会誌「情報処理」Vol.65 No.2(Feb. 2024)「デジタルプラクティスコーナー」

市場や顧客ニーズの変容に対応したコンタクトセンターの変革

渡邊 博1

1(株)WOWOWコミュニケーションズ 

近年は,消費者属性や趣味趣向の多様化が著しく,かつコロナ禍による生活や消費様式の変化もあり,企業は高スピードで変化に対応することが急務になっている.企業サービスの最前線接点を有するコンタクトセンターもこの変化は他人事ではない.時代の変化に対応すべく何から手を付けるべきかを模索する企業も多い.サービス内容や顧客接点の多様化に対応したコンタクトセンターおよびそのサービスの変革をサービスサイエンスとITを活用した顧客アプローチで解説し,コンタクトセンターの役割の再定義,今後の変革の展望についても述べてみたい.

1.マーケティング事業会社への変革

筆者が所属する(株)WOWOWコミュニケーションズは有料衛星放送WOWOWが1991年4月の開局した後,1998年2月に顧客接点窓口の専門会社として設立され,現在ではコンタクトセンター,デジタルマーケティング,データマーケティング,応対品質向上サービス,物販,旅行事業を展開している.

創業当時にはWOWOWのコールセンターを運営する一子会社にとどまっていた.しかし,良いモノやサービスを作れば売れる提供者中心の時代から,顧客がそれぞれの価値観で共感するサービスで生活を豊かにする顧客中心の時代に変化した. WOWOWコミュニケーションズはこの流れに対応し,必要な顧客接点サービスを拡充し,顧客接点における幅広いマーケティングサービスを展開し,WOWOWをはじめBPO事業クライアントや外部評価機関より一定の評価をいただけるようになった.

この論文ではWOWOWコミュニケーションズがコンタクトセンター事業会社から顧客の事前期待や声を活かし,マーケティング事業会社へと変革を進めてきた歴史や成功のカギとなったチャレンジを解説し,これからコンタクトセンターの機能拡張や顧客接点変革を進める皆様のお役に立てることを願っている.

2. サービスサイエンスを活用したコンタクトセンター改革

2.1 サービスサイエンスとの出会い

筆者とサービスサイエンスの出会いは2009年にさかのぼる.当時のコンタクトセンターはトークフローやFAQといった決まりごとをしっかりと間違えなく処理し,応対品質と生産性を上げることが重要とされる一律主義の時代であった.日々コンタクトセンターへお問合せをいただく顧客に対し,受け手側であるコミュニケータが主導権をもち会話をリードするといった機械的な対応が行われていた.このような運営はクライアント企業やその顧客にとって,コンタクトセンターはどの企業が実施しても差別化要素はなかった.モノやサービスを起因とした顧客との数少ないコミュニケーションのチャンスを企業がマーケティングに活用することはなかった.

しかし,コールリーズンといわれる顧客の問合せの根底には,それぞれの顧客の事情や期待や不安や不満などがあり,それらをコンタクトセンターがしっかりと収集把握し,1 to 1の気の利いた応対や個別サービスを提供し,企業と顧客がともに価値のあるWin-Winなコミュニケーションを組織的に実施する必要性を感じていた.このタイミングで「顧客はサービスを買っている(諏訪良武氏著・ダイヤモンド社・2009年1月発刊)[1](図1)と出会った.

図1 「顧客はサービスを買っている」より
図1 「顧客はサービスを買っている」より[1]

サービスサイエンスはサービスや顧客満足を科学的に分析し,サービス業における効率性,品質向上,顧客満足度の向上などを追求するための学際的なアプローチで,経済学,情報科学,経営学,デザイン思考など,さまざまな学問分野の概念や方法論を統合しサービスの提供や運用を最適化しながらも顧客の「事前期待」を中心軸にサービス企業の変革を支援することが提唱されている.

