情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[GI]ゲーム情報学研究会

 

1. 最近10年間の動向

ゲーム情報学研究会では,年2回の研究会と年1回のワークショップを中心に,ゲームAIを始めとするゲームに関するさまざまな研究の発表機会を提供している.表1に,2010年から2019年までの研究発表の件数と,ゲーム情報学研究会の登録人数を示す.登録人数は200~300人程度,発表件数は,40~80件程度で推移している.

表1 登録数と発表件数

発表件数の半数程度は,秋に箱根で開催されているゲームプログラミングワークショップ(GPW)で発表されている.GPWでは,通常の研究発表に加えて,国内外から講師を招いての招待講演やナイトイベントによるゲーム大会などが行われ,毎年80~100人程度の参加者を集める内容の濃いワークショップとなっている.GPWでは研究発表にポスター発表が多いことも特徴的である.

また,2018年にはカーリングAIに関する国際シンポジウムを開催し,100名を超える参加者を集めた.近年は,さまざまなゲームに関してコンピュータプレイヤの強さを競うゲームAIトーナメント(GAT)が春の研究会とタイミングを合わせて開催されている.

2. 研究分野の変遷

2.1 完全情報ゲームから不完全情報ゲームへ

この10年間での研究トピックの変遷を振り返ると,前半は,将棋や囲碁をはじめとする「完全情報ゲーム」のためのアルゴリズムや機械学習の手法などの研究がさかんだったといえる.2008年から2013年の本研究会に関する山下記念研究賞を受賞した論文がすべて完全情報ゲームのためのアルゴリズムや機械学習に関する研究であることは象徴的である.しかし2013年に将棋プログラムがA級のプロ棋士に勝利したことや,2016年に囲碁プログラムが世界トップレベルのプレイヤに完勝したことなどから,完全情報ゲームに関する研究はある程度主要な目標を達成したという見方が広まり,研究者の関心は徐々に別のトピックに移っていくこととなった.

完全情報ゲームに代わって新たに研究対象として注目を集めたのが,麻雀やポーカーといった「不完全情報ゲーム」である.不完全情報ゲームでは,プレイヤがゲームに関する情報を完全には得られないという性質を持っており,完全情報ゲームとは大きく異なったアルゴリズムが必要とされる.世界的には,ポーカーが不完全情報ゲームの研究の具体的な対象として利用されることが多く,2015年には,カナダのAlberta大学の研究グループが二人対戦のポーカーのナッシュ均衡解を計算することに成功し多くの研究者の注目を集めた.麻雀はポーカーよりも状態空間がはるかに大きく,ナッシュ均衡解を求めることは難しい.そのため,機械学習を利用した手法によって強いAIを構築するアプローチなどが研究され,人間のトップレベルに近い強さの麻雀AIが実現されている.

また,完全情報ゲームであっても,カーリングAIなどのように,確率的な挙動や連続的な状態およびアクションの空間を考える必要のあるゲームでは,従来とは異なるアプローチが必要であり,依然として探索アルゴリズムなどに関する研究が続いている.

2.2 深層強化学習

他の多くの分野と同様に,ニューラルネットワークを利用した深層学習がゲームAI研究に与えた影響は非常に大きい.特に,2013年に提案された,深層学習と強化学習を組み合わせたDeep Q-Network(DQN)は多くの研究者に衝撃を与えた.DQNによって,比較的単純なビデオゲームであれば,対象のゲームに関する知識をまったく利用せずに人間を超えるレベルのAIをほぼ全自動で構築することが可能であることが示された.これ以降,深層学習と強化学習を組み合わせた「深層強化学習」に基づくアプローチがゲームAIのメインストリームとなっていく.先に述べたコンピュータ囲碁の勝利も深層強化学習が原動力になっている.また,コンピュータ将棋でも囲碁とほぼ同じ深層強化学習によるアプローチで人間をはるかに超えるレベルの棋力が実現できることが示された.深層強化学習は,リアルタイムストラテジーゲームといった,非常に状態空間の大きな不完全情報ゲームにも適用され,その有効性が示されている.最近では,Dota 2やStarCraftといった対戦型リアルタイムストラテジーゲームで人間のトッププレイヤのレベルを超えるAIが実現されている.

先に述べたGPWでも,深層学習や強化学習を利用したゲームAIに関する研究が数多く発表され,優秀論文賞や研究奨励賞などを受賞するなど,研究者の関心を集めている.不完全情報ゲームに対する深層強化学習の適用は,世界的にも最も注目されているトピックの1つであり,現在活発な研究が続いている.

3. 今後の展望

これまで,ゲームに関する研究では強いAIプレイヤを作ることが主要な目標とされてきた.しかし,囲碁や将棋,ポーカー,StarCraftといった主要なゲームで人間のトッププレイヤを超える強さのAIが実現された結果,強さ以外の方向を目指した研究が増えてきている.たとえば,2014年の山下記念賞を受賞した論文では,AIに生物学的な制約を導入することによって人間らしい振舞いを実現する手法が提案されている.また,昨年のGPWでは,テトリスの上達のために有用な「詰めテトリス」問題を自動作成するための手法がベストポスター賞を受賞している.ほかにも,人間と対局する際に上手に手加減をするAIや,棋力を判定するAIなど,人間の上達を助けたり楽しませたりするためのAIへの関心が高まっている.

とはいえ,強いAIを作るための研究がすべて終わったわけではなく,長期的なプランニングや探索を必要とするゲームに関してはコンピュータが人間に遠く及ばない場面も多い.そのようなゲームに対しては,依然として深層強化学習などのアプローチを高度化していく必要があるだろう.

今後10年程度は,不完全情報ゲーム,深層強化学習,人間とAIとのインタラクションといったようなテーマが中心的な軸となってゲーム情報学に関する研究が展開していくのではなかろうか.

(鶴岡慶雅)

« PrevNext »

 

目次に戻る

All Rights Reserved, Copyright (C) Information Processing Society of Japan