会誌「情報処理」Vol.66 No.5(May 2025)「デジタルプラクティスコーナー」

Glossary─グロッサリ─

ASIC(Application Specific Integrated Circuit)

特定用途向けに設計された専用半導体集積回路.

Fixstar Amplify

Fixstar Amplifyにおいては,量子・古典・量子インスパイアド型アニーリングマシン(富士通,日立,NEC,東芝,D-Wave Systems,Fixstars Amplify)に加えて,古典数理最適化ソルバ(Gurobi),量子コンピュータ(IBM超伝導量子コンピュータ),量子コンピュータシミュレータ(Qulacs)を用いた組合せ最適化問題処理も実行可能である.

FPGA(Field Programmable Gate Array)

ユーザーが自由に論理回路構成をプログラミングできる半導体集積回路.

FTQC(Fault Tolerant Quantum Computer)

量子誤り訂正などにより計算誤りのない量子計算が実行可能な,大規模な量子コンピュータの総称.

NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)

計算途中で発生するノイズによるエラーを訂正することができない,小規模から中規模サイズの量子コンピュータの総称.

qbsolve

D-Wave Systemsが提供する量子アニーリングを用いた組合せ最適化問題の解法.特に大規模な組合せ最適化問題を問題分割し,古典数理最適化ソルバーと連携して解くためのツール.

QRAM(Quantum Random Access Memory)

大規模なデータを効率よく量子ビットに書き込むしくみ.さまざまな実装方法が提案されており,必ずしも量子データを常に保持するものではない.

State Vector方式

すべての量子状態をメモリ上に展開し計算する量子回路シミュレーション方式.

アニーリング計算

スイープ数分の遷移をレプリカ数分試行し,レプリカ数個の解を得ることを1アニーリング計算とする.

アニーリング計算回数

アニーリング計算を実行した回数.

アニーリング計算時間

1アニーリング計算にかかった時間.

誤り耐性量子コンピュータ(Fault Tolerant Quantum Computer : FTQC)

量子エラー訂正機能を搭載した量子コンピュータ,現在,量子コンピュータ分野の研究者・技術者は,現在実現されているNISQ(Noisy Intermediate Scale Quantum device)に対して,量子エラー訂正機能を搭載し,大規模化してFTQCを実現することを目指している.

アロステリック制御

タンパク質に機能的多様性をもたらす立体構造や活性を特異的に調節する機構のこと.

暗号インベントリー

量子脆弱性を有する暗号アルゴリズムの使用状況を可視化・管理するためのインベントリー.

イジングモデル

磁石などの磁性体の性質を表す統計力学上のモデルのこと.イジングモデルは,上向きまたは下向きの2つの状態をとるスピンから構成される.隣接するスピンは,相互作用および外部から与えられた磁場の力によってその状態が更新される.

位相回転操作

量子ビットがどの程度の重みで0状態と1状態が重ね合わさっているかは位相と振幅で定義される.量子ビットの位相を任意の角度に回転することで重ね合わせの状態を操作することを位相回転操作と呼ぶ.

打ち切り幅

ある頂点と隣接する頂点が膨大であるグラフ上を幅優先探索する際に,ある頂点から隣接する頂点を探索する最大数.

上向きスピン

イジングモデルを構成するスピンの状態の1つ.後述するバイナリ変数では「1」と表現することが多い.

虚時間グリーン関数

有限温度の量子多体系を解析するための関数で,熱平衡状態における相関関数を虚時間(実時間を虚数軸上に拡張したもの)の関数として表現する.

近似的振幅エンコーディング(AAE : Approximate Amplitude Encoding)

パラメータ付き量子回路を用いて実数データを近似的に量子振幅エンコーディングする手法.埋め込んだデータに誤差が含まれる代わりに,従来の量子振幅エンコーディングと比較して,少ない量子ゲート数で実装できる.

近似的複素振幅エンコーディング(ACAE : Approximate Complex Amplitude Encoding)

AAEについて,埋め込むデータを実数から複素数に拡張した手法.パラメータ付き量子回路の学習に使用するコスト関数として,量子回路が作る状態と目標とする状態との忠実度を用いている.