理論の発祥は今後産業の競争は「モノからサービス」へ移り変わり,誰もが無料で当たり前に享受してきた「サービス」を「分類・分解・モデル化」し展開することで,「伝承・直感・経験」などの再現性に乏しいものから誰もが自社サービスに対する顧客満足の本質を理解し事前期待を捉えた適切なサービスを提供することができるというものである[1].

また理論導入にあたり必須である「サービスの定義」では「人や構造物が発揮する機能で,お客様の事前期待に適合するものをサービスという[1]」と定義され,商品の効果効能や機能のみをお客様に提供することをサービスとは言わず,顧客の事前期待を把握し,個々に合わせた応対や情報提供を行うことがサービスであると定義されている.

WOWOWはサービスとして番組(サービスの定義に当てはめると人や構造物が発揮する機能)を提供しており,今後の本質的なサービス提供では,質問されたことだけでなく,顧客が本当は何を知りたいのかを感じ取り,プラスアルファの情報提供を行い,事前期待以上のものを提供できるよう改革しなければならない.これは,当社の課題解決の示唆となる出会いであった.

筆者の諏訪良武氏には2009年からコンタクトセンターにおけるサービスサイエンス理論を活用したサービス改革で多大なるご支援とご指導をいただき,この場をお借りして感謝の意を申し上げたい.

2.2 サービスサイエンス理論を活用したサービスの分類・分解・モデル化

WOWOWコミュニケーションズでは諏訪良武氏のご指導をいただきながら,サービスサイエンス理論の活用プロセスである「サービスの分類・分解・モデル化」(図2)のフレームワークを活用し,自社事業であるWOWOWのコンタクトセンターにかかわる顧客を理解しサービスを改革することに着手した.

図2 サービスサイエンスのフレーム
図2 サービスサイエンスのフレーム[1]

まずはWOWOWカスタマーセンターで提供するサービスを分類し,センターの属性(提供型・支援型・セールス特化型など)の分類を経て,自社の立ち位置ならびにカスタマーセンターの顧客のタイプを「情報提供型コンタクトセンター」と定義し,これを軸に「せっかちなお客様」「お話し好きなお客様」「商品サービスをよく知っているお客様」「初めてのお客様」の大きく4つのお客様に分類に整理した.

次ステップのサービス分解ではカスタマーセンターで提供するサービスを会話のオープニングからクロージングまでを顧客とコミュニケータのやりとりごとにプロセス分解し,各段落にタイプ別顧客が期待する「事前期待の定義」(図3)を活用し,サービス品質(図4)を見える化し,コンタクトセンターで提供するサービスを顧客タイプ別に定義することができた.

図3 事前期待の定義「顧客はサービスを買っている」より
図3 事前期待の定義「顧客はサービスを買っている」より[1]
図4 WOWOWユーザの事前期待整理(例)
図4 WOWOWユーザの事前期待整理(例)

2.3 顧客属性の分類・分解・モデル化を活用した仕組み構築

前述したサービスの分類や分解の結果を実業務で使える仕組みとして展開するため,コンタクトセンターで日常的に実施されているモニタリングツール(音声通話の内容評価や指導育成のための仕組み)を刷新かつシステム化することで顧客応対のサービス向上を行った.

具体的には(図5)のオリジナル評価軸マスタに示すとおり,一般的なモニタリング評価軸と比較すると顧客との会話の流れが細分化され,段落ごとに「顧客の事前期待」に対してプラス・マイナスで応対ができているかを測定できるよう設計されており,電話応対の流れが顧客へ提供する「サービス品質」にどのように影響を及ぼすものかを確認できる仕様である.

図5 サービスサイエンスを活用した応対評価軸(抜粋)
図5 サービスサイエンスを活用した応対評価軸(抜粋)

一般的な評価軸の1~5段階・100点満点評価と比較すると,サービス提供者の強みや改善すべき弱みをサービス段落ごとに明確に把握することができ,応対者へ指導育成の際にも前回との総合点進捗の伝達といった定性的な指導方法から脱却し,サービス提供プロセスごとに良き行いの継続に期待する項目,次回の評価までに改善を要する項目を具体的な顧客への印象や影響を踏まえた育成が行えるため,事前期待を満たす良質なサービスの提供向上に大きな成果を得ることができた.

