情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[ITS]高度交通システムとスマートコミュニティ研究会

 

1. 最近10年間の動向

ITS(高度交通システム)は先端的な情報処理と通信によって,人や自動車などの移動体と道路などのインフラストラクチャを結合して,交通の安全・安心,交通効率,交通の利便性や快適性,環境負荷低減など,さまざまな課題の解決を目指すシステムの総称であり,世界レベルで,産官学が一体となって推進されている.

本研究会は,「情報工学,自動車工学,交通工学,…など幅広い分野の研究者が積極的に交流をはかれる場」となり,「将来の交通環境がどうあるべきか,またより安全で快適なシステムを構築するにはどうすれば良いかという問題について,解決方法を探る」ことを目的として設立された.最近では,このような設立の趣旨を念頭に置きつつ,自動車交通からスマートシティまで,より広い研究領域を扱うようになってきている.

本研究会の前身である「高度道路交通システム研究グループ」は1998年7月に発足し,2000年4月に「高度交通システム研究会」に昇格した.その際に,対象を道路交通以外にも広げることを意図し,名称から「道路」という単語を外した.

2014年に研究会名称を「高度交通システムとスマートコミュニティ(ITS)研究会」に改め,研究分野に技術の進歩や研究領域の拡大を反映した.

ITS研究会では,年4回の定例研究会とITS研究フォーラムを開催している.定例研究会では毎回活発な議論が行われている.発表数は年間80件程度で安定的に推移している(表1).ITS研究フォーラムはその時々の先端的なテーマに関する招待講演を中心に構成するシンポジウムである.図1に最近のシンポジウムのテーマを示す.研究会設立から継続的に開催しており,2017年に,それまでの「高度交通システム(ITS)シンポジウム」から名称を変更した.これらに加えて,毎年,情報環境領域の他の研究会とともにマルチメディア,分散,協調とモバイルシンポジウム(DICOMO)を共催している.また,MBL研究会と協力して論文誌特集号を企画している.

表1 ITS研究会の登録者数と発表件数の推移
図1 ITS研究フォーラムの最近のテーマ

2. 研究分野の変遷

ITSを取り巻く状況はこの10年で大きく変化している.交通の安全・安心に加えて,CASE,すなわち,Connected(接続性),Autonomous(自動運転),Shared(シェアリング),Electric(電気自動車)をキーワードとして,通信や大規模な情報処理基盤を前提とする高度なサービスの実現に向けて研究開発が活発化している.これに呼応して,本研究会の取り扱う研究分野も拡大している.

2.1 ITSの研究開発と関連する動向

2006年1月,IT戦略本部はIT新改革戦略を発表し,道路交通分野では世界一安全な道路交通社会を打ち出した.これを受けて,官民が協調を図るITS-Safety2010が組織され,安全運転支援システム実現に向けた大規模実証実験が行われた.

2010年頃からハイブリッドカー(HV,PHV)や電気自動車(EV)が市場に投入され,自動車プラットフォームそのものが大きく変化した.電子制御との親和性が高いことに加え,精密な走行管理やバッテリー管理の必要性から,自動車の情報化やテレマティックスの導入が進んだ.

米国DARPAグランド・チャレンジ(2004年,2005年,2007年)をきっかけとして,自律走行車の研究開発が進んだ.米国や欧州では2010年ごろから公道での自動走行実験が始まった.自動車メーカ各社とも自動運転の実用化に向けた動きが加速した.日本では総合科学技術・イノベーション会議が司令塔となり,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システム(SIP-adus)(第1期2014~2018年度,第2期2018年度~)が推進されている.この課題では,2025年を目処に高速道路における完全自動運転(SAEレベル4)を実現することを目指している.自動運転に関連して,低炭素社会の実現に向けた自動車走行技術やトラックの自動隊列走行などの研究も進められた.

2015年頃から米国を中心にコネクテッドカーが提唱されている.自動車の情報化とネットワーク化により,車載センサからの情報を収集し,クラウドへ集積して分析することで,新たな価値やサービスを生み出す.たとえば,都市レベルの交通やエネルギーの効率化,カーシェアリングやテレマティクス保険などの新ビジネスの実現が期待されている.コネクテッドカーは第5世代移動通信システム(5G)のキラーアプリと目されている.また,ビッグデータ処理,クラウド・コンピューティングやエッジ・コンピューティング,MaaS(Mobility as a Service)などの新たな情報処理・情報サービス基盤との関係も深い.

ITSにおける通信はコア技術の1つである.特に車車間通信(V2V)や路車間通信(V2I)のために,自動車向けの専用の通信方式であるDSRC(専用狭帯域通信)が,日米欧それぞれで研究開発されてきた.一方で,DSRCと同様の用途に対して,2015年に携帯電話網を使用したCellular-V2X(C-V2X)が提唱され,その後,規格化が進められている.2020年頃に5Gのサービスインが見込まれており,将来どちらで普及が進むのか,あるいは何らかの役割分担がなされるのか,その動向が注目される.

2.2 ITS研究会の研究分野

ITS分野の急速な発展を受けて本研究会の取り扱う分野も拡大してきている.図1のITS研究フォーラムの最近のテーマからも,本研究会の扱うテーマの広がりが見てとれる.

定例研究会の発表では,自動運転,車両センシング技術や測位,ドライバのモニタリング,車車間通信やVANETなどの自動車向け通信・ネットワーク技術,車載設備,GIS応用などのITSの要素技術に関する研究報告が多く見受けられる.また,自動車や鉄道に加えて,歩行者や二輪車向けのITSなどにも対象が広がってきている.走行経路制御や信号制御などの交通制御,エネルギーやエコに関連した研究,自動車・交通分野への機械学習の適用や空間統計解析の応用などの発表がある.

3. 今後の展望

ITSにかかわる研究開発は,安全安心な交通社会の実現に加え,自動運転やコネクテッドカーを軸として,将来のスマートシティの実現,都市交通の革新,エネルギー・環境問題など社会的な課題への解決の手段となることが期待され,今後も大きく成長することが見込まれる.本研究会においてさらなる議論が進み,このような発展に貢献することを期待したい.

(重野 寛)

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