トランザクションデジタルプラクティス Vol.5 No.4(Oct. 2024)

Home Evacuee Support: 音声対話AIを活用した在宅避難者支援システムの研究

小澤 洋司1  新井 悠介1  Elserafy Hatem1  Jayesh Guntupalli1  Chaudhari Pritam Jaywant1  Darshan Dharmendra Chawda1

1日立製作所 研究開発グループ 

近年,気候変動により深刻な自然災害が増加していることに加え,新型コロナウイルス感染拡大防止のために,避難所ではなく在宅での避難が求められている.しかし,自治体による在宅避難者の把握,支援はその手段も確立されておらず,個々の避難者に対応することは困難である.また,ITスキルがない高齢者などあらゆる避難者に対応する必要がある.そこで,Webアプリに加え,電話での音声対話により収集した情報に基づき自治体の業務を支援し,在宅避難を促進するシステムを提案した.具体的には救援物資配布計画策定を支援する機能を開発した.国分寺市との実証実験により本システムの有効性を確認した.

災害対策支援,CPS,音声対話AI,FaaS

Home Evacuee Support: Study of System to Support Home Evacuee by Voice Interaction AI

Yoji Ozawa1  Yusuke Arai1  Hatem Elserafy1  Guntupalli Jayesh1  Jaywant Chaudhari Pritam1  Chawda Darshan Dharmendra1

1Research & Development Group, Hitachi, Ltd., Kokubunji, Tokyo 185–8601, Japan 

In recent years, in addition to the increase in serious natural disasters due to climate change, evacuation at home instead of at evacuation centers has been required to prevent the spread of the novel coronavirus infection. However, the means for municipalities to understand and support evacuees at home are not yet established, making it difficult to address individual evacuees. There is also a need to respond to all evacuees, including the elderly who lack IT skills. Therefore, we have proposed a system that supports the work of local governments based on information collected through voice interactions over the phone in addition to a web application, promoting evacuation at home. Specifically, we developed a function to support deciding relief supply distribution plans. The effectiveness of this system has been confirmed through a PoC with Kokubunji City.

disaster countermeasure support, CPS, voice interaction AI, FaaS

1. はじめに

World Economic Forum(WEF)は,2020年度の年次総会に先立ち,世界が直面するリスクについての報告書[1]を発表した.それによると,今後10年間に起こりうる世界的なリスクの発生確率の高さに関して,上位5位すべてを環境関連のリスクが占めた.これらは「極端気象」,「気候変動の緩和・適応の失敗」,「自然災害」,「生物多様性の損失と生態系の破壊」,「人為的な環境災害」である.気候変動自体への対策はもちろんのこと,これまでの地震などの災害に加えて,気候変動により激甚化する豪雨災害への対策が喫緊課題である.

産業界においても,環境を含む,ESG(Environment, Social, Governance)の観点での経営が長期的な成長には必須であるという認識が浸透してきている.具体的にはESG投資のように,これら環境などの観点に配慮した経営をしないと,投資が受けられない状況になってきている.また,エンドユーザもその企業のサービスや製品を選択せず,事業継続が難しくなる.

テクノロジーにより気候変動に取り組む活動も活発である.代表的なものとして,IBMや国連人権高等弁務官事務所,Linux Foundationなどが主導するグローバルコンペ「Call for Code global challenge」[2]が挙げられる.Call for Codeは,テクノロジーを使い,気候変動やCOVID-19などの社会問題を解決するソリューションの創生,開発を競うコンペである.

このような背景を受け,気候変動への対策に取り組み,微力ながら社会課題解決に貢献することを目標として,小澤らはテクノロジーを活用した気候変動対策ソリューションを考案し,そのためのシステムを開発した[8].

2. 在宅避難者支援ソリューションのコンセプト策定と課題

2.1 コンセプト策定

気候変動とその対策は多岐にわたるため,まず取り組む気候変動に関する具体的な問題と,その問題解決するソリューションのコンセプトを検討した.

