コロナウイルス感染拡大防止のため,世界規模で情報技術の革新が加速され,社会生活の日常環境も変化を余儀なくされた.大学は,日本においては主として20歳前後の学生を対象として,教育と研究,社会貢献,社会への人材送り出しの役割を担っている.情報技術と社会環境の急激な変化の中で,大学が組織レベルから個人レベルでどのような対応を行い変化しているか,この論文では具体的な事例を記述する.
具体的な事例としては畿央大学を対象とする.畿央大学では,学習支援情報環境が整備され,学生全員が最新ノートPCを所持し,教務システムとコース管理システムがクラウド環境で活用され,教育学習基盤センターが学生・教員への多様なサポートも行っている.教育は学生目線で推進され,資格試験や就職率も高い実績を維持している.教育の専門分野は医療,栄養,デザイン,現代教育に限られていて,大学での「学び」のデータが得やすいなどの特徴を有している.大学の規模は学生数が二千数百名と小規模であるので,大規模大学を対象にする場合に比べ,より明確に変化に関する知見を得られることが期待できる.
最初の章では,2020年度前期以降の教育情報環境の激変の中での畿央大学の組織的・個人的対応の内容と,そこに現れた教員と学生の教育への取り組み方の変化を記述する.それらの対応内容と変化を導いた要因として,全教員が使用しているLMS(Learning Management System)の特長があると考えられるので,この授業支援型LMSの特長について最初に記述する.
次に,畿央大学の対応を,2020年度前期に行った緊急対応と,それ以降2022年度前期末までの継続的な対応に分け,大学として検討実施したこと,それによる教育環境の変化と教育活動内容の変化について述べる.
続いて,コロナウイルス感染防止のため大学全体の授業方式が,当初の全科目遠隔授業実施から対面授業と非対面授業との組合せに移行していることにより,学生の学習に関する評価にどのような変化が生じたかを,学生アンケートと授業評価アンケートの自由記述文から把握する.
それらの自由記述文には,学ぶ側の能動的な学びへの期待やモチベーションが含まれていることが分かり,教える側がLMSを使った教育法をさらに工夫すれば,学ぶ側が能動的に自立的に学び,学びを深めることに繋がるメンタルモデル☆1を形成できるのではないかと考える.
教育学習環境が急激に変化した期間中に実施された授業科目の中で,授業支援型LMSの基本的な使い方をパターン化し繰り返す教育実施の事例が,教員・学生の教育と学習活動を活性化し,高い授業評価を得ていることが分かった.次の章では,この授業実施事例のパターンから科目内容に依存しない枠組みを抽出し,その枠組みを用いることが,教えと学びの教育活動において,学ぶ側の自発的な学習意識を活性化させる可能性のあることを指摘する.
始めに,学習対象の知識と知識獲得過程を対象とする授業において,学習意識を活性化させるための教育法の要件を規定するため,使いやすいLMSが実現できるための授業支援型ユーザインタフェースの要件とその実現法について述べ,知識と知識獲得過程の学習インタフェースに求められる条件を示す.
続いて,授業実施事例から授業実施の枠組みを抽出し,「自発的学習意識活性化教育法」を提案する.さらに,枠組みが組み込まれた例を示す.最後に,新しい教育法の学習効果の評価方法を示し,提案教育法の適用科目に関する汎用性を述べるとともに,課題と課題解決の方向を示す.
日本の大学では,主として集合型対面授業が実施され,教育を支援する情報環境は整備されてきた.大学の規模や教育対象分野,学生の学力や進路については多様であるが,履修や成績などを管理するシステムや授業を支援するシステムが導入され,クラウドの利用も電子メールを始めデータ保存領域としての利用が進んでいる.
2020年2月末に新型コロナウイルス感染拡大防止対策として,文部科学省から教育や社会生活に関する通達が出され,緊急事態宣言が適用される地域が指定される中で,各大学において緊急対策が検討され,事態の進行に伴い各種の対策が講じられた.一方で,急速に進んでいた情報通信技術(ICT)は,さらに加速され,インターネット環境でのリアルタイムの双方向映像配信やオンデマンドでの動画映像配信が実施できる技術やアプリケーションが次々に提供され始めた.