2.4 サービスサイエンスの導入効果

サービスサイエンスを導入活用した効果としてまずは自社が漠然と顧客とサービスを捉えマニュアル一辺倒に提供していたことを自認できたことが大きな収穫である.また過去には一部の「気の利いたスタッフ」が顧客の心をつかみ発揮していたであろう「顧客の事前期待を把握し適切なサービスを提供する」というマーケティングの本質ともいえる思考・行動事例を誰でも活用できるツールに落とし込み汎用化したことにより,コミュニケータの役割がマニュアルどおり案内を行う作業者から顧客の事前期待に適切に応え,ブランド価値や購買行動のポジティブな変容,顧客ロイヤルティを向上させるマーケッタの能力が向上したことが最大の成果である.

3.コンタクトセンターが経営貢献するためのモデル化

3.1 ロイヤリティを高めるための顧客理解(ヒト・キモチ・モノデータの整備)

前述のとおり顧客の事前期待に適合したコンタクトセンターオペレーションの改革を実践する中,応対品質や顧客の個別ニーズや状況に合わせた1 to 1コミュニケーションに良化の手ごたえを感じていた.WOWOW顧客にとって最も出現する共通的な事前期待は「趣味趣向にあう良質な番組との出会い」であった.

しかし,当時の番組訴求はWOWOWがパワープッシュする注目番組情報や顧客からヒアリングしたジャンル趣向とオンエア情報と照らし合わせた推奨,コミュニケータ自身の視聴経験に基づく個人的推奨などであった.顧客の期待を超え顧客をワクワクさせるような個別かつ潜在的な事前期待を満たしWOWOWを選び続けていただき,ブランドのファン化へ導くための仕組みを持ちあわせていなかった.

そのためコンタクトセンターの応対品質向上と顧客維持率の相関性は乏しく,経営に貢献するカスタマーセンターへとさらなるステップアップを果たすためには顧客ロイヤルティを高め,会員維持率の向上(言い換えれば解約抑止率の向上)に必要な番組やサービスの推奨精度を向上させることがさらなる改革のカギとなるという仮説の下,新たなチャレンジに着手した.

顧客ロイヤルティを高めるには「WOWOWは私の好みや課題を理解してくれている」と感じていただくことが重要で,この実現には「何を訴求するのか?(商品・サービスの選定)」と「どう伝えるのか?(状況や事前期待を把握した個別にカスタマイズされた案内)」の2要素が必要であると定義した.

「どう伝えるのか」についてはすでにコンタクトセンターではサービスサイエンスの導入により事前期待を捉えたコミュニケーション設計が確立・定着されていたため,ヒト(属性)とモノ(番組・サービス)を顧客の持つ個別的な趣味趣向と適切に結びつけるキモチ(理由)を3つの情報区分として定義し利活用することを目指した.

まず3つの定義の中で過去よりカスタマーセンターで収集してきたデータを「ヒトデータ」(図6)として再整理に着手.これにより特にサイコグラフィック情報は契約時の聴取必須情報ではないものの顧客の事前期待を把握するための深堀コミュニケーションの中からからでしか得られない貴重なマーケティング情報であることを確認した.このサイコグラフィック情報の収集や深堀が商品とサービスを結びつけるキモチ情報(サービス利用する理由)へと発展することとなる.

図6 ヒトデータの整理
図6 ヒトデータの整理

モノ(番組・サービス)は従来「番組情報データベース」として放送コンテンツの大中小ジャンルや監督・出演者・制作年など制作・調達時より付与された一般的な情報のみを保有していた.しかし顧客の趣味趣向とのマッチングを実現するには各番組が顧客にとってどのような印象を提供するものかという,多種多様なキモチのデータは存在しないため独自検討・作成を余儀なくされた.

