情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[EIP]電子化知的財産・社会基盤研究会

 

1. 最近10年間の動向

本会電子化知的財産・社会基盤研究会(以下EIP)は,情報処理とその社会的側面の境界領域の問題に焦点を当て,社会学,経済学,法的側面,工学の境界領域に属する問題を扱っている.EIPの特徴として理科系研究者と文科系研究者がともに積極的に研究発表を行い,相互に重要な役割を果たすことで実質的な文理コラボレーションが機能しており,その成果をあげてきたことがあげられる1.1998年5月28日に研究会昇格後第1回研究発表会が開催され,2018年に研究会設立20周年を迎えた.2019年3月時点で合計83回の研究発表会が開催されている.

この10年の動向について概観(表1)すると研究発表会の開催数については,2010年度以降では各年度研究発表会を年4回程度開催しており,2019年3月時点では36回の研究会を開催している.EIP単独開催での開催は年1~2回程度であり,残りは他研究会(信学会SITE研究会含む)との合同開催となっている.通常の研究発表会以外の活動としては特に2015年度以降,FITや全国大会におけるイベント開催が定着しており,第78回全国大会以降「サイバー事件回顧録~技術と法制度の両面から」のパネル討論を毎年開催している.また,FITでは「シンギュラリティ問題が社会に与える影響」(FIT2015),「デジタルゲリマンダーの脅威~ネットとAIから民主主義は守れるか~」(FIT2017),「ビッグデータ時代の医療と情報」(FIT2018)などを実施し,会誌「情報処理」への展開も行われた.通常の研究発表会でもたとえば研究会設立20周年となった2018年には80回研究会で歴代主査によるパネル討論など企画セッションを多く設定することで情報技術の進歩が社会に与える影響をいち早く,かつタイムリーにとらえた研究を展開している.

表1 EIPの登録数と発表件数

次に登録員数については,EIP設立時点では200名程度の登録数がいたものの,2008~2009年頃に急激な減少期があり,2010年以降は漸減傾向が続いた.2017~2018年にかけては微増に転じた.一方,報告数については2011年に大きな減少が見られ,その後は増減を繰り返しつつ全体としては漸増傾向にある.この傾向は他学会/他研究会との合同開催におけるEIP分への報告と単独開催での報告数を比較した場合も同様である.技術系の報告は2008年度以降,漸減傾向が続き,特に2015年頃は少なかったが,2016年度以降漸増し始め,2019年3月時点では全体の発表数,合同開催でのEIPセッションでの発表数,技術系の発表数とも近年増加の傾向である(図1).

図1 EIPの発表数推移(文献2)p.5 図1を加筆修正)

2. 研究分野の変遷と研究会の日常

2.1 全体傾向

次にこの10年のEIPの研究分野の変遷を見る.この10年間の大きな特徴としては,情報技術の急速な進展に追い付いていなかった制度面での喫緊な検討事項が集中して取り上げられるようになったことである.つまり,研究会設立当初は知的財産,ディジタルコンテンツの流通と保護,著作権処理システム,ビジネスモデルに関する研究などが多く報告されていた.しかし,2011年以降では個人情報/プライバシ保護に関する報告が圧倒的に増加した.そのほかでは,セキュリティや電子政府,AIやIOT/クラウド,破産処理と情報管理,医療と情報など新たな分野に関する研究が急速に増加した(図2).各年の研究動向は文献2)に詳しい.

図2 2011年度~2018年度のEIP分野別報告数(文献2)p.6,図4を加筆修正)

2.2 研究発表会の日常風景

ここでEIPの日常風景を簡単に紹介する.上述の通り,EIPは情報処理とその社会的側面の境界領域に属する問題をその研究スコープに置く.そのため,毎回の研究発表会ではたとえば技術系のバックボーンがある者が行った報告内容に対して法律制度の専門家がコメントを行う(あるいはその逆)ことが日常風景として行われている.技術者が社会(あるいは所属組織)からある技術的課題の解決を求められたとき,自らがその仕事に取り組むうえで,たとえば法制度や社会通念との関係をクリアできるのかという点に悩みを抱えることが多いだろう.EIPではそのような社会(制度)との関係をクリアする必要がある課題について,フラットな雰囲気で議論を行っており,その中で当該技術が関連する法制度上の問題点や当該技術を社会に認知してもらうために必要な努力のポイントなどを多くの発表者が持ち帰ることができている.

3. 今後の展望

EIPの今後の課題には研究分野の展開と本領域を担う先端的研究者の育成という2つの課題がある.前者については,電話などの旧メディアを前提としたネットワークを基礎とした制度や仕組みからIoTやデジタル化されたデータインフラを基礎とした新しい社会基盤の在り方を模索する必要がある.次に後者については,EIPは2018年度に設立20周年を迎えたが,この間,たとえばEIPで学会デビューを果たした若手研究者が今日では研究会運営の中核的役割を果たすよう世代交代してきている.今後も次代に続く先端的研究者の掘り起こしは引き続き急務であり,EIPでも会誌「情報処理」の「研究会推薦博士論文速報」に論文推薦を2017年度に行ったほか,特に若手研究者の報告を論文誌ジャーナルに積極的に推薦する取組みを進めている.EIPでは時代を見据えた先駆的研究がいち早く取り上げられる傾向にあり,上記取組みなどを通じて先駆的研究の研究会としても積極的に発信していく予定である.

(原田要之助,橋本誠志)

[参考文献]

1)岸上順一,井出 明:電子化知的財産・社会基盤と情報処理,情報処理学会編『情報処理学会50年のあゆみ』,pp.337–338(2010).
2)橋本誠志,小向太郎,原田要之助:EIPの20年―10年目から20年目への軌跡,情報処理学会研究報告,Vol.2018-EIP80, No.10, pp.1–7(2018).

« PrevNext »

 

目次に戻る

All Rights Reserved, Copyright (C) Information Processing Society of Japan