本稿では,畿央大学を事例として取り上げる.畿央大学は,学習支援情報環境が2011年以降基本計画に基づいて順次整備され,学生全員が貸与された最新のノートPCを所持し,教務システムとLMSがクラウド環境で活用され,教育学習基盤センターが学生・教員への多様なサポートを行っている[1].教育は,学生の学力と志望を踏まえて推進され,資格試験や就職率も高い実績を維持している.教育の専門分野は,医療,栄養,デザイン,現代教育に限られていて,大学での学びのデータが得やすいなどの特徴を有している.大学の規模は学生数が二千数百名と小規模であるので,大規模大学を対象にする場合に比べ,より明確に変化に関する知見の得られることが期待できる.
さらに,畿央大学で利用されているLMSは,授業支援型LMS(OpenCEAS)である.このLMSは,教員利用者にとって使いやすい授業支援型ユーザインタフェースを持ち,日本の大学での教育活動にとって便利な機能を備えている特長を有する.
教育情報環境の激変の中での畿央大学の組織的・個人的対応の内容と,そこに表れた教員と学生の教育への取り組み方の変化は,全教員が使用しているLMSの特長により大きく影響を受けていると考えられるので,最初に使用しているLMSの特長について記述する.
日本の大学の教育環境ドメインは,欧米とは異なり,教員の授業科目に関する業務範囲が広く,かつ単独で遂行することが前提になっている.同一の科目を複数の履修者クラスに対して実施することもあり,教材の作成や提出物の採点や履修者へのフィードバックも,多くの場合サポートスタッフの支援はない.このような教育環境で利用するLMSには,この教育環境ドメインに特有の支援機能が求められる.
授業支援型LMSは次の特長を有する.
上記の特長を説明するため,まず教育環境ドメインを反映したシステム開発の分析モデルを示す.なお,2003年に設計・開発され,当初はCEASと呼ばれていたLMSの詳細は文献[3]に記載されている.
システム分析の段階において,授業と学習を統合的に支援する問題領域(ドメイン)に現れるオブジェクト(クラス)として「授業」を明示的に取り扱う分析モデル[3]が採用された.図1に示す分析モデルで表現しているオブジェクト間の主な関係は,「担任者」は「教材」を作成し,「教材」を「科目」に登録し,「教材」を「授業」に割付けるということである.
科目と授業を別のオブジェクトとして扱うことにより,担任者は1回の「授業」という単位で,「教材データ」や「授業データ」を扱うことが可能となった.
ここで「教材データ」とは,担任者が作成してシステムに登録する,授業資料,小テスト,レポート課題などを指し,「授業データ」とは,授業実施に関係して発生するデータで,学生の出欠表,小テストの結果,学生が提出するレポートなどを指す.
教員が学期中,授業の回数が進むに伴い作成する教材である授業資料は,任意の形式のファイルをアップロードできる.さらに,「CEAS教材」と称するアンケートやレポート課題の作成と管理の枠組みの機能は,ドメインモデルに合わせて提供されている.
科目としては,教務システムとの連携で決まる正規(カリキュラム)科目と,独自に設けることができる「独自設定科目」が設けられている.
分析モデルに従って構築されたLMSには,基本データ(ユーザ情報,科目情報,科目担任関係情報,科目履修情報)を設定することにより,実際の運用が可能となる.「担任者」と「学生」に加え,LMSの運用を担当する管理者の権限を持たせた「履修環境管理者」が,LMSには設けられている.
情報技術革新に伴い,ソフトウェア開発技術(実装言語やフレームワーク)も革新されるが,基本的なソフトウェアアーキテクチャは保持する.基本的なソフトウェアアーキテクチャとしては,Model-View-Controllerを採用している.授業支援型LMSとして第3世代になるOpenCEASは,Ruby on Railsのフレームワークを用いている.
ソフトウェアはMITライセンスを採用し,GitHub上にソースコード等が公開されている.
LMSの特長1)である,教員利用者にとって使いやすい授業支援型ユーザインタフェースとは,次の要件を充たすユーザインタフェースである[2].
利用者は,このユーザインタフェースの要件を充たす画面表示を介してLMSの諸機能を利用する.なお,授業支援型ユーザインタフェースについては,次の章で具体的に説明する.
以上に述べた特長を備えたLMSを全教員が使用していることが,次の節に記述する2020年度前期以降の教育情報環境の激変の中での畿央大学の組織的・個人的対応の内容と,そこに表れた教員と学生の教育への取り組み方の変化を導いた要因になっている.
