情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[UBI]ユビキタスコンピューティングシステム研究会

 

1. 最近10年間の動向

ユビキタスコンピューティングシステム研究会は,2003年4月に設立された研究会である.元々本研究会は情報処理学会の2つの研究グループ「情報家電コンピューティング研究グループ」と「知的都市基盤研究グループ」を統合してできたこともあり,基盤技術の研究から実践的な社会実装研究まで幅広いトピックスを扱っている.この10年の登録会員数および発表件数は下図に示すとおり,安定した発表件数と登録会員数を維持している.ふだんは年4回のペースで研究発表会を開催し,シンポジウムとして「DICOMO」と「インタラクション」の主催に携わっている.

ユビキタスコンピューティングはセンシングによる行動認識技術や,システムプラットフォーム技術など,高度なサービスの基盤となる技術に関する研究が中心であり,さまざまな応用分野との連携が研究の活性化につながる.そのため,高齢社会デザイン研究会やエンタテインメントコンピューティング研究会をはじめとする他研究会と積極的に共催研究会を開催することで連携をはかり,分野の活性化を目指している.2019年には東京ビッグサイトで行われるスマートセンシングに関する展示会に「情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム研究会」として展示を行うなど,産学連携の取組みを積極的に開拓・支援している.

表1 登録者数と発表件数

また,研究分野の活性化にはトップカンファレンスで発表される論文を増やすことが重要である.本研究会では,研究会で発表された内容で関連難関国際会議に採択された学生発表者の会議参加の費用を補助するプログラム「国際発表奨励賞」も2013年より行っており,2018年度までにUbicomp,ISWC,CHI,Percom等のトップカンファレンス採択者に対して延べ19件の支援を行った.

さらに,研究会の運営自体を支援する取組みとして,電子チケットサイトを利用した研究会参加登録および懇親会参加の試行を2017年度から行ったり,社会人が気軽に参加しやすいように,金曜日の夕方以降に開催する研究会を行うなど,社会とのつながりが深い本研究会の特性を活かした新たな取組みをこの10年間で多数行っている.

2. 研究分野の変遷

本研究会の研究分野は,人間から,家庭,オフィス,自動車といった身の回りの生活空間・都市空間まで幅広い対象に対して,ユビキタスコンピューティングの基盤技術であるコンピュータアーキテクチャ,センサ,ネットワーク,入出力デバイス,ヒューマンインタフェースなどの話題を扱っている.この10年間の変化を概観するために,2010年度と2018年度の研究会発表の内容を比較しながら,ユビキタスコンピューティング研究のトレンドについて述べる.

2010年度の研究発表における主流のトピックスは,ユビキタスコンピューティングを支える基盤技術に関するものであった.たとえば,ユビキタスコンピューティングの通信基盤としてのP2P技術やネットワークルーティング技術,サービス提供基盤としての異種サービス統合技術,機器連携ミドルウェアやプログラム配信技術,データ処理基盤としてのストリームデータ処理エンジン,加速度センサやGPSを用いた基本的な行動認識技術や位置認識技術,センサデバイスやモバイル端末の低消費電力化技術に関する発表が行われている.応用に関しては,においセンサを用いた食事認識や湿度センサ付ハンガーなど,身の回りのものをシンプルにセンシングしてサービスを提供するような提案が多い.会話分析や体験共有など,コミュニケーションを取り扱った研究においてセンシング技術を活用する発表も行われており,ユビキタスコンピューティング分野の広がりを感じさせるトピックスが多数登場している.

一方,2018年度の研究会発表では,ネットワーキングやサービス統合,ミドルウェアなどシステム基盤に関する研究は少なくなっている.これは,さまざまなミドルウェアやArduinoなどの使いやすいセンサ管理デバイスが多数登場し,基盤技術の研究から応用技術に関する研究へのシフトが起こったためであると考えられる.発表される応用研究はより実践的なものになり,実際のお祭りや演劇,パフォーマンスや観光案内,介護などでシステムを実運用し,現場における問題点を洗い出すような研究が多くなった.特に,この10年で震災や大規模災害の発生があったことから,災害時の情報支援やそのための環境センシングが重要な応用の1つとなったことも大きな変化である.位置情報の取得に関しても,単純な測位の研究に加え,目的地の予測や活動人口予測,観光地での行き先推薦など位置情報の系列から高度なコンテキストを認識するような研究が主となった.行動・状況認識技術に関しては,単純にセンサを使ったら状況が認識できる,という話から,正解データを与えない状況での学習(教師なし学習)や既存学習モデルの他者や他状況への転用(転移学習)といったように,実際に認識システムを使うにあたって問題となる点を解消するような技術が多く発表されている.さらに,この数年のトレンドでもある深層学習を用いた認識技術に関しても発表されるようになった.

このように,近年では本格的なユビキタスコンピューティング技術の社会実装をふまえた取組みが増えている.新しく便利なコンピューティング技術を社会に普及させる場合,そのメリット/デメリットや,人間の心身に与える影響,データをためること自体の危険性についても考慮する必要がある.そのため研究発表にも,プライバシの確保技術や生活の邪魔をしない適切な情報提示技術,映像の匿名化技術やロボットの存在がユーザ心理に与える影響など,真にユビキタスコンピューティングが社会に浸透した際に問題となり得る事象を取り扱うためにセキュリティやトラスト,ヒューマンコンピュータインタラクションなど関連分野を取り込む動きが活発化している.

3. 今後の展望

この10年で,人々が複数の情報機器を身につけて日常生活をおくり,街中にさまざまなカメラやセンサが存在することが一般的になってきた.ユビキタスコンピューティングに関する研究は,社会の変化に合わせて現状の問題点に取り組むと同時に,10年後など未来の社会におけるコンピュータ技術の活用について先進的に取り組まなければいけない.2019年度の研究においても,情報提示の心理影響調査や,コンピュータ利用と脳発達の関係など,単にコンピュータを使って便利な社会を築こうという取組みだけでなく,コンピュータが人間社会に与える影響を熟考し,幸せな世界を作るための取組みへと研究分野も広がりを見せている.本研究分野に対して求められるのは,本会がこれまであまり対象としてこなかった,社会学・経済学・心理学・脳科学・医学をはじめとする,人間やそれを取り巻く社会を扱う学問分野と密接な連携を行ってあるべき社会を実現するための研究活動を推進していくことであるだろう.

(寺田 努)

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