生成AI(Generative AI)とは,文章や画像,音声,動画などのさまざまなコンテンツを生成することが可能なAIの総称である.近年,ビックデータの普及や,機械学習モデルおよび学習手法の発展に伴いOpenAI社のChatGPTやMidjourney社のMidjourney☆2をはじめとした高度な生成AIモデルが開発され,個人/法人問わずさまざまな用途で活用が進んでいる.たとえばカスタマーサポートにおけるFAQボットや自社製品のデザイン,社内文書の作成など,さまざまな自社システム/サービスと連携する形で導入を進める企業が増えている.
生成AIは定型業務の自動化や人材不足解消等に対して大きな効果を上げており,ビジネスのあり方そのものを大きく変えるゲームチェンジャーとして期待が寄せられている.しかし,高い利便性を持つ一方で,入力するデータの内容や生成物の利用方法によっては,著作権侵害等の法令違反や業務情報の漏洩などに発展するリスクも存在する.そのため,適切な管理統制下でリスクに対する対策を整備した上での利用が求められることから,利用範囲や取り扱う情報種別といった運用面のルールだけでなく,利用者への教育やAIガバナンス策定など,企業での生成AI活用において考慮すべき点は多い.
本稿では当社での生成AI導入の取り組みを通じて得られた,企業において生成AIを活用する上で考慮が必要な要件やプロセス,留意点に関する知見について述べ,最後に将来的な生成AIを用いた人材不足解消に向けたアプローチについて考察を交えながら紹介する.
生成AIとは,文章や画像,音声,動画などのさまざまなコンテンツを生成することが可能なAIの一種で,言語生成AIや画像生成AIなど生成されるコンテンツに応じてさまざまな種類が存在する.
現在,主流となっている分類や識別に特化したAIとは異なり,生成AIはこれまで人間が行っていたような高度なコンテンツ作成を自動化できる点が特徴であり,言語生成であれば質問への回答や文書作成,画像生成であれば自社製品のデザイン作成など,図1に示すとおり活用方法は多岐にわたる.近年は企業においても導入が進んでおり,FAQボットや社内文書検索,Webサイトの制作補助など自社サービス/業務の品質向上,自動化に生成AIを組み込んだ取り組み事例も増加傾向にある.
代表的な生成AIとしては,以下のようなサービスが各社より提供されており,中でも高い汎用性をもつChatGPTは2022年11月30日の公開から,わずか3カ月で推定1億2,300万のアクティブユーザーを獲得するなど,個人/法人問わず急速に利用が拡大している.
近年,生成AIが大きな注目を浴びている背景として,以下の2点が挙げられる.
従来のAIは学習データに対応した単一のタスクを処理するものが主流であったため,特定の分野で人間を上回る精度を出すことはあっても人間のように柔軟な思考や対応を実現することは難しいとされていた.そのため,企業においてもあらかじめシナリオを定義し,それに従って動作するチャットボットなど,低い精度を許容できる範囲での利用が多く見られた.しかし2018年以降,LLM(Large Language Models)やStyleGANなどの高精度なAIモデルが開発されたことを皮切りに,モデルの大規模化がAI分野におけるトレンドとなり,AIの精度と柔軟性が飛躍的に向上した.その結果,出力される生成物の精度や品質がビジネスに適用可能なレベルにまで向上し,多くの企業でSaaS等自社製品への組み込みなど試験的な取り組みが開始される要因となった.中でも,ユーザーの意図や文脈を理解し,自然な文章や応答を返すことができるChatGPTは,その応用性の高さから一般/法人を問わずさまざまな場面での活用が進んでいる.
AIに関する専門知識やノウハウがないユーザー/企業でも,手軽に生成AIを利用できるようになった点も要因として挙げられる.前述した精度の向上によって,出力だけでなく入力に対する受容性も向上し,あいまいな問いかけや指示でもある程度の品質を保って回答を出力することが可能となった.これまでAIは数値や画像など特定の構造化データを入力とするモデルが主流だったが,テキストによるあいまいな入力にも対応した生成AIが登場したことで,多くのユーザーにとっての利用ハードルが下がり,急速に普及が進んだと考えられる.また,OpenAI社のChatGPTやStability AI社のStable Diffusion☆4など,一般のユーザーへ無償で利用できる生成AIの提供が開始されたことも近年の急速な普及の一因になったと言える.
