2019年に文部科学省によって打ち出された「GIGAスクール構想」に基づき,全国の児童生徒への1人1台の情報端末の整備,および,校内の高速大容量のネットワーク環境の構築が進められている[1].それと時期を同じくし世界的流行が始まった新型コロナウイルス感染症の影響もあり,GIGAスクール端末を始めとするICTの活用による新しい教育体系への変革がより一層求められている.
従前より,教育現場でのICTの活用についてはGIGAスクール構想以前から数多の事例が存在し,様々な実践経験が共有されているところである[2].大多数の学校はGIGAスクール端末の導入を終えたところであり,オンライン授業をはじめとした利用が進められている.これに加えて一部の学校では,GIGAスクール構想で想定される利用方法だけでなく,GIGAスクール端末を応用することで新たな学びの機会が創出できるのではないか?という視点から,試行錯誤が実施されている.本稿は,このような背景をもつ小学校において,GIGAスクール端末を応用する新たな教材について考案・実践に取り組むものである.
教材の考案にあたって,筆者らは,GIGAスクール端末を活用することによって,小学児童(以降,児童)が主体的に地域・校内を調査し発見すること・表現することを促進し,新たな学びを得る機会を創出できる可能性に着目した.そこで本稿では,GIGAスクール端末を用いた「地域の魅力を発信するWebアプリの共創」を題材とした教材「にしょロボくん」を考案し,生駒市立生駒南第二小学校(児童数193名)の全校縦割り活動へと導入した1年間にわたる実践に基づいて得られた経験を報告するとともに,今後の課題について整理する.
本稿の構成は次のとおりである.まず,前提知識・関連する取り組みについて2章にて紹介し,本稿での取り組みの位置づけについて述べる.次に3章にて,本稿で作成した教材について述べるとともに,4章にて,実際の小学校全校児童を対象とした縦割り型活動での実践および成果について述べる.さらに,その結果に基づく議論および今後の展望を5章で示し,6章にて本稿をまとめる.
これまでの教育実践に最先端のICT教育を取り入れることにより,これからの学校教育を劇的に変革していくための「GIGAスクール構想」が,文部科学省によって2019年に打ち出された.この構想では,子供たちが変化を前向きに受け止め,豊かな創造性を備え,持続可能な社会の創り手として,予測不可能な未来社会を自立的に生き,社会の形成に参画するための資質・能力を一層確実に育成していくためのツール・基盤として,ICTが位置づけられている[1].GIGAスクール構想に基づき,児童生徒1人1台の情報端末の整備,および,校内の高速大容量のネットワーク環境の構築が各地方公共団体によって進められてきた.たとえば,奈良県下においては奈良県教育委員会が主導し県域で共同調達を実施しており,2020年内にほぼすべての県下自治体に情報端末の配備が完了している[3].GIGAスクール端末の利用による授業も実践が進められており,千葉市ではオンライン授業(児童が自宅から授業を受講)および逆オンライン授業(教員が自宅から授業を実施),総合的な学習の時間[4]の一環として,調べ学習(Google Meetを用いたオンライン調査およびGoogle Slidesを用いた情報整理・プレゼン)およびプログラミング学習などが実施されている[5].
ここでは,GIGAスクール構想で想定される利用方法に加えた発展的な応用について取り組んでいる事例について紹介する.
大分県臼杵市立福良ヶ丘小学校では,Minecraft*1を用いた地域の商店街作りを題材に情報活用能力の育成に取り組んでいる[6].授業前半では児童がペアとなって「情報収集」と「Minecraft上での商店街の店舗制作」を交互に担当する形式,授業後半では2つの担当を1人で行う形式で実施し,情報活用能力の変化を観察した.この情報収集にGIGAスクール端末のiPadが利用されている.
また,東京都港区青山小学校では,熟語学習にGIGAスクール端末を活用している[7].最初に教諭が熟語のパターン(例:「〇〇的」のような2文字+1文字の熟語,「松竹梅」のような1文字×3の熟語)について説明し,児童が各自のGIGAスクール端末(iPad)のアプリに表示された熟語を指で動かしパターンを分類する.さらにiPadの画面は大型ディスプレイに集約表示されており,児童同士が考え方を共有する.この過程を経て熟語の構成について学ぶことができる.
先進的な教育機関を中心に,GIGAスクール構想が打ち出される以前からICTを活用した教育事例は多数存在する[2].
