令和元年6月11日に内閣府の統合イノベーション戦略推進会議において決定した「AI戦略2019~人・産業・地域・政府全てにAI~」では,“文理を問わず全ての大学および高等専門学校生(約50万人/年)が,課程にて初級レベルの数理・データサイエンス・AIを修得すること[1]”を求めている.そして文部科学省はこれを踏まえて,令和元年11月1日に「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」[2]という資料を発表した.そこでは,小中学校,高等学校,大学,および高等専門学校における“教育改革に向けた主な取り組み”と題する方針が示されている.
これに対応して,信州大学(以下,本学)では「信州データサイエンスプログラム[3]」を立ち上げ,学生が数理・データサイエンス・AIに関するリテラシーレベルから,応用基礎レベルまでの実践的な能力について修得できるようにしている.このプログラムにおいて2023年度からは,学部1年生を対象とした全学必修科目「データサイエンスリテラシー(以下,DSリテラシー)」を完全オンデマンド授業として開講しており,また,この科目の運営を担当する本学の全学教育センターでは,データサイエンスに関する複数の選択科目を開講し,本学のすべての1年生が文部科学省の定めるリテラシーレベルの素養を獲得できるような教育体制を整備している[4].この教育プログラムは2023年8月に,数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(通称,MDASH)におけるリテラシーレベルの認定を受けた[5].
本稿では,認定を受けた教育プログラムにおいて,2023年度時点で修了に必要な科目であるDSリテラシーの概要を説明し,全学必修科目として初めて開講した2023年度前期の実施結果について述べる.これを受けて,次期以降の運営に向けた課題を洗い出すことが本研究の目的である.この洗い出しにおいては,前述の認定を受ける際に自己点検・評価項目として全学教育センターが設定した次の3点,およびオンデマンド実施という観点で「学習管理システム(以下,LMS)における履修者の行動ログ」に注目する.
DSリテラシーでは課題の提出期限などの制限はあるものの,完全オンデマンド授業であることから,履修者がいつでもどこででも学習を進められるようにしている.この性質から,本科目は「長野県内高校生による科目等履修(先取り履修)[6]」用の科目にもなっており,長野県内大学が加盟する高等教育コンソーシアム信州[7]における単位互換用の科目にもなっている.そのため,本稿で述べる成果は,地理的に分散している生徒を対象とした高大接続プログラム(例:入学前教育)やオンライン教育などを企画・運営するために活かされることを期待している.
新原[8]は,2021年8月までにリテラシーレベルに認定された78校の教育プログラムを調査し,次の4点を明らかにしている:(1)各校のカリキュラム編成は,あらかじめ指定した授業科目を履修させる形態のものが最も多く,既存の特定科目を履修させるものが多い,(2)修了要件は,2~4単位が最も多く,1~24単位まで幅がある,(3)データ分析の学習手段は大半の学校で表計算ソフトウェアを用いている,(4)先導的なプログラムに選定される(リテラシーレベルプラス[5]として選定される)には,明確な枠組みの中で推進される地域連携や産業界連携の取り組みが評価される傾向にある.
2021年9月以降に認定された教育プログラムを含め,各校の取り組みについては,前述の認定制度を紹介するWebサイト[5]や数理・データサイエンス・AI教育強化拠点コンソーシアムのWebサイト[9]などで紹介されており,論文として成果を公表している例[10], [11]もある.文献[10], [11]で報告されているように,特定の企業と連携して教育プログラムを企画・運営している学校もある.オンデマンド授業について,長谷川らは学習行動と教育効果について報告しており,“授業内容の理解度は概ね高く,データサイエンスやAI領域の知識獲得に加えて,Excelを使用した統計解析スキルを習得できたこと[11]”を明らかにしている.