番組が視聴者へ与えるさまざまな「印象・雰囲気・感情」こそが1 to 1マーケティングを実践する上で大変重要な要素であることから,キモチデータの構築にあたっては顧客応対に優れ電話応対から多くのサイコグラフィック情報の聴取に長けたトップコミュニケータを選抜し,過去放映番組や放映予定番組に対する45種別1,300の番組メタマスタおよびキモチデータ(男気溢れる・泣ける・ハラハラドキドキする・世界を救う・青春・スパイ・陰謀・ドタバタなど(図7))を約1年かけて独自作成し既存番組データへ追加付与した.

図7 番組メタ情報・キモチデータの相関
図7 番組メタ情報・キモチデータの相関

3.2 スムーズな1 to 1オペレーションを実現する仕組み(システム開発)

約1年の準備期間を要し,「ヒト・モノ・キモチ」のデータ整備が完了し,次フェースではITを活用したシステム化により,トップコミュニケータだけではなく全員がWOWOW顧客に対し事前期待を超える番組推奨を汎用的に実践するための仕組み構築へ着手した.

要件定義は大きく2点,1点目はコミュニケータ個々の知識力から検索力への進化(コミュニケータ支援の仕組みの構築),2点目は顧客個々の趣向や潜在的な好みにマッチした推奨番組候補をシステム上で素早く提示することである.

検索力に優れたシステムを構築することでコンタクトセンターでの利用はスムーズに,より深い商品力の訴求を効率よく実現する.また番組推奨では顧客個々の趣味趣向を的確にキャッチし,お応えすることを最重要視した.

顧客とのコミュニケーションでヒアリングした最近視聴した番組をシステムにインプットすることで該当番組が持つ番組メタ情報・モノ・キモチ情報がコミュニケータの画面上へ表示される,この情報を基に視聴者がジャンルや番組から受け取る感情や雰囲気などを顧客と共有し共感し,システムから提供される選択肢の中で顧客の反応が高いメタ情報(たとえば,ハラハラドキドキ・アクション・友情を描いた・1970年代作品など)をさらにシステム上で指定して再選択し,絞り込みを行うことで対話中に顧客へマッチする可能性の高い当日以降放送予定の50番組をマッチング率の高い順にシステム上で画面提示するという対話型のシステム「番組レコメンドシステム」の開発に至った.

一般的にレコメンデーションロジックを構築する際にはAmazonなどが採用している「バスケット分析(アソシエーションルール維持)」によりアイテムの同時出現を分析し,アイテム間の関連性を見つける手法が用いられる.たとえば,「コーヒーを買う人はミルクも買う傾向がある」のような関連性を抽出し,特定のアイテムセットがどれだけ頻繁に一緒に現れるかを示す指標とアイテムを購入した場合,別のアイテムも購入する確率を示す指標,ランダムな場合に比べてどれだけ頻繁に現れるかを示す指標を活用した手法である.

しかし,WOWOWの商品特性上,商品(番組)同士のプロダクト的な関連性を活用した抽出では顧客の共感や感動を得るレコメンドには至らないという予測により,ユーザ間の類似性や番組情報間の類似性,過去の行動データ(サイコグラフィック情報や視聴履歴)に基づいてユーザの好みを予測する「協調フィルタリング」を採用した.バスケット分析はアイテム間の関連性を見つけてレコメンデーションを行う一方,協調フィルタリングはユーザ間やアイテム間の類似性を利用して予測を行うため,事前に構築した「番組がメタ情報とキモチ情報」を活用したユーザ個別の好みを予測するために優位性が高いと判断した.

このレコメンドシステム構築にあたっては(株)NTTデータ・(株)NTTデータ数理システム・(株)NTTデータ バリュー・エンジニアの皆様には多大なるアドバイス・技術支援をいただき,この場をお借りして感謝の意を申し上げたい.

システムとヒトの協働型レコメンドロジックは「サービス応答支援に関する情報処理システム,情報処理方法,及びプログラム」[3]として詳細を公開しているため,消費者と自社商品のマッチングに課題をお持ちの皆様にはご参考いただきたい.