都市部では住民の数に対し,避難所の収容能力が足りていない.さらに,2019年から爆発的に感染拡大している新型コロナウイルス感染症により,災害時の避難所は3密(密閉,密集,密接)となるため,従来よりも避難者あたりのスペースを広く確保する必要があり,益々,避難所の収容能力が不足する.また,住民に対しても,新型コロナウイルス感染拡大により避難所に行かないようにするなどの避難行動に影響を及ぼしている[4]とともに,自治体も家屋の安全性に問題がなければ自宅での在宅避難や,知人宅などでの分散避難を推奨している[3].(以下,分散避難者も含めて,在宅避難者と記載する.)特に,高齢者にとっては,感染時に重症化のリスクが高いため,より在宅での避難が望まれる.こうした問題を踏まえて,今後,一層増加,激甚化することが見込まれる災害時の在宅避難者の支援に取り組むことにし,そのソリューションのコンセプトとして以下を策定した.

  • ・高齢者を含めたあらゆる在宅避難者と自治体を直接つなげるインタフェースと,避難者個人から収集したデータに基づく自治体の災害対応業務支援により,自治体業務の省力化と避難者に対するサービス向上を実現

本ソリューションは主に以下をユースケースを対象とする.

  • ・災害後1~3日後程度:家屋の安全性に問題がない避難者(水害の場合は浸水を免れた家屋の住民,地震の場合は倒壊などの危険性が低い家屋の住民)を対象とする.この期間は,住民,市町村,都道府県がそれぞれ備蓄している物資で対応する.たとえば国分寺市では住民が1日分,市が1日分,都が1日分の備蓄をしている[5].本ソリューションは,市町村や都道府県の自治体が備蓄している物資の在宅避難者への配布を対象とする.
  • ・災害後4日後程度:家屋の安全性に問題がない避難者に加え,ライフラインの復旧などの理由により避難所から在宅避難に切り替えた避難者を対象とする.この期間は,国や寄付などで提供される物資が活用されるため,本ソリューションは,提供された物資の在宅避難者への配布を対象とする.

2.2 専門家へのヒアリングによるコンセプト検証

本コンセプトの妥当性,重要度を検証するために,防災・災害対策の専門家として防災・危機管理ジャーナリストの方にオンラインミーティングにてヒアリングを実施した.

ヒアリングの結果,現在の新型コロナウイルス禍で自然災害への対策は今まさに喫緊の課題である.特に在宅避難者への把握,支援は地方自治体や国などでも検討を進めているとのことであり,ソリューションの重要性,および課題設定の適切さを確認できた.また,災害時には自治体では被害状況の把握から対策や避難所設営,運営など膨大なタスクがあるが,自治体の人的リソースが足りていない.したがって,自治体に負担とならない仕組みとすることの重要性も確認した.

2.3 課題

2.1節で述べたコンセプトに基づくソリューション実現のための課題を以下に述べる.

課題1:本ソリューションの周知

避難者が本ソリューションの存在を知らないと,災害時に使えない.また,事前に知っていたとしても,実際の災害時に,本ソリューションを思い出してもらう必要がある.

課題2:あらゆる避難者からの情報収集

自治体による支援のため,高齢者など含めたあらゆる避難者から情報を収集できる必要がある.

課題3:自治体の負荷低減

自治体の負荷低減が必要である.特に,災害時は人手が足りないため,収集した情報をできるだけ手間なく処理することが必要である.個々の避難者からリクエストを受け付けるため,大量のリクエストに対応する必要がある.

課題4:個々の避難者の事情を考慮した物資配布

高齢者,持病がある人,妊婦や乳幼児など個別の状況により,必要な物資が異なり,これらの状況に対応することが必要である.このように「平等」に配布するのではなく,「公平」に配布することが求められる.

課題5:避難者への物資受け渡し方法

3密を回避しつつ,避難者への物資を受け渡す方法が必要である.

