会誌「情報処理」Vol.65 No.5(May 2024)「デジタルプラクティスコーナー」

中山間地におけるドローン配送の社会実装に向けた課題と展望

深田雅之1,2  笠井知洋3

1(株)ゼンリン  2(一社)ちちぶ結いまち  3秩父市 

 埼玉県秩父市では,2020年11月より「秩父市生活交通・物流融合推進協議会[1]」を設立し,官民一体となって中山間地における少子高齢化によるヒトとモノの移動の困難さに着目した物流・公共交通ネットワークとしての「秩父モデル」構築への取り組みを開始している.MaaS(Mobility as a Service)プラットフォームや災害時のドローン配送を想定した実証試験等を積み上げ,早期の社会実装に向けた取り組みを継続的に進めている.本稿では,規制緩和に関する議論も進んでいるドローン物流を中心に,中山間地における社会実装に向けた課題と展望を述べる.

1. 中山間地における物流・公共交通ネットワークの課題

我が国の国土の6割以上を占める中山間地では,少子高齢化の進展が著しく,生産年齢人口も年々減少傾向にある.

物流・運送業界に目を向けると,2024年4月に施行される働き方改革関連法によるドライバの時間外労働の上限規制も相まって,中山間地ではドライバの担い手の不足が顕著となっていく可能性が高い.また,人口減少地区である中山間地において配送荷物の量も年々減少しており,トラックの積載率が低いため1個あたりの配送コストが肥大化している.さらに面積が広く集落が点在する地域では,トラックの1日の移動距離も長くなる傾向にあり,配送効率を悪化させる要因の1つとなっている.

一方で,中山間地の移動に着目すると,路線バスを中心とした公共交通は乗客数が減少傾向にあり,収益性の悪化により民間事業者の事業撤退が相次いで発生しており,継続的な公共交通網の維持が困難な地域が増加傾向にある.加えて高齢者の免許返納数は2021年をピークに緩やかに減少傾向にあるが,一方で高齢者による重大事故の多発をうけ,2022年5月からは,免許証更新の際に75歳以上で過去3年間に、一定の違反歴がある場合は、高齢者講習や認知機能検査に加え、実車を使った運転技能検査の受検が必要となるなど規制強化が行われている。

このような背景の下,政府は「デジタル田園都市国家構想[2]」を掲げ,デジタルの力を活用した地方の社会課題解決のメニューとしてMaaS・自動運転などの公共交通のデジタル化,ドローンを用いた物流サービス等により魅力的な地域をつくる,としており全国でデジタル田園都市国家構想推進交付金を活用した実証実験の取り組みが加速している.その一方で,ドローン物流の社会実装が遅々として進まない実情も存在する.

2017年5月に閣議決定された「空の産業革命に向けたロードマップ[3]」の中で,ドローンは,飛行形態により4つのレベル分けがされた(図1).レベル1,2は,パイロットの目視内での飛行,かつレベル1は手動での飛行,レベル2はプログラムによる自動飛行である.レベル1は空撮や点検,レベル2は測量や農薬散布で利用される飛行形態となる.一方でレベル3,4は,パイロットの目視外での飛行,かつレベル3は山間地域等の無人地帯での飛行,レベル4は都市部での有人地帯での飛行形態となる.ドローン物流は,主にレベル3の飛行形態で行われている.また,2022年12月から規制緩和によりレベル4のルールが定められ,国土交通大臣の許可・承認を得ることで飛行が可能となった.

図1 ドローンの飛行レベル[4]
図1 ドローンの飛行レベル[4]

レベル3,4が対象となる目視外飛行は,機体・通信・運航管理の3つの技術が組み合わさることで安全性を担保できると言われている.

機体の観点では,マルチコプタと言われる回転翼機においては荷物の積載量が数kgと小さく,またリチウムイオンバッテリの性能限界により10km程度の航続距離となっており,集落が点在する中山間地では配送先が限られてしまう.そのため,軽貨物配送の車両と比較しても配送効率性が悪化する傾向にある.一方,エンジンを搭載した固定翼機も存在するが,山林が多い中山間地では,万が一落下した際の森林火災の発生等のリスクがあり,導入が難しい側面もある.

