本稿では,人とロボットが共存し協調して働く社会の新たな可能性を示す事例として,株式会社オリィ研究所が運営する「分身ロボットカフェ」の取り組みと,その実践を通じて得られたプラクティスについて述べる.分身ロボットカフェとは,障害や介護など様々な事情で外出困難となっているスタッフ(パイロット)が分身ロボットであるOriHime,OriHime-D(図1)を自宅から遠隔操作することで,配膳や接客等のサービスを提供する実験的プロジェクトである[1].株式会社オリィ研究所は2018年から実証実験を繰り返し,遠隔操作する分身ロボットによる接客の可能性を検証し続けてきた.2021年6月には東京都の日本橋本町に分身ロボットカフェの常設店がオープンし[2],現在に至る.2024年2月時点で,70名以上のパイロットが在籍している.
OriHimeを用いることで障害をはじめとする身体特性や通勤の有無といった環境特性の個人差が解消され,実身体では難しかった就労が可能になる.こうした技術は,身体的な制約によって働くことが困難であった人々が社会参画する新たな道を開くとともに,COVID-19のパンデミックがもたらしたリモートワークのニーズに対応することも可能にした.
本稿では,2018年に行われた最初の実証実験から2021年の常設化に至るまで,分身ロボットカフェの取り組みを通じて得られた知見を基に,人とロボットが共存し協調して働く社会のプラクティスについて論じる.第2章では,分身ロボットであるOriHimeとOriHime-Dの機能や機構について概説した後,2018年に実施された最初の実証実験である「分身ロボットカフェDAWN ver. β」(常設店と同名)について述べる.第3章では,2019年から2020年にかけて行われた3つの実証実験について述べ,回を重ねる中で得られた改善点や知見をまとめる.第4章では,すべての実証実験を通じて得られた知見をまとめるとともに,分身ロボットカフェの取り組みがパイロットに与えた心理的変化について,業務後の日報を元に考察する.最後に第5章では結論を述べる.
分身ロボットカフェが使用しているテレプレゼンスロボットには,卓上や持ち運びで用いられる小型のOriHimeと,移動機能とロボットハンドを備えたOriHime-Dの2種類が存在する[3].各テレプレゼンスロボットの機構や開発についてはTakeuchi et al. 2020に詳しい[4].本章ではまず,分身ロボットの性能やインタフェースなどの概略を述べる.
OriHimeは,株式会社オリィ研究所が開発した遠隔コミュニケーションロボットである.操作者は,PCやタブレット,スマートフォンなどの端末からOriHimeの首や腕を遠隔操作し,カメラ・マイク・スピーカーを通じて遠隔地とのリアルタイムコミュニケーションを行える(図2).視線の動きで文字入力を行うソフトウェアであるOriHime eyeを併用することで,四肢を自由に動かすことのできないALSなどの難病当事者にも操作が可能となっている.また,音声合成による発話にも対応している.
OriHimeは,医療分野では患者が周囲の人たちに自身の感情を表現することを支援し,教育分野では身体的・精神的な理由で教室に通えない子どもが自宅や病室から授業に出席するために使用されるなど,接客に限らず様々なシーンですでに活用が進んでいる.
OriHime-Dは,OriHimeのコミュニケーション機能に加えて移動機能とロボットハンドを備えたロボットである.OriHime-Dを使用することで,ユーザは遠隔操作で配膳や誘導等の肉体労働を伴う遠隔就労に従事することができる.
OriHime-Dの大きさは,長さ500 mm,幅400 mm,高さ1,180 mm,重さ29 kgである(図3).最高速度は0.72 km/hでバッテリー駆動時間は約6時間であった.OriHime-Dは,眼球にフルカラーLED,額に魚眼カメラとマイク,胸部にスピーカーを搭載している.操作者は頭部を操作することで,カメラの映像から自分の周囲を把握したり,用意されたモーションセット(「片手を上げる」「バイバイ」など)を使って現地の相手にジェスチャーを用いた反応を示したりすることができる.OriHime-Dは,前進,後進,左旋回,右旋回が可能なモーター付き2輪オムニホイールを搭載している.またユーザの操作負担を軽減するために,OriHime-Dは長距離移動のためのライントレース機能を備えており,ロボットはあらかじめ設定された目標位置まで自動的に移動することができる.OriHime-Dも,マウス操作のみならず視線入力操作を想定したインタフェースを備えており,ユーザは自分の身体特性に応じてこれらを選択することができる.
