情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[AAC]アクセシビリティ研究会

 

1. 4年間の歩み

アクセシビリティ研究会は,2015年に発足したアクセシビリティ研究グループが前身となり,その翌年より研究会として活動を開始した.2016年発足の研究会は本会のなかで最も若いが,たとえばACMではSIGACCESSが1971年よりアクセシビリティ研究を行っており,若い研究分野というわけではない.アクセシビリティ研究会では,障害当事者の支援技術開発,促進,当事者研究等を主たる取組みに据え,研究グループ設立時からの趣旨である,「情報処理技術を通じ,障害の有無にかかわらず等しく誰もが積極的に参画可能な社会を実現すること」を目標としている.

これらを実現するために本研究会では,障害者支援における情報処理技術開発だけでなく,障害当事者の教育・就労・生活環境向上を目指した研究の促進,当事者研究のための環境整備,積極的なコミュニティ形成に取り組んできた.4年というわずかな期間ではあるが徐々に本研究会の認知も広がりつつある.

表1に本研究会の登録数,発表数を年度ごとにまとめる.また,本研究会では独自に研究発表会ごとに当事者参加数や情報支援に関する実績をまとめており,それらを表2にまとめる.

表1 年度ごとの登録数と発表件数
表2 研究会ごとの参加人数および障害当事者の参加人数.括弧内の数字は発表者数を示す

表2に示すように,研究発表会には障害の当事者でありながら自らが研究発表する事例が一般化しており,このような当事者研究のなかから学生奨励賞や,企業賞(企業スポンサーからの表彰)が授与されている事例も少なくない.第1回から実施している優れた学生発表を表彰する学生奨励賞では,これまで16人(本研究会では登壇発表した学生が学生奨励賞対象となり,1つの発表に複数の学生が表彰される場合がある)に授与が行われており,そのうち9人が障害当事者である.

当事者が安心して学会に参加するために,当日の会場案内役であるガイドヘルプや,会場までの動線確認,発表会中の音声字幕や手話通訳等,当事者が発表に必要なさまざまな支援を研究会にて実施してきた.発表会運営時の分担として,情報保障やガイドヘルプ担当を設けるなどの研究会独自の工夫を重ねた.発表予定者は当日の1週間前までに発表スライドを研究会内で共有し,それらを字幕,および手話通訳資料として活用した.京都大学河原研究室の音声字幕システム,外部キャプショニングサービス,手話通訳派遣センター等と連携し,すべての研究発表において情報保障を継続的に実現してきた.このほか,磁気ループやスマートフォン上での字幕表示等,断続的にさまざまな支援を試している.本研究会参加者には,障害が理由で会場に来られない方も少なからずいるため,インターネット中継を利用し,発表の様子もインターネット配信している.中継映像に会場字幕通訳を入れることで視聴者に対して質の高い字幕配信も合わせて実施している.これらの情報保障おける資金面での負担は,本会から情報保障費支援を受けている.感謝の意をここに表したい.

2. 研究分野の変遷

先に述べたとおり,アクセシビリティ研究会は他の研究会と比較して,今年度で5年目の発足間もない研究会である.2015年8月に国立情報学研究所にて開催した第1回アクセシビリティ研究会では,福島智(東京大学)の基調講演の他,さまざまな障害理解を目的としたチュートリアルワークショップも併催した.視覚,聴覚,肢体不自由,高齢者支援,発達障害,認知症に関してそれぞれの支援技術のエキスパートに登壇いただいた.これまで研究グループ時代を含め,11回の研究会を開催している.図1にこれまでの発表を障害区分に分けたグラフを示す.

図1 これまでの発表を障害ごとに分け,各研究会におけるそれぞれの発表割合を示している

グループ発足当初は比較的それぞれの領域を広くカバーしてきた一方で,最近の研究発表会では徐々に身体障害に対する情報支援報告が発表件数全体のウェイトを占めつつある.今後は発達障害や精神障害等への取組みについても情報処理技術の面から積極的にアプローチしていく必要がある.そのほかの項目に関しては,間接的な支援技術やメタ的研究,特定の支援区分に割り当てられないものが含まれている.一般的な研究会のように技術トピックやトレンドによって研究内容が大きく変化する,というよりは,支援対象となる障害に合わせてその都度適切な情報支援,手法を開発するため,障害支援問題解決オリエンテッドな研究が多い.

3. 今後の展望

アクセシビリティ研究会として,限られた期間ではあるが,これまでの軌跡をたどった.障害当事者が積極的に参加・発表することで,本会の中で情報支援に関する認知向上やそれらノウハウの蓄積を継続してきた.

近年では当該支援分野において,いくつかの変化の兆しが見られる.1つ目は東京オリンピック・パラリンピックの機運が熱したことによる,当事者参画への後押しがある.健常者と障害者がルールの垣根なく取り組めるスポーツ共創プロジェクト等,前向きな取組みが注目を浴びている.2つ目は,さまざまな技術進歩とそれにともなう環境向上により,研究と実践がよりシームレスに直結した報告,プロジェクトの成功事例が報告され始めている点である.特に後者では平賀瑠美(筑波技術大学,アクセシビリティ研究会初代主査)を中心とした聴覚障害支援システムがクラウドファンディングにて資金調達を成功させている.このほか,GAFAのような主要IT企業がアクセシビリティを強く企業戦略として取り入れているだけでなく,情報処理分野で培われた技術がアクセシビリティにおいて大きく活用・応用されつつある.

本研究会において,情報技術とアクセシビリティの研究,実践発表,実験の場として,そして研究者と障害当事者が出会い,つながる場として研究会運営を行い,だれもが積極的に参加できる社会実現を目指す.

(馬場哲晃)

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