こうした生成AIの爆発的な広がりを受けて,米大手テック各社も続々と参入を表明しており,Microsoft社はOpenAI社へ100億ドル(2023年1月23日),Amazon社は米新興企業アンソロピック社へ40億ドル(2023年9月25日)の出資をそれぞれ発表した.また,HuggingChatやLlama2など,生成AIモデルをOSS(Open Source Software)として提供する企業やコミュニティも現れ,誰でも生成AIの研究や開発へ参加可能となった.こうした流れは今後も広がっていき,生成AIの精度や利便性,拡張性は飛躍的に進化していくと考えられる.将来的にはテック企業に限らず,さまざまな企業で自社専用の生成AIを構築し,活用する社会の到来が予想される.
生成AIを企業で導入するにあたって,どのような形態やプラットフォーム,システム構成で利用するかを検討する必要がある.代表的な利用形態は図2に示すとおり.
利用形態ごとに特徴があり利点/欠点も異なるため,コストや導入のリードタイム,セキュリティ対策等,自社要件に照らし合わせて適切なものを選択する必要がある.それぞれの概要や利点/欠点について以下のとおりまとめる.
(1)生成AI事業者のWebサイト上で利用
生成AI事業者が提供するサービスをインターネットの公式サイト上で利用する方法.アカウントを取得後すぐに利用開始でき,サービスによっては無償で利用できる点が特徴.
【利点】
【欠点】
(2)オンプレミス上で利用
生成AI事業者が提供するAPIを利用し,自社内のオンプレミス環境へ構築したシステムに生成AIのエンジンを組み込んで利用する方法.独自のUIを構築できるため,セキュリティ対策やアカウント管理の機能を自社の要件に合わせてカスタマイズしやすい.また,学習させるデータを社内の閉域環境に保存できる点や,API経由の利用は入力内容が二次利用されない規約となっているサービス(ChatGPT等)がある点も情報漏洩対策における利点と言える.一方でカスタマイズにあたって,コーディングやアーキテクチャ設計など構築の作業負担が大きく,構築した環境に対する運用保守も発生するため,コストが高くなりやすいという欠点もある.
【利点】
【欠点】
(3)PaaS/SaaS上で利用
Microsoft社が提供するAzure OpenAI Service☆5や,その他のクラウドサービス(SaaS)上でAPIを経由して生成AIを利用する方法.基本的な利用方法は(2)で述べたものと同様だが,諸々の管理機能やセキュリティ対策機能をPaaS/SaaS事業者側で提供している点が特徴.利用はすべてサービス提供元のSaaSまたはPaaS上で行うため,アカウント,セキュリティ対策,コスト管理,利用状況の監視等の管理・統制が1つのプラットフォーム上で完結することが強み.また,Azureで構築する場合は,Microsoft社の他サービス(Microsoft365等)との連携機能も豊富で,自社独自のセキュリティ対策や機能拡張にも柔軟に対応できる.事業者ごとに提供サービスの内容は異なるため,自社要件に合わせたサービスの選定が必要.
【利点】
【欠点】
(4)SaaSの一部として利用
SaaSの中にはFAQボットや全文検索のような機能の一部に生成AIを組み込んでいる製品があり,そうしたSaaS上で生成AIを利用する方法.利用形態はサービスごとに異なり,特定の用途においてサービスの品質や精度を向上させる目的で組み込まれているケースが多い.
【利点】
【欠点】
2.1節で述べたとおり,生成AIはさまざまな用途で便利に活用できる反面,入力するデータの内容や生成物の利用方法によっては,著作権侵害等の法令違反や業務情報の漏洩など,インシデントに発展するリスクも存在する.生成AIを利用する上で企業が留意する必要のある主要なリスクは以下のとおり.
上記リスクの概要と対策について取りまとめたものを表1に示す.