課題6:物資在庫の把握方法

現在,物資在庫がどれくらいあるか,今後国や都道府県などからどれくらい入ってくるかを把握する必要がある.

3. 課題解決のアプローチ

前章で述べた課題を解決するためのアプローチについて述べる.

課題1への対応

携帯キャリアが提供しているエリアメールを利用し,災害情報とともに,本ソリューション,およびアプリのアクセス先を避難者に連絡することで,本ソリューションを周知する.

また,今後の課題であるが,普段から利用されているLINEなどのアプリと連携することも有効な方法であると考える.

課題2への対応

あらゆる避難者に対応できるように,避難者へのインタフェースとして,Webアプリに加えて,通常の電話による音声対話のインタフェースを提供する.電話での音声対話により,高齢者などITツールを使いこなせない避難者にも対応する.

図1に,本対応の概要を示す.電話インタフェースでは,音声対話AIを活用した自然言語での対話により,避難者の状況や必要な物資を収集する.

避難者向けインタフェースの構成 Composition of interface for evacuees.
図1 避難者向けインタフェースの構成
Fig. 1 Composition of interface for evacuees.

物資など避難者からのリクエストや,物資の一覧情報などは,共通のデータを持つことで,Webアプリでも電話でも同じ情報を提供,収集できるようにする.

課題3への対応

自治体の負荷を低減するために,避難者から収集したデータを元にした業務を支援する.特に,物資配布に関する業務の対応については課題4への対応にて記載する.また,自治体向けのWebアプリを提供し,収集したデータを自治体職員に分かりやすく表示する.

課題4への対応

個々の避難者の事情を考慮した物資配布をするために,物資の種類ごとに,避難者プロファイル(高齢者,妊婦など)への優先度を定義しておく.避難者からプロファイルと必要な物資のリクエストを収集し,定義した物資種類ごとの優先度と,物資の在庫状況から,各避難者への物資の割り当てを決定する.図2に処理の概要を示す.

物資配布プラン作成処理の概要 Process to create a plan of supply distribution.
図2 物資配布プラン作成処理の概要
Fig. 2 Process to create a plan of supply distribution.

課題5への対応

避難者への物資を受け渡す方法は,直近では物資が用意できた段階で避難者に連絡し,避難所に取りに来てもらうことで対応する.

避難者の家にまで物資を配達することが理想であるが,災害時には自治体のリソースも足りず,移動が困難な高齢者が物資を配布する避難所まで行くことが難しい場合も考えられるため,物流会社などとの連携や,避難者同士での共助などが求められる.その実現には,物流会社との事前の契約などが必要となるため,今後の課題である.

課題6への対応

平時から各自治体に備蓄されている物資については事前に登録しておくことで対応する.しかし,災害発生後にプッシュ型で国などから提供される物資に加え,民間や個人からの支援物資が殺到し仕分けや,避難者への配布に非常に労力がかかる,またはタイムリーに配布できないという課題がある.これらプッシュ型で提供される物資の把握や物資保管場所や避難所全体での物資管理・配給をするためのシステムが必要であるが,現時点では未対応であり今後の課題である.

4. 提案システム

前章で述べたアプローチを踏まえたソリューションを実現するシステム“Home Evacuee Support”を開発した.特にあらゆる避難者から情報を収集(課題2)し,そのデータに基づき自治体職員の業務を支援(課題3)することに注力した.

また,新型コロナウイルス感染症の急激な感染拡大への対応のように,迅速なソリューション提供が求められる.こういったニーズも踏まえて取り組んだ.

4.1 全体像

本ソリューションを実現するシステム“Home Evacuee Support”の全体像を図3に示す.

提案システムの概要 Proposed system overview.
図3 提案システムの概要
Fig. 3 Proposed system overview.

本システムの大まかな処理の流れは,在宅避難者から,Webアプリと電話上での音声対話のインタフェースにより情報を収集する.上述したように,Webと電話という異なるユーザインタフェースにより,高齢者を含むあらゆる在宅避難者からの情報収集を可能にする.当然ながら,どちらのインタフェースで収集した情報も一元的に蓄積される.収集した情報と救援物資情報を踏まえて,物資の配布プランを自動で作成する.その結果を避難者および自治体に提示する.