文部科学省など行政からの要請に応え,新型コロナウイルス感染拡大防止を畿央大学の教育環境において推進するために,教育の実施方法をはじめ各種の教育関連行事,さらに施設・設備の追加・改修,さらにはワクチン接種への協力などの対策が,2020年3月初旬から開始された.
本節では,2020年度前期に行った緊急対応と,それ以降2022年度前期末までの継続的な対応に分け,大学として検討実施したこと,それによる教育環境の変化と教育活動内容の変化について述べる.
2020年度前期から全面的に遠隔授業を実施するにあたり,
が必要となった.1)~3)は内容と対応を報告書[4]に記載しているので概要を述べるにとどめる.
教職員や非常勤講師を対象として,4月3日,4日,5日に2時間程度のOpenCEAS講習会を開催した. OpenCEASで何ができるのか,最低限度必要な授業資料の提示,レポート課題の作成と提出後の管理,履修学生へのお知らせメールの送り方などを中心に具体的な説明を行った.なお,3回の講習会の内容は同じである.参加状況は,専任教員20名,非常勤講師9名であった.非常勤講師からは,動画や音声などを授業資料として使用する方法についての質問が多かった.
新入生については,4月2日に病欠の1名以外の新入生555名へ貸与パソコンの配布を完了し,自宅で充電とローカルアカウントの設定までを行わせた.続いて,4月6日以降の各学科別「情報オリエンテーション」にて,初期設定,メールとOpenCEASへのログイン方法などの説明を行った.その後,同じ時期に実施された履修登録指導等の学科別オリエンテーションにて,実際に貸与パソコンを操作してOpenCEASから授業資料をダウンロードする方法とレポート課題の提出方法,大学や授業担当教員からのお知らせメールの確認と返信方法を説明した.
2回生以上は,これまでに日常的にOpenCEASを使用しているため,特段の対応の必要性はなかった.このことは教職員にとってはかなりの負担軽減となった.
利用者(教員と学生)への操作方法の周知は,以上のように短期間に行うことができ,全科目遠隔授業の実施は授業開始予定日の4月10日から円滑に開始できた.
学生各自のインターネットアクセス環境(以下,ネット環境と呼ぶ)はさまざまである.有線LANを家族と共有している場合や,下宿先にネット環境がなくスマートフォンのみであるなど安定したネット環境の確保が必要な学生がいた.
これらの学生には,大手携帯キャリアのデータ通信容量に関する支援サービスを案内するとともに,貸与パソコンとスマートフォンのテザリング手順を案内した.
さらに,学園理事会により,全学生(2,282名)に一律3万円のネット環境整備奨学金の給付を実施することが決定されたことに伴い,給付のために,振込先銀行の口座情報の取得が必要になった.この取得を正確に行うために,OpenCEASを活用した.
具体的には,独自設定科目を20科目設け,学科・学年の組合せから20グループに区分した学生をそれぞれの独自設定科目の履修者として,履修環境管理者が登録した.「アンケート機能」を使用して,銀行名や口座番号などを回答させ,同時に「レポート機能」を使用して通帳を撮影した画像ファイルを同時に提出させた.両者を目視でチェックし,速やかに振込先の銀行口座情報を収集し,速やかにネット環境整備奨学金の給付を行うことができた.
実技・実験などを必要とする科目では,前期授業開始当初は例外なく非対面授業としたが,どうしても登学して対面授業を実施する必要があることが分かってきた.また,後期に向けて対面授業を段階的に増やすために,感染防止を徹底する対応策を講じて,学生自身に自己管理をする習慣を身につけさせることも必要であった.
そのため,大学として学生自身が毎日の検温データを報告して,記録として残すシステムを検討した.教育学習基盤センターでは,「ネット環境整備奨学金の給付」での経験から,学生が無理なく操作できるOpenCEASの活用を検討した.その結果,「アンケート機能」の使用方法を工夫することで,「連結評価一覧表」から効率よく学科別・学年別の学生の記録入力状況を確認する方法を実現した.なお,この実現にあたっても,ネット環境整備奨学金に利用した,20科目の独自設定科目を使用している.
全科目でLMSを使用することによる科目数の増加と,動画などファイルサイズの大きいマルチメディアファイルがLMSに提出されることが,「授業データ」急増の原因である.
次の3種類の対応を並行して進めた.
教育学習基盤センター運営委員会にて次のことを決定し,学内諸委員会で合意形成を図った.
既存のレポート管理機能に部分的な機能追加を行う設計と実装を行った.具体的には次の2点である.