本学のDSリテラシー(1単位必修科目)開講にあたっては,その2年程度前から準備を進めてきた.2021年度に開講した「データサイエンス概論(2単位選択科目)」では,DSリテラシーの内容を含む,リテラシーレベル全体を包含する内容を15回で実施し,DSリテラシーで実施するオンライン小テストを毎週実施して,成績評価などができることを確認した.また,2022年度に開講した「データサイエンス入門(2単位選択科目)」では,データサイエンス概論の内容を再構成し,一部の授業をオンデマンドで実施するなど,DSリテラシー8回分(後述)の雛形を準備する形で実施した.このため,DSリテラシーはデータサイエンス入門の一部を抽出して設計されており,実質,既存の特定科目を履修させるものとなっている.特定の企業と連携することはなく,本稿筆者3名が主体となって教材作成や成績評価などを行い,履修者はすべてLMS上において教材の閲覧やテストの受験などを行っている.なお,2023年8月現在,リテラシーレベルプラスとしての認定は受けていないものの,本学の教育プログラムでは「データから見る長野県ゼミ[12]」や「データから白馬村の観光を考えるゼミ(ドコモ・白馬村連携講義)[13]」など,地域や特定企業と連携した科目を選択科目として開講している.
DSリテラシーは全8回で構成される.前述の認定制度[5]に申請することを踏まえ,前述のコンソーシアム[9]が発表したモデルカリキュラム(リテラシーレベル)と関連付けて科目を構成し,表1に示すとおりに学習内容を決定した.表1では本学で定めた各回のテーマ,およびモデルカリキュラムに記載されているキーワードを示しており,モデルカリキュラムにおける位置づけとの対応についても示している.位置づけで示されている1–1から3–2をすべて含めることが前述の認定を受ける要件となっており,本学では各学部カリキュラムへの組み込みやすさや年度あたり2,000名程度(=本学1学年の学生数)を担当する際の教育効果を考慮して1単位科目として設計した.達成目標を“データサイエンスの見方に沿って情報を捉えることができる.モデルカリキュラム『基礎』においては,データの図示の中に代表値や散布度などの統計量を読み取れる[14]”のように設定し,“これからの社会のあり方を考えてもらうなど,データサイエンスの基礎を築いていくために不可欠な統計学,情報科学,数学の位置づけを理解[14]”してもらうような構成にした.
そのため,DSリテラシーではモデルカリキュラムにおける導入・基礎・心得の内容を網羅的に扱い,いわゆる文系学生でも無理なく学習することができるよう,資料の読解を中心とした構成とした.ただし,高等学校などでプログラミングを十分に行っている学生がいる可能性も踏まえ,モデルカリキュラム「基礎」を扱う回では,成績評価に影響しない補助教材として,Google Colaboratoryで動作体験できるプログラムを提供し,プログラミングを通してデータの分析や可視化を理解してもらえるような機会も提供した.なお,本学ではLMS利用のWebブラウザにGoogle Chromeを推奨している.さらに標準メールシステムではGmailを採用していることから,各学生は入学時にGoogleアカウントを有している.このためGoogle Colaboratoryを履修者が利用するとしても,煩雑な準備をすることなく,比較的手軽に動作体験できる.
DSリテラシーは各年度の前期または後期の前半に行うようにし,前半で単位を修得できなかった学生は各期の後半で再履修できるようにした.また,本学7学部(人文,教育,経法,理,工,農,繊維)と2学科(医[医],医[保健])の計9部局それぞれに担当教員が1名つき,部局単位で教育・学習を進めるようにした.すなわち,習熟度別にクラス分けをすることはなく,部局単位でクラス分けを行うようにした.これは,同じ部局内の学生であればデータサイエンス科目の動機づけとなる共通要素が大きくなり,受講の継続性に欠点を指摘されることの多いオンデマンド授業において,クラス全体への声かけの有効性が高くなることを企図したためである.履修する時期は各部局の意向によって決定し,2023年度前期は人文・教育・経法・農学部と医学部医学科の計5部局が対象となった.この結果,約900名の学生が前期前半に履修した.また,前述の先取り履修[6]で3名の生徒が同時期に履修した.