今回は,物資配布業務にフォーカスしたが,本システムの枠組みは住民からの情報提供による被災状況の把握など災害時の多様な業務の支援に活用できる.

4.2 システム詳細

次に本システムの詳細,特にWebアプリと電話インタフェースの詳細について述べる.

本システムは以下の方針に基づき実装した.

  • ・パブリッククラウドを活用.これにより迅速なソリューション開発,提供を可能とする.
  • ・電話インタフェースを容易に実現するために,音声対話AIには,パブリッククラウドのPaaSを利用.
  • ・本ソリューションは災害時のみに利用されるため,稼働時間ではなく,処理実行時のみに課金されるFaaS(Function as a Service)を活用.具体的には,物資配布プランの計算,WebアプリのフロントエンドなどはFaaS上にデプロイする.

図4に本システムの詳細を示す.なお,本システムは音声対話AIおよびFaaSを提供しているIBMクラウドを用いた.

提案システムの構成 Proposed system composition.
図4 提案システムの構成
Fig. 4 Proposed system composition.

電話インタフェース

公衆電話網とインターネット上のクラウドサービスを連携させるために,SIP trunkサービスを活用した.今回は,Twilioのサービス[6]を利用した.SIP trunkより,避難者からかけられた通話は,IBMクラウドのVoice agentにつながる.Voice agentは,Watson assistantにより,定義されたダイアログに従い,避難者との対話を進める.また,FaaSであるFunctionsを介し,データベースであるCloudantに格納された物資情報を取得したり,避難者から入力された情報を,Cloudantに格納する.Voice agentは,WatsonのSpeech to text機能を用いて,避難者の発言をテキストに変換し,Text to speech機能を用いて,定義したテキストを音声に変換し,避難者に伝える.また,これらWatsonの機能は,複数言語対応がされており,本システムにおいても日本語版と英語版を実装した.

Webアプリインタフェース

本システムは,避難者と自治体向けに2種類のWebアプリを提供する.どちらもフロントエンド,およびバックエンドをFaaS上で実行している.避難者用については,電話インタフェースと同じバックエンドのアクションを利用する.

物資配布プランの作成

物資配布プランの作成は同じくFaaS上で実行する.自治体からのトリガーにより,その時点で未処理の物資リクエストを対象として,物資の配布プランを生成する.結果は,Cloudantに書き込むとともに,SMSで避難者に通知する.

なお,IBMクラウドのFaaSの1つのアクションの最大実行時間は300秒であり,この時間以内に処理が終わらない場合,処理の途中でも強制的に終了してしまう.また,CloudantへのCloudantのAPIを介したデータ読み書きには比較的時間がかかる.Cloudantに格納されたエントリごとに読み書きを実施していると,FaaSの最大実行時間を超過する場合があった.そこで,複数のエントリを一括で取得するなどの工夫により,上限以内で処理が完了するようにした.

SMS

TwilioはSIP trunkサービスだけでなく,SMS送信のサービスも提供しており,本システムにおいても,避難者からの情報の受付,および物資配布プラン作成後の通知時にTwilioを利用し,避難者にSMSを送信している.

4.3 物資配布プラン作成アルゴリズム

本節では,物資配布プラン作成アルゴリズムについて述べる.

避難者のプロファイルや状況に応じた物資配布計画を作成するために用いられるfamilyMemberの優先度の決定処理(ステップ7)について,詳細を述べる.まず物資ごとに,避難者familyMemberのプロファイルに応じた重みを設定する.たとえば,ほ乳びんは乳幼児が重み10,その他は重み1,デイリー用品は女性が重み10,その他は重み1などである.この重みを使い,その物資をリクエストしているfamilyMemberの優先度を,該当するプロファイルの重みを加算することで決定する.