企業で生成AIの導入を検討する際は,自社で必要とされる利用範囲やセキュリティ規程と,前述したリスクを照らし合わせて適切な対策を講じることが重要である.リスクの中には現状,システム等の仕組みで防ぐことが難しいものも存在するため,ユーザーである社員が利用上のリスクについて十分に理解した上で利用し,管理側は運用ルール等で統制をとる必要がある.そのため,システム管理者は利用者に対して前述したようなリスクを十分に周知し,AIリテラシー向上のための教育を定期的に施すことが求められる.また,そうした一連の内容を社内で規程化し,AIガバナンスとして展開する方法も有効とされている.
企業における生成AIの活用について図3に示すとおり,自社データの利用の有無や機能拡張の度合いによって4つのレベルに分類される.
生成AI事業者が提供するサービスをそのまま利用するため,一般的な内容であれば対応可能だが自社に特化した内容については精度を満たさない場合が多い.しかし,一般情報に限定すれば十分な精度が出るため,文章(メール,プレゼン資料)作成などの汎用的な事務作業で活用可能.また,社内での導入初期段階において,社員に広く生成AIに触れてもらうことを目的とするのであれば,低コストでリードタイムが短いことから適していると言える.
自社データ(文書,表等)の内容を引用し,入力に対して付加する前処理機能を実装しており,自社の業務情報についての指示・問いかけが可能.より高度なものになると,どのデータのどの部分を引用したかもあわせて出力することができる.自社業務に特化した処理にも対応できることから,社内FAQや自社様式にあわせた文書の作成等に活用可能.個々の部署におけるニーズ対応が発生する導入中期において適している.しかし,あくまで入力に自社情報を付加しているだけなので,人間のような入力内容をもとにした思考や応用的な判断については十分な精度がでないケースが多い.
LangChainという生成AIとの連携機能を持ったライブラリを導入することで,生成AI単体では難しかった最新情報への対応や最大入力文字数の増加,ほかのAIモデルとの組合せを実現.その結果,入力として与えることができる情報量が増加し,より応用的な処理にも対応可能となる.自社ナレッジの検索や市場リサーチなど,より実用的な業務シーンでの活用が可能なため,生成AI導入における1つのゴールと言える.
生成AIのモデルをコピーし,それに自社データを学習させることで自社の業務内容に特化した生成AIを構築.自社独自の事柄に対する思考や判断など,社員と同様の高度な処理についてもある程度対応可能となる.しかし,構築したモデルの再学習等を含むメンテナンスが必要となることから,コストや保守の難易度も飛躍的に増加するため,AIに関するノウハウがない企業では実現が難しい.
上記のレベルが高いほど機能やカスタマイズ性に優れるが,コストや管理負担も同様に大きくなりやすい.そのため,IT部門は自社のニーズや要件に応じてどのレベルまで実現するか判断する必要がある.
2.2節で述べたとおり,生成AI導入の動きがさまざまな企業で加速する中,当社においても文書作成や社内ナレッジ検索等の定型業務に生成AIが活用できないかという声が高まり,さまざまな部署から具体的なニーズも含めた提案や問合せが寄せられるようになってきた.また今後,生成AIのさらなる普及によって,それらの活用を前提としたビジネスモデルや業務プロセスの設計が要求されることを踏まえると,企業にとって競争優位性を確保する観点でも,生成AIに関するルールや基盤の整備は急務であると言える.
そのような状況を鑑みて,デジタルイノベーション本部では生成AI導入に必要な要件と具体的な自社ニーズを洗い出し,導入にむけた取り組みへ早急に着手する必要があるとの判断に至った.そのため,有志の若手メンバーでプロジェクトを立ち上げ,生成AIの早期導入に向けた取り組みを開始した.
本プロジェクトにおいては生成AIの全社展開を最終目的として,生成AI導入の初期段階において必要と考える以下の3点を目標として設定し,取り組みを実施した.
また,プロジェクトにおいてはスピードを重視し,3カ月という期限を設けた取り組みとした.
プロジェクト発足にあたって,まずは当社内の業務ニーズの洗い出しと適性の整理から始めた.ターゲットを明確にした後は,導入に向けてどういった工程が必要か,またどのようなステップで実施するのかを導入ステップとして策定した.最後に第2章で取りまとめた内容をもとに,運用上の統制および利用者の生成AIリテラシー向上を目的とした利用ガイドラインを策定した.