3.3 番組レコメンドシステムによる離反抑止事例

システム完成後,WOWOWカスタマーセンターでは新規加入希望者からの入電の際に加入動機であるお目当ての番組を聴取し,相関性の高い推奨番組をご紹介することで,加入動機番組視聴後の短期解約の事前抑制に活用した.また解約入電の際には趣味趣向に合う顧客自身がいまだ出会っていない番組を推奨し提案することで解約抑止に活用している.実例をシステムイメージとともに(図8)にて紹介する.

図8 レコメンドシステムを活用した離反抑止実例
図8 レコメンドシステムを活用した離反抑止実例
  • 1) 60代男性からのご解約入電時,今までのご契約にお礼を差し上げつつ直近ご覧いただいた番組を聴取
  • 2)「赤穂浪士」を視聴番組へ入力,同番組に付くモノ・キモチ情報(ジャンル・雰囲気・気分・出演者等)がコミュニケータ側のシステムに表示される
  • 3) コミュニケータは顧客へ「赤穂浪士」が持つモノ・キモチ情報を提示,会話の中で顧客の共感度・反応や趣向に合うと思われるメタワードをシステム上の候補より選択
  • 4) 顧客との会話より3~5点程度のメタ情報が絞り込みできた時点でシステムへ番組リスト作成をリクエスト(システム上でレコメンドロジックを展開)
  • 5) システムより該当顧客のキモチに相関性の高いオンエア予定の推奨番組が表示される
  • 6)「赤穂浪士」に紐づいた「男気溢れる・対決もの・1970年~80年代作品」とマッチング率が高い「ロッキーシリーズ」を深層的なニーズにマッチする番組として相関理由の説明とともに顧客へ推奨
  • 7) 当該顧客より「さすが,WOWOWは自身の好みをよく理解している」とご評価をいただき解約撤回意向を獲得

解約抑止オペレーションのシステム活用では効果検証としてABテストも実施,A群はレコメンド支援システム利用あり,B群は従来どおり注目番組の一律案内を行い比較測定した.結果,A群では解約入電当日の抑止結果ギャップで+3.0%,翌日以降3カ月間を経過した残存数比較でも+1.4%のB群比較成果が確認できた.コミュニケータの話術やその場での断りづらさを加味し解約撤回後3カ月の残存率をカイ二乗検定にて確率測定したが前述のとおり+1.4%(X2検定p値:0.017)と一般的有意水準を0.05(= 5%)をとして,P値が0.05以下であるため仮説が有意であると判断した.

なおコンタクトセンターにおける顧客維持マーケティングというべきこのチャレンジがもたらす経営貢献は,月間視聴料2,530円のサービスモデルながら概算で年間1億円を超える逸失売上抑止効果として大きな成果を得た.またコンテンツを視聴するだけであれば放送事業社に特別な差別化や優位性は存在しないが,顧客とのコミュニケーションから個別や潜在的な期待や発見を共創し,サービス体験をしていただくことによる顧客ロイヤルティの醸成はブランド価値向上の観点から大変価値の高い成果である.

4.市場変化に適応したコンタクトセンター役割再定義

ここまで論じてきた改革チャレンジは顧客と市場の変化に対応し顧客にとって価値のあるサービスを提供する会社であるために必要であったと改めてお伝えしたい.また本章では市場変化に適応したコンタクトセンターがマーケティングセンターへと変革し顧客体験の向上に貢献するための新たな役割について定義する.

昨今DXの活用といわれ久しく技術の進化とコンタクトセンターにおける消費者接点の拡張はテクノロジの進化により,AIやチャットなど非対面接点による利便性の向上により多様化かつ個別化された体験を提供できるようになりつつある.AI,ビッグデータ,IoTなどの技術を活用することにより,顧客はより適切なコンテンツやサービスが提供され,ブランドとのかかわりはさらに進歩する.

また,顧客接点ではエンゲージメントの新たな可能性として仮想知覚(VR)や拡張現実(AR)などの技術活用を通し,顧客はより没入型の体験を仮想的に試したり,リアルな環境で製品を体験したりすることが可能になり,今以上に製品やサービスに対する理解が深まるため購買チャンスは拡大する.