表2は前期前半の授業日程および課題を示したものである.年度当初はまだLMSの操作に慣れていない学生がいることを考慮し,第0回に相当するものとして参加任意の対面ガイダンスを実施した後,各回を概ね1週間で行う日程とした.なお,第3回はゴールデンウィークによる連休を考慮して期間を長めに設定しており,第8回は課題として取り組む量が多いことから同様に期間を長めにしている.成績評価に影響する課題は表2に記載されている次の3つであり,詳細は2.4節で説明する.
これらの課題の満点を合計すると110点となり,60点以上で単位修得となる.110点満点としている理由は,本科目が完全オンデマンド実施であることもあるが,自己管理がまだ十分にできず,小テストの受験や課題の提出を忘れる学生(本学ではおよそ9割の学生が一人暮らしをしている)が出てくる可能性を考慮したためである.つまり,受験忘れや提出忘れなどの失敗を1回したとしても,本学成績の満点である100点を取れるようにしたためである.
教材については,原則,履修者全員が同じものを利用するため,それらはLMSの共通利用コース(図1)に配置した.図1では第1回講義で提供している資料の一部が示されている.各回の講義は概ね,その回の導入に係る動画(図1ではジグソーパズルのピースがアイコンになっているもの),本稿筆者が作成したテキスト(図1では導入動画の下にある3点),インターネット上に配置されている動画や記事へのリンク(図1では下から3点)で構成されている.また,小テストを受験するための準備用コンテンツとして「確認問題」も提供している.一方,他部局の担当教員に開示すべきでないもの(たとえば,各履修者の小テスト受験結果)が含まれるコンテンツや部局に応じた資料などは,部局独自コース(図2)に配置した.図2では前述の共通利用コースへのリンク,部局担当教員が作成した資料(動画とその動画を制作する際に用いたスライド資料),小テスト受験場所へのリンクの3つが示されている.
以上のように2つのコースを設置しているため,教材の閲覧は共通利用コースで行い,その後に小テストの受験や課題の提出などを部局独自コースで行うことが通常の進行となる.なお,部局独自コースでは,授業内容から逸脱しない範囲で,担当教員独自の指示や資料などを提供することが認められている.実際,2023年度前期前半では,とある部局で聴覚障害に関する合理的配慮の申請があり,当該部局コースのみにおいて,それに応じた資料を提供することができた(通常,合理的配慮申請の内容は他部局へは開示されない).これは2つのコースを設置したことの効果となっている.
小テストについては,すべてLMS上での実施となり,次の6点に示す方針に沿って問題を作成し出題した.
図3は,小テストにおいて実際に出題した問題の1つである.このような問題を毎回3~5問出題し,各回10点満点の小テスト7回分の合計得点を成績評価に用いた.
記述課題については,「問題を作ることによる学習(作問学習)[15]」を実践するものとした.具体的には,各履修者がDSリテラシーにおける確認問題や小テスト問題として出題可能な問題を1問作成して提出し,他の履修者が作成した問題を評価する課題である.オンデマンド環境で協調的に問題作成や作成された問題の評価を行うことの有効性は本稿筆者ら[16], [17]も明らかにしており,その研究で行われた活動を参考にしてDSリテラシーでも実施した.
記述課題は2つのフェーズで構成されており,フェーズ1では各履修者が次の4点に従う問題を1問提出する.
フェーズ1で問題を提出した履修者は,その後のフェーズ2において,他履修者が提出した問題の中からランダムに割り当てられた3問の良し悪しを評価する.評価の観点は次の3つであり,すべての観点において「満たす」または「満たさない」のどちらかを回答する.
DSリテラシーで利用したLMSはMoodleベースで構築されていたため,ワークショップモジュールを用いて記述課題を実施し,問題を提出した履修者(作成者)・評価者を匿名にするダブルブラインド方式でフェーズ2を実施した.フェーズ2で評価した問題数に応じて評価活動点(10点満点)を与え,フェーズ1で提出した問題に対する評価の内容に応じて問題提出点(10点満点)を与えた.
小テストや記述課題に加え,授業に対する質問やアンケートへの回答のような,履修者の活動に応じて加点する制度を設けた.これは,受験や提出を忘れた履修者に挽回する機会を与えることに加え,小テストの成績が思わしくない履修者に対しても挽回する機会を与えるためである.