組合せ最適化問題

最適化問題の一種,評価基準を与え,選択肢の中から最も評価が高くなる選択肢の組合わせを選ぶ問題.ナップサック問題や,最大カット問題などのグラフ問題などがある,選択肢の離散性から,大規模な問題では,NP完全/NP困難と呼ばれる,解くのが困難な問題になることがある.

組合せ爆発

組合せ最適化問題において選択肢の数が指数関数的に増加し,厳密解および(高精度な)近似解の計算が現実的に困難になる現象.

古典計算

量子コンピュータが利用する「量子もつれ」や「重ね合わせ」といった量子力学現象を使わない,従来のコンピュータによる計算.量子コンピュータ分野の研究者・技術者側から見た従来からの計算を指す言い方.

コヒーレンス時間

量子ビットが量子力学的重ね合わせ状態を維持できる時間.

コンパクトアダマール分類器(CHC : Compact Hadamard Classifier)

量子カーネル法に基づく2値分類器を構築するための量子回路.従来の手法と比較して,より少ない量子ビット数・量子ゲート数で同等の計算結果を得ることができる.

最大平均乖離(MMD : Maximum Mean Discrepancy)

異なる確率分布の差異を表現した統計量.後述のAAEではパラメータ付き量子回路の学習に用いるコスト関数として扱われている.

下向きスピン

イジングモデルを構成するスピンの状態の1つ.後述するバイナリ変数では「0」と表現することが多い.

シミュレーテッド・アニーリング

焼きなまし法ともいい,金属工学における焼きなましの知見を取り入れたヒューリステックアルゴリズムのこと.焼きなましは,金属材料を熱してから徐々に冷却することで,元の状態よりも欠陥を減らし均質な金属材料を得る作業である.金属材料中の原子は,熱することで高いエネルギーの状態となり,元のローカルな極小状態から脱しランダムに散らばる.その後,徐々に温度を下げるとエネルギーが低下し,元の状態よりもエネルギーの低い状態に到達する.同様に,シミュレーテッド・アニーリングでは,疑似的に温度のパラメータTを導入することで,解の探索過程を効率化している.ある暫定解に対し,その評価値とランダムに選択した近傍解の評価値を比較し,近傍解の評価値が暫定解の評価値よりも良い場合は,暫定解を近傍解に置き換える.一方,近傍解の評価値が暫定解の評価値よりも悪いときにも,ある確率で暫定解を近傍解に更新する.その確率は近傍解の評価値と暫定解の評価値の差,および温度パラメータに依存する関数として与えられ,高温では,相対的に悪い近傍解を受理し暫定解に置き換える確率が高く,T=0では評価値の悪い近傍解を受理する確率が0となる.探索の初期では,Tの値を比較的大きくしておき,探索が進みより良い解が発見されるにつれて徐々に温度を下げていくことで,より良い解の近傍を重点的に探索していくことで,局所最適解にはりつくことを防ぎながら解を探索していく手法である.

集合被覆問題

複数の要素と要素集合の族と各集合のコストが与えられたときに,すべての要素が含まれるよう要素集合を選択して,選ばれた集合の費用の総和を最小化する問題である.集合被覆問題は,集合分割問題と異なり,要素の重複が許される問題である.すなわち,集合分割問題の制約条件を緩めた問題が集合被覆問題であると考えることも,集合被覆問題のうち特殊な制約条件を持つ問題が集合分割問題であると考えることもできる.

集合分割問題

複数の要素と要素集合の族と各集合のコストが与えられたときに,すべての要素をちょうど 1回ずつ含む要素集合を選択して,選ばれた集合の費用の総和を最小化する問題である.本稿(『災害時支援物資配送計画へのCMOSアニーリングの適用』)における要素は避難所,要素集合は経路,各集合のコストは経路の走行距離である.

証明書チェーン

エンティティーの認証に使用される証明書のリスト.
 出展:https://www.ibm.com/docs/ja/ibm-mq/9.4?topic=certificates-how-certificate-chains-work

スイープ数

シミュレーテッド・アニーリングにおける探索の開始温度と終了温度間の遷移のステップ数.スイープ数が大きいほど,ゆっくり温度を下げることになる.

