情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[IOT]インターネットと運用技術研究会

 

1. 最近10年間の動向

インターネットと運用技術(IOT)研究会は,分散システム/インターネット運用技術(DSM)研究会と高品質インターネット(QAI)研究会が統合し,2008年度に発足した研究会である.

DSM研究会は大規模分散システムの構築運用技術に関する研究発表の場とすべく,1996年に創設された.インターネットの爆発的な普及を背景に,多くの組織が抱えるネットワークの構築・運用技術に関する技術的な課題に関する研究発表が多くなり,さらに運用管理だけでなくコンピュータやネットワークのさまざまな利用方法に関する研究など幅広い分野の研究発表の場となっていった.

一方,QAI研究会は2001年の創設以来,インターネットにおける通信サービス品質向上のための諸問題の研究や高品質な次世代インターネットの構築に関する研究などの発表の場となっていた.しかしインターネットの通信品質の向上や広帯域化につれ,さまざまな通信を安定かつ確実に行うための方式およびネットワーク構築技術の研究が中心となっていった.

このような経緯から,両研究会が対象とする研究分野は次第に重なりつつあった.また,当時の本会において,その名称に「インターネット」を含むのは両研究会のみであるにもかかわらず,その名称からいずれの研究会もインターネット技術全般を対象にはしていないように見られがちだった.

そこで両研究会を統合し名称を「インターネットと運用技術(IOT)研究会」とすることで,新研究会がインターネット技術全般および大規模分散システムの構成と管理・運用技術を研究対象とすることを明示し,さらに幅広いテーマで多くの人が参加できるようになると期待された.

活動実績として,DSM研究会は毎年シンポジウムを開催し,さらに論文誌特集号を発行していた.一方,QAI研究会は情報処理学会とIEEE Computer Societyとの共催でほぼ毎年開催されるInternational Symposium on Applications and the Internet(SAINT)の受入れ研究会として実質的な運営を行い,さまざまな研究活動を支援してきた.IOT研究会ではこれらの活動を効果的な形態で統合し,引き続き実施することとした.

その後,IOT研究会は2013年度にシステム評価(EVA)研究会と統合された.EVA研究会は2000年度に発足し,システム評価に関する横断的な研究テーマを扱う.研究対象は,発足当初は組込み系およびその数理モデルが中心だったが,その後評