授業に対する質問による加点について,シラバス[14]には「授業に相応しい良い質問に対して加点」と記載されており,良い質問かどうかの判断および加点方法は各担当教員の裁量に委ねた.質問およびその回答はLMSのフォーラムモジュールを用いて実施し,これらは部局ごとに構成されたクラス内で,質問者ばかりでなく履修者全員で共有した.
この質疑応答用フォーラムの設置は,いわゆる「メディア授業告示」である平成13年文部科学省告示第51号に対応するもので,これにより完全オンデマンド授業であっても,担当教員による十分な指導や,DSリテラシーに関する学生の意見交換の機会を確保している.また,良い質問に対して加点することにより,フォーラムへの積極的な投稿を促した.なお,本学附属図書館には先輩学生が学修をサポートする「ピアサポ@Lib [18]」があり,DSリテラシーについてサポートするラーニング・アドバイザーがいる.また,全学教育センターではデータサイエンス教育を担当する教員が主宰する「ITピア・サポート室」を設置しており,これらにより対面でも指導できるようにしている.
アンケートへの回答による加点について,本学では授業に対するアンケートを「授業のふりかえり」として実施しているため,その活動を行うインセンティブとして加点するようにした.アンケートは受講前と受講後の2回実施しており,表3に示す項目について回答するよう依頼した.
表3ではDSリテラシー第1回(表2参照)で実施した受講前アンケート5項目および第8回で実施した受講後アンケート5項目が示されている.1章で述べた,認定を受けるための自己点検・評価項目に直接関係するものは受講後アンケートの項目1から3である.他の項目について,受講前アンケートの項目1から3は履修者の高等学校での学習状況を確認するため,両アンケートの項目4および5はDSリテラシー受講前後の変化を確認するために問うた.
本章では,1章の最後に述べた4つの注目点それぞれについて分析した結果を述べる.なお,本章で示すいずれの結果においても,先取り履修生のものは含まれていない.また,受講前アンケートの回答率は84.0%,受講後アンケートの回答率は67.8%であった.
表4に最終成績(110点満点)の分布を,表5に小テストと記述課題の合計得点(90点満点)の分布を示す.いずれの表においても,部局ごとの成績の差異を公表することが,部局名を匿名化して示すことも含めて倫理審査で承認されていないため,該当する割合の範囲を示した.たとえば,表4で示す最終成績の分布において,「秀」を獲得した学生が36%いた部局があり,一方で10%しか獲得できなかった部局があったことを示している.
全体としては約92%の学生が初回の履修で単位を修得できたことから,概ね良好と言える結果となった.表5で「修得確定(=小テストと記述課題の合計得点だけで単位修得が確定)」となっている60点以上の履修者が全体の約87%となっていることを考慮すると,授業に対する質問やアンケートへの回答による加点がうまく機能した(=全体の約5%はこの加点によって単位を修得できた)と考えている.
一方,単位を修得できなかった原因について調べたところ,2023年度前期前半においては,それぞれで獲得した点数はともかくとして,小テスト7回の受験,記述課題2回の提出(フェーズごとの提出)のすべてを行った履修者は全員単位を修得していた.言い換えれば,単位を修得できなかった者は小テストの未受験あるいは記述課題の未提出が少なくとも1回はあったことが分かった.
図4に受講後アンケートの項目1に対する回答の共起ネットワークを示す.この共起ネットワークはKH Coder 3 [20]で作成した.図7および図8についても同様である.共起ネットワークでは,単語を囲う丸の大きさが大きいほど,その単語が含まれる回答が多くあることを示している.また,単語同士が線で結ばれている場合,線で結ばれた単語同士が1つの回答に同時によく現れることを示している.
このアンケート項目では良かった点を聞いているため,図4にある「良い」という単語に注目すると,「良い」と結ばれている単語は「思う」であり,その「思う」と結ばれている単語として「知識」がある.「知識」と結ばれている単語として「今後・必要・情報・社会・得る」があり,以上をまとめると,DSリテラシーで良かった点として,「今後の情報社会で必要となる知識が得られる」に類する回答が比較的多かったことが分かる.代表的な回答は次の5点である.