上記,一連の取り組みの詳細について3.3.1~3.3.3項で述べる.
AI導入が失敗する典型的なパターンとして,何をターゲットにするか目的を明確にせず,AIを使って何かやろうというHowから始めてしまうケースが挙げられる.IT部門が各事業部門のニーズ等をおざなりにして導入だけを先行してしまうと,ターゲットが曖昧となり手段の目的化を招きかねない.そうした事態を防ぐため,当社ではまず各部署の業務担当者へ,生成AIのニーズについてヒヤリングを実施した.ヒヤリングにあたっては,2.1節で述べたような生成AIの概要(何ができるのか)を中心に説明し,意見を募った.その結果,生成AIを適用できそうな業務を部署ごとに整理し,取りまとめることができた.その一部を表2へ簡単に示す.
寄せられたニーズについて多くは何かしらの定型作業の自動化であり,それぞれ解決できれば大幅な業務効率化が見込めることが分かった.しかし,よくよく精査すると,生成AIに対する期待感が先行し,生成AIの向き不向き(適性)や妥当性などが十分に考慮されていないものも一部見られた.たとえば,表2中のメールの振り分けなどはRPA等を用いたシステム内での機能拡張で十分対応可能である.このようなニーズに対して無条件に生成AIを適用すると,
などコスト・人的リソースの浪費につながる懸念がある.そのため,ニーズに対する生成AIの適性を十分に考慮し,要件や制約を満たしたツールの選定が求められる.また,生成AIが適していると判断した場合でも,どのAIモデルを採用するのか,自社データ引用等の機能拡張は必要か,など自社要件と照らし合わせた上での考慮も必要である.
そこで,生成AI導入を検討している業務の要件に対して,性能不足または過剰となることを防ぐため,生成AIに対する適性を判別するフローチャートを図4のとおり策定した.本フローチャートは生成AIが対応可能な「タスクの自動化」や「事象の予測/識別」,「コンテンツ作成」などを基準に,それらに対する適性が高いツール(マクロ,RPA,AI)を対象とし,本当に生成AIでなければ解決できないのか(マクロやRPAで代替できないか)等,業務におけるツールの適性をチェックすることを目的としている.基本的にマクロやRPAの適性はAIと包含関係にあり,前者は手順が明確に定められているタスクの自動化に対して適性が高く,後者は自動化に加えて,事象の予測/識別や新規性のあるコンテンツの作成など人間の判断や思考が伴う高度な自律化にも対応可能である.フローチャート策定においては上記を前提とした判断基準を設定し,4段構成とした.以降でフローチャートの詳細について説明する.
フローチャートについて,まず図4中の(1)~(3)で目的の絞り込みを行う.目的が自動化の場合は対象ツールすべてで適性が考えられるため,(4)~(7)でマクロ/RPAの制約を加味した判断を行い,シナリオ構築が可能であればマクロまたはRPAに適していると判断する.シナリオ構築が不可の場合は,(8)~(10)に遷移し,AIにおける制約を加味した判断を実施する.構造化データによる学習が可能であれば従来型のAI,不可の場合は生成AIへの適性があると整理した.
目的が事象の予測/識別やコンテンツ作成の場合は,マクロ/RPAでは対応できないため,(8)~(10)でAIに関する整理を行い,前者は学習が可能かどうかで従来型のAIと生成AIの仕分けを行い,後者は実行する内容に自社独自の要素(自社ナレッジや文書様式等)を含むかどうかで,生成AIにおける自社データの引用・学習機能等が必要かどうかの判定を行うよう条件分岐を設定した.
本フローチャートによって,業務に適用するツールの妥当性を一定の基準で仕分けできるだけでなく,生成AIやRPAなどのデジタル技術に精通していない事業部門の社員でも,ツールに対する適性を業務ごとにある程度判別できるため,生成AIの導入検討時においてIT部門の調整作業の省力化が期待できる.