耐量子計算機暗号標準

米国商務省の国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology)が公開するパブリック・ネットワーク上で交換されるデータの保護,および,認証のためのデジタル署名を目的に設計した耐量子計算機暗号アルゴリズム.
 出展:https://jp.newsroom.ibm.com/2024-08-16-ibm-developed-algorithms-announced-as-worlds-first-post-quantum-cryptography-standards

ダイヤモンドスピン方式

炭素原子の結晶であるダイヤモンドの欠陥に生じる電子スピン,およびその周囲の核スピンを用いて量子ビットを実現する方式の量子コンピュータ.

タンパク質-リガンド相互作用

リガンド(低分子化合物やイオン)が特定のタンパク質と結合し,生理的機能やシグナル伝達を調節する現象.

チェビシェフ補間

補間誤差を最小化するためにチェビシェフ多項式のゼロ点を用いる多項式補間手法の一種.

忠実度(fidelity)

2つの量子状態の類似度を表す指標.

超伝導方式

超伝導状態の電子回路を用いて量子ビットを実現する方式の量子コンピュータ.

超伝導量子回路

超伝導体から構成される微細な電気回路.回路構造を工夫することで人工的な量子系を作ることができる.

デジタルアニーラ(Digital Annealer: DA)

富士通が量子現象に着想を得て開発した,組合せ最適化問題を高速で解くコンピューティング技術.

デリバティブ

株式や債券,通貨などの原資産から派生した金融商品のこと.デリバティブの価格は原資産の価格変動に基づいて決定される.

テンソルネットワーク

量子多体系や機械学習で用いられる数値計算手法の1つ.高次元テンソルを低ランクテンソルのネットワークに分解し,計算コストを削減するデータ圧縮法.

ノーフリーランチ定理

すべての最適化アルゴリズムの性能を平均化すると,どのアルゴリズムも同じである,つまり「万能な最適化アルゴリズムは存在しない」という定理.組合せ最適化問題の文脈では,ある特定の組合せ最適化問題において優れた性能を発揮するアルゴリズムも,別の組合せ最適化問題ではほかの手法に劣ることを意味する.

ノイズ

量子計算のエラー(計算の誤り)の原因となる外乱.外部環境との相互作用により発生するノイズや,量子デバイスに対する操作の際に生じるノイズがある.

バイナリ変数

「0」と「1」の2値をとる変数.

ヒューリスティックス

厳密解の計算が困難な組合せ最適化問題に対し,実用的な時間で近似解を求める経験則的手法.貪欲法,局所探索,シミュレーテッドアニーリング,量子アニーリング,遺伝的アルゴリズムなどがある.精度が低い場合は高速な計算が可能であるが,精度を高くすると,多くの場合,計算コストが指数関数的に爆発する.

フォック空間

量子力学において多数の同種粒子を扱うために使われる数学的な構造.粒子数が変化するような量子系の扱いに有用.

変分量子固有値ソルバー法(Variable Quantum Eigensolver: VQE)

変分法に対して,量子コンピュータで効率的に記述できる量子状態を用いて分子の基底状態を探索するアルゴリズム.

ポートフォリオ最適化

投資リスクとリターンのバランスを考慮して,資産配分を最適化する手法のこと.

横磁場イジング模型

イジング模型に量子効果(横磁場)を導入したモデルである.スピンが相互作用しつつ,横方向の磁場で量子揺らぎが加わる.磁場の強さを変えると,系の状態が劇的に変化(量子相転移)する.

リソグラフィ工程

半導体製造において回路パターンをシリコン基板上に形成するプロセス.

量子位相推定アルゴリズム

ユニタリ行列の固有値を推定する量子アルゴリズム.量子化学計算やショアの素因数分解アルゴリズムなどにおける根幹のサブルーチン.

量子インスパイアド型

シミュレーテッドアニーリングおよびその亜種(並列化など)に基づく古典アニーリングは,純粋に古典物理学の原理に基づいており,量子インスパイアド型アニーリング(疑似量子技術)や量子アニーリングではないことに注意されたい.

量子インスパイアード技術

量子現象を模倣したり,量子コンピュータの動作にヒントを得て着想したアルゴリズムによって,量子現象を使わず現在のコンピュータ(古典コンピュータ)上で,高速に計算する技術.

量子エラー訂正

冗長性を利用して量子コンピュータに生じるエラーを検出・訂正する技術.