その他の回答について,図4を見ると「受講・デマンド・時間」の3つが結ばれており,それらの単語が含まれる回答のローデータを確認したところ,「自分の好きな時間に取り組める」「授業がオンデマンドなので自分のペースで勉強ができてよかった」「オンデマンドの授業なので家で受けられたこと」などのオンデマンド授業に関する意見があったことが分かった.
表6・表7に受講前・後アンケートの項目4に対する回答の結果を,表8・表9に項目5に対する回答の結果を示す.
大学生時代の教養教育としてデータサイエンスを学ぶことの重要性について,受講前(表6)では全体の65%が「思う」と回答した.「どちらかと言えば思う」と合わせて「思う側」と呼ぶことにすると,95%が思う側を回答した.一方,受講後(表7)では90%が思う側を回答しているものの,「思う」の回答者が10ポイント程度減少している.今後の進路におけるデータサイエンスに関する知識や理解の重要性については,受講前(表8)で思う側の回答が91%であるのに対し,受講後(表9)では80%まで減少した.
当然ながらDSリテラシー以外の影響を考える必要はあるものの,受講前と受講後の比較において,重要性に対する認識が大きく変動する可能性がみられた.
図5に,LMSにおける1日ごとの行動ログ数を示す.ここでは,横軸に月日,縦軸にログ数を取っている.部局の特定を避けるため「部局A・B」と表記しており,縦軸の数値を省略しているものの,部局ごとのスケールは同一であり,図5で示されているログ数の最小値は0である.取得したログは,各回の授業でポイントとなる(=履修者が必ずアクセスすると考えられる)次の3つである.
図5では,いずれも授業期間が7日間で小テストの受験が課題となっている第1回(序盤),第4回(中盤),第7回(終盤)の3回分の結果を示した.全体的に見ると,第1回のログ数は他の回よりも比較的多いことが分かる.特に,確認問題のログ数が多く,小テストの受験に向けて入念な準備を行っていたことが窺える.図5における部局Aでは,どの回においてもログ数のピークが授業7・8日目(火曜・水曜日)になっており,部局Bではピークが授業5・6日目(日曜・月曜日)になっていることが分かる.部局ごとに設定されることの多い必修科目の開講曜日・時限の影響があると考えられるものの,この分析によって,部局ごとの行動パターンに違いが出る可能性を窺える.
図6では,図5で示した第1・4・7回の計24日間について,1時間ごとの行動ログ数をまとめたものである.図6では横軸に時間を取っており,たとえば,「0」は0時00分から0時59分まで(秒以下は切り捨て)に記録されたログを集計した結果が示されている.前述のとおり,必修科目の開講曜日・時限の影響はあると考えられるものの,どちらの部局においても概ね,11時ごろ,16時ごろ,22時ごろにそれぞれピークがあることが分かる.このように,いくつかピークがあることから,履修者はオンデマンド授業の特徴である「いつでも学習を進められる」ことを活かして活動していることが窺える.
表10に受講前アンケートの項目1に対する回答の結果を示す.高等学校の情報科で利用した教科書は,概ね半数が「社会と情報」を含むものであったが,どちらか一方に偏る結果とはならなかった.また,表11は受講前アンケートの項目2に対する結果であり,高等学校情報科の授業への好意度についても,好き・嫌いのどちらかに大きく偏る結果とはならなかった.
図7に受講後アンケートの項目2に対する回答の共起ネットワークを示す.質問項目に含まれる「改善」という単語が(その単語が含まれる回答が少ないことにより)抽出されなかったため,丸の大きい単語について見ていくと,「資料・多い・思う」を囲う丸が比較的大きいことが分かる.また,それらと結びついている単語として「動画・説明・もう少し」があることが分かる.その他に「テスト・問題・難しい」といった単語同士が結ばれていることも分かる.以上から,「資料が多い」「動画説明がもっとほしい」「テスト問題が難しい」に類する回答が比較的多かったことが分かった.代表的な回答は次の5点である.