福島県相馬郡新地町の小中学校では,2010年度からタブレットの整備,ICT支援員の配置を行うなど長年ICT教育に取り組んできた.schoolTakt*2やロイロノート・スクール*3を活用し,発見学習・問題解決学習・体験学習・調査学習などの能動的な学習を促進している.これらのサービスでは,家庭における個人でのワークシート入力やグループでのワークシート共有が可能であり,意見交換が活性化することに寄与しているとされている[2](pp.10–13).
佐賀県武雄市の小中学校では,スマイル学習と名付けた反転授業をタブレット端末を用いることで実践している.具体的には,タブレットを自宅に持ち帰り,翌日の予習動画を視聴するとともに,授業時間ではアンケートや確認テストを行うというものである.この学習法の実施率が高い小学校のほうが「自分の考えや意見を発表することが得意になった」と回答する児童の割合が高まるなどの効果が得られている[2](pp.18–21).
学校教育とは少し異なるが,ゲームを活用した興味深い事例がある.任天堂は,ゲーム内でプログラミングに必要な役割(スティック操作,タイマー,定数,AND回路など)を与えられた“ノードン”というキャラクタを接続していくことでゲームプログラミングを学ぶことができるNintendo Switchソフト「ナビ付き!つくってわかるはじめてゲームプログラミング[8]」を開発している.ゲーム内では,ナビゲーションやノードンと対話しながらノードン同士を接続していくことにより,自然とゲームプログラミングを学ぶことができるような設計となっている.このように,キャラクタと対話しながら自ら行動を起こすことで成功体験を積み重ねることができる仕組みは,ICTを活用した教育にも応用可能と考えられる.
前述のとおり,教育現場でのICTの活用についてはGIGAスクール構想以前から数多の事例が存在し,様々な実践経験が共有されている.大多数の学校はGIGAスクール端末の導入を終えたところであり,オンライン授業をはじめとした利用が進められている.これに加えて一部の学校では,GIGAスクール構想で想定される利用方法だけでなく,GIGAスクール端末を応用することで新たな学びの機会が創出できるのではないか?という視点から,試行錯誤が実施されているものの,再現可能な事例が十分に共有されていない状態である.本稿は,このような背景をもつ小学校において,GIGAスクール端末を応用する新たな教材の考案に取り組むとともに,その実践経験を共有することを目的としている.
本稿では,GIGAスクール端末を活用することで,児童が主体的に地域・校内を調査し発見すること・表現することを促進し,新たな学びの機会を創出できるのではないかと考えた.そこで,地域の魅力発信アプリを共創(=共同開発)することを題材に,児童・小学校教諭・自治体・地域ボランティア・地域団体・大学から構成されるチームで取り組むプロジェクト型活動のための教材を新たに考案した.
本教材のコンセプトを図1に示し,その利用シナリオについて述べる.まず,本教材では,GIGAスクール端末から児童がアクセス可能な“アプリ”として「とあるキャラクタ」を作成した*4.このキャラクタは,最初は何も知識を持っていない状態となっているが,児童たちが地域・校内で発見した様々な情報を教えたり,チームメンバと連携し機能を追加・改良したりすることによって,知っていること・できることが増えるようになる.最終的にそのキャラクタは「地域の魅力発信アプリ」上でクイズを出す役割を果たしてくれるようになる.このように,キャラクタを児童の発見やアイデアによって育てる過程を経ることで,児童自身が主体的・自発的に行動し,対象についてより深く学ぶ教材として機能することを狙いとしている.
活動のチームメンバは,それぞれ以下の役割を担当することとした.
本稿の取り組みでは,奈良県生駒市の小学校で採用されているGIGAスクール端末である,NEC Chromebook Y2 Wi-Fiモデル(型番:PC-YAE11X21A4J2,OS:Chrome OS,画面:11.6インチ,CPU:Intel Celeron N4020,メモリ:4 GB,ストレージ:32 GB eMMC,重量:1.28 kg)を用いる.