教員がサイズの大きいレポート課題提出ファイルを,教員のローカル領域(PCまたはクラウド)への保存した後,OpenCEAS上の一括削除(正確には,アップロードファイルを物理削除し,サイズの小さいテキストファイルに置換する)することの周知を行った.
具体的には,サンプルの画面画像を操作順に示したPDFファイルを全教職員にメールで配布した.その内容は次のとおりである.
以上の3種類の対応,a)合意形成とb)機能追加およびc)教員への周知は,5月上旬に完了し,以後通常の運用として継続している.
前期終了時に教務委員会が学生・教職員全員を対象に,非対面授業に関するアンケートをMicrosoft Formsを使用して行った.
以下では,学生アンケート調査結果[4]から遠隔授業方法(選択設問)と受けたい遠隔授業(自由記述設問)の回答結果を抜粋し,考察を加える.なお,学生アンケートの対象は全学部学生2,189で,回答総数934,回収率42.7%である.
選択設問(複数回答可)の,「受講した遠隔授業の種類」の回答結果は,次のとおりである.
授業開始当初は,混乱を避けるためにほとんどの科目がOpenCEASによる課題付与からスタートし,教職員・学生が非対面授業に慣れてくるにしたがってオンデマンド映像教材の視聴やTeams,Zoomなどによる双方向型の授業が導入されるという経緯をたどっている.最終的には多様なスタイルの授業が実施されたことが分かる.
自由記述設問の,「「こういう形の遠隔授業を受けてみたい」という希望があれば教えてください」に対しては249件の回答があった.いくつかを原文のまま以下に抜粋する.
2020年度後期から2022年度前期までの期間は,新型コロナウイルスの伝染拡大状況の変化と学生の居住地域や通学路での感染状況も考慮して,授業実施形態を決める必要があった.授業実施形態は,対面授業をベースとして非対面授業を組み合わせた,学期ごとの基本方針を持った.
したがって,学期ごとの方針の変更と学期中に発生した事象による学科・学年単位でのきめ細かな対応が,教員に求められた.さらに医療現場や教育の現場での実習を伴う科目については,受け入れ先の方針や学生の感染などによる急な変更とその実習内容のフォローアップも加わった.
教育活動を支援する教育学習基盤センターでの教員と学生の支援については,次のような変化があった.
学生からのメールや電話による問合せ件数の合計を表1に示す.表には2020年度前期の件数も含めているが,学期ごとの合計件数は,2020年度後期からは100件程度,2021年度後期から50件程度である.問合せ内訳の約半分は貸与PCの故障や動作不良に関することであった. 2022年度用機種選定で,ノートPCが学生の重いリュックに詰められることによる不具合発生抑止も考慮したので,1回生に貸与した新しい機種での故障が激減した.1年後には問合せ件数はさらに減少することが予想される.
教員の問合せ件数の合計は,2020年度前期から2022年度前期まで,(136,25,17,22,18)と推移した.内訳では問合せの約半数はOpenCEASの活用に関することであるが,件数は10件程度である.
対面と遠隔が混在する授業実施に必要な機器について,可搬式の授業収録装置を開発した.この装置を各講義室の機器操作卓のパネルに接続することで,スクリーンに投影される映像とともに教員のマイクの音声も同時に収録できる.この収録映像をOpenCEASに授業資料として登録することで,対面以外の受講者(遠隔や欠席者など)にも迅速に対応が可能となった.さらに,同時配信機能で学内の複数の講義室に同時配信することができるため,安全な距離を保った状態で対面授業を実施することにも利用できることになった.
開発した3台の授業収録装置は,初期には教員の希望によりセンター職員が講義室に持ち込んで接続していたが,2021年度からは異なる棟にある大講義室に設置している.教養科目等の履修登録者が大人数の5科目には,オンデマンド配信に利用されている.ほかの装置や収録方法も含めた収録や配信の支援実績の合計件数は,学期あたり約80件である.
教員からの問合せについては,遠隔授業の授業資料を作成してLMSに設定することに関するものが多い.
特によく使われるMicrosoft Teams,Zoom,Microsoft Streamなどについては,大学Webサイトの「ICT活用の手引き」に以下のような手引きを掲載し,随時更新している.
コロナウイルス感染拡大防止が引き金となった情報環境と生活様式の激変の中で,大学が組織的に対応できること,すなわち大学全体,学部・学科や委員会などできることと,学生が授業や生活環境のなかで対応できることが,集団(たとえば学科のある年次)としての学生と一人ひとりの学生として見たときの学習効果にどのような変化をもたらしたかを論じることは,多くの要因が相互に関係しているので,明らかにすることは難しい.