分身ロボットカフェの実証実験にはこれまで,手のみならず,顎や視線を用いてOriHimeを操作するパイロットが参加してきた.OriHimeは,「寝たきり」の人々の社会参加を実現するため,操作者の障害に応じた直観的でシンプルな操作性と,ユーザの分身となるための半自動的な動作を兼ね備えたテレプレゼンスロボットとして開発された.たとえば画面内のある地点をクリックするだけでOriHimeの顔がそちらに向く,モーションボタンをクリックするとモーションが自動で再生されるなど,操作者は行為の主体感を保持しつつも少ない負担でロボットの制御が可能になっている.OriHimeの操作インタフェースはWebブラウザを通じてアクセスすることができ,視線入力を用いる操作者も使いやすいようなボタンの大きさ・配置(図4)となっている.
2018年11月26日から12月7日までの10日間にわたり,東京・港区の日本財団ビル1階で,第1回目となる分身ロボットカフェの実証実験(図5)が行われた[3].このプロジェクトは,ANAホールディングス株式会社と日本財団からの協賛を得るとともに,「当店内では人間とロボットの区別をしません」という理念を持つカフェを描いたSF作品である『イヴの時間』とコラボレーションしたクラウドファンディングを実施し,230人から合計3,290,000円を調達した(目標1,500,000円).実証実験には10名のOriHime操作者(20代から50代までの男女5名ずつ,以下パイロット)がSNSを通じて募集された.期間中の総来場者数は750名以上であった.各パイロットが診断されていた症状・病名には,脊髄性筋萎縮症,脊髄損傷,筋萎縮性側索硬化症,自己貪食空胞性ミオパチー,身体表現性障害などがあった.OriHimeの操作方法は,視線入力を用いた者が3名,顎を用いた者が2名,手でマウスを動かした者が5名であった.
実証実験では1セッション60分の接客が実施された.セッションの流れは,(i)オープニングトーク(店長:5分)の後,バックヤードからOriHime-Dが登場し,客のいるテーブルまで移動したところで(ii)オーダー確認(OriHime-D:10分)がなされ,OriHime-Dは一度バックヤードまで戻る.その後再び登場したOriHime-Dが(iii)ドリンク提供(OriHime-D:10分)を行い,(iv)各卓でのフリートーク(OriHimeまたはOriHime-D:20分),(v)エンディングトーク(店長:5分)に5分間の休憩が続き,次のセッションの客入れが5分間設けられ,合計60分として計画された.実験期間中は1日4セッション(ただし初日は3セッション)の営業が行われた.
会場内には,それぞれパイロットによって操作されている3台のOriHime-Dと2台のOriHimeが常時稼働していた.カフェには6つのテーブルがあり,各テーブルには1~4人の客が座った.OriHime-Dは自立して店内を移動する一方で,OriHimeは特定のテーブルの上に置かれ,現地の人間のスタッフが手で持って運ぶことでテーブル間を移動した.業務連絡やトラブル対処など,パイロットとスタッフ間のコミュニケーションにはFacebook Messengerが利用された.実施日ごとに個別のMessengerのスレッドが作成され,当該日に関わるスタッフが参加した.
本実証実験の目的は,テレプレゼンスロボットを用いた肉体労働(飲食物の配膳)の可能性を探究することにあった.アームや移動機構を持つOriHime-Dは,本実証実験の実施のために新たに開発されたものである.第1回実証実験中にはOriHime-Dを用いてフードの配膳は実現しなかったものの,ドリンクの配膳は充分に可能であり,フードの配膳に向けて改良すべき点等が明らかになった.
一方で,最初の実証実験であったために想定外のトラブルが多くあり,カフェの常設化に向けた課題も明らかになった.最も大きな影響を被ったのはネットワークトラブルであり,OriHime-Dとパイロットの間の接続が途切れるトラブルが多発した.
また,OriHime-Dの機体の性能面における課題も明らかになった.たとえばパイロットの中には,OriHime-Dの移動時の機体の揺れがもたらす画面の揺れに酔いを覚えた者があった(次回以降の実証実験で用いた機体では改善).さらにはOriHime-Dの移動速度が,バックヤードと客のいるテーブルを往復するのにはやや遅く,ドリンクのオーダーテイクから提供までが間延びすることもあった.
