情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[PBD]ビッグデータ解析のビジネス実務利活用研究グループ

 

1. 最近6年間の動向

ビッグデータ解析のビジネス実務利活用研究グループ(略称:ビッグデータ研究グループ)は,2018年度に,新設された研究グループで,本稿の執筆時点で,設立後1年を経過した新しい研究グループである.2013年6月に設立されたITフォーラム「ビッグデータ活用実務フォーラム」から,研究グループに移行した.

構成員は,主査1名,幹事3名,運営委員27名の合計,31名の委員会メンバからなる.イベントなどで不特定多数の出席者があり運営委員等以外は,会員登録などの形での会員の管理運用は行っていない.

本研究グループは,2019年2月5日に学術総合センター・一橋講堂で開催された「ソフトウエアジャパン2019」の運営協力を行い,午前に「ビッグデータ特別セッション」を企画した.2018年度はほかに,全国大会(福岡,2019年3月)でシンポジウム「生命科学関連領域におけるビッグデータとデータ分析の事例」を企画した.

表1に,「ビッグデータ活用実務フォーラム」として活動した2014年から2019年までに企画したソフトウエアジャパンでのビッグデータセッションの事前申込数と演題数を示す(は,パネルディスカッションを実施していることを示す).

表1 ソフトウエアジャパンでのセッションにおける事前申込数と発表演題数の推移

「ビッグデータ活用実務フォーラム」の活動時にはほかに,非定期に勉強会を開催したり(2013年度2回,2016年度7回,2017年度1回),オープンソースカンファレンス(2014年度1回)などでのイベントや,他の学会(計算機統計学会大会2016年度,京都)でのシンポジウムを企画開催したりしている.講演企画のテーマは,機械学習とその応用に関するものが多い.

2. 研究分野の変遷

2.1 応用分野

本研究会は,ビッグデータに関連する基礎的研究をビジネス現場での実践応用につなげていくところに興味がある.応用分野としては,医療,農業,製造業,産業用ロボットや自動車の自動運転,スマートシティ,経済・経営(フィンテック),言語学,心理学,アクチュアリー(保険,年金),オペレーションズリサーチ,ビジネスインテリジェンス,レコメンデーションやWebマイニングを含むマーケティングなど,文系理系を問わずデータを扱うあらゆる領域をカバーする.

2.2 技術基盤

技術基盤としては,統計学やその基礎となる線形代数,解析学などの数理統計の基礎に始まり,プログラミング,データベース,アルゴリズムなど情報学の基礎分野,数理モデリング,自然言語処置,機械学習,深層学習など最新のAIまでをカバーしている.

2.3 活動方針

活動方針としては,データサイエンティスト人材育成,エンジニアのキャリアパス形成支援,さらには,データに関するセキュリティや,個人情報保護,コンプライアンスまでをカバーする.

2.4 研究トピックの変遷

「ビッグデータ活用実務フォーラム」の活動当初の2013~2015年ごろは,Hadoopや,Sparkなどの分散ファイルシステムや並列分散処理などのビッグデータ処理に関するものが多かったが,2016年ごろから次第にAIやIoTに関する話題が増えてきている.

2.5 研究グループの特徴

研究グループの参加者は,大学のデータサイエンスに関するどちらかといえば応用分野に近い比較的若手の研究者や,データサイエンス関連ベンチャーの若手エンジニアが多くを占める.

与えられたビジネス課題に関して,統計科学と情報科学を融合したデータサイエンスを駆使して,どのような問題解決を見い出すかということが焦点である.

文系,理系などの分野にとらわれずあらゆる分野に共通する課題を扱う.アカデミア的探求にとらわれることなく,経済,経営的な収益性の観点からも技術評価を行う.これはビジネス基盤のないところに,アカデミアは成立しないという立場から常に意識するべき,と考える.また,セキュリティや,個人情報保護,コンプライアンスなど,倫理的かつ社会的要請や受容などをクリアできなければ,ビジネスとして成立しないので,必要な課題として位置付けている.

しかし,単なる「何でも屋」ではなく,基盤はあくまでも「技術」にあり,それをどう展開するかということが本研究グループの研究の焦点になる.

3. 今後の展望

学術機関(組織)や,政府機関(組織)における縄張り意識や縦割り意識が,学問や技術進歩の足かせになっていると考えている.戦う相手は,隣に座っている同僚や,他の部署や組織ではなく,全世界であると考えると,研究領域やビジネス領域の縄張りや縦割りはあまり意味をなさなくなる.

持てる技術で世界を相手に,どう切り込んでいくかということを考えると,専門分野や職域にとらわれていては戦えない.戦う相手や与えられた課題がこちらの専門や職域に合わせてくれることを期待することは難しいからである.機械学習でも,データベースでも,プログラミングでも,既存技術であれ,先端技術であれ,使えるものはなんでも使うという立場に立つ.これらの点から今見えている状況の延長ではあるが,今後の展望を以下に述べる.

3.1 文理融合

アカデミアや技術は,つねに経済基盤やビジネス基盤が必要という観点に立つと,文系,理系の違いはあまり意味をなさなくなる.データサイエンスは,データを扱い,その対象は文系理系の違いを問わない.たとえば,医療や製造業,自動運転だけでなく,心理学や経済学,経営学も重要な研究対象であり,データを扱うという観点からは共通の技術基盤がある.文理融合的な研究や技術の流れは今後進むと考えている.

3.2 縦割りや縄張りのメルトダウン

世界との競争という観点に立つと,自分の専門領域や,職域は意味をなさなくなる.戦う相手が,こちらのポリシーや事情に合わせてくれるわけではないからである.外国人を相手にコミュニケーションをとる場合は,ローカルな日本語ではなく,共通言語としての英語の使用は当然前提となるだろう.コミュニケーションができなければ相手にされないし,自分の専門領域や職域にこだわっていては,足元をすくわれビジネスチャンスを逃すことにもなり,競争に負けてしまう.現在の自分たちのテリトリーだけにとどまっていては世界で生き残っていけない.

3.3 研究グループのあり方

研究グループとしての展開としては,技術分野や研究分野にとらわれず,与えられた課題をどう解決するか,そして,その解決に必要な共通事項は何かという観点から切り込んでいくことになる.そして,本研究グループの与えられた課題は「ビッグデータ」であり,「そのビジネスでの利活用」である.

(石井一夫)

« PrevNext »

 

目次に戻る

All Rights Reserved, Copyright (C) Information Processing Society of Japan