ここでは,学生の学習に関する評価がどのように変化したかを,学生アンケートと授業評価アンケートの自由記述から把握する.
2020年度前期末に実施したのと同じアンケート調査を2020年度後期と2021年前期,全開講科目に関する授業評価アンケート2021年後期と2022年度前期に実施した.これらのアンケートからは,授業実施に関する満足度については大きな変化は見られず,授業方法や使用するツールの利用については,問題なく追随していると考えられる.さらに,受けてみたいと考える授業法は,「授業回によって対面回と遠隔回が混在する授業」であり,遠隔授業については「対面授業のような非対面授業」であり,このような傾向は,毎回の授業実施方法を教員が工夫することにより,持続している.
自由記述アンケート結果は,よりよい教育の在り方を学生が志向していることから,教員主導の教育であるという制約はあるものの,技術革新と社会環境の激変に,学生の学びは追随できているといえる.一方,教員の教授活動については,教員による授業方法の工夫が技術革新の中で継続して行われていることが,教育学習基盤センターへの相談内容の変化から分かるので,教員個人によって対応の幅があるものの,こちらも変化に追随しているといえる.
畿央大学の事例の特徴には,授業支援型LMSを教育支援システムとして使用していることがあり,全教員が使用しているLMSの使いやすさは,全科目利用の中で操作に関する教員や学生からの問合せがほとんどないことで確認できたと考えてよい.このことから,教員と学生はシステムの操作に煩わせられることなく,教えること・学ぶことに直ちに取り組むことができ,このことにより学習に関する状況が見えやすくなっていると考えられる.
教える側の教員については,授業支援型ユーザインタフェース(サイクル形成支援と画面教示)を実装しているLMSの使いやすさと一覧性が,効率的にLMSの操作を行えるためのメンタルモデルを持つことを容易にしていると考える.
一方,自由記述アンケート結果には,学ぶ側の能動的な学びへの期待やモチベーションが含まれているので,教える側がLMSを使った教育法をさらに工夫すれば,学ぶ側が能動的に自立的に学び,学びを深めることに繋がるメンタルモデルを形成できるのではないかと考える.次の章では,そのような可能性のある教育法について記述する.
教育学習環境が急激に変化した期間中に実施された授業科目の中で,授業支援型LMSの基本的な使い方をパターン化し繰り返す教育実施の事例が,教える側と学ぶ側の活動を活性化し,高い授業評価を得ていることが分かった.ここでは,この授業実施事例のパターンから科目内容に依存しない枠組みを抽出し,その枠組みを用いることが,教えと学びの教育活動にとって重要な自発的学習意識を活性化させる可能性のあることを指摘する.
始めに,日本の大学の教育環境ドメインにおいてLMSが使いやすくあるための授業支援型ユーザインタフェースの要件とその実現法について述べ,それとの対比することにより,知識と知識獲得学習が行いやすいインタフェース(以後,学習インタフェースと呼ぶ)の要件を示す.
続いて,授業実施事例から授業実施の枠組みを抽出し,「自発的学習意識活性化教育法」を提案する.さらに,枠組みが組み込まれた授業内容に依存しない例を示す.最後に,新しい教育法の学習効果に関する評価法を示し,提案法の適用科目に関する汎用性を指摘する.
前章の考察で,教える側がLMSを使った教育法をさらに工夫すれば,学ぶ側が能動的に自立的に学び,学びを深めることに繋がるメンタルモデルを形成できる可能性を示唆した.
教育活動支援に必要なLMS機能を,教員が使いやすく利用するために,ユーザインタフェースとして必要な要件を,授業支援型ユーザインタフェースの要件としてまとめている.
一方,学習対象の知識と知識獲得過程を対象とする授業の実施方法は,知識と学生・教員をつなぐ抽象的な意味でのインタフェースと考えられる.学生の自発的な学習意識の活性化につながるインタフェース(以下では,学習インタフェースと呼ぶ)の要件を検討するために,まず授業支援型ユーザインタフェースの要件を示し,メンタルモデル形成を促進することに共通することへの示唆を得る.
授業支援型ユーザインタフェースの要件は,
である.