 

4.4 ユーザインタフェース

本システムのWebアプリおよび電話のユーザインタフェースについて述べる.本システムは避難者向けと自治体向けの2種類のユーザインタフェースを持ち,避難者向けにはWebアプリと電話,自治体向けにはWebアプリのインタフェースを提供する.

4.4.1 避難者向け

避難者向けのWebアプリおよび電話インタフェースについて述べる.画面イメージを図5に示す.

避難者向けユーザインタフェース User interface for evacuees.
図5 避難者向けユーザインタフェース
Fig. 5 User interface for evacuees.

避難者向けのWebアプリは,以下の機能を持つ.

  • ・避難者情報(名前,電話番号,避難場所,年齢,性別,家族情報)の収集.避難場所は,スマートフォンのGPS機能から自動で取得し,その位置情報を元に最寄りの避難所を決定する.
  • ・必要な物資の収集.不正に大量の物資のリクエストを防止するために,物資ごとにリクエストできる上限を設定している.

電話インタフェースでも同様の情報を収集可能である.電話インタフェースでは以下の点を工夫した.

  • ・電話越しでは音声が乱れ,正確に避難者が話したことを認識できない場合がある.また,正しく認識できなかった場合,何度も繰り返し問い直すのは避難者のストレスになる.したがって,重要な情報のみ本システムが認識した内容を発話し確認するようにした.具体的には,避難者を特定するための情報として電話番号と,物資を用意する最寄りの避難所とした.また,特に電話番号については11桁を一度に入力してもらうのではなく,3桁,4桁,4桁に分割して入力するようにした.
  • ・必要な物資の入力については,まずカテゴリ(食べ物,水,衣服,生活用品)を聞いた後に,具体的な物資を聞くことで,対象の物資を絞り,認識をしやすくした.
4.4.2 自治体向け

自治体向けのWebアプリについて述べる.画面イメージを図6に示す.

自治体向けユーザインタフェース User interface for local government.
図6 自治体向けユーザインタフェース
Fig. 6 User interface for local government.

自治体向けのWebアプリは,以下の機能を持つ.

  • ・避難者情報のマップ表示.避難者がどこにいるかをマップ上に表示する.各避難者を選択することで,その避難者の詳細な情報を参照できる.また,避難所を選択すると,その避難所の付近の避難者をフィルタして表示できる.
  • ・物資配布プランの作成.避難所ごとの作成も,すべての避難所を対象にした作成も可能である.対象避難所以外の情報を自治体職員が指定する必要はなく,容易に作成できる.
  • ・物資受け渡し時の避難者ごとの物資特定.避難者の電話番号を入力することで,その避難者に提供する物資を表示する.これにより,スムースな物資の受け渡しを実現する.

5. 評価

5.1 評価目的

本ソリューションおよびシステムの有効性を検証するための評価を実施した.特に,以下について評価を実施した.

  • ・課題2への対応として提案した高齢者を含むあらゆる避難者から情報収集するインタフェースとしての,電話での音声対話とWebアプリの有効性を検証.
  • ・課題3,4への対応として提案した自治体の作業工数低減を検証.

5.2 評価方法

国分寺市様の協力のもと,本ソリューションを実際の市民の方,および国分寺市役所の方に参加していただき,実証実験を実施した.

期間は,2020年10月12日から18日に実施した.アプリ公開に先立ち,参加いただく市民の方には,対面で今回の実証実験の趣旨説明とアプリへアクセスするところまでの説明を実施した.趣旨説明では在宅避難者の情報収集(含,必要物資の情報)から,物資配布計画の作成,物資を配布するところまでが将来像であるとしつつ,今回の実証実験では在宅避難者の情報収集と物資配布計画の作成が対象とした.アプリの使い方は,実際の災害時には事前に教えられない場合が多いと考え,本実証実験においても事前説明は行っていない.