当社においても,図4のフローチャートを用いて表2のニーズに対する仕分けを行った.結果として,図5,図6に示すとおり,当社においてはIR等の社外向け文書作成や自社設備のナレッジ検索,コールセンターのサポートなど,言語生成AIへの適性が高いニーズが多いことが分かった.また.生成AIへの適性が高いと判断した10件の業務のうち,半数の5件は自社データの引用機能や学習等の機能が必要なことも明らかになった.
このような結果を受けて,当社においてはLangChainとの連携等の機能拡張により,自社ナレッジおよび最新情報にも対応可能かつ,生成物の精度・品質が高い言語生成AI「ChatGPT」に導入および活用のターゲットを絞り,次項で述べる導入ステップの策定に着手した.
2.3~2.5節で述べたとおり,企業の生成AI導入において考慮すべき事項は多岐にわたり,必要な工程を利用範囲や活用レベルに応じて,漏れなく適切に実施することが求められる.そのための手段として,各工程とそれらを実施するステップを整理した導入ステップの策定が有効だと考えた.導入ステップ策定にあたって,まずは第2章で述べた内容をもとに検討開始から全社展開および,その後の活用促進までの各ステージにおいて必要な工程を図7のとおりまとめた.以降で各ステージにおける実施内容を説明する.
まず導入検討のステージにおいてはChatGPTに関する機能や,リスクと対策など,利用する上で必要となる情報の調査・検証(第2章で述べた内容)を中心としている.さらに自社に特化した工程として,業務ニーズにおける適性の整理と,自社のセキュリティ要件に照らし合わせた禁止事項の検討も必要となる.上記3点について,3.3.3項で後述する利用ガイドラインに取りまとめる.
次にPoC検証では,自社の各部署で実際にChatGPTの業務利用を伴う試行を実施する.そのための利用環境構築として,取りまとめたリスクへの対策(利用者,コスト等の管理/モニタリング機能や,禁止ワードブロック,利用ログの記録等のセキュリティ対策機能)を具備したプラットフォームを整備する必要がある.プラットフォームについては,2.3節で述べた形態から自社要件に照らし合わせたものを選択する(自社専用環境またはサービス利用等).また,それと並行して,生成AIへの適性に応じて仕分けした業務をもとに試行個所の選定を行い,利用する社員へ利用上の留意点や禁止事項に関する教育も実施する.その後,試行を通じて利用者側で蓄積されていくプラクティス(事例)やプロンプトエンジニアリングのノウハウといったナレッジを収集し,プロンプトテンプレートなどの作成も検討する.
全社展開においては,PoC検証で得られた知見や運用上のノウハウに基づいて,現状の利用範囲を拡大するかどうかや生成AIへ入力する情報の種別,機能拡張の必要性について加味した上で,本番環境の仕様検討(場合によっては再構築)を行う.その過程で利用個所から寄せられたニーズをもとに他サービスとの連携や自社チューニング(学習の有無等)もあわせて検討する.本番環境の仕様と運用ルールが定まった段階でガイドラインの見直し,全社周知を行い全社での利用を開始する.
全社展開後は継続して利用促進を目的とした活用検討ワーキングの設置や,適正な利用を保つための教育,ナレッジ展開を中心に引き続きニーズへの対応を進めていく.
以上,前述したような4つのステージでChatGPTの活用を全社で広げていくことを想定している.
前述した工程から当社における生成AIの導入ステップを,図8に示すとおり策定した.
構成としては導入までのステップと,各ステップで実施する工程の矢羽を引き,それぞれの機能要件,利用範囲,入力情報,利用形態,活用範囲を取りまとめた.各工程の矢羽は本プロジェクトを含め,執筆時点で実施済みのものを橙色で表している.当社においては,まずステップ1でChatGPTの機能や仕様の確認を目的としたOpenAI社の公式Webページでの検証を開始した.2.3節の(1)で述べたとおり利用管理およびセキュリティ対策機能は提供されていないことから,利用範囲を検証に携わるプロジェクトメンバーに限定し,入力も公開情報のみとした.検証の結果,第2章~第3章で述べた内容を整理し,ChatGPTの試行に向けた土台を形成することができた.今後はステップ2で試行を通じたナレッジやノウハウの蓄積,ステップ3でそれらをもとにした全社展開といった流れで,生成AIの業務活用に向けた取り組みを進めることを検討している.その過程で,利用形態を自社ニーズにより特化した形で対応可能なプラットフォームへ段階的に遷移し,利用個所および入力情報の範囲も順次拡大していく.