量子回路(Quantum Circuit)

量子ゲートの組合せにより記述される量子コンピュータの計算モデル.

量子回路シミュレータ

現在のスーパーコンピュータ上で量子コンピュータの動作を再現したシミュレータシステム.量子干渉を利用した高速計算はできないが,ノイズが発生しない.

量子回路の深さ(Depth)

量子回路の複雑さを表す指標.量子ゲートの数や時間ステップ数が量子回路の深さとして用いられる.

量子化学計算(Quantum Chemical Calculation)

原子や分子の構造や性質を量子力学の原理を用いて解析する技術.現行の古典コンピュータでは原子や分子の数に対して計算量が指数関数的に増加するため,量子コンピュータによる計算量削減の効果が期待されている.

量子干渉

量子の重ね合わせやもつれのような量子ビット特有の動作.

量子機械学習(Quantum Machine Learning: QML)

量子コンピューティング技術を機械学習に利用する技術.

量子近似最適化(Quantum Approximate Optimazation Algorithm: QAOA)

量子コンピューティング技術を組合せ最適化問題に利用する技術.

量子ゲート(QuantumGate)

量子ビットの状態を変化させる演算操作.

量子ゲート操作

量子ビットを制御して計算を行う基本的な操作.従来のコンピュータにおける論理ゲートと同様の役割を果たす.

量子ゲートBOX

複数の量子ゲートを組み合わせた量子ゲートの集合体.

量子チューリングマシン

チューリングマシンの量子版であり,量子コンピュータの数学モデル.

量子注入同期レーザー方式イジングマシン

レーザーネットワークにおいて量子注入同期現象を利用して組合せ最適化問題を解く量子アニーリングマシン.国立情報学研究所,東大,スタンフォード大が2011年に提案した.

量子特異値変換

行列の特異値に対する関数を効率的に計算する量子アルゴリズム.重要な量子アルゴリズムの多くを統一的に記述するため「量子アルゴリズムの大統一理論」と呼ばれている.

量子ビット(qubit)

従来の古典コンピュータで扱う情報の単位であるビット(古典ビット)に対して,量子コンピュータが扱う情報の単位を量子ビットと呼ぶ.

量子ビットの重ね合わせ

古典ビットでは0か1の状態のどちらか1つしか持てないが,量子ビットではすべての状態を重ね合わせ状態として同時に持つことができる.重ね合わせ状態に同時に演算が行える点が量子コンピュータの利点となる.量子ビットは測定することにより確率的に1つの状態が得られる.

量子分岐マシン

パラメトリック発振器における2つの安定な発振状態の重ね合わせ状態を利用した量子アニーリングマシン.東芝が2016年に提案した.

量子ボリューム

量子ビット数,量子論理ゲートの精度,回路の深さなどを総合的に評価する量子コンピュータの性能を測る指標の1つ.大きな量子ボリュームは,より大規模かつ深い回路の量子計算が可能であることを意味する.

量子もつれ

遠く離れた場合でも量子ビットの間に発生する相関関係.

量子モンテカルロ法

確率的サンプリングを用いて量子多体系の熱力学量や基底状態を数値計算する手法.d次元の量子多体系をd+1次元の古典系として表現することができる.

量子揺らぎ

量子力学において量子重ね合わせによって生じる状態の揺らぎのこと.

隣接スピン間の相互作用

隣接スピンは,イジングモデルの基底状態探索を行うハードウェアの実装により異なる.変数のつながり方が全結合である場合,すべてのスピンは隣接している.一方,変数のつながり方が疎である場合,たとえば『災害時支援物資配送計画へのCMOSアニーリングの適用』表1中のASICで実装されているCMOSアニーリングマシンでは,あるスピンに隣接するスピンは上下左右および斜め方向の計8個となる.このとき,それ以外のスピン(たとえば,左上と右下のスピン)は非隣接スピンと呼ばれ,直接相互作用を定義することができない.ハードウェアで表現できない相互作用を実装する技術として,複数のスピンを用いて1つのスピンを表現する「グラフ埋め込み」が知られている.

レプリカ数

1計算中で,シミュレーテッド・アニーリングを実行し,解を探索する回数.

論理Tゲート

量子計算の基本的な量子ゲートの1つで,π/4の位相回転操作を行う量子ゲート.

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