環境としては,小学校内にはWi-Fiネットワークが構築されていることから,校内でのインターネット通信は行えるものの,モバイル通信機能が搭載されていないGIGAスクール端末であるため,校外(特に屋外)における通信は基本的にはできない状況にある.また,奈良県ではGoogle Workspace for Education*6を契約しており,県下の教諭・児童は個別に割り当てられたGoogleアカウントが利用可能である.対象の小学校では当該アカウントを用い,日常的に授業内でGoogle Classroomを利用している.なお,県全体として高いセキュリティレベルが設定されており(個別の学校において変更はできない),Google Driveに置かれたファイルに関して組織外部への公開・共有ができない状況である.
教材の導入可能性を考えた場合,前述のセキュリティ設定から新たなアプリケーションを導入することはできないため,教材システムはインストール済みのアプリ上で完結する仕組みである必要がある.また,活動の継続性を考えた場合,教材システムの運用コストや管理コストをできるだけ低く抑えること(持続可能な範囲であること)が求められることから,現在のGIGAスクール端末で利用可能なリソースを活用することを想定した設計が前提となる.
以上の利用端末・利用環境から,本稿で考案する教材の要件を以下に示す.
教材システムのアーキテクチャを図2に示す.基本的には,クラウドのデータベースを静的サイトから読込・追加・更新するサーバレスアーキテクチャに近い構成を採用している.具体的に利用したサービスは以下のとおりである.
GitHub Pages GitHubの提供する静的サイトホスティングサービスである*7.GitHubリポジトリにて管理されているHTML・CSS・JavaScript・画像ファイルなどを,Webサイトとして無料で公開することができる.また,独自に取得したドメインを割り当てるカスタムドメイン設定も無料で行うことができる.本稿では,教材システムの児童用Webアプリおよび公開用Webアプリのホスティングに利用する.
Firebase Authentication Googleの提供するモバイルプラットフォームであるFirebaseのユーザ認証サービスである*8.本稿では,児童用Webアプリ上で,児童のGIGAスクール端末を認証するために利用する.
Google Sheets Googleの提供するスプレッドシート(表計算ソフト)サービスである*9.下記のGoogle Apps Scriptと連携することにより,プログラマブルにデータの読み出し・書き込みが可能である.本稿では,児童がキャラクタに教えた情報を保存するデータベースとして利用する.
Google Drive Googleの提供するオンラインストレージサービスである*10.下記のGoogle Apps Scriptと連携することにより,プログラマブルにファイルの保存が可能である.また公開設定により,Webアプリへのファイル埋め込みが可能である.本稿では,児童がキャラクタに教える情報のうち画像データの保存用ストレージとして利用する.
Google Apps Script(GAS) Googleの提供する軽量アプリケーションを動作させることが可能なローコードプラットフォームである*11.外部からのHTTPリクエストを受け付けるAPIを公開することができる(たとえば,HTTP GET・POSTに基づきGoogle Sheetsのデータの読み書きが可能).本稿では,GitHub PagesでホスティングされたWebアプリからのリクエストを受け付けるAPIサーバとして利用する.
次に,児童用・公開用のWebアプリおよび各Webアプリと連携するAPIの構築に用いた言語・規模・仕様について以下に述べる.
Webアプリ 児童用・公開用ともに同様の構成となっており,いずれもGitHub Pagesでホスティングされている.構成は次のとおりである.
API APIの構築にはGASが提供するJavascriptベースの言語である,GAS言語を使用した(児童用:約440行,公開用:約280行).提供するAPIは次のとおりである.
なお,前述のとおり小学校が利用しているGIGAスクール用Googleアカウントのセキュリティ設定では,Google Drive内のファイルの外部公開が不可能であるため,本稿では,奈良先端科学技術大学院大学の研究室で利用しているGoogle Workspace for Education環境を用いて開発・実施を行った.
本教材はアプリ開発フェーズ(図2(a))とアプリ公開フェーズ(図2(b))の2つのフェーズからなる.それぞれについて,教材システムの利用手順を示す.教材システムの外観は図3に示すとおりである.
アプリ開発フェーズ
アプリ公開フェーズ
本章では,本教材の実践事例として,奈良県生駒市に所在する生駒市立生駒南第二小学校(以降,南二小)での取り組みについて述べる.南二小の児童数は193名(各学年の内訳は,1年生23人,2年生26人,3年生40人,4年生32人,5年生35人,6年生37人)であり,本取り組みではこれらすべての学年の児童を対象としている.さらに,本教材の狙いである“児童が主体的に活動に参加し学ぶこと”ができたのかについて,児童や教諭に対する事後調査によって確認する.以降では,本教材システムを「にしょロボくんシステム」,児童が発見を教える対象キャラクタを「にしょロボくん」と呼称する.