しかし一方で,サービス提供側は従来の縦割りかつ事業最適されてきた消費者接点をシームレスに対応できるよう進化が求められる.この流れは従来最も直接のコミュニケーションを担い顧客を一番よく知っているコンタクトセンターを中心にテクノロジや他セクションとの連携や協働が求められることとなるであろう.

この新たな役割を果たすためにはテクノロジだけでなくヒトの要素も重要で,顧客との対話やヒューマンタッチを機械では検知できないヒトの機微を顧客とコンタクトセンターで共創的にサービス提供することが重要である.特に複雑な問題や感情的なサポートが必要な場合,人間のエージェントが提供する価値は今以上に大きくなると予想する.

今後の消費者接点ではテクノロジの活用と人間性のバランスを取りながら,より個別化されたエンゲージメントを実現することが求められ,顧客ニーズとテクノロジの進化に正しく対応することで,ブランドと顧客の関係性を強化し,持続的な体験価値の向上による顧客ロイヤルティ向上を続けることが重要である.コンタクトセンター運営会社からマーケティング会社への変革は,顧客接点と顧客関係の新たなアプローチを意味し,この変革に伴う重要な6つのポイントと展望についてさらに論じる.

4.1 データ駆動のマーケティング

顧客ニーズを理解しチャネルごとに得られるデータを一元化,データマーケティングプラットフォーム(DMP)として活用することで,効果的なターゲティングが可能になる.マーケティングキャンペーンやプロモーションのカスタマイズがコンタクトセンターより発信できることにより,(図9)のように精緻な上流マーケティング戦略を展開できる.

図9 WOWOW-DMP事例
図9 WOWOW-DMP事例

4.2 顧客エクスペリエンスの統合

コンタクトセンターとマーケティングは顧客エクスペリエンスの向上に向けて連携することが重要である.顧客がコンタクトセンターでの対応や経験に基づいて企業メッセージを受け止め,チャネル一貫性のある体験に導くことで顧客はブランドに対する顧客ロイヤルティを高めることができる.

4.3 個別化されたコミュニケーション

コンタクトセンターが提供する顧客の声をデータベースマーケティング戦略に活かすことで,個別化されたコミュニケーションを実現できる.顧客の購入履歴や問合せ内容に基づいたデータベースによる提案は顧客に対しより価値のあるものとなり購入意欲を高めることができる.

4.4 マルチチャネル戦略の強化

マーケティング会社への変革において,マルチチャネル戦略の強化が重要である.コンタクトセンターで顧客との対話を収集しデータを,Web,ソーシャルメディア,メールなどの異なるチャネルで活用,顧客の多様な接点で一貫したメッセージを伝えることによりブランド価値のアピールと顧客ロイヤルティの向上を高めることができる.

4.5 顧客リレーションシップの構築

コンタクトセンター運営会社からマーケティング会社への変革は一期一会のサービス提供から長期的な顧客との優良な関係構築に焦点を移すことを意味する.企業と顧客の永きにわたる関係構築がブランド性を高め顧客ロイヤルティを向上させる原動力となる.

4.6 テクノロジと人間性のバランス

変革に関してはテクノロジと人間のバランスを考慮することが重要である.自動化やAIを活用しつつもヒューマンタッチや感情的なサポートが求められる場面には人間のエージェントを計画的に組み込むことで顧客満足度を高めることができる.

またこのバランスを活用することでヒトと機械の棲み分けにより少子高齢化にともなう採用難の解決策を見出すことも可能である.

これらのアプローチをWOWOWコミュニケーションズが顧客接点マーケティングとして一気通貫に整理したものが(図10)である.これからカスタマーセンターを経営貢献のステージとしてマーケティング拠点の中心へと変革検討を行う皆様のご参考としていただきたい.

