情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[LIP]情報処理に関する法的問題研究グループ

 

1. 最近10年間の動向

本研究グループは2015年9月に発足し5年経っていないことから,発足の経緯から現在までの活動について述べる.

本研究グループ設立のきっかけは「情報処理/情報通信の現場では,法律上または契約上の問題が潜んでいるにもかかわらず,リスク要因への意識が低いことにより,気が付かないうちに落とし穴に陥ることが少なくない.」と自覚したことである.具体的には,情報処理,Vol.55, No.3の特集「弁護士から見た情報処理」特集,および第77回情報処理学会イベント企画「弁護士から見たICTの落とし穴」のパネル報告が分かりやすい.

パネリストと会場からの意見を総合すると,情報処理に関して法整備が追い付いていない状況において,弁護士側からも情報処理学会側からも早急な対応が必要と認識するに至った.この背景を受け,あらたに「情報処理に関する新たなルール作り」に関する研究グループを2015年9月に立ち上げた.

発足当初から,アジャイル開発の実情に則した新たなソフトウェア契約のモデル案を提案しようという方向で勉強会を重ねた.当グループでは研究会での発表などは行わず,勉強会で得られた知見を元に,全国大会のイベントセッションでその成果を報告するという形をとっている.表1は発足時からの活動状況の概略である(ここには発足時の登録数,各年度における勉強会の開催回数,全国大会イベントへの参加回数が含まれている).

表1 登録者数と発表件数

2. 研究分野の変遷

本グループは研究分野として,新たなソフトウェアモデル契約,大学における知的財産権,産学連携,クラウドとビッグデータ,ソーシャルネットワークにおける新たな法律,インターネット上の著作権,初等中等教育における情報処理に関する法的思考の育成などを分野として挙げている.最初にターゲットとしたのは新たなソフトウェアモデル契約であり,その契約案の策定について述べる.

2.1 新たなソフトウェア契約のモデル案

発足当時から新たなソフトウェア契約のモデル案を提案しようという方向で,外部からアジャイル開発に関するゲストスピーカを招く形の勉強会を行った.その結果,2018年度には,これまでのソフトウェア開発委託契約のモデルはウォーターフォール開発を想定したものであり,アジャイル型の多くの開発委託契約はそれらを踏襲していること,調査の結果,アジャイル開発の現状は,比較的小規模で互いの信頼関係のうえで成り立っていることも分かってきた.

これらの現状をふまえ,アジャイル開発を実施していくうえで最低限,ITシステム開発ベンダとITシステムの発注者が守らなければならない事項を盛り込んだ請負ベースの契約例を考案し,2018年1月発行の情報処理において「ソフトウェア開発委託契約で今何が問題か?~アジャイル型開発の事例に則した契約モデルの提言に向けて~」と題して報告記事を掲載し,その後,全国大会でイベントを行った.それが以下のイベントである.

2.2 情報処理学会第80回全国大会

日時:2018年3月13日(火)13:20~15:50

場所:第4イベント会場(早稲田大学56号館101)

タイトル:アジャイル開発の事例に則した契約の一例提案

会場からは非常に多くの意見が寄せられたので,まず2018年度はアンケートの結果を分析し,今後必要な事柄を検討していくこととなった.

提案した契約案は,スプリントごとの請負による個別契約とかかる個別契約をベースにした全体プロジェクトに関する緩やかな契約であったが,このドラフトを元に寄せられた意見を参考に,ユーザとベンダ双方がメリットを感じられる契約形態として準委任型をベースとした契約書の作成を試みる方向とした.

2.3 アジャイル開発の準委任型の契約書

アジャイル開発に関しては,2001年に公表された「アジャイルソフトウェア開発宣言」のもと,アジャイルという新たな考え方により目指す究極目的(実現すべき価値)や開発プロセスについては,すでに確立された共通認識が存在する.この共通認識をベースに,準委任契約として,当事者(発注者・受注者)双方が,開発にかかわるプレイヤ(プロダクトオーナ,ステークホルダ,開発チーム,スクラムチーム,スクラムマスタ)とともに,刻々と変化するビジネス・技術環境等に応じてどのような役割を担い,どのような善管注意義務や協力義務を果たすべきであるのか,という点について,現在実務家と法律化が議論を重ねてきた.また,2018年3月の全国大会でいただいた意見を受けて,ユーザとベンダ双方がメリットを感じられる契約形態として準委任型をベースとした契約書の作成を試みた.当事者(発注者・受注者)双方が,開発に関わるプレイヤー(プロダクトオーナー,ステークホルダー,開発チーム,スクラムチーム,スクラムマスター)とともに,刻々と変化するビジネス・技術環境等に応じてどのような役割を担い,どのような善管注意義務や協力義務を尽くべきであるのか,という点について,実務家と法律家がそれぞれの立場から作成に携わることで,キメの細かい視点からの契約書が作成できたと思う.

また,本グループのメンバーが数人,IPA/経産省のモデル取引・契約書見直し検討部会,DX対応モデル契約見直し検討WGの委員を引き受け,そのモデル契約が3/31に公開された.

82回全国大会にて「誰のための契約なのか?~アジャイル開発のソフトウェアモデル契約~」というイベントセッションを行う予定であったが,現地開催中止のため,イベントも中止となった.公開予定であったモデル契約については,2020年6月9日にLIPホームページiにて公開した.

本グループのメンバーがIPAとLIPの契約モデルの比較をしながら紹介しているビデオがあるのでそちらもぜひご覧頂きたいii

また第83回全国大会のイベントセッションエントリー中である.

3. 今後の展望

2020年6月に公開した「アジャイル開発のソフトウェアモデル契約」に関し,今後契約の運用や成果物の資産化,請負先への支払,著作権,偽装請負などの個別のテーマを取り上げながら実用に沿ったものにブラッシュアップしていく必要があると思っている.また,リモートワークをはじめとする働き方改革がもたらすアジャイルプラクティスの変化についてどのように対応していくかについても議論を重ねていくつもりである.

(高岡詠子)

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