次に,通信の観点での課題を述べる.ドローンの現在位置情報やバッテリ残量,飛行高度等のテレメトリと言われる情報や飛行中の周囲の安全状況を確認するためのカメラ画像などを離陸地点のパイロットがリアルタイムに確認するためには,通信の確保が重要となる.目視内飛行と言われるパイロットの有視界では,主に2.4GHzの所謂Wi-Fiの通信帯域が利用されているが,数百m程度の距離しか安定的な通信を確保できない.そのため,遠隔飛行では800MHzや2GHzの携帯電話通信網(以下,「LTE」)の活用が広がっている.LTEは,地上のモバイル端末のネットワーク環境を最適化しており,そもそも上空に飛行するドローンへの活用は想定していなかった.そのため,渓谷が多い地形の中山間地では,データ伝送に必要な通信品質を確保できない問題がある.また,LTEのカバーエリアは,居住地区が中心となっており,集落間の道路等はLTEの不感地帯になっている場合もあり,中山間地ではドローンの飛行経路すべてをカバーできないことも往々にしてある.

最後は運航管理の観点となる.現在,NEDO「次世代モビリティの社会実装に向けた実現プロジェクト[5]」において,遠隔飛行の人員体制の省力化に向けた技術開発や制度設計が行われており,将来的には1人のパイロットが複数の機体を運航可能とする仕組みを目指しているが,現時点では最低でも離陸地点に2名,着陸地点に1名の3名体制が必要となっており,従来のトラック配送よりも必要な人員数が多くコスト高になっている.

このように技術革新によるドローン等のロボット活用の検討は進んでいるが,中山間地での地理的特性を鑑みると社会実装に向けた技術的課題が散見している状況が分かる.

2. 秩父市におけるMaaSプラットフォームの概要

秩父市は,埼玉県の北西部にあり,面積は約577平方kmで,埼玉県全体の約15%を占めている.都心まで約60~80km圏,さいたま市までは50~70km圏に位置し,周囲に山岳丘陵を眺める盆地を形成している.市域の87%は森林で,その面積は埼玉県の森林の約40%を占めている.

本取り組みの対象エリアとなっている大滝地域は,地域全域が自然公園法に基づく秩父多摩甲斐国立公園に指定されており,豊かな自然と荒川の源流が位置し,パワースポットの三峯神社があることから,多数の観光客が来訪する場所になっている.一方で,大滝地域はかつては鉱山や林業が盛んで,1960年には約8,200人の人口であったが,2つのダム建設による住民の集団移転や秩父鉱山の操業縮小などを理由として2024年1月時点では526人,2040年には300人を下回る推計となっており加速度的に人口減少が進んでいる.過去には10程度あった小学校は2014年を最後にすべて廃校となり,秩父市内でも唯一小学校がない地域にもなっている.

こういった中山間地の少子高齢化による過疎が進む地域は,全国共通の課題であること,また,前章で述べた課題認識を踏まえ,秩父市では早くからドローンの活用に着目し,2019年1月には,当時国内2例目となるドローンのレベル3飛行を楽天,ゼンリン等の民間企業と連携して成功させた.

また,2020年から5年間の計画で内閣府「地方創生推進交付金(Society 5.0タイプ)」を活用し,人とモノの移動の困難さに着目したデジタル技術を活用したMaaSプラットフォーム(以下,「秩父モデル」)の構築に向けて取り組みを進めている.

秩父モデルの全体像を図2に示す.

図2 秩父モデルの全体像[6]
図2 秩父モデルの全体像[6]

秩父モデルでは,ドローン物流,遠隔医療,MaaS(貨客混載・共同配送)の3つの先端サービスを軸とし,域内の人やモノの移動の効率化を進める.また各サービスから取得できるデータと市保有のオープンデータ,民間事業者保有の商業データ等を収集・蓄積し,事業のモニタリング指標を可視化する秩父ダッシュボードシステムを開発している.

ドローン物流では,免許返納が進む高齢者を対象にした日用品・医薬品の配送や災害時の物資輸送での活用を見据えている.特に幹線道路から外れ標高が高い地区は,トラックで少量の荷物を配送するには非効率のため,ドローンを適用することでコスト効率化が図れる.

遠隔医療では,D to P with Dモデルとして,地域に唯一ある診療所に来訪した患者と市中心部の市立病院を遠隔で繋ぎ,栄養指導や受診相談を診療所の医師の同席のもと行う.これにより,バスや自家用車で1時間程度の時間をかけて市立病院まで通っていた患者の移動負荷を低減し,診療機会を増加する.また,D to P with Nモデルとして,訪問診療先の患者の自宅へ看護師がタブレットやバイタル測定器,酸素濃度計測器等の遠隔医療機器を持参し,患者と診療所の医師を遠隔で繋ぎ診察を実施する.これにより,患者宅への移動時間をなくすことでへき地医療に携わる医師の負担軽減が図れる.

