この取得に対し,我々は多面体鏡を用いて照明・観測の位置・角度を制御し,光のふるまいを短時間で得ることに成功した.解析においては空間的,角度的広がりに着目し,その様子を可視化することで光学特性に対する散乱光の特徴(光学的に薄い物体では屈折に沿った減衰光,濃い物体では角度方向への依存なく等方に出射する光が支配的になる)が得られた.

(2)解析結果に基づく散乱光のモデル化
 (1)で得られた特徴に基づき,光学的に薄い物体では散乱媒体における光の減衰を表現するlambert beerの法則を用いるモデル,光学的に濃い物体では画像のぼけと結びつけた畳み込み演算を用いるモデルを導入し散乱光を表現した.これにより物体の形状と観測される光の強度を直接に対応づけ,観測画像から形状を推定する逆問題を解くことで半透明物体の形状を得た.

 
 

(2015年6月10日受付)
取得年月日:2015年3月
学位種別:博士(情報科学)
大学:大阪大学



推薦文
:(コンピュータビジョンとイメージメディア研究会)


物体の光学的特性に基づく形状計測において,ノイズ要因として見なされてきた物体表面下での光の散乱を手がかりとして積極的に利用するShape from Scatteringの枠組みを提案し,密度の薄い媒体と濃い媒体の半透明物体に対する形状計測手法を提案した.斬新なアイディアによる手法であり,本論文を推薦する.


著者からの一言


修士・博士課程を通じて,新たな形状推定手法の提案にじっくり取り組むことができ,充実した時間を過ごすことができました.研究のみならず精神面でも支えてくださった指導教員の皆様,研究室のメンバに感謝申し上げます.この経験を活かし,新たな環境においても成果をあげられるよう,精進いたします.