南二小ではこれまでに,全校児童の交流を生み出すための教育課程外活動として,1年生から6年生が一緒にスポーツや遊びを行う全校縦割り活動を実施してきた.2021年度では,その活動をベースに長期・探究型のものへと発展させる「はばたきタイム」と称した新たな試みを企画した.こうした背景から,児童(2~6年生)は全校縦割り活動の経験は有するものの,探究型の活動に関しては未経験である.本稿では,にしょロボくんシステムを当該活動の枠組みに採り入れ,2021年度(2021年4月~2022年3月)の1年間にわたり教材を用いる活動を実践した.
にしょロボくんシステムを導入する2021年度の全校縦割り活動の流れを図4に示す.以下では,各学期ごとにどのような活動がなされたのかを概説するとともに,児童たちの取り組みへの姿勢について考察する.
■ 1学期:テーマ決め
本稿で考案した教材は,当然ながら児童にとっては前例のない試みであるため,まず高学年(5・6年生)を対象とした事前レクチャーの時間を設けた(図5(a)).事前レクチャーの内容は図6に示すようにグラフィックレコーディングによって視覚化,校内に掲示することで教材の流れをいつでも低・中学年を含む全児童が確認できるようにした.また,児童が自身の発見を教える対象となるキャラクタの名称を,グラフィックレコーディングが掲示されている校内掲示板付近で募集・決定することで,児童にキャラクタを認知してもらうとともに,自分たちの手で作り上げているという「愛着」を醸成する環境を整えた.結果として児童からは「にしょロボくん」という名称で親しまれるに至った.
その後,フィールドワークを行うにあたっての調査テーマの検討を複数回にわたって実施した(図5(b)~(d)).アイデア出し・整理・共有には,模造紙・付箋を用いたアナログな方式と,オンライン会議システム(Google Meet)を用いたデジタルな方式の組み合わせが用いられた.最終的に,次の12テーマが選ばれた:「学校(地域ボランティア)」「竜田川」「生き物(虫)」「生き物(鳥)」「学校(特産物)」「お店」「本」「花」「公園」「飲食店」「生駒の昔話」「スポーツ・遊び」.
上記と並行し,にしょロボくんシステムのベースとなるシステムの仕様策定を行うとともに,システムを実現するための技術調査を実施した.結果として,図2に示すアーキテクチャを用いることとなった.
■ 2学期:フィールドワーク・情報整理
決定したテーマに沿って,地域・校内における情報収集を開始するにあたり,にしょロボくんを最終的に地域の魅力発信アプリとして公開するために必要な知識として,著作権に関するレクチャーを4・5・6年生を対象として実施した(図7(a)).さらに,プロトタイプ版のにしょロボくんシステム(図3(a)・(b)の児童用Webアプリ)を試用し,実際に情報を入力してみることで,フィールドワークで調査する内容についての確認を行った(図7(b)).
フィールドワークでは,小学校教諭・地域ボランティア・自治体職員の協力を得ながら,地域・校内をグループで探索するとともに情報収集を実施している.なお,当初の設計では,GIGAスクール端末に搭載されたカメラなどを用いた調査を想定していたが,校外への端末の持ち出しに伴う懸念(端末の破損,端末を操作する児童の安全性の確保)から,今回は従来のワークシート(紙)への記入やチーム共有のデジタルカメラを用いた写真撮影などを行い(図7(c)),その後GIGAスクール端末に収集した情報を取り込み整理する(図7(d))ことによって,情報収集・整理を実施した.
これと並行し,児童・小学校教諭・自治体職員によるにしょロボくんシステムの試用(図7(b))およびフィールドワークの実施状況の分析を通じて,にしょロボくんシステムの仕様改定や追加実装を実施した.
■ 3学期:クイズ化・にしょロボくんへの情報入力
2学期に収集・整理した地域・校内の情報を基にクイズを考案し,にしょロボくんシステムへの情報入力を行った.入力には前述のとおり図3(a)・(b)に示す児童用Webアプリを用いた.入力作業の様子を図8(a)~(c)に示す.入力の際には,特に低学年の児童において,IT機器の操作にまだ慣れていない様子がみられたが,高学年の児童が低学年の児童に操作方法を教えたり,低学年の児童の考えたアイデアを高学年の児童が代わりに入力してあげたり,キーボード入力の代替として音声入力を用いたり(誤認識された箇所は高学年の児童が修正を手伝っていた),といった各学年の児童がにしょロボくんへ教えられるようにするための工夫がみられた.