OriHime-Dの制御方法は実証実験中にも改良が重ねられた.企画当初はOriHime-Dの移動制御をパイロットに完全に委ねる想定であったものの,準備段階でパイロットの操作負担軽減の必要性が高いことが明らかになったため,実施直前にライントレース技術が実装された.ただし,これは初日には充分に機能せず実験期間中に改善が続けられた.ここで半自動的にOriHime-Dを制御できるライントレース技術を確立できたために,次回以降の実証実験(たとえば3.2を参照)では会場の動線設計やセッティングコスト,およびパイロットの操作負担等が少なくすむようになった.
以上のように多くのトラブルに直面しながらも,後の分身ロボットカフェ常設化にもつながる重要な知見も得られた.第一に,卓上で用いるOriHimeが接客において有効であることが見出された.テレプレゼンスロボットを用いた肉体労働の可能性の探究が目的であった本実証実験では,アームや移動機構を持つOriHime-Dが接客演出の中心に置かれており,当初は小型のOriHimeは接客に用いない想定であった.しかし,ネットワークや機体のトラブルでOriHime-Dが動作しなくなった際に場をつなぐために現地スタッフが機転を効かせ,OriHimeを抱えて客席を巡回する中で,OriHimeを介したパイロットとのコミュニケーションも客の満足度に大きく貢献するものであることが明らかになった.肉体労働以外のロボットの活用シーンとして会話に基づく接客が見出されたと同時に,それまではOriHime-Dが客席とバックヤードを物理的に移動して行っていたオーダーテイクを卓上に設置された小型のOriHimeに委ねることで,移動時間が間延びする問題を解消するアイデアも得られた(これは2度目の実証実験以降,常設化に至るまで採用され続ける手法となった).企画当初は「人間が働く現実のカフェ」の模倣が前景化していた分身ロボットカフェであるが,本実証実験を境にロボットの強みを活かす運用方法も模索され始めた.
またそれ以外の想定外の出来事として,客側に失敗を許容する温かい雰囲気が醸成されていたこと,参加したパイロットらがトークやロボット操作に機転を効かせて柔軟なトラブル対応を行ったことも挙げられる.クラウドファンディングへの参加を通じてその場にいる全員が実証実験に関わっているという意識を育んだことで,様々な挑戦を行いやすいコミュニティとしての側面が見出された.
「はじめに」で述べたとおり,分身ロボットカフェは2018年に行われた第1回目の実証実験の後も,2021年の常設化に至るまで3度の実証実験を重ねている(表1).本章では,これら3つの実証実験についてまとめ,分身ロボットカフェがどのように進化を遂げてきたかを述べる.
2018年の第1回実証実験を踏まえ,常設化に向けた実証実験第2弾として,2019年8月27日から1ヶ月間のクラウドファンディングが実施された(図6)[7].クラウドファンディングでは554人から10,405,500円の支援があった.
このクラウドファンディングと企業の協賛に基づいて,2019年10月7日から23日までの期間内で合計11日間,「分身ロボットカフェver. β 2.0」(第2回実証実験)が,東京都・千代田区にある「3×3 Lab Future」(講演会やワークショップなどのイベントを開催するための貸しスペース)にて実施された(図7).参加パイロットは新規22名を加えた30名であった.総来場者数は1914名(カフェ体験者が1167名,見学者が747名)であり,カフェ体験者のうち,事前予約者が883名,当日参加者が284名であった.
第1回実証実験での検証結果を踏まえ,OriHime-Dによる配膳は継続しつつも卓上に設置されたOriHimeによる接客が本格的に採用されたほか,物販の販売スタッフや,第1回実証実験では現地スタッフが行っていたオープニング・エンディングの司会にはOriHime-Dが起用された.接客が行われる1セッションは第1回実証実験と同様50分(その後の休憩と転換を入れて60分)であった(表2).
第2回実証実験では,パイロットが従事する新たな役割として,シフトにアサインされたパイロットが体調を崩した際に即座に交代対応するために同時刻に控える「バックアップ」と,カフェスペース全体を見渡しながらタイムキーピングを行い,メッセンジャー等を通じて各卓のパイロットに指示出しを行う「監督」も導入された.
