モバイルコンピューティングとパーベイシブシステム研究会(MBL)は,1996年(平成8年)に研究グループ,1997年からは研究会として23年間活動を継続してきた.当初は「モーバイルコンピューティング研究会」という名称であったが,2000年からは「モバイルコンピューティングとワイヤレス通信」,2003年からは「モバイルコンピューティングとユビキタス通信」と,そのときどきの研究環境に合わせて名称を変更し,2015年からは現在の名称になっている.2019年3月までに90回の研究会を開催し,ここ10年での総発表件数は1,300件を超えている.現在の登録数は265人である(表1).また1997年からはDPS,GN研究会などと共同で2泊3日の合宿型のDICOMOシンポジウムを開催している.
2018年からは,研究会に参加しているメンバの基礎研究力向上を目的として,MBL勉強会を開催している(http://study.ipsj.or.jp/mbl).MBL勉強会では,研究会に関係する国際会議の文献紹介を,複数大学の学生がWeb会議システムを通じて実施している.Web会議システムは,多数の拠点が同時参加できるため,従来は研究室の中に閉じていた文献紹介を,遠隔会議システムを通じて共有することにより,大学を超えた研究力の向上に貢献できる.さらに,勉強会サイトには,メンバ限定で発表資料の共有が可能であるため,記録として残り,後からの利用が可能な点も有用である.今後も継続的に実施していく予定であるので,ぜひ参加していただきたい.
モバイルコンピューティングは,この10年で大きく変化している.特に2007年に登場したiPhoneによって,劇的な変化が生まれている.高性能なCPU/GPUや多数のセンサ(加速度・ジャイロ・磁気・気圧・音・画像)を搭載した端末が安価で大量に入手できるようになった.結果的に,環境とコンピューティングが融合したパーベイシブシステムやその応用開発がとても身近となり,スマートフォンを活用した多数の研究発表が行われている.
この10年は,スマートフォンの普及にともない,携帯電話ネットワークでも大きな変化があった.2001年に導入された3Gネットワークが,2010年には,LTEに拡張され,速度も当初は384Kbps(3G,下り)であったのが,高速エリアでは150Mbps(4G LTE,下り)も実現されるようになった.一方,すべてのデータをクラウドにアップロードすることが帯域的に無駄であるため,エッジやフォグコンピューティングといったキーワードも登場し,さまざまな研究開発が進められている.また,ITS研究会と関連して車車間通信の高度化や,アドホック・センサネットワークなどの高度化の研究も多数行われた.Bluetoothにおいても,アップルが2013年にiBeaconというコンセプトを出し,Bluetooth Low Energy端末を一種の電波灯台として使う技術が急速に普及した.2017年ごろからは,LPWA(Low Power Wide Area)という新しい無線方式が注目されはじめた.これは,低速度でも低電力で遠くまで届くことを目的とした技術であり,テレメトリなどを対象に広く使われ始めている.一方,RFIDなどの技術は大量に広がるか,と予想されていたが,結果的には一部での導入は進んだが,たとえばすべての小売り商品にRFIDがつく,といった事態にはならなかった.
コンテキストアウェア技術は,スマートフォンが普及する前から検討はされてきたが,スマートフォンの登場によって一段と研究が進んだ分野であろう.ユーザがつねに操作するスマートフォンの記録を使ったライフログシステムや,センサ情報を使った行動認識システムもこの範疇に入るであろう.行動認識システムは,業務記録の簡便化などにも活用できるため,多数の期待が集まった分野でもある.また,モバイルシステムにおけるプライバシに関する研究も進展した.多数の情報システムに囲まれて生活する中で,個人のプライバシが失われていくといった課題が生まれている.このような中で,日本では,個人情報保護法が制定・改正され,欧州では,GDPR(一般データ保護規制)が登場し,プライバシやパーソナルデータに関し,社会的にも一定の重要性が認められるようになってきた.しかし「個人情報保護」という枠組みが厳しくなりすぎて,データの活用が進みづらくなっているという現状もあり「情報銀行」といったコンセプトを通じて,適切なパーソナルデータの活用の枠組みが求められている.
スマートフォンは,GPSを搭載しているため,位置情報システムの普及にも大きな役割を果たしている.GPSを用いた屋外向けの位置情報サービスやそれにかかわるアーキテクチャに関する研究だけでなく,GPSが使えない屋内においても位置情報サービスを実現するための研究が広がっている.Wi-FiやBLEビーコンなどを用いて,電波強度を用いた測位も広く研究が多数進められた.また,社会で広く利用されているWi-Fi基地局からのブロードキャストパケットを用いて,GPSを使わずに位置推定をする手法も広く研究された.大量のデータを収集するためのクラウドソーシングや,参加型のセンシングなども新たな手法として活用されるようになった.これらはすべてスマートフォンの普及によって進められた研究といえよう.また,BLEビーコンを使った位置情報サービスは,商用化が進み,多数のサービスが実稼働している状況である.
MBL研究会が設立された1997年当時は,スマートフォンも存在せず,やっと携帯電話でパケット通信ができる時代であった.それが,今ではスマートフォンで高画質の動画ストリーミングを気楽に楽しめる時代になっている.伝送容量にして,64Kbpsが10~150Mbpsと,3桁以上変わっていることになる.まったく同様のスケールで高速化するとはいえないかもしれないが,今後10年でもう2桁は通信速度が上がる可能性がある.つまり,個人が持つ端末が10Gbpsを超える速度で通信できるようになるであろう.技術的には100Gbpsの通信という話も出ているようなので,まったくの夢物語ではない.では,100Gbpsワイヤレスは何に使うのか.実は人が保持する端末も多数になっていることが予想される.イヤホンや眼鏡,腕時計だけでなく,洋服やカバン,靴にもセンサデバイスやインタフェース,表示デバイスなどが搭載され,これらの間が給電機能を持ったワイヤレス通信でむすばれるようになるのでは,と夢想している.そのようなときのために,モバイルコンピューティングとパーベイシブシステム研究会としては,どのような研究を推進しておくべきなのか.せひこの機会に皆さんも考えていただきたい.
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