情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[CSEC]コンピュータセキュリティ研究会

 

1. 最近10年間の動向

社会インフラから身の回りにあるものまで,さまざまな形態で計算機が利用されるにつれて,セキュリティやプライバシの重要性が認識され,関心が高まっている.また,AI,IoT,ブロックチェーンなど,新しい技術の登場とともに,新しい領域でのセキュリティの研究が活発に行われている.

このような状況の中,コンピュータセキュリティ(CSEC)研究会では,年に4回の研究発表会を開催している.2019年度は,5月はIOT研究会,電子情報通信学会情報通信マネージメント研究会と,7月はSPT研究会,電子情報通信学会の6つの研究会と,3月はDPS研究会との合同発表会である.12月はCSEC研究会単独で開催する.

また,主催シンポジウムであるコンピュータセキュリティシンポジウム(CSS),共催の国際会議International Workshop on Security(IWSEC),および共催シンポジウムDICOMOを開催し,論文誌特集号も企画している.

CSEC研究会の研究会登録者数と発表件数は,図1に示すとおりである.研究会登録会員数は2014年までは500名前後であったのに対し,2015年から増加に転じ,2018年には600名を超えている.また,研究発表会での発表件数は,この10年間,100~150件の間で安定して推移している.

図1 研究会登録人数と研究会発表件数の推移

次に,CSEC研究会の主催シンポジウムであるCSSの参加者数と発表件数を図2に示す.参加者数は2010年では約350名であったが,セキュリティやプライバシへの関心の高まりとともに増加し,2018年では750名となり,2010年の2倍を超えている.また,発表件数は2013年までは150件程度だったものが,2014年以降から増加し,200件前後となっており,セキュリティやプライバシの発表や議論が活発に行われている.CSSでは,発表件数に対する参加者の割合が高いのが特徴である.2010年頃は,発表件数の2倍強の参加者数であったが,2018年は発表件数の4倍と増えていることから,セキュリティへの関心の高さが分かる.

図2 CSSの参加者数と発表件数の推移

CSSでは,ワークショップ(WS)を同時開催している.2008年から同時開催している「マルウェア対策研究人材育成ワークショップ(MWS)」に加え,2015年から「プライバシーワークショップ(PWS)」,2017年から,「ユーザブルセキュリティワークショップ(UWS)」,および2018年には特別セッションとして「OSSセキュリティ技術ワークショップ(OWS)」が始まり,注目の集まっている研究分野をWSとして開催することにより,発表や議論を活性化している.また,2006年から共催を始めた国際会議IWSECも,投稿数50件程度,参加者数は100名程度で順調に推移している.

2. 研究分野の変遷

最近10年間の新しい研究分野とその変遷について述べる.

2.1 研究分野の変遷

セキュリティやプライバシの研究対象は,情報システムの発展とともに変化している.この節では,この10年間で特に研究が活発し,CSSの論文募集テーマとして,追加された研究テーマについて述べる.

暗号関係では,視覚的・物理的暗号技術に関連した研究が注目され,新たにテーマとして追加されている.また,サイバー攻撃の高度化により,多様な悪性ソフトウェアが増加したため,マルウェアがテーマ名に入っている.さらに,クラウドやIoTといった新たな利用形態のシステムを対象としたテーマも追加されている.今後研究が活発となると見込まれるテーマとして,AI・機械学習,暗号通貨,インシデント対策・管理,CSIRTも追加されており,CSSで活発な議論が行われている.

2.2 投稿分野の変遷

CSSの投稿分野の変遷について述べる.暗号要素技術や署名・暗号プロトコルなどの研究発表は,毎年30件程度の発表がある.また,情報漏えい事件やサイバー攻撃などが多く起こるにつれて,2014年頃からネットワーク,マルウェア,Web・クラウド・メールのセキュリティの発表も増加している.2016年からはIoTセキュリティの発表が,2017年からはAIや機械学習を利用したセキュリティの研究が増加している.さらに,WSとして開催を始めた年から,プライバシやユーザブルセキュリティの発表件数が増加している(図3).

図3 CSSの発表内容

3. 今後の展望

今後,IoTによるサービスが多く登場することが予測されており,ますます計算機システムのセキュリティやプライバシの研究の重要性が高まり,研究開発が活発に行われると予想される.また,セキュリティは,さまざまな技術の組合せにより実現されるため,今後も新しい技術の登場とともに,新しいセキュリティ研究分野が注目されることになると考えられる.

特にAIや機械学習を用いたセキュリティ技術の研究は,ますます活発に行われるようになると考えられる.たとえば,AIを用いた攻撃手法や,それに対応するためのAIを利用した防御の自動化などの研究も活発になると予想される.また,AIに対する攻撃も問題となっており,AIを用いたシステムの安全性をどのように確保するのかという研究なども注目されると考えられる.

これらに加え,さまざまなIoTサービスにおけるセキュリティやプライバシ確保技術の研究や,ブロックチェーンなどの新しい技術を利用した研究開発を行っていく必要がある.

セキュリティの研究を進めるには,攻撃手法の研究やソフトウェアなどの脆弱性の研究も行う必要があり,セキュリティ研究における倫理的な研究プロセスについて,セキュリティ分野での議論を積み重ね,普及させていく必要がある.セキュリティ研究のさらなる活性化を狙いとして,関係する学会や研究会と連携し,セキュリティ研究における倫理的な研究プロセスについて議論を深め,普及を進めていきたい.

(山内利宏)

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