図8に受講後アンケートの項目3に対する回答の共起ネットワークを示す.この質問項目は,DSリテラシーでの学習方法に関するアドバイスを送る際の参考とするために設定したものである.図8を見ると,「資料・読む・読み込む」に加えて,「確認・問題・テスト・解く」や「自分・調べる・理解」を囲う丸が比較的大きいことが分かる.「毎週・デマンド・課題・忘れる」や「提出・期限・気・つける」のような自己管理に関するアドバイスもあった.代表的な回答は次の7点である.
本稿ではDSリテラシーについて,2023年度前期前半に開講した結果を分析した.結果を分析する際に観点を4つ設定し,3章においてそれぞれの観点に対する分析結果を述べた.この結果を踏まえ,本章ではまず成果について述べ,その後,本研究の目的である次期以降の運営に向けた課題について議論する.
3.1節では単位修得率について分析した.2023年度前期前半では,いわゆる文系学部(人文・経法)と理系学部(医(医)・農)が混在する状況となったものの,結果として,文理で著しい差はなく約92%の履修者が初回の履修において単位を修得することができた.比較的良好な結果が得られた理由として,数式を用いた複雑な計算やプログラミングを必須とせず,読解を中心とした構成としたことも影響していると考えている.
3.2節では履修者が得た成果について分析した.読解を中心とした構成にしたこともあり,知識の獲得が主な成果となった.オンデマンド実施に関する好意的な意見も得られ,3.4節で見てきた,LMSにおける1日ごとあるいは1時間ごとの行動ログ分析では,オンデマンド授業の特徴である「いつでも学習を進められる」ことを窺える結果が示された.自己管理を行い,課題にきちんと取り組んだ履修者にとっては,シラバスで示した目標を達成できたのではないだろうか.
一方,担当教員が得た成果については分析を継続しており,大きく「授業に対する質問で得られる成果」と「記述課題で得られる成果」の2つがあると見ている.授業に対する質問は,いわゆる救済目的で設定したものであるが,本稿筆者の平井が担当した2クラス(教育学部・医学部医学科)では,合わせて403件の質問が寄せられ,質問の中には教材の誤りを指摘するものや,担当教員の糧となる質問もあった.このように,クラス一体となって教材を洗練させていくことも可能になる.また,記述課題で作成された良い問題は翌年度以降の確認問題や小テスト問題として活用することも可能になり,うまく機能させれば教員の負担減につなげることも可能になる.
3.3節では,データサイエンスに対する履修者の意識の変化について分析した.その結果,データサイエンスの重要性に関する認識がデータサイエンスリテラシーの受講前と受講後で大きく変わる可能性があることが分かった.3.3節で述べたように,DSリテラシー以外の影響についても考察する必要があるものの,この結果が必ずしも悪いとは限らない.
言い換えれば,入学当初は何となく「データサイエンスは重要だ」と思っていた学生が,DSリテラシーを受講した,あるいは,DSリテラシーの前期前半が終了する6月末まで大学生活を送ることで改めて自分自身を見つめなおした結果,重要度を低くした可能性がある.この結果については,後期履修者の状況なども見て,改めて検討していきたい.
2023年度前期前半の実施において明らかになった課題は次の(1)~(3)の3つである.
3.1節で示した単位を修得できなかった原因の分析で分かったように,小テスト7回の受験や記述課題2回の提出のすべてを行った履修者は全員単位を修得できたため,今後は「すべてを受験・提出させるような働きかけ」について検討していくことが必要であると考えている.これは,DSリテラシーに限った話ではなく,大学全体としての働きかけが必要になるかもしれない.担当教員からのリマインダだけでは限界があるため,たとえば,同じ部局内の友人同士で課題の進捗状況を確認しあえるような雰囲気づくりをしていくことも有効な対策となろう.