本稿ではここまで,主に生成AI導入を検討する立場の人間(IT部門等)が,考慮または対応する必要のある内容について述べてきた.しかし,生成AIの利用においてはシステム管理者だけでなく,利用者のAIリテラシーも重要な要素と筆者は考えている.2.4節でも述べたとおり言語生成AIにはプロンプトインジェクション等,システム上の仕組みで完全に防御することが難しいサイバー攻撃手法なども存在する.そのため,個人情報等の機微な情報は生成AIでは取り扱わないようにするなど,利用者側でも生成AIにおけるリスク等への理解を深め,故意過失問わずセキュリティインシデントが発生しないよう留意する必要がある.
そこで当社では利用者側の生成AIリテラシー向上および,運用ルールの十分な理解を促す目的で,利用ガイドラインを策定した.ガイドラインは(一社)日本ディープラーニング協会が公開している「生成AIの利用ガイドライン[1]」をベースにChatGPTの概要や活用シーン,入力を禁止する情報,利用上のリスクと対策,効果的に情報を引き出すプロンプトのコツ等について記載した.
入力を禁止する情報について,当社では以下のとおり定めた.
その他の業務情報については,利用個所の長の判断で入力可否を決定することとし,試行における運用ルールにもその旨を織り込んだ.このように利用者に対して入力を禁止する情報の区分を明確に示すことで,利用上の統制を取り,リスクの軽減につなげることをねらいとしている.
また,効果的に情報を引き出すプロンプトのコツについては,利用者のChatGPTにおける活用スキル向上をねらいとしている.対話をベースとするChatGPTはどのようなプロンプトを与えるかによって,生成される回答が大きく変わる.つまり,送信するプロンプトが回答の精度を高めるために非常に重要な役割を果たしていると言える.プロンプトが曖昧だとユーザーの意図をうまく汲み取れず,結果として求めていた回答と違うものが返ってくる(内容として不足する)ケースが発生する.ほしい情報や文章を効果的に引き出すためにはユーザー側でプロンプトを精査し,コツをつかむ必要がある.そこで,図9のとおりプロンプトのコツについて取りまとめたものをガイドラインに記載した.
本ガイドラインについては,3.3.2項で述べた導入ステップの内,ステップ2および3で利用者に展開し,必要に応じて都度,最新化を行うことで継続的に利用者の生成AIに関する知見の向上を目指す.
本プロジェクトでは生成AIに関する調査・検証を通じて,機能や仕様,各利用形態の特徴,活用レベル等の知見について整理,蓄積することができた.さらに企業が留意すべきリスク事項や,それらの対策についても洗い出し,自社のセキュリティ要件と照らし合わせた上で必要な機能,運用ルール等についても網羅的に整備した(第2章の内容).
また,当社における生成AIの業務ニーズを各部署でヒヤリングし,一覧化することもできた.加えて,当該業務について生成AI等,各種ツールへの適性を判定するフローチャートもあわせて策定した.本フローチャートによって,生成AI導入を検討する各部署における考慮事項を減らし,IT部門の検討・調整作業の省力化につなげることができた.
さらに上記検証をもとに,当社の生成AI導入において必要な工程や考慮すべき要素を洗い出し,どういった利用環境または条件で取り組みを進めていくか等,導入ステップを策定することができた.本導入ステップによって当社における生成AIの活用に向けた将来像を示し,必要な作業や考慮事項を明確化することができた.
今回の一連の取り組みによって,検討開始から3カ月で生成AI導入初期において土台となる調査や,ガイドライン策定を含めたいくつかの工程を完了し,実業務への適用を前提としたPoC検証に着手することができた.また,有志の若手社員を中心とした取り組みとすることで,各員の生成AIに関する知見習得にもつながった.
ここまで,当社の生成AI導入および活用に向けた調査内容とそれに関連する意見を述べ,第3章で実際に取り組んだ内容を中心に説明した.本章では生成AIに対して当社が期待する人材不足解消に向けたアプローチについて,将来的な技術発展も考慮した上での提案を行う.