要件Aについてまず説明する.教員の授業実施に関する活動フローにおける「諸活動」とは,図2の水色の部分に示した活動であり,左側は,学期ごとにサイクルで繰り返すフローの中での,学期前・学期中・学期末の諸活動であり,右側は授業回ごとのサイクルで繰り返すフローの中での,授業前・授業中・授業後の諸活動を示す.
一方,「操作の集まり」とは,アンケートやレポートに関する機能に必要な作成や管理の操作を,機能横断的にまとめた集まりである.
諸活動の集まりと操作の集まりを組み合わせる実装指針として,図3の橙色で示した「活動別操作カテゴリ表現のブロック」を,画面表示に設け,これにより「分かりやすく提供する」という要件Aを充たしている.
図4は,「活動別操作カテゴリ表現」の実装イメージの例をOpenCEASの担任者TOPページの場合について示している.左側には,準備と評価の活動で分類した操作分類メニューが配置され,画面中央から下部の区画には,授業実施で利用する各種教材が授業回数ごとに配置された「授業実施画面」へ遷移するための担任科目一覧表(と選択ボタン)が配置されている.なお,都度対応が必要となるツールの選択メニューグループは左下の破線で囲まれた区画に,それに関する情報表示は中央上部の破線で囲まれた区画に配置されている.
要件Bを満たす一覧的な情報の提示の表現については,準備・実施・評価の活動で操作する機能に応じた一覧表示・連結表示の表現を用意する.前出の図3の中で,破線の矢印の指す表現が要件Bを充たすための表現である.「」で囲んだ表現は,CEASの特徴を与えている授業回数のくくりで教材などを配置する表現であり,固有名称を与えている.
「授業回数順教材配置一覧表現」は,授業回数順にそれぞれの授業回数で利用する教材(授業資料など)が配置されている表現であり,「授業回数ごと教材割付表現」は,授業回数ごとに,その授業で利用する教材(授業資料,アンケート,レポートなど)をまとめた表現である.後者の表現の具体例として,次の章で事例として使用する情報処理演習Ⅰの第10回の授業実施画面を図5に示す.
図5の中央には,授業概要,教材,アンケート,レポートのブロックが配置されているが,教材のブロックは次の節の図6で,全体を示すので,アンケートとレポートのブロックを重ねて表示している.左側の「授業回数選択」ブロックには,各授業回に割付けられている教材がアイコンで示され授業全体の教材配置状況一覧イメージを与えている.
さらに「連結評価一覧表現」は,特定の科目について,出欠データ,小テスト結果などを授業回数括りでまとめ,授業回数順に右方向に連結し,その科目の履修学生について下方向に一覧できる表現である.
授業支援型LMSが使いやすくなるメンタルモデルの形成を促進している要因は,機能操作のグループと活動フローの両方が把握できること,授業回ごとに教材がまとめて表示され,学習状況が連結され一覧把握できることであると考えられる.
多機能なLMSが使いやすくなるメンタルモデル形成を促進する上述の要因を,対象が大学の授業で扱う知識とその知識獲得過程の場合に適用することを検討する.
「機能操作のグループ」を授業で扱う「学習対象知識」,「活動フロー」を「学習順序」に対比させてみると,
が要件として考えられる.この要件を,大学の授業実施を想定して具体化すると,
これらに加え,次のことも授業実施においては重要な条件となる.
さらに,授業にとどまらない学びの原動力である次の条件は重要である.
以上のような条件を,学習インタフェースとしての教育法が充たしているならば,教育を実施する過程において,学生は学習に関するメンタルモデルを形成でき,自発的な学習意識を活性化させることにつながると考えられる.
授業支援型LMSの基本的な使い方をパターン化し繰り返す教育実施の事例が,教員・学生の教育と学習活動を活性化し,高い授業評価を得ていることが分かった.ここでは,この授業実施事例から抽出した科目内容に依存しない枠組み(パターン)を示し,このパターンを組込んだ教育法を,「自発的学習意識活性化教育法」として提案する.
次の2種類のパターンが実施事例には組み込まれている.
このパターンでは,LMSにおける授業実施画面の表示や操作フローによって,その回の授業が学習活動全体の中でどのような位置付けなのかが明示されている.学生はLMSによって学習対象(教材)全体を把握することができ,毎回の授業で扱う内容の位置付けを確認できるようになっている.その際,各回の授業で扱う範囲の教材の構造(カテゴリの配列順序など)が毎回似通っており,またそのためLMSの授業実施画面の構成も毎回同様のものになっている.