3.5節で示した高等学校情報科で利用した教科書に関する回答から,高等学校では「社会と情報」あるいは「情報の科学」のどちらか一方のみ学習した学生がほとんどであると判断できる.2024年度においても同様の傾向が続くとみられるものの,DSリテラシーでは,すでに2025年度以降に入学する(いわゆる新課程)学生も意識した教材編成を行っており,2024年度までは,新課程で新たに加わったもの,たとえば「外れ値」の決定方法やその意味の解説などを十分に行うようにしている.一方,2025年度以降に入学する学生からは,表11で示した情報科の授業に対する好意度が大きく変わる可能性があるため,嫌い側の回答が極端に多くなる状況があれば,その原因を突き止めるなどしてDSリテラシーで対応していくことも検討したい.
3.5節で示したDSリテラシーで改善すべき点について,「資料が多い」「動画説明がもっとほしい」などが意見として出てきた.1単位45時間の学修(すなわち1回あたり5時間)を考慮しつつ,読解を中心とした教材を提供しているため,このような意見が出てくるのは致し方ない.改善すべき点の回答例を見ると1回あたり1時間30分であると思っている学生がいるものの,効率的な学習を支援するための動画提供ではどうしても受動的な学びになってしまう.DSリテラシーは学部1年生対象の授業であり,能動的な学びへの転換を促す役割も担っていると考えられるため,「自身に必要な知識や技能を多くの教材の中から見つけ・整理し・理解する」ことが必要であることをさらに伝えていくようにしていきたい.図8で示した後輩へのアドバイスには「資料・読む・読み込む」や「自分・調べる・理解」といったものがあることから,これらも能動的な学びへ転換する必要性を伝えるときに活用できると考えている.
本稿では,信州データサイエンスプログラム(リテラシーレベル)において,2023年度時点で修了に必要な科目であるDSリテラシーの概要について説明した.また,前期前半の実施結果を受けて,次期以降の運営に向けた課題の洗い出しを本研究の目的とした.4.1節で述べたように,主な成果は次の3つである.
また,4.2節で述べたように,次期以降の運営に向けた課題は次の3つである.
分析の結果,2023年度前期のDSリテラシーは概ね順調に進んだと考えているものの,まだまだ発展途上であるため,本研究で明らかになった課題の解決を中心に,改善を続けていくことになると考えている.考察で述べたように,授業に対する質問によって教材を修正・追加することも可能になるし,記述課題によって演習問題を多く準備することも可能になるかもしれない.このように,今後も履修者とともに授業を作り上げていく大切さを忘れずに,授業運営に臨みたいと考えている.また,2023年度後期の分析も含め,DSリテラシー開講に伴う長期的な影響についても今後調査をしていきたい.
謝辞 本研究はJSPS科研費JP21K02797の助成を受けて実施した.また,本研究は本学の「全学教育センター等におけるヒトを対象とした教育研究に関する倫理委員会」での承認(承認番号第R05–21)を受けて実施した.DSリテラシーの開講に協力いただいた本学教職員および本稿執筆にあたり貴重なご指摘をいただいた編集委員・査読者の皆様に御礼申し上げる.
2007年東京学芸大学教育学部卒業,2009年同大学大学院教育学研究科修了,2012年筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了.博士(情報学).東京農工大学大学院工学研究院(先端情報科学部門)助教,信州大学学術研究院総合人間科学系(アドミッションセンター)講師を経て,2022年1月より信州大学学術研究院総合人間科学系(全学教育機構[現,全学教育センター])准教授.教育工学,情報工学,高大接続に関する研究に従事.人工知能学会,教育システム情報学会各会員.
上智大学理工学研究科博士後期課程単位取得退学.信州大学医療短期大学部講師,同大学医学部保健学科教授,同大学全学教育機構教授を経て,2024年4月より同大学全学教育センター特任教授.数理情報学,実験整数論に関する研究に従事.日本数学会,コンピュータ利用教育学会,国際ICT利用研究学会各会員.
博士(情報科学).大阪大学数理・データ科学教育研究センター特任研究員を経て,2022年9月より信州大学全学教育機構[現,全学教育センター]助教(特定雇用).応用数学,統計数学,数理解析学,理論経済学に関する研究に従事.日本応用数理学会会員.
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