MaaSでは,従来,各物流事業者が顧客から荷受けした荷物を各社が保有するトラックを利用して個人宅まで配送を実施していた.しかし,大滝地域は人口減少が進み,トラック1台あたりの積載量は少なく,また,集落間の移動距離が長いためきわめて非効率な配送となっている.そこで,各社の荷物を集約し,ラストワンマイルを大滝地域で事業を営む地元事業者が配送する共同配送サービスの導入を進めている.また,幹線道路から外れた山深い集落へは,路線バスの空席に荷物を載せて配送する貨客混載を進め,より配送コストの低減を図る.

このような先端サービスの社会実装に向けて産官学の体制を構築し,各々が保有する技術やノウハウを結集し,取り組みを進めている.体制図を図3に示す.

図3 実施体制図[6]
図3 実施体制図[6]

3. ドローンによる定期配送サービスの実施

3.1 土砂災害の発生

前章では,秩父市のMaaSプラットフォーム「秩父モデル」の概要を解説した.こういった先端サービスの開発・実装を進めている最中の2022年9月に大滝地域中津川地区へつながる県道のトンネル頭上で土砂崩落が発生し,県道が不通となった(図4).

図4 土砂崩落現場[7]
図4 土砂崩落現場[7]

中津川地区へのアクセスは,大滝地域の最西端に位置しており,不通となった県道と峠を越える林道の2つの道路しかない.

県道の復旧には半年から1年の期間がかかり,一方の林道は冬季期間の積雪や凍結で通行止めとなる可能性が見込まれた.そのため,地区内に取り残された住民は半孤立状態になり,日用品や生活必需品が不足する可能性も取り沙汰された.

3.2 &プロジェクトの発足

土砂崩落の一報を受け,秩父市とゼンリンは,速やかに冬季期間の住民の買い物支援としてドローン物流サービスの検討を開始した.

今回の飛行ルートはレベル3となり,目視外での運用が必須となる.そのため,機体,通信,運航管理の3つの安全技術を保有する企業を選定し,図5に示す体制を構築した.

図5 プロジェクトの実施体制[8]
図5 プロジェクトの実施体制[8]

プロジェクトは,決して(A)諦めずに,(N)中津川地内の(D)ドローン配送の実現を推進し,住民生活の安全・安心の確保を支援し,地域の(AND)安堵に貢献する.という思いから「&プロジェクト」と命名し,冬季の配送開始に向けた本格的なサービス検討が開始された.

3.3 技術的な課題と解決策の考案

はじめに,ドローン機体の要件を定義した.今回は専門知識を保有するパイロットが着陸地点に進入できない状況であり,1フライトで離着陸地点間を往復で飛行する必要がある.そのため,荷物は自動で切り離せる仕様の機体を選定した(図6).

図6 選定機体「AirTruck(ACSL社製)」[8]
図6 選定機体「AirTruck(ACSL社製)」[8]

次に通信の確保策の検討を実施した.土砂崩落現場である離陸地点は,地区間をつなぐ道路上となり,LTEのカバーエリア外であった.そのため,衛星ブロードバンドサービス「Starlink」の基地局を設置し,モバイル通信環境を確保した.

また,配送する商品のラインナップを揃えるため,市内のコンビニエンスストア,ドラッグストア,宅配サービスの事業者と連携した.各社への住民からの注文方法や金銭の授受方法等を取りまとめたマニュアルを準備し,配送の責任範囲を明確化するための契約締結等を実施した.店舗から離陸地点の手前にある道の駅まで各社で配送し,商品を混載する共同配送の形態でドローンへ積み込む運用方法を考案し,少ない飛行回数でより多くの商品を運べるよう工夫した(図7).

図7 配送フロー図[8]
図7 配送フロー図[8]

最後に着陸地点の商品の受け取りと注文者への配送は,中津川地区の区長に依頼をした.区長はドローンの運航に関する専門家ではないため,着陸地点周辺を立ち入り禁止にするためのロープの設置や周囲の安全確認方法,パイロットとの連絡手段,また,異常発生時の対応方法等を協議し,手順書を作成することで,スムーズな現場対応ができるよう工夫した.

3.4 定期配送サービスの実施

前節までの体制作り,課題解決策の検討を踏まえ,2023年1月26日から3月30日まで週1回の定期配送サービスを実施した.サービス実施概要を図8,ドローン飛行の概要を図9に示す.