図10 WOWOWコミュニケーションズの顧客接点マーケティング
図10 WOWOWコミュニケーションズの顧客接点マーケティング

5.これからのコンタクトセンター会社の在り方

WOWOWコミュニケーションズが1998年2月にグループ専業コールセンターとして設立し25年を経て振り返ると,電話・封書・FAXに限られていた顧客接点が1998年より商用開始されたADSLの爆発的普及,2001年以降のブロードバンド元年によるインターネットの民生化,2008年iPhoneの上陸によるスマートフォン元年を経て顧客が企業・商品・サービスへ接触する機会・方法が劇的な変化を遂げ,2010年頃には組織名称と役割もコールセンター(電話接点)からコンタクトセンター(顧客接点)へ変容した[2].

さらにコロナ禍前後の顧客接点はAI・チャット・ボットなど非有人対応が席巻,これに加えZ世代では通話機能よりもSNSやLINEでの文字コミュニケーションが普及しフリーダイヤルに一度も電話したことがない世代がこれからの消費者メイン世代となってゆくなど,この25年間は顧客接点における大変革期であった.

顧客接点変化だけではなくマーケティング活動もラジオ・雑誌・新聞・テレビ広告から2019年にはインターネット広告がテレビ広告を超え,2021年にはインターネット広告がマス4媒体を抜きニューメディア広告へステージを大きく変化させている[2].したがってDXやデジタルメディアがより発展すればするほどに顧客の複雑な問合せや説明が必要な商品・サービス,検索では解決できない場合の問合せについてはコンタクトセンターがさらなる存在感を発揮することとなる.

今後も変化を続ける顧客とのかかわりの中,コンタクトセンターは直接のコミュニケーションから得られる消費者・顧客インサイト(ニーズ・改善要求・指摘・お褒めやお叱り)を収集,使えるデータとして整備し全社へ還流する中心的な役割として企業にとって欠かせない価値を発揮すべく変化を遂げることが急務であろう.

5.1 今後の展望

以上が,WOWOWコミュニケーションズが「顧客を知る・事前期待を捉える」ことを探求し,コンタクトセンター事業会社から顧客の声や事前期待を中心してデータを活かしたマーケティング企業へ変革を進めてきた道のりである.

現在WOWOWをはじめとした各企業様への事業提供範囲は電話での顧客接点にとどまらず,新規ターゲット選定に必要なWebおよび対面インタビュー,その結果を反映したプロモーション広告の制作から運用,消費者の反響を受け止めるWebサイトの構築,コンタクトセンターを活用したフォロー・アップセリング,各サービスのプロを育成するための研修事業など,顧客接点にかかわるヒト・プロダクトを一気通貫するマーケティングサービスを提供するに至っている.

業界に従事する皆様がコンタクトセンター外の部署にも新しいキャリアの道を広げ,業界全体の地位向上や発展のためにも昨今の市場や消費者様式の変化は我々にとって非常にポジティブな変革のチャンスを迎えている.今後迎えるさらなる採用難という各社共通的な経営課題についても,当社が取り組んできたITとヒトの共創による価値創造事例が,皆様の事業におけるサービス向上の改革へお役に立つことを願っている.

参考文献
  • 1)諏訪良武:顧客はサービスを買っている,ダイヤモンド社.
  • 2)電通報:「日本の広告費」の歴史から読み解く,時代の変化,https://dentsu-ho.com/articles/8559
  • 3)サービス応答支援に関する情報処理システム,情報処理方法,及びプログラム(特許番号6607890・2019年11月20日),発明者 WOWOW・WOWOWコミュニケーションズ.
渡邊 博

渡邊 博(非会員)
h.watanabe@wowcom.co.jp

2005年(株)WOWOWコミュニケーションズ入社.複数コンタクトセンターにおけるプロジェクト立ち上げ,業務改革を経験,その後品質管理部門,マーケティング部門,営業部門にて新規顧客開拓,顧客接点設計を担当,現在マーケティングソリューション事業本部 部長.

投稿受付:2023年8月31日
採録決定:2023年10月12日
編集担当:水田秀行(日本IBM)

会員登録・お問い合わせはこちら

会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。