令和2年度国分寺市総合防災訓練(2020年10月18日に実施)において,本アプリを避難者想定の住民の方と市役所職員の方に利用してもらい,実際に避難者情報の入力や物資のリクエストを実施してもらった.今回の実証では,アプリの利用を促すフォローはしなかった.実際の災害時にはエリアメールなどを定期的に実行することで,避難者の本アプリの利用を促す必要があると考える.

また,アンケートにてソリューションの評価,コメントを回答いただいた.

5.3 評価結果

まず,実証実験の結果概要を述べる.

  • ・利用者数:268(ユニークユーザ数)
  • −電話のみ:50(ユーザ登録まで実施しなかったユーザ数含む)
  • −Webアプリのみ:210
  • −両方:8
  • ・物資リクエスト数:1674
  • ・アンケート回答
  • −Webサイト:131
  • −紙:21

利用者268名は,本実験には国分寺市民の方と,市役所職員の方の総数である.市役所職員の方は,市内の方と市外の方を含む.本実証実験では国分寺市民の方か,市役所職員の方かの情報は収集しなかったため,内訳は不明である.なお,市役所職員の方にも参画いただいた理由は,より多くのユーザにアプリを利用していただき,アプリのユーザビリティの評価や改善のためのフィードバックを得るためである.

さらに,利用者が災害情報と本アプリのアクセス先の連絡をするエリアメールを利用可能かどうか,および安全な場所に居住しているかどうか(ハザードマップのどのゾーンに居住しているか)は調査していない.また,電話またはWebアプリのインタフェースを利用した理由,利用に至った状況についての調査も未実施である.

5.3.1 アンケートによる評価

アンケートによるソリューション全体への評価について述べる.

図7に本ソリューションにより,在宅避難を促進できるかの結果を示す.元々,在宅避難を考えていた参加者は50%程度いたが,その割合を70%程度まで増やすことができ,本ソリューションにより,在宅避難を促進できる見込みを得た.

アンケート結果1 Results of questionnaire 1.
図7 アンケート結果1
Fig. 7 Results of questionnaire 1.

次に図8に実際の災害時に本ソリューションを利用するかの結果を示す.70%程度の参加者から「はい」との回答を得た.また,「いいえ」と答えた参加者は3名のみであり,その他は「分からない」であり,概ね好意的な評価であった.

アンケート結果2 Results of questionnaire 2.
図8 アンケート結果2
Fig. 8 Results of questionnaire 2.

最後に図9に避難時の不安を低減可能かの結果を示す.同じく70%程度の参加者から「はい」との回答を得られ,在宅避難であっても本ソリューションが自治体をつながる手段となり,不安を低減できる見込みを得た.

アンケート結果3 Results of questionnaire 3.
図9 アンケート結果3
Fig. 9 Results of questionnaire 3.
5.3.2 インタフェースに関する評価

インタフェースに関する評価結果について述べる.

まず,年代別の各インタフェースの利用者数を図10に示す.50才代を中心に80才代の方まで参加いただいた.大きな傾向としては,高齢者の方が電話インタフェースを利用してたユーザが多かったが,予想していたよりも,70才代,80才代のユーザであってもWebアプリを利用できていた.

評価結果(ユーザ年代) Evaluation result (user age).
図10 評価結果(ユーザ年代)
Fig. 10 Evaluation result (user age).
評価結果(リクエスト物資) Evaluation result (requested supply).
図11 評価結果(リクエスト物資)
Fig. 11 Evaluation result (requested supply).

また,周辺の音や話し方などによっては音声対話AIの精度が低い場合がある.具体的には,周囲がうるさい場合や,小さな声やはっきり話さない場合など,精度が低くなる.ただし,定量的な精度評価は実施しておらず,本内容はテスト時における認識精度の定性的な印象である.音声対話AIの精度向上のためには,何度か正しく聞き取れなかった場合は,「大きい声ではっきりと話してください」といった認識精度が上がる状況を伝えるなどの工夫が考えられる.さらにこのような認識精度が上がる状況を事前の案内に含めるなどの事前案内の仕方の工夫で改善できる可能性がある.