近年,日本の少子高齢化や人材のミスマッチが原因となり,企業における人材不足が深刻化している.人材不足によって,労働環境の悪化や業務/サービスの品質低下,事業縮小などさまざまな悪影響を及ぼすことが懸念されている.また,日本企業における従業員の年齢別分布はM字カーブ(若年層と高齢層が多く,中堅層が少ない)が多い傾向にあり,十数年後に迎えるベテラン社員の大量離職に伴い,業務に必要な技能の継承が途切れ,生産性が大幅に低下することも危惧されている.これらの課題は総じて2030年問題と呼ばれ,さまざまな業種で解決に向けた対応が急務となっている.
当社においても人材不足・技能継承に関する課題解決に向けた施策を実施しており,ベテラン社員が有する業務の暗黙知(経験に基づくノウハウ)の形式知化や,社内ナレッジの蓄積・共有を目的としてチャットボットやRPAの導入等に取り組んできた.しかし,いずれも以下の要因から抜本的な解決には至っていないのが現状である.
業務プロセスが膨大かつ複雑な業務では,シナリオ構築に対する作業負担が高くメンテナンスが追いつかない.また,シナリオベースでしか動作しないため,イレギュラーな事象などへの対応が柔軟性に欠ける.
業務フローの変更やシステムの更新等に合わせて都度,メンテナンスが必要なため,管理者の離職・異動に伴い形骸化しやすい(野良ロボット問題).
当社ではこれら一連の課題について,生成AIの活用が解決の糸口になるのではないかと考えている.以降は,近年の生成AIの急速な技術発展を踏まえた,生成AIによる人材不足解消に向けたアプローチついて述べる.
4.1節で述べたとおり,人材不足および技能継承に関する問題に,現時点で明確なベストプラクティスは存在しないため,多くの企業が手探りで検討を行っている状況である.こうした状況に対して,生成AIを用いて解決を試みる企業の事例はいくつか存在するが,その多くは従来のチャットボットやRPAの代替として生成AI導入を行い,業務効率化/省力化につなげることが主題となっている.生成AIの導入によって少ない人員でもこれまで通りの業務遂行が可能となり,一時的には人材不足解消につながる可能性は高い.しかし,今後加速していく労働人口減少に対して,単なる効率化/省力化ではいずれ限界を迎えることは明白であり,技能継承が途絶える点については考慮できていないと言える.
上記の問題点を踏まえた上で,生成AIによる人材不足解消のアプローチとして有効なのは,既存ツールの代替による業務の効率化/省力化ではなく,不足する人材の穴埋めとして(疑似的な人として)生成AIを社員それぞれが育成することだと考える.具体的には図10のように,高精度な生成AIモデルの学習前コピーを社員一人ひとりに貸与する.その生成AIに対して社員は,自身が担当する業務に関連したナレッジやノウハウをデータとして学習させ,まるで人間の部下に対してOJTで教育を施すかのように生成AIを自身の部下として育てていく.一定の精度が出てきた段階で,その生成AIに自身の業務を一部負担させるなど,業務を通じてさらなる学習と生成を繰り返していく.最終的には自身と同程度の精度で業務を遂行または補助できる生成AI構築を目指す.このような手法を用いて自分の分身を作るようなイメージで業務の負担を軽減し,足りない人手を生成AIで補うことが可能ではないかと考えている.また,育成中/育成済みのモデルはバージョン管理プラットフォームで管理することで属人化を防ぎ,社内外で共有可能である.
本アプローチにおけるメリットは主に以下の3点である.
生成AIは従来のAIとは異なり,学習と推論のフェーズが明確に別れておらず,生成と同時に学習を行うことが可能である.そのため,利用者は業務での活用を通じて特に意識せずとも生成AIの精度を高めていくことが可能であり,利用者側に負担を強いることなく通常の業務と並行して社内展開を進めていくことができる.