1000件を超える来場者アンケート(男性42.7%,女性52.7%,その他0.1%)は,中年層を中心とした幅広い年齢と職種からの回答が集まった(図8).「OriHime,OriHime-Dのパイロット,開発者,スタッフへメッセージや要望・改善点があれば自由にお書きください.」という自由記述項目に集まった546件の回答には,たとえば以下のようなコメントが含まれる.
これらの自由記述に対して,テキスト分析ソフトであるKH Coderを用いて作成した共起ネットワークは図9のとおり.「パイロットと話すことを楽しめた」,「ロボットの動きがスムーズで驚いた」,「今後の活動に期待したい」といったポジティブなという感想が多く見て取れる一方で,左上の青緑のネットワーク(図9の01)の中には,「音声がもう少し聞き取りやすくなると良い」といった改善のためのフィードバックも現れている.
第2回実証実験では,第1回実証実験と比べてパイロット数が大幅に増えたことで,体調不良者が出た際のバックアップ体制を充分に整えることができた.このことは,運営が中断されることを防ぐとともにパイロットの心理的な安全性を高める効果もあった.
また第2回実証実験会期中に台風が発生した際,遠隔からOriHimeに接続するパイロットだけは平常時と同様に「出勤」することができた一方で,現地に赴く必要のあるスタッフがネックとなりイベントが一時中止になる事態が生じた.これはテレプレゼンスロボットを用いた接客サービスの実現における1つの課題が見出されたとともに,ロボットで働くスタッフと現地で働くスタッフの特性の違いが浮き彫りになる出来事であった.
第2回実証実験に続く2つの実証実験では,会場として既存のカフェスペースが採用され,もともとそのカフェで働いていたスタッフと分身ロボットのパイロットが協働する試みもなされた.またすべての来場者がOriHimeのことを知っているわけではない状況において実証実験を実施することで,分身ロボットの社会受容性に関する検証も同時に行った.
2019年12月9日から12月15日までの7日間にわたって,カフェ・カンパニー株式会社のサポートのもとで,東京都渋谷区にあるWIRED SHIBUYA店(2022年7月に閉店)にOriHimeとOriHime-Dを導入し,既存の店舗スタッフと協働する第3回実証実験を実施した(図10(a))[8].
参加者パイロットは新規3名を加えた19名,総来場者数は200名以上であった.4人席が3卓,2人席が1卓の会場(合計14席)で,一日3回のセッションを7日間実施した.本実験においては事前のクラウドファンディングは行われなかった.使用された機器は,OriHime(+iPad+マイク&スピーカーのセット)が5台(接客用4台,受付用1台),配膳用・出迎え用のOriHime-Dが2台であった.
接客の1セッション45分間で,毎時0分と30分にスタートした.セッションは,(i)受付,(ii)席への案内,(iii)OriHimeによりオーダーテイク,(iv)OriHime-Dによる配膳,(v)OriHimeパイロットとのフリートークによって構成された(図11).また本実証実験では,店舗の外にOriHimeとOriHime-Dが設置され,パイロット同士が掛け合いながらの客の呼び込みも行われた.実施時期が冬であったために屋外は低気温であったが,寒さを感じていたのは現地のスタッフだけであり,ロボットを介して接客をするパイロットは寒さを感じることなく呼び込みに注力できているなど,人とロボットの違いが浮き彫りになる場面もみられた(図10(b)).
WIRED SHIBUYAでの第3回実証実験に続いて,2020年1月16日から1月24日までの9日間にわたり,東京都渋谷区宇田川町Q-FRONT 7F SHIBUYA TSUTAYA「SHELF67」内の「WIRED TOKYO 1999」にて「分身ロボットカフェDAWN Ver.β 3.0」(第4回実証実験)が行われた[9].本実験には,27名(新規参加者は0名)のパイロットが参加した.期間中の総来場者数は631名であった(図12).
使用された機器は,OriHime 6台(接客用3台,予備1台,受付用1台)およびOriHime-D 3台(配膳用2台,受付用1台)であり,OriHimeはiPad,マイク,スピーカーとのセットで使用された.提供されたサービス内容は,OriHime-Dによるドリンクの配膳と受付,OriHimeによる接客と受付であった.また,OriHimeエリア専用のメニューが提供され,料金は実費とされた.接客の流れは第3回実証実験と同様であった.