また,児童・教諭が上記の作業をしている最中に,にしょロボくんシステムの不足機能・改良案を思いついた場合には,筆者ら(大学教員)がはばたきタイムに参加した際(図8(d)),またはGoogle Classroom上で随時提案してもらうこととした.その提案を元に,筆者らが児童・教諭と議論するとともに,新規機能として組み込む作業を行った.本取り組みの実施中に,具体的に提案された内容は以下のとおりである.
■ 年度末:地域の魅力発信アプリのリリース
1年間のはばたきタイムの活動によって,231件のトピック,503件のクイズ,708件の解答が,児童193名の手によってにしょロボくんに与えられた.その結果を受け,3月14日ににしょロボくんを地域の魅力発信アプリとして一般公開した[9].
本教材を用いた活動(はばたきタイム)について,児童が主体的・意欲的に取り組むことができたのかを知るために,事後アンケートを実施した.アンケート実施時期は2022年3月であり,質問紙へ回答する形式で実施した.質問内容は「意欲的に取り組むことができたか?」であるが,児童が理解・回答可能なものとして設定するため,各学年ごとに異なる質問文・回答選択肢を与えている.質問文・回答選択肢および回答結果・回答の平均を表1に示す.なお,平均に関しては,最高評価(よくできた)を“1”,最低評価(もう少し・できなかった)を“0”,中間回答はその間を等分したものを配点することで算出している.また,回答集計は2022年7月(2021年度の6年生の卒業後)に実施したため,6年生の回答を集計することができなかった.回答結果から,本教材は,概ねすべての学年において高い評価となっていることを確認した.しかし,4年生に関しては,“あまりできなかった”という回答が10名から得られている.これに関して各学年の児童を横断的に観察している自治体職員にヒアリングを行ったところ,『4年生は非常に活発で意欲的な児童が多く,本教材に対する期待値も非常に高かった一方で,高学年と比べて自身がやりたいと考えたことが限定的になってしまった実態があったのではないか』,という指摘があった.加えて,同校で実施年度の4年生の担任を務めていた教諭にヒアリングを行ったところ,『一般に,縦割り型活動では,高学年・低学年が組となり教える・教えられるの関係が生じることが期待される.今回の取り組みでは,4年生は5・6年生と比較して上手く教えることができず,4年生が教えていたとしても横から口を出されてしまう,低学年の児童も5・6年生の話をよく聞く,という状況が発生していた.自身が高学年なんだという自覚が生まれづらく,低学年と同じように行動してしまう.このことが自己評価の低下につながったのではないか』,という指摘があった.一方で,『12テーマを取り扱うチームのうち,各学年の役割を明確に決めていたチームについては,4年生にしかできない作業があり,4年生も自己評価は高かった』という回答も得られた.これは,縦割り型活動ならではの興味深い課題と考えられる.この課題に対しては,学年の違いによる知識・能力の差があったとしても,それぞれが取り組みたい内容を十分に行えるように,教材システムや教材の利用方法について改良を行う必要があるといえるだろう.
本教材を用いた活動(はばたきタイム)について,小学校教諭からみた児童の様子・変化や教材システムそのものに関する評価を得るため,ヒアリング調査を行った.
まず,6年生の担任教諭へのヒアリングを行ったところ,『6年生は大人しいタイプの子どもたちで,自ら前に出るような子ではなかった.しかし,はばたきタイムで児童のリーダーとなってプロジェクトを進めたことを通して,「興味を持ってみてもらえるように,もっとこうしたらいいんじゃないか?」と意見を言い,人前で提案ができるようになった.すごく成長したプロジェクトだった.』という回答が得られた.これは,本教材の狙いである“児童が主体的に活動に参加し学ぶ”という状況のひとつが現れているといえる.また,本教材の根幹である,全児童を含むチームで1つのアプリを共同開発するというコンセプトは,特に高学年の児童の自発的な行動(リーダーシップ)を育むという点において効果的であることを示唆している.