また,今回は避難場所や物資など入力項目が限定的であったことから,テスト実施時にご認識した結果を正しい入力情報に紐付けるIBMクラウドのVoice Agentの機能を活用し精度向上を図った.

在宅避難者向けには極力シンプルにするなど,適切なUIのWebアプリにすることで,高齢者であっても,Webアプリを使ってもらうことは可能な見込みを得た.

次に,ユーザからリクエストされた物資種類数,物資数についての結果を示す.リクエストされた種類数は1が最多で,少数であるが最大の25まであった.多くのユーザは8種類程度までであり,常識的な利用をしていると考えられる.今回は事前に参加者に対し,実証実験という説明をしていたため,どの程度使えるか試しに使ってみたユーザがいたためと考える.

物資数では,物資数が0,つまり何もリクエストしなかった参加者が30名弱いた.趣旨説明にて,在宅避難者に物資を届けることが目的であると言った一方で,実際の物資の配布は実施しなかったため,参加者として物資を入力することを必須と考えなかったことが理由の1つと考えられる.

また,特に電話インタフェースで入力に時間がかかり,物資の入力を断念した参加者がいた可能性もある.なお,物資をリクエストしない場合でも避難者の場所などの情報は収集できており,その点では有効であると考える.

次に,音声対話での情報収集について,通話時間などから,利用の内容を分析する.

図12に示すように,通話時間ごとにユーザ数を分類した.最初の質問まで20秒かかり,その後,約200秒までに避難者情報の入力をした後,その後物資の入力となる.避難者情報の入力までを完了させたユーザは35/58名であった.一方,その他のユーザは,最初の質問の前に電話を切ったり,避難者情報入力の途中で電話を切り,避難者情報を完了していなかった.特に避難者情報登録が完了できなかったユーザが15名おり,今後,この原因の分析,音声対話AIの改善が必要と考える.

評価結果(電話インタフェース) Evaluation result (Phone call analysis).
図12 評価結果(電話インタフェース)
Fig. 12 Evaluation result (Phone call analysis).
5.3.3 自治体の作業負荷に関する評価

自治体の作業負荷に関して,実証実験での作業時間を元に,実際の災害時の避難者の人数想定で試算した.「在宅避難者情報収集,物資リクエスト受付」「配布プラン作成,避難者への連絡」「物資受け渡し」の各フェーズについて検討する.

在宅避難者情報収集,物資リクエスト受付

手動(電話)でリクエストを受け付けた場合にかかる作業時間と,本ソリューションの場合を比較する.手動の場合,本実証実験の実績を踏まえ,一件あたりの電話時間を平均約6分とする.想定在宅避難者は20,000人[5]であるため,電話の応対に6分×20,000人=2,000時間かかることになる.

一方,本ソリューションでは,AIによる対話やWebアプリによる自動収集にて,人手による対応は不要となり,大きく作業負荷を低減できる.

配布プラン作成,避難者への連絡

手動で物資割り当て,および避難者への連絡をする場合にかかる作業時間と,本ソリューションの場合を比較する.手動の場合について試算する.試算に当たっては今回の参加者が在宅避難をすることを前提とした避難者であることが望ましいが,在宅避難ができるかどうかは,家屋へのダメージの状況によるため,参加者を在宅避難をすることを前提とした避難者かどうかを決めることは難しい.また,自治体の作業負荷に関する評価には在宅避難をすることを前提とした避難者かどうかは影響しないと考える.本実証実験では,参加者268人で,1,674リクエスト/週であったため,避難者数20,000人[5]の場合,約124,000リクエスト/週に対応が必要である.この大量のリクエストに対し,物資の在庫を確認し,割り当てと受け渡し時間枠を決め,避難者に連絡することは,現実的にはほぼ不可能である.

一方,本ソリューションでは,配布プラン(物資割り当て,受渡時間枠割り当て)作成,SMSによる通知には,操作時間1分,プラン作成に数分~30分,SMS送信に数分~20分程度で実施でき,特に自治体職員は,操作時間1分と確認時間だけで済む.

