情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[EC]エンタテインメントコンピューティング研究会

 

1. 最近10年間の動向

コンピューティングにとってエンタテインメントが重要なアプリケーションの1つであると認識されるようになって20年余りになる.EC研究会は2005年に発足した研究会であり,活動の大きな柱として,年に一度,おおむね9月にECシンポジウムを主催している.ECシンポジウムは,コンピューティングの各領域でエンタテインメントとコンピューティングにかかわる研究が進められるようになった2000年代初頭に,分野を横断して知見を集積する場が必要であるとして誕生したものであるが,2011年開催の第9回から本研究会の主催行事となっている.以後回を重ねて2019年で17回目となる.シンポジウムの特徴は,インタラクティブデモに重点を置き,広く一般に公開する場を提供していることであり,たとえば2016年は大阪駅直結の複合商業施設グランフロント大阪でデモ展示を実施した.またエンタテインメントと関連するさまざまな実験的取り組みがシンポジウムという場を利用してなされてきており,代表的なものとして,Augmented Sportsデモ(2014),TV番組「水曜どうでしょう」で著名な藤村忠寿ディレクターのECデモ体験のライブ配信(2016),ドローンレーサーによるデモフライト(2017),映画館を会場とした招待講演(2018)等を実施している.

またシンポジウムと関連して,倉本到元主査によるラジオ番組「くらもといたるのいたらナイト」(京都三条ラジオカフェ)の放送がなされた.本企画は元々,2010年のECシンポジウムの広報のために始まったものであり,EC研究とその周辺研究領域においてアクティブな活動を行っている研究者が招かれて,コンピュータ技術のこと,研究のこと,大学のことを語る番組である.倉本パーソナリティの細やかな気配りと大胆な突っ込みによって,EC分野で活動する研究者のアーカイブとしても機能している.

定例の研究会はECシンポジウムとは別に年4回開催している.うち1回を,メタ研究会という通称の下で,エンタテインメント研究の方法論や展開,目指すべき在り方を検討する会として実施している.メタ研究会は1泊2日の合宿形式で挙行され,通常の口頭発表に加えて,ナイトセッションとして形式にとらわれないグループディスカッションを通じた意見交換を行っている.メタ研究会の成果の一例として,エンタテインメント研究を端的に表すフレーズ「心を動かす情報学」が生まれている.

登録者数,シンポジウムでの発表研究,研究会での発表件数の推移は表1のとおりである.

表1 登録者数と発表件数

2. 研究分野の変遷

ECは社会と密接なかかわりを持つ研究分野であり,この十年の間にも社会の変遷に伴って新しいエンタテインメントの形態がさまざまに誕生している.ネットワークというインフラストラクチャとスマートフォンという端末の普及により,これまでにない水準での双方向性がエンタテインメントに取り入れられるようになった.ネットワークを介した知識の共有と,かつては専門性の高かった機材の低価格化と取り扱いの容易化により,誰もが創造的活動を行えるようになり,その結果ニコニコ超会議(2012年初開催)や,Maker Faire(2012年に現名称に変更)といった場が生まれリアルとバーチャルの双方でものづくりを楽しむことが普通になった.その中でEC研究会の活動と関連した話題を2点紹介する.

2.1 エンタテインメントの評価

ECという研究分野においては,研究の評価が難しいものとされてきた.これはエンタテインメント領域で扱う対象が個人性の影響を受けやすく,また比較対象となる従来システムの再構築も容易ではないことから,提案システムの有効性を主張するための実験課題の設定と実施に負担がともなうためである.興味深い知見を含む研究成果が,実験計画および実施の不備により正当に評価されないことがないような方策が求められていた.

本課題に対する取り組みとして,EC研究会では2018年よりQualificationという枠組みを試行している.研究者が自身の研究の狙いを表明するEntertainment Design Asset(EDA)を提出し,そのEDAに対する実効性をノーブラインドの審査者がシンポジウムにおいて研究者との直接対話およびデモンストレーションの体験を通じて判定し,適切に実施されていると判断される研究に対してQualificationを与えていくものである.加えて,情報処理学会論文誌の特集号と連携し,Qualificationが与えられている研究に対しては,有用性については確認済みとして扱うものとした.

エンタテインメントの評価は今後も重要な課題としてあり続けると考えられ,本取り組みが方法論の1つとして確立することが期待される.

2.2 日常生活へのエンタテインメントの浸透

この十年の傾向として,コンピューティング技術を用いながら,実世界とつながりを持つエンタテインメントの形態が一般化したことがあげられる.技術面ではスマートフォンの普及の影響が多大である.IngressやPokémon GOに代表される位置情報やAR(Augmented Reality)技術を利用したゲームは実空間とバーチャル空間が密に結合した例である.

EC研究会の関連する取り組みとしては,シンポジウムという場にエンタテインメントを導入する試みを,「オーガナイズドゲーム」として2014年から行ってきた.初回のオーガナイズドゲームは当時世間でさかんに行われていた脱出ゲームと似た形式で,シンポジウム参加者全員による遊びが実施された.ゲームが実施された翌日には,ポストモーテム(事後検証)が実施された.簗瀬洋平プロデューサ(ユニティ・テクノロジーズ・ジャパン)からゲームデザインの意図が開示されることで,エンタテインメントを構築するうえでの知見を参加者が経験を通して実感できる趣向であった.

オーガナイズドゲームはその後もシンポジウム内で実施されており,2015年・2016年はゲームを通じて参加者間のコミュニケーションを推進するという役割に重点が置かれた.2017年・2018年は,研究発表を聴講するというシンポジウム本来の意義と乖離しないように融合が図られており,特に2018年は発表に対してコメントを残すことでポイントが得られるといった,ゲーミフィケーションの要素を含んだものを実施した.

3. 今後の展望

社会のインフラストラクチャの変化にともなって,新たなエンタテインメントの誕生は今後も止むことがなく,また分野を問わずエンタテインメント技術の活用は今後も進むと考えられる.EC研究会としては,形態や分野の違いに左右されることのない,普遍的な「楽しさ」の探求の基盤となる知識の積み上げを行い,その評価フレームワークを確立することを追求する.

また一方で,十年一昔といわれるように,過去の研究を直接知る世代が減少すると,無自覚に車輪の再発明を行ってしまう事例も増えてくるであろう.研究会の使命として,研究会の発足以前の時期を含めたエンタテインメントのアーカイブ化を進めていく必要がある.

(井村誠孝)

« PrevNext »

 

目次に戻る

All Rights Reserved, Copyright (C) Information Processing Society of Japan