トランザクションデジタルプラクティス Vol.4 No.2(Apr. 2023)

ITと教育

「論文誌デジタルプラクティス」編集委員長

堀 真寿美1,2

1大阪教育大学  2NPO法人CCC-TIES 

1Osaka Kyoiku University, Asahigaoka, Kashiwara, Osaka 582–8582, Japan  2NPO CCC-TIES, Tezukayama, Nara 7–1–1, Japan 

1. 編集にあたって

目まぐるしく変化する現代社会においては,人々は,常に新しい知識を手に入れるために学び続けなければならない.そのための効果的な教育を実現するための手段も自ずと変化してゆく.企業では,時間や人員を節約し,効率的に人材育成を行うためにeラーニングを導入している.学校では,教師が講義資料や課題を学習支援システムに掲載し,学生はスマートフォンを使って出席登録を行い,講義資料をダウンロードし,レポートを提出している.こうしてITを活用することにより,教育は,より効率的により効果的に実施されるようになってきているということができる.

しかし,ITのインパクトは,紙の教科書,黒板やチョーク,ノートなどに代わる単なる便利な道具に終わるものでは無い.たとえば,オンライン教育を利用すれば,人々は時間を取られることもなく,学校に通学することもなく学び続ける事ができる.海外の大学の講義に参加し,多様な文化,価値観,社会的背景を持つ学習者と繋がることができる.ツールとしてしか考えられていなかったITが,教育そのものをよりスマートなものに変えてゆく力を持っている.ITを活用することによって,教育のあり方そのものを変え教育の未来を変えることができるだろう.

折しも世界は新型コロナウィルスパンデミックの最中にあり,企業では多くの集合研修の中止が余儀なくされ,企業も学校も対面からオンラインによる教育へのシフトを余儀なくされた.その結果,今までオンライン教育に関心の無かった人々が,否応なしにオンライン授業を体験することになりオンライン教育の価値が広く認知されるようになった.ITの活用については,もはやパンデミック以前の状態が通用しなくなりつつあり,時代は,教育のニューノーマル時代を迎えようとしている.

本特集では,ITがこれからの教育がどのように強化し変革することになるのか,また,ITによって,教育はどう変わるべきなのかを見通すための知見を広く共有し,教育におけるITのさらなる発展につなげることを目的として,有意義な実践事例を紹介している.

1.1 特集号編集委員会

本特集号は,次の編集委員会を組織し,編集した.

編集委員長:堀真寿美(大阪教育大学・NPO法人CCC-TIES)

副編集委員長:宮下健輔(京都女子大学)

編集委員:

上田浩(法政大学),喜多敏博(熊本大学),児島完二(名古屋学院大学),重田勝介(北海道大学),白井詩沙香(大阪大学),新村正明(信州大学),古川雅子(国立情報学研究所),望月雅光(創価大学),山川広人(公立千歳科学技術大学),坂下秀(アクタスソフトウェア)

2. 本特集の論文について

本特集では2編の招待論文と8編の投稿論文で構成する.

招待論文については会誌「情報処理」のデジタルプラクティスコーナー,もしくはデジタルプラクティスのWEBサイト(https://www.ipsj.or.jp/dp/)の掲載論文一覧を参照されたい.

冬木正彦氏の招待論文「加速された情報技術革新と大学の対応―組織と個人の対応,深い理解につながる教育実施方法―」では,実践事例として,畿央大学を対象とした,学習支援情報環境整備の経緯,入学志願者の獲得,専門教育の実施,学生の資格や就職などの進路支援実績をまとめる.つぎに,それらの担当組織が急激な情報技術と社会環境の変化に対し,どのような対応を行ったか記述する.結果として生じた変化は,学生や教員のアンケート調査結果などを参考に分析している.そこでは,「層」として学生を入学年度ごとに捉える視点も持ち,年度別の学生の情報環境により形成されている「世界観」や「知識観」のイメージと,教員の世代がもつイメージとのギャップについても考察を試みている.最後に,以上の分析と考察から,我々が直面している「分断された」社会での大学の教育について示唆を得るものとなっている.

山田恒夫氏の招待論文「教育デジタルトランスフォーメーション(DX)とデジタルエコシステム:国際技術標準,相互運用性,教育IoT」では,教育データ連携に焦点をあてて,「個別最適化された学び」(「学習のパーソナル化」)を実現するための要件と課題,教育と人材開発における実践について展望している.教育情報システムのありようは,eラーニング技術標準のとりあえずのラインナップによって,様々なステークホルダ(学習者,教員,教育機関,出版社など)が自らの目標や文脈に応じて最適な構成を考えてカスタマイズできる段階にさしかかりつつある.その実現には,構成要素(コンテンツ,データ,ツールなど)の多様性と開発の持続可能性から,コミュニティの優れた成果を共有し再利用するデジタルエコシステムが大きな役割を果たす.そして,データ連携と国際技術標準のさらなる進化によって,高度の相互運用性が実現し,一人一人の学びの環境と過程は,エンドユーザとしての学習者が教育機関,将来的には代理としてのAIチュータの助けを借りてノーコードで組み合わせるものになる.

石川千温氏らによる投稿論文「機械学習を用いた退学予測に基づくエンロールメントマネジメントシステムの構築」では,IR担当である筆者が,退学に至る学生を早期発見し,適切な指導を行うことを目的に,履修状況,GPA,入試に関わるデータ,課外活動データといった学生情報を機械学習で分析し,退学予測を行うエンロールメントマネジメントシステムを開発した事例である.現在,高等教育機関においては,学生の退学率を下げることは大きな課題となっており,これまでの「カンや経験」だけに頼るのではなく,機械学習を用いた本研究は多くの機関が参考となる実践事例といえるだろう.

