情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[CLE]教育学習支援情報システム研究会

 

1. 最近10年間の動向

教育学習支援情報システム(CLE,Collabora- tion and Learning Environment)研究会は,学習管理システム(LMS)・コース管理システム(CMS)やeポートフォリオシステム,教務システムなど,高等教育機関における教育・学習にかかわる基盤・応用技術に関する研究発表および実践発表を通じて,教育学習を支援する情報技術の発展に貢献することを目指している.本研究会が教育学習支援情報システム研究グループ(CMS)として設立された当初は,高等教育機関における教育・学習のための基盤ソフトウェアであるコース管理システムに関する研究に重きが置かれたが,次第に情報技術を活用した教育の高度化にかかわる幅広い研究実践が取り扱われるようになってきた.

CLE研究会の登録人数および研究会発表件数を下表に示す.本研究会では年3回の研究会を開催し,日本教育工学会,教育システム情報学会,学習分析学会等,他学会との共催企画も継続的に実施している.また,コンピュータと教育(CE)研究会と合同で情報教育シンポジウム(SSS)を毎年開催している.

表1 CLE研究会の登録数および発表件数の推移

2. 研究分野の変遷

CLE研究会で取り扱われる研究分野・研究トピックの一例を以下に示す.いずれも教育における情報化の進展やオープン化,エビデンスに基づくデータドリブンの教育改善を含む教育の高度化など,情報技術の進展や高等教育を取り巻く状況の変化を受けた変遷を遂げている.

2.1 LMS

学習管理システム(Learning Management System,LMS)は,主に高等教育機関で教育・学習を支援する基盤となる情報システムである.本研究会では,反転授業等でのLMSの活用事例やLMS上の学習ログの分析に関する研究などが多数発表されてきた.近年は,LTI(Learning Tools Interoperability)やxAPI(Experience API)などの標準規格を用いてLMSと他のツールを統合し,学習データ解析や適応学習などを行う次世代電子学習環境NGDLE(Next Generation Digital Learning Environment)が提案されており,CLE研究会に参加する研究者や実務担当者への期待は大きいといえる.

2.2 ラーニングアナリティクス

近年,教育の情報化によって,LMSやeポートフォリオ,MOOCs(Massive Open Online Courses)などの大量の教育・学習活動のデータが蓄積されるようになった.そこで,それらを分析することによって,教育・学習を支援するラーニングアナリティクス(以下LA)の研究がさかんに行われている.たとえば,本研究会では,LMSやeポートフォリオの利用履歴の分析・可視化,学習履歴を用いた教材の推薦,LAのための情報基盤システムの開発,LAのためのデータ利活用ポリシーの策定など,幅広い視点から数多くの研究発表が行われている.

教育データはもちろん,教育を受けた学習者個人のものであるが,教育を提供した教員や学校のものでもある.また,国全体で教育を良くするためには,そのデータを国全体で共有することを考える必要もあろう.さらに,オープンデータやオープンサイエンスの方向性とも関連し,匿名化などの適切なデータ処理を通じて,研究者や市民にデータを公開して,新しい発見やイノベーションを創造することを目指すべきであろう.

2.3 オープンサイエンス

論文のオープン化やデータのオープン化,そしてこれらを包含するオープンサイエンスは,個々の研究の真正性を強化すると同時に,研究成果の生産サイクルを効率化し,もって科学の発展に寄与するものである.その牽引役としての高等教育機関の研究者は特に,研究と教育の両輪を有しており,人材育成や教育情報に鑑みた研究のマネジメント環境自体も本研究会での対象領域となる.本研究会では,こうした背景から,オープンサイエンスを促進する教育研究環境設計や実装に関する研究成果の共有や議論も行われている.その貢献は,他分野への展開にもつながる潜在性を持ち,本研究会はそのためのフォーラムを今後も提供できるものと考えている.

2.4 オープンソース活用

本研究会発足当初よりLMSは主要な関心事であり,Moodle,Sakai等のオープンソースソフトウェア(OSS)を用いた研究開発事例が報告されてきた.多数の報告が示すように,ベンダロックインされにくいこと,他システムとの連携がしやすいこと,教育・研究上の必要に応じたカスタマイズがしやすいこと,コミュニティによる継続的な開発が可能であることが教育学習基盤におけるOSS活用の利点といえる.また,OSSをデジタル学習環境に統合することは組織的な意思決定を含む長期的なプロセスである.LMS導入における主要な課題は学務システム連携・認証連携であったが,さらにNGDLEに向けて学習データ形式の標準化や生涯IDの付与など「情報の基盤整備」にOSSを活用する動きが活発である.

2.5 オープンエデュケーション

オープンエデュケーションとは,学校や大学など教育制度に囚われずインターネットを活用し広く学習機会を提供する活動のことを指す.近年ではMOOCsやオープン教材(OER)の普及にともない,高等教育を超えた生涯にわたる学習機会を支えるオープンな教育環境を情報技術が支える状況が生まれつつある.オープンな教育の場における学習成果を高める工夫や,学習履歴データの適切な活用・管理などに関する研究の進展が期待される.

3. 今後の展望

本研究会では,LMSや教育データの分析など,学習支援システムの開発・評価に関するさまざまな研究発表が行われている.今後は,それらの研究成果がエビデンスとして,教育現場や研究に関係する人々の間でデータ共有されることを期待する.教育現場で働く教員と研究者が,問題点や解決策,その効果などのデータをうまく共有することによって,研究の方法が大きく変わる可能性がある.

たとえば,データを元に,教育現場で多く起きている問題点を発見・分析し,それに対して,研究者らが教員と共同で解決策を考え,現場にフィードバックし,その結果をふまえてさらに研究をするという,サイクルがうまく動けば,研究者の研究成果が論文発表だけにとどまらず,教育現場で即時に反映されていき,教育の改善につながることができると考えている.そして,その教育改善のエビデンスが多く集まれば,その地域または国全体の政策に反映されるというサイクルを期待する.このような社会の実現に向けて,本研究会がその一助となることを期待する次第である.

(緒方広明,関谷貴之,松浦健二,永井孝幸,重田勝介)

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