教員は,「前回アンケート課題_解答例」に学生の理解レベルを考慮して平易な解説を書き,前回授業の質疑応答と感想」に,履修者全員の,質問と教員の回答および学生の感想,を1つのファイルにまとめ,次回授業日までに履修者全員と情報共有する.
学生は,次回授業日までに,履修者全員の疑問と教員の回答を共有する.このためには,各自が疑問を持つことが必要であり,教員は適切なヒントや解答を授業前にはファイルに記載し,さらに,授業中には出席者全員に周知する.教員は,漏れなくすべての質問に回答することが重要である.
教員には,教材(学習素材)と学生の資質に関する十分な理解が求められ,学生の疑問に応じて教材の説明のレベルを調整することや,授業中課題およびアンケート課題のレベルも調整することが重要である.
教員は,LMSの機能を利用して,学習内容が俯瞰できる図表や,学期中の学習のフローの中で毎回の位置が分かるような表を用意しておき,学生が常時把握できているようにしておく.
上記の2種類のパターンを組み込んだ授業実施方法と,実施の過程で学ぶ側と教える側がともに理解を深め,「学び合う」教育活動を含む,新しい教育法を「自発的学習意識活性化教育法」と呼ぶ.この教育法が自発的な学習意識を活性化させる要因として,学習に関するメンタルモデルの形成促進があると考える.
次の(1)~(4)に分類した詳細項目により,上述のLMS機能と教授法の2つのパターンをどのように授業科目の実施に組み込むかを示す.
タイトル,概要,教材,アンケート,レポートのブロックが授業回の授業実施画面に表示される.前出の図5「授業回数ごと教材割付表現」の具体的な表示画面の例として,情報処理演習の第10回の授業実施画面を示したが,その図で一部隠れている教材ブロックの詳細を図6に示す.
授業実施日を起点として繰り返される授業サイクルの中で,学習の全体像を把握することや授業時間中の学習活動,さらに復習と課題などの提出などの学習活動は,以下の(2),(3)で具体的に記載する.それに先立ち,学生が直接関与する授業と学習の時間的関係を図7に示す.
第(N)授業回の授業実施日を起点としたときの,学生の学習活動は次のとおりである.
第(N)授業日の授業は,授業開始時に配布され,同時にOpenCEASの授業実施画面の教材ブロックから参照できる第N回授業計画に沿って,実施される.
授業中の教員の説明を聞く際には,授業実施画面の教材ブロックの下方に配置されるアンケートおよびレポートブロックを参照することになるが,それらは,操作フローに合致しているので,すぐに説明内容を参照できる.
授業日以降次の授業日までの期間には,授業中に表示した授業実施画面から,前週のアンケート課題の解答例の説明を読み,さらにほかの履修者の質問や教員の回答,さらに感想などを読み,今回のアンケート課題とレポート課題に取り組む.アンケート課題の解答には,質問や感想が記入できるので,あれば記入して登録する.
授業実施画面 第1回目の教材 第1回の授業計画 の前に「科目のイントロダクション」をおき,学習の全体像の把握の促進を図る.
教員は明確に意識してその回の授業を実施しているが,学ぶ側の学生にも明示することで学習のイメージ(メンタルモデル)を刺激する.
授業時間内(対面式の授業回90分)に行っていることと時間配分を,表2に示す.なるべく授業時間内に授業中課題まで終わるように配慮する.
以上の(1)~(4)で,2つのパターンが組み入れられた「自発的学習意識活性化教育法」の具体例を示した.
「自発的学習意識活性化教育法」を実施した場合の,教育効果の評価は,学生の理解の深まりで評価する.
アンケート課題の学生の自由記述内容を学期中の評価とし,学生による授業評価アンケートを学期末評価とし,それら2つの評価から推測される学生の理解の深まりの有無をもって,この教育法を実施する場合の教育効果の評価とする.具体的には,次の内容で評価する.
この章では,前節で提案した新しい教育法への期待と今後の課題について述べ,最後に本稿をまとめる.
新しい教育法を適用できる授業科目は,科目内容が複数のサブジェクトを含み,各サブジェクトには複数のトピックが含まれ,それらが授業回に跨って配置されるとした場合,サブジェクトやトピックの関連について論理性を想定する必要がないので,積み上げ的な体系性が求められる科目を除けば,多くの科目に適用できると考えられる.