廣瀬 伸行氏らによる投稿論文「自己調整学習における自動足場はずしのための計画と振り返りの自動評価手法の開発」では,学習者が記述した振り返りと計画を,GTP-3を用いて自動評価し,足場はずしのレベルを自動設定する手法について論じている.自己調整学習を支援するためには,学習者自身が学習状況を把握しやすくするために,振り返りや計画を支援する機能が重要となる.学習者数が多い場合に個別の状況に対応するには,足場かけや足場はずしを自動設定できることが望ましい.さらに,アドバイスも自動化できると教員の負担を減らすことができる.そこで,学習者の振り返りと計画の記述を自動評価し,足場かけのレベルを自動設定する手法を開発した.具体的には,OpenAIの大規模言語モデルGPT-3を再学習するために,実際の授業から得られた学習者の振り返りと計画の記述,および教員が手動評価したデータを用いた.提案手法を用いて,実際の授業における学習者の振り返りと計画を自動評価しその性能を検証した.

木室 義彦氏らによる投稿論文「晴眼盲弱を区別しない利用性を備えた10キープログラミング教材の開発と実践」では,視覚障がい児と晴眼児とがともに学べる環境を目的に,プログラムの振る舞いを実体化するロボットプログラミングに着目し,テンキーを移動ロボットに搭載したロボットプログラミング教材を開発し,視覚障害のある小学生に対して実験授業を行っている.晴眼初学者向けのプログラミング教材,あるいは視覚障害者向けのプログラミング教材はそれぞれ多くの提案があるが,そう言った多様な学習者がともに学ぶ環境を実践的にも論じている.

國近 秀信氏らによる投稿論文「対戦型ゲームを利用したソフトウェア開発演習を通したプログラミングの動機づけの変化」では,対戦型ゲームを利用し,実践的な経験を積みつつ,プログラミングに対する動機づけを高めることができるプログラミング学習環境を実現した.評価として,プログラミングの講義を受講しているプログラミング初学者に本システムを使用させたところ,ソフトウェア開発のサイクルを繰り返すことにより,プログラミングについての動機づけとして,効力期待について有意な向上がみられた.本稿では,プログラミングの初学者の動機づけを高めるために対戦型ゲームの形式で,ソフトウェア開発のプロセスを経験できるようにしており,プログラミングの初学者の動機づけを高めるために対戦型ゲームの形式で,ソフトウェア開発のプロセスを経験できるようにしている.

山口 隼平氏らによる投稿論文「Multi-Speaker Identification with IoT Badges for Collaborative Learning Analysis」では,IoTを取り入れた実践報告で,ビジネスカード型のマイクセンサーを用いた発話区間検出・複数話者発話特定の問題を解決したアルゴリズムを提案している.グループワークなどの協調学習の効果を研究するための解析で重要となるtranscriptionを自動化するという目的に向けて,複数の話者の発話タイミングを特定する手法が示されている.本稿では,グループワークなどの協調学習の効果を研究するための解析で重要となるtranscriptionを自動化するという目的に向けて,複数の話者の発話タイミングを特定する手法が示されており,発話者はバッジ型のIoTデバイスを装着しており,100 Hzという低いサンプリングレートで取得した音圧情報のみを用いて複数の話者が同時に発話している場合も含めて話者を特定している.

大平 倫宏氏による投稿論文「英語シャドーイング学習用VRシステムの開発と被験者による主観評価」では,VR(仮想現実)機器を用いて英語映画シャドーイングシステムを開発し,被験者実験を行っている.被験者の中には,VRの効果でより集中して学習可能であったと評価する者も存在したが,一方で,VR機器の重さや圧迫感を懸念する者も存在した.現時点では,全体の傾向としては,長時間の利用により効率が落ちることが判明した.しかし,個人によっては,疲労の回復傾向がみられるなど,長時間の利用を問題としない者も存在した.

松田 裕貴氏らによる投稿論文「にしょロボくん:地域の魅力発信アプリの共創を題材とするGIGAスクール端末を用いた全校縦割り活動の実践」では,小学校の総合的な学習(探求)の時間の一環として,GIGAスクール端末を活用することで新たな学びの機会を創出することを目的に掲げ,地域の魅力発信アプリを共創することを題材に,児童・小学校教諭・自治体・地域ボランティア・地域団体・大学から構成されるチームで取り組むプロジェクト型のための活動教材「にしょロボくん」を開発した.本稿では,生駒市立生駒南第二小学校における2021年度の全校縦割り活動に開発した教材を導入し,全児童186名を対象に1年間にわたって実践した結果を報告する.実践を通して,児童の高い自己評価が得られたこと,観察を通じて児童の自発的な行動が確認されたことから,開発した教材が一定の教育効果を有することが示された.

森 祥寛氏らによる投稿論文「シェルスクリプトを中心とすることで高い普遍性を持たせた情報技術教育プログラムの設計と実装」では,現代社会において,情報技術教育は,コンピューターリテラシーから始まり,データサイエンス,機械学習など様々な講義として実施されている.しかし多くの教育機関でほとんど行われていないのが,コンピュータ上でのシェルやコマンドの使い方やシェルスクリプトなどの活用方法である.本稿では,この教育プログラムの設計について論じ,その実装である講義について報告している.

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