次に,情報システムの取り扱いを得意とし,他の小学校教諭へにしょロボくんシステムの利用方法を指導したり,にしょロボくんシステムへの機能提案をしたりと,精力的に本プロジェクトに関わっていた教諭を対象としたヒアリングを行ったところ,次の改善案・指摘を得た.
第1の指摘である,GASの同時入力の制限に関しては,本稿執筆時点では制限を解除する方法が存在せず,直接的な解決が難しい問題である.解決策としては,テーマごとにGAS(API)を分割し,リクエストを分散させることで,多数の同時リクエストが起きづらい構成にすることが考えられる.しかしながらこの方法も,より多い児童が在籍する小学校への適用時には問題となる可能性がある.第2の指摘である,教諭用の管理画面の操作性に関しては,児童が使用するようなWebアプリのような形態で管理できるシステムを構築する必要性があるといえる.
本稿で構築した教材システムは,運用にかかるコストが持続可能な構成となるように,無料サービスを組み合わせるシステム構成を採用した.実践を通した経験として,GitHub Pagesでホスティングした静的サイトから,GASを介してGoogle Sheets・Google Driveを操作する形式は,いずれもインフラの保守・管理を開発者が行う必要がなく(GitHub社・Google社がそれぞれ行っている),システムを安定稼働させるという側面からは非常に運用コストは低いと考えられる.実際に,今回の取り組み実施期間中には,サーバがストップしたりするような事象は発生していない状況である.一方で,4.3.2項にて小学校教諭から得たフィードバックにもあるように,リクエスト可能な回数に制約が存在するため,児童用Webアプリにおけるユーザビリティの低下がみられたことや,将来的に公開用Webアプリ(地域の魅力発信アプリ)へのアクセスが増加した際に問題が生じることが懸念される.この点に関しては,Sheets API*16やDrive API*17など,ボトルネックとなっているGASを用いない方法への転換を検討する必要があるだろう.
今回の取り組みでは,児童がフィールドワークを行う際には従来の手書きワークシートやデジタルカメラを用いて情報収集を行い,ワークシートを整理した後ににしょロボくんシステムへ入力する方式を採用した.これに関しては,4.2節(3学期)の情報入力作業時の児童の様子から,GIGAスクール端末を使いこなせているかどうかは児童・学年によって大きく個人差があることから,仮に地域・校内に児童が分散した状態における入力ができる状態を構築できたとしても,入力作業に時間を要することで,本来行うべき調査を阻害する要因になる懸念があることが事後的に明らかとなった.この経験から,特に児童全体が本教材に初めて取り組む今回のような場合においては,「調査」と「入力」を切り分けて行うことも検討するべきだと考えられる.しかしながら,今回の実践では実施を見送った「GIGAスクール端末を用いた現地での情報収集」は,従来の手書きワークシートなどを用いた情報収集に加えて実施することで学習の効果を高められる可能性がある.たとえば,写真や音,動画などをフィールドワーク時に撮影することで,自身が見つけた「発見」を児童がより具体的に表現することができると考えられる.実践を行う中でこの機能に関して児童からリクエストが上がっている状態であるため,実施できた場合にはより積極的な情報収集が期待できる.しかしながら,GIGAスクール端末を屋外で使用する際の諸懸念の解消や,調査実施の円滑性,調査できる情報の多様性に関しては,今後のシステム改良を経て両立できる方法を模索する必要がある.
最後に,本稿で考案した教材の狙いである“児童が主体的に活動に参加し学ぶ”という観点において,事後調査・ヒアリング調査の結果から得られた知見についてまとめる.まず,本教材によって得られた効果については,児童に対するアンケートによって多くの児童が高い水準で“主体的・意欲的”に活動に取り組めたと自己評価している.また,活動をともにしている小学校教諭の視点からも,特に高学年の児童についてその他の児童を率いて活動を実施する“主体性”がみられるようになるなど,児童の行動変容が観察されている.また,地域調査の結果の表現手段として,よく用いられる「壁新聞」といった情報を資料化する形態ではなく,「にしょロボくん」というアバターに対して集めた情報を教える形態を採用した.自身がアバターに教えた情報が実際にクイズとして出題されるという小さい成功体験を重ねられることから,児童の愛着心やIKEA効果*18 [10]が生じている様子が観察された(児童が自身の保護者に公開用Webアプリについて紹介するなど,活動外での自主的な行動がみられた).一方で,4年生の自己評価が相対的に低くなっており,縦割り型活動の運営方法やGIGAスクール端末の利用方法についての課題も明らかとなった.一部のチームではこの課題に対処できている様子がみられたことから,各学年や各児童の特性に合わせた教材の導入方法の充実化に取り組む必要がある.