図8 定期配送サービスの実施概要
図8 定期配送サービスの実施概要
図9 ドローン飛行の概要[8]
図9 ドローン飛行の概要[8]

おおむね2カ月間,週1回の配送により計9回,合計28フライト,約100kgの荷物の配送を完了した.期間中,機体の事故はもちろんのこと配送物の破損や注文内容の取り違え等もなく,一定のサービス品質を担保することができた.衛星通信に関しては,通信の途絶等のトラブルもなく完遂できた.また,本サービスは,以下の点で国内初の事例となった.

  • 有事におけるドローンの定期配送サービスの実施
  • 衛星ブロードバンドサービス「Starlink」のドローン物流での活用
  • 遠隔地(東京)に運航管理センターとオペレータを設置し,遠隔運用によるドローン物流サービスの実施

4. サービスを通じて得られた知見・課題

前章までに述べた定期配送サービスの準備から運用を通じて,ドローン等のロボティクス技術を中山間地へ導入していくための知見や課題を技術と運用の両側面から考察する.

まず技術の観点から述べる.ドローン等のロボティクス技術は,人間では不可能であった作業の代替手段であったり,人間の作業の効率化に寄与したりするが,ロボットの制御データや現在の稼働状況データ等のやり取りには通信が必ず必要となる.過疎化が進む中山間地では,居住地区が点在しており,その地区間をつなぐ道路まで通信エリアがカバーされていないことも多くあり,ロボットの制御指示や稼働状況の把握ができない箇所が存在している.図10にLTEのカバーエリアを示す.

図10 サービスエリアマップ[9]
図10 サービスエリアマップ[9]

図の左上を見ると,地区間の道路がカバーされていない.このように,中山間地はロボティクス技術の導入には適していないエリアがあることが分かる.中山間地では通信が脆弱なためクレジット等の決済手段も利用できない店舗もある.地域産業の持続性も踏まえると,通信手段の確保はきわめて重要と言える.

一方で運用面に目を向けると,ロボットの現地での運用には,必ず人が介在する.もちろんロボットを制御・監視する人の存在もあるが,今回のドローン物流のケースだと,荷物の集荷から仕分け,離陸地点までの配送,また,ドローン着陸後の荷物受け取りや注文者の自宅までの配送など,全体の運用スキームを捉えると複数の人が介在していることが分かる.ロボティクス技術による自動化,省力化は,全体の運用の中での一部分であることを理解した上で運用設計を行うことが望ましい.加えて,人が介在する場面では必ずヒューマンエラーの可能性が隠れている.そのため,手順の確認や異常時の対応フローなどをマニュアル化して共有しておく必要がある.

また,複数の企業が関りながらサービスの安全性・持続性を担保していくには,責任の主体を明確にするために契約等での事前の取り決めを明確化することが重要となる.

このように,ロボティクス等の先端技術を地域に導入していく際には,その技術の先進性や課題解消策に目が行きがちであるが,実際には人の介在を前提とした運用や責任分界点の設計がきわめて重要であり,それがサービスの安全性や持続性を高めるポイントとなる.今後もこの経験を活かし,条件不利地域である中山間地でのドローン物流の実用化に向けて鋭意取り組んでいきたい.

参考文献
深田雅之

深田雅之
masayukifu9413@zenrin.co.jp, m.fukada@c-yuimachi.com

(株)ゼンリン スマートシティ推進部 部長,(一社)ちちぶ結いまち 代表理事. 2006年(株)ゼンリン入社.事業戦略,経営戦略部門を担当し,2013年国土交通省国土技術政策総合研究所へ出向.自動運転用高精度地図データの規格策定や位置情報ビッグデータの都市交通分野での活用に関する研究に従事.2015年に帰任後,ドローン等の先進技術を活用したまちづくり支援ビジネスを担当.2024年(一社)ちちぶ結いまちを創業.

笠井知洋

笠井知洋
sentan@city.chichibu.lg.jp

秩父市 産業観光部 先端技術推進課 課長. 1996年,秩父市役所入庁.2015年から産業支援セクションで主に企業支援,企業誘致事務を担当.2017年以降,先端産業分野にかかわる事業・企業誘致を目指し,その一環としてドローン事業に着手.2019年,連携事業者とともに国内2例目となるレベル3飛行に成功.2020年,地方創生推進交付金の採択を得て,山間地域における物流サービスの社会実装を推進中.2023年から現職.

投稿受付:2023年12月5日
採録決定:2024年1月22日
編集担当:斎藤彰宏(日本アイ・ビー・エム(株))

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