既存の店舗を分身ロボットカフェとして使用するにあたっては,配膳時に2台のOriHime-Dがすれ違える広さを確保するためにテーブルの位置等を若干変更したものの,基本的には現場の状況をほとんど変更する必要なく実現することができた.これは,OriHimeを卓上に設置すればすぐに接客が開始できること,OriHime-Dの主たる移動制御がライントレースによって半自動化されていることによる運用の安定化などが要因として挙げられる.
各実証実験期間中,参加パイロットは毎日の業務終了後,自由記述式の業務後アンケートに回答した.業務後アンケートでは最終的に「ver. β 2.0」(第2回実証実験)では196件,「ver. β in WIRED SHIBUYA」(第3回実証実験)では84件,「ver. β 3.0」(第4回実証実験)では162件の回答が得られた.アンケートでは,やりがいを感じた(感じなかった)理由,接客中に発生したトラブル,業務上の要望,他のパイロットに伝えたい仕事のコツや反省点などの質問項目が用意されていた.本章では,これらパイロットの自由記述をもとに,実証実験を通じて明らかになった,遠隔就労上のOriHime,OriHime-Dの利点と課題について論じる.
タブレット端末にユーザの顔が表示される従来のビデオチャットとは異なり,OriHime,OriHime-Dはそれを操作しているユーザを全身で物理的に表象するエンティティである.また,ユーザは遠隔地からOriHimeの頭部や手を動かすことで,相手と目が合う,手を振り返すといった現地の人とのインタラクションを創出する.こうした物理的な存在感やリアルタイムの相互作用は,OriHimeユーザに現地の人との一体感を与えるのみならず,現地の人にもOriHimeに対して強い存在感・一体感を与えていたと考えられる.
このよう来場者の声は,「ver. β」(第1回実証実験)で実施した来場者アンケート内の「OriHime-Dパイロットと一緒にいたと感じましたか?」という項目(5段階評価)において,310件の回答の平均スコアが4.65(うち75%が5,18%が4)であったことにも裏付けられている.
人型の実体が現地に存在することによって,OriHimeを囲む現地の人はOriHimeをあたかも人であるかのように扱うようになる.それはたとえば,現地の人がOriHimeに触れる際に,あたかも人に触れるときのように「失礼します」といった丁寧な声掛けをすることや,目線の高さを合わせて喋りかけてくることなどに現れる.このことは,タブレット端末が移動するタイプのテレプレゼンスロボットにおいて,現地の人がロボットを人扱いせず(ロボットとそれを操作するユーザは別の存在だと解釈され),ロボットを自身の足をかけて休めるためのモノとして扱ってしまうことを報告した先行研究[10]とは対照的である.OriHimeがそこに存在する人であるかのように扱われることは,OriHimeのパイロットにも伝達され,現地の人と一緒にいる感覚を強めていると考えられる.
OriHimeの外見について,分身ロボットカフェの来場者の多くは「可愛い」というポジティブな感想を述べた.OriHimeを用いることで,パイロットは自らの実身体の外見に関わらず「可愛い」外見を持つ存在として振る舞うことができ,接客の印象形成を有利に進められる可能性がある.
またこうした外見上の魅力は,技術的なトラブルや操作の失敗,あるいは接客上のミスが生じた際に,ネガティブな印象を緩和する役割を果たす可能性もある.このことは,人はアバターの外見のリアリズム(外見がどの程度人間に近いか)に基づいてそのアバターに期待する行動のリアリズム(振る舞いがどの程度人間に近いか)を決定し,外見から想起される行動のリアリズムが担保されないときに不信感を抱くとする先行研究の知見[11]と符合する.そしてこのことはまた,自律したロボットのみならず,人が操作するテレプレゼンスロボットにおいても「弱いロボット」[12]のような周囲の人々の期待を下げる設定するデザイン戦略が有効であることを示唆している.