教材(授業資料,CEAS教材)は担任者が授業回の進行に合わせて作成するが,授業資料は,動画利用は前提とせず,転載の許諾がある教材も活用すれば,多様な教材を容易に作成できる.さらに,アンケート設問やレポート課題は,ドメインモデルを反映した項目やデフォルト値が設定されているCEAS教材のフォームを利用できるので,設問や課題の作成に集中できる.
これらから,教材準備に関する技術的制約や作業負担は通常の授業と大きく変わらず,汎用性のある教育法であるといえる.
新しい教育法は,授業支援型LMSの特長をもたらしているパターンと,知識とその獲得過程の学習の教授法のパターンを組み合わせている.それにより,自発的学習意識の活性化が期待されるが,学生および教員の視点からさらなる支援が必要である.
個々の学生の学びを系統的に支援する視点では,学習者の個人記録としての教材データの管理や提出記録や提出物の管理の支援,授業中や学習中の疑問点の記録の蓄積など,個人の学びに関する支援が必要である.
前章の事例として取り上げた科目「情報処理演習Ⅰ」の第4回授業「パソコン内のファイルの管理」では,階層性を持たしたフォルダとその中へのファイルの保存を扱っている.授業では,学生が表示しているOpenCEASの授業実施画面に見えている「科目名」と「授業回」をイメージして,個人の貸与PCのローカルのドキュメントフォルダ内に,同様のフォルダを作成することを実習する(クラウド上の領域とも同期させる).
このフォルダ構造を,まずは4年間の在学期間中,履修する科目を追加し,ファイルを更新することを推奨している.卒業時に希望により貸与PCは譲渡されるので,生涯にわたり常に更新追加を行い,「成長」させることで,「成長する個人の『知』のアーカイブ」としての生涯にわたる個人の学びの支援を期待する.
学生の質問に対してすべて回答すること,学生の理解や疑問に合わせた例題を用いた解説ができることが学生の繋がり意識を持続させるのに必要である.すべて回答することについては,現在急速に適用分野が広がり急激に発展しているチャットボットなどのAI技術を用いたアプリの利用により,負担軽減の課題解決が期待できる.
しかしながら,学生の理解レベルや,個人の学習パスの中で学習時点で必要な知識理解の深さは,状況に依存するので,必ずしも深さを求めないことにも留意する.さらに,AIによる支援の「妥当性」は,担任者が学生の置かれている生活学習環境にも配慮し,AIに依存することがないようにすることが必要と考えられる.
コロナウイルス感染拡大防止のため,世界規模で情報技術の革新が加速され,社会生活の日常環境も変化を余儀なくされた.情報技術と社会環境の急激な変化の中で,大学がどのような対応ができたか,本論では教務システムと授業支援型LMS(OpenCEAS)がクラウド環境で活用され,学生全員が貸与された最新のノートPCを所持し,教育学習基盤センターが学生・教員への多様なサポートを行っている畿央大学を事例として検討した.
文部科学省など行政からの要請に応え,新型コロナウイルス感染拡大防止の諸対策を2020年3月初旬から開始し,全科目遠隔授業の実施は授業開始予定日から円滑に開始できた.その後も,学内および個人の情報学習環境の維持と機器やツールの利用要望に対応してきた.学生一人ひとりを漏れなく支援できたのは,貸与PCの全数管理を2014年から継続実施できてきていることが背景にある.
学生の大学での学習に関する自由記述アンケート結果において,よりよい教育の在り方を学生が志向していることから,教員主導の教育であるという制約はあるものの,技術革新と社会環境の激変に,学生の学びは追随できている.
教員の教育活動は,教育学習基盤センターへの相談内容の変化から,授業方法の工夫が技術革新の中で継続して行われていることが分かるので,教員個人や担当科目によって内容が異なるものの,こちらも変化に追随している.
教育環境が激変する中で,ICTを活用できた結果として学生一人ひとりの学びの状況がより明確に教員から把握でき,学生の自発的学習意識を導ける可能性のある新しい教育法を見出すことができた.
この新しい教育法は,学習に使用するLMSの使いやすさと,知識獲得の対象や過程の把握しやすさを組み込んだ方法であり,学習者の学びに関するイメージ,メンタルモデルの形成を促進することにより,主体的で深い学びを導くことが期待される.
1974年京都大学大学院理学研究科博士課程修了.理学博士.関西大学環境都市工学部教授を経て現在学校法人冬木学園理事長・畿央大学学長.日本経営工学会学会賞,工学教育賞,文部科学大臣表彰などを受ける.
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