また,実証実験後の機能エンハンスにより,プラン作成の処理時間をさらに短縮している.

物資受け渡し

本実証実験では,物資の受け渡しは実施しなかったため,対象外とする.

6. おわりに

6.1 まとめ

本報告では,気候変動対策ソリューションの考案,およびそれを実現するシステムの開発を目的として,気候変動により増加する自然災害と,新型コロナウイルスの複合災害により増加が見込まれる在宅避難者を支援するソリューションを考案した.高齢者含むあらゆる避難者に対応することと,自治体職員の負荷低減を課題と捉え,それぞれ,電話での音声対話による避難者からの情報収集,収集した情報に基づく物資配布プラン作成などの自治体の業務支援により,課題を解決した.国分寺市との実証実験をおこない,本ソリューションの有効性を確認した.

本システムはOSSとしてgithubに公開している[7].

本研究において,次の知見を得た.予想以上に,高齢者であってもWebアプリを利用できることは発見であった.ただし,スマホで本Webアプリにアクセスするまでの手順(具体的には,本WebアプリのURLのQRコードをスマホのカメラで読みこみ,ブラウザで開く)は事前に説明しており,実際の災害で予備知識のない住民も含めて,利用してもらう場合には,この点についてはさらなる考慮が必要と考える.

6.2 今後の課題

本検討では,研究期間が限られていたため,物資配布のための情報収集,および配布プラン作成に絞った実装としたが,目指すべきところは,物資配布に限らず,個々の住民からの情報を収集し,そのデータを分析し,現場にフィードバックするCyber-Physical Systemの実現である.そこを目指し,今年度の実装,知見をベースに汎化を進め,防災,災害対策の基盤として整備していく.

謝辞 本研究を進めるにあたり,国分寺市総務部防災安全課の方々,および実証実験に参加いただいた国分寺市役所,国分寺市防災まちづくり推進地区,および市民防災推進委員の方々に協力をいただきました.深く御礼申し上げます.

参考文献

付録

A.1 物資リスト

実証実験で利用した物資とカテゴリのリストを示す.

表A・1 物資リスト
Table A・1 Supply item list.
物資リスト Supply item list.
小澤 洋司
yoji.ozawa.zp@hitachi.com

2003年東北大学工学部電気・通信・情報工学科卒業.2005年同大学大学院工学研究科通信工学専攻修士課程修了.同年日立製作所入社.ネットワーク管理,クラウドコンピューティング,データセンタの研究に従事.

新井 悠介
yusuke.arai.fc@hitachi.com

2015年東京大学工学部機械情報工学科卒業.2017年同大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻修士課程修了.同年日立製作所入社.クラウドコンピューティングの研究に従事.

Elserafy Hatem
hatem.elserafy.cj@hitachi.com

2012年Arab Academy for Science and Technology(AAST)卒業.2016年九州大学総合理工学府量子プロセス理工学専攻修士課程修了.2019年九州大学総合理工学府量子プロセス理工学専攻博士課程修了.同年2019日立製作所入社.

Jayesh Guntupalli
jayesh.guntupalli.wv@hitachi.com

2019年IIT Bombay修士課程修了.同年日立製作所入社.デジタルツイン,DX,マネージド・サービス,Web3,ブロックチェーンの研究に従事.

Chaudhari Pritam Jaywant
pritam_jaywant.chaudhari.kn@hitachi.com

2015年Electrical Engineering from University of Mumbai卒業.2015年Lodha Group入社.2020年IIT Bombay修士課程修了.2021年日立製作所入社.データセンタの脱炭素化の研究に従事.

Darshan Dharmendra Chawda
darshan_dharmendra.chawda.kt@hitachi.com

2017年L. D. College of Engineering(affiliated with Gujarat Technological University - GTU)卒業.2020年IIT Bombay修士課程修了.2021年日立製作所入社.

受付日2023年6月16日
採録日 2024年5月20日

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