機械学習における学習済みモデルはほかのモデルや,学習前のモデルに対して転用が可能であるため,前述の育成を施した学習済み生成AIを自身の部下や同系統の業務を担当している社員へ共有することで,ベテラン社員のナレッジを有した生成AIを継承していくことが可能である.そのため,技能継承の解決においても本アプローチは有効であると考えている.
社員一人ひとりが独自の生成AIを持つことで膨大な量の学習事例や,多種多様な事象に対応可能な生成AIが自社内に集約されることになる.それら複数の生成AIを組み合わせることで多様性が生まれ,急激な市場・顧客ニーズの変化に対しても柔軟に対応可能となり,先進的な業務活用や新たなサービスへの展開が期待できる.
このように本アプローチは人材不足や技能継承において多くのメリットが存在し,社内で軌道に乗せることができれば,人的リソースの不足が発生した都度,直ちに生成AIで補完することが可能なため,抜本的な課題解決に大きな効果が期待できる.
一方で提案したアプローチにはいくつか課題も存在する.まず,AI導入における費用が挙げられる.AIを自社独自にカスタマイズして利用する場合は,通常,AIに処理させる事象に関する大量のデータを用意し,それらを高いマシンパワーを持つハードウェアで学習していく.その際,データの加工および学習に対して大きな費用と作業負担が生じてしまう.現状,AIが個人ではなく,各社または業務ごとの導入となっているのは,上記理由から効果に対して費用が過大となるケースが多いことに起因している.また,RPAのような野良生成AIを抑止する観点でも,学習したモデルや個々の利用者に対して,誰がどのようなモデルを育成しており,どういった事象に対応可能なモデルがあるのか,そのメンテナンス(再学習)時期はいつかなど,自社の生成AIを管理統制するための体制とガバナンスの整備も必要となる.
そのため,少なくとも以下の3点が解決しない限り実現は困難であると考えている.
上記のとおりいくつか課題はあるものの,生成AIに対する各企業の注目度の高さを加味すると,諸課題の解決については,そう遠くない未来に達成されるのではないかと期待している.将来的にはあらゆるシステム/媒体のバックエンドに生成AIが組み込まれ,前述した個々の社員が育成する生成AIとあわせた活用がますます促進されると考えられる.当社においても,そのような社会が到来した際に提案したアプローチを実現できるように,引き続き生成AIの活用検討やAIガバナンスの整備,社員のAIリテラシー向上に取り組んでいく所存である.
本稿では当社における生成AIの業務活用に向けた取り組みと,人材不足解消に向けたアプローチについて述べた.生成AIの早期導入,業務活用に向けたプロジェクトでは,生成AIに関する調査・検証を通じて,機能や仕様,各利用形態の特徴,活用レベル,企業が導入において留意すべきリスクと対策等について整理し,ChatGPTの早期導入に資することができた.さらに業務に対する生成AIの適性を判定するフローチャートの策定によって,生成AI導入を検討する各部署における考慮事項を減らし,IT部門の検討・調整作業の省力化につながったものと考えている.参加したプロジェクトメンバーにおいても生成AIの機能や向き不向き,利用上のリスク等の知見を深め,各部署のニーズに対して実行性を加味した提案・コーディネートを行うためのスキル向上につながるとともに,(未知の,経験のない)最新技術に対して積極的にチャレンジする姿勢を育むことができた.
また近年,各企業で課題となっている人材不足と技能継承における課題について,生成AIを用いた解決のアプローチを提案し,将来的な展望についても取りまとめることができた.
今後も生成AIの活用検討やAIガバナンスの整備,社員のAIリテラシー向上をPoC検証,全社展開を含めた一連の取り組みの中で実施し,当社にとってより適した形での生成AIの活用方法を模索していきたい.
本稿がこれから生成AIの導入および活用を検討する各企業の皆さまにとって,少しでも有用となれば幸いである.
井上貴大
中国電力(株)デジタルイノベーション本部DX推進プロジェクト企画グループ担当.2021年に広島大学大学院先進理工系科学研究科情報科学プログラムを卒業し,中国電力(株)へ入社.中国電力グループ内のAI・IoT等の先端技術活用やDX推進に関するナレッジの創出・グループ内への共有等に従事し,2022年より現職.中国電力グループ全体のDX推進に向けた企画・提案業務に従事.
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