本稿では2021年度の「はばたきタイム」への教材導入の実践について報告したが,執筆時点現在において,本教材を用いた2年目の「はばたきタイム」が現在進行形で取り組まれている.2年目では,1年目の取り組みを経て知識を獲得した状態の「にしょロボくん」に対して,新たな知識を教えるという試みとなっている.このような年度をまたぎ継続されるプロジェクト型の教材は,これまでの教材にはなかった特徴だといえる.当然ながら,容易に調査ができる情報は年度を重ねるごとに,にしょロボくんにとっての既知の情報となってしまうため,教材としてのバランスを担保する方法も同時に模索していくことも考慮しなければならない.前述のとおり,新たなモダリティ(音声・写真・動画など)による情報追加など,「にしょロボくん」の拡張の余地を広げていくことが求められる.また,今回の実践にて効果がみられた部分および明らかとなった課題について,継続的な観察を通じて再現可能な方法論として整理していく必要がある.
本稿では,GIGAスクール端末を活用するにあたって,地域の魅力発信アプリを共創(=共同開発)することを題材に,児童・小学校教諭・自治体・地域ボランティア・地域団体・大学から構成されるチームで取り組むプロジェクト型活動のための教材を新たに考案した.
考案した教材を生駒市立生駒南第二小学校の全校縦割り活動に導入し,2021年度の1年間を通した実践を行った.結果として,本教材の狙いである「主体的・意欲的に取り組めたかどうか?」という観点について,実践を通じて児童の高い自己評価が得られたこと,観察を通じて児童の自発的な行動が確認されたことから,教材が一定の効果を有することが示された.
今後は,本稿での取り組みを同校で継続していくとともに,取組みを経て得た経験を基に本教材を教育パッケージ(生駒モデル)として整理することにより,より再現可能な教材として他の小学校への横展開を目指す.
謝辞 本取り組みの実施にあたって多大なご協力をいただきました,生駒市立生駒南第二小学校の児童・教諭の皆様,および,生駒市立生駒南第二小学校区地域ボランティア・住民の皆様に,この場を借りて深く感謝申し上げます.また,本研究の一部は,JSTさきがけ(JPMJPR2039)の助成を受けて行われたものです.
奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科助教.2019年同学情報科学研究科博士後期課程修了.博士(工学).ユビキタスコンピューティングに関する研究に従事.
奈良県生駒市教育こども部教育指導課教育政策室キャリア教育プランナー.2014年に株式会社新閃力を創業し,代表取締役社長に就任.2020年から兼業公務員として生駒市の教育に携わっている.
奈良県生駒市教育こども部教育指導課教育政策室室長.2001年生駒市役所入庁.財政,企画などの部署を歴任し,2020年度教育指導課に配属.2022年度から現職.
イラストレーター.グラフィックレコーディング,キャラクター制作など,ビジュアルを活用した手法で教育関連のプロジェクトに携わっている.
生駒市立生駒南第二小学校教諭.2021年度より生駒市に勤務.情報ICT推進主任を担当し,にしょロボくんプロジェクトに取り組む.2022年度は1年生担任.
生駒市立生駒南第二小学校教諭.1998年度より生駒市に勤務.教育研修部部長を担当し,にしょロボくんプロジェクトに取り組む.2022年度は6年生担任.
生駒市立生駒南第二小学校教諭.1982年度より生駒市に勤務.特別活動部部長を担当し,にしょロボくんプロジェクトに取り組む.2022年は3年生担任.
生駒市立生駒南第二小学校教頭.2010年より生駒市に勤務.壱分小学校,桜ヶ丘小学校で教諭を経て,2020年度現任校に教頭として配属.にしょロボくんプロジェクトに取り組む.
生駒市立壱分小学校校長.2002年より生駒市に勤務.生駒小学校,生駒南第二小学校で教諭を経て,2015年生駒南第二小学校教頭.生駒市教育委員会事務局教育指導課課長補佐,課長を経て,2020年度,2021年度生駒南第二小学校校長.にしょロボくんプロジェクトに取り組む.
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