実証期間を通じて,パイロットから最も多く寄せられた課題点は,通信環境の安定性や品質に関するものであった.これには現地会場やパイロットの自宅のWi-Fi環境,OriHimeの通信システムのトラブルなど様々な要因が考えられる.遠隔接客を行う際,リアルタイムでのスムーズなコミュニケーションが求められるため,OriHimeの動きや音声に遅延が生じたり,一時停止してしまうことは,快適なコミュニケーション体験を損なってしまう.特に接客中に通信が途絶えてしまったとき,話題が途切れてコミュニケーションがぎこちなくなってしまうのみならず,パイロットは現地の客に対して自分が何もできないもどかしさや申し訳なさを感じていた.
通信環境と関連して,音声コミュニケーションの品質についても多くの課題点が指摘された.第一に,周囲の雑音が大きすぎるあまり,対面している客の声がうまく聞き取れないこと,第二に,自身の声がOriHimeを通じて現地でどのように聞こえているのかを確認できないこと,第三に,音声がステレオであるために空間的な定位を掴みにくく,複数人に囲まれた際に誰が喋っているのかが分かりにくいことなどが挙げられた.こうした音声の品質を改善するにあたっては,OriHimeそのものが備えている音声通信システムの品質のみならず,周囲の環境の特性との兼ね合いも考慮する必要があるだろう.
4.1.2で述べたように,分身ロボットカフェにおいてOriHimeは「可愛い」と褒められることが多い.一方でこのような評価は,分身ロボットカフェを訪れる客層がOriHimeや分身ロボットカフェの活動内容に対して充分に理解を示していることに支えられていることが示唆された.実際,OriHimeや分身ロボットカフェについての事前知識を持たない人が通りかかる場所(3.2)では,OriHimeは時として不気味なものとして捉えられていた.
こうしたことから,分身ロボットを通じた遠隔就労の社会実装を進めていくうえでは,ロボットの機能的な品質を向上させるのみならず,社会受容性も考慮していく必要がある.Human-Computer Interactionにおける既存研究では,人がロボットと行うインタラクションのパターンは,ロボットに対する親しみの度合いによって変化することが報告されている[13].本調査ではこれに加えて,周囲の観察者のロボットに対する前提知識が,そのロボットの外見や行為に対して抱く印象にまで影響を与えることが示唆された.同一の外見を持つロボットが,状況によって「可愛い」と評価されたり,逆に「気持ち悪い」と評価されたりする事実は興味深い.これまでロボットの社会受容性については,当該ロボットの活用分野や性能,観察者の性別や年齢といった人口統計学的要因とどのように関係するかが調べられてきた.これに対して本調査の結果は,たとえ同一のロボットが接客という同一の活用分野で用いられたとしてもその受容性には違いが生じることを示唆した点で,先行研究の知見を拡張している.分身ロボットカフェは,単に分身ロボットを通じて遠隔接客を実践するのみならず,その活動を通じてある種のコミュニティを形成しており,OriHimeというロボットに対する印象形成をも行っているのだと捉えることができる.
3.1節で来場者から得られたコメントでは,音声コミュニケーションや通信環境に関する改善を求めつつも,おおむね肯定的なものであった.ただし,そうした肯定的な評価は「想像以上」であったことや「物珍し」かったことに支えられている側面が少なからずある.来場者のみならずパイロットにおいても,業務中に楽しかったこととして「オリヒメDに乗れたこと」(2019年10月)が挙げられているように,分身ロボットはまだ一般に普及しているとは言い難く,その存在がユーザから呼び起こす期待や評価は,今後ユースケースや認知度の広がりとともに変化していく可能性があることは充分に留意するべき点である.
本稿では,分身ロボットカフェのこれまで取り組みとそこから得られた知見を述べることで,人とロボットが共存し協調して働く社会の新たな可能性について論じた.身体的制約を持つ者でも社会参加を可能にする分身ロボット「OriHime」と分身ロボットカフェという場は,人とロボットの新たな働き方のモデルを提示していると言える.
分身ロボットカフェの実証実験を重ねるなかで,分身ロボットを通じた円滑な遠隔就労に必要な技術や社会的受容性に関する課題が明らかになった.同時に,外出困難者が分身ロボットを通じて社会参加を実現することが,パイロットたちの生活や心にどのような影響をもたらすかを理解するうえでの先見的な示唆を得た.分身ロボットカフェは2024年2月現在においても,常設の実験店として日々実証実験を繰り返している.今後も,人とロボットが共存し協調して働く1つのモデルケースを実証し,情報処理に関する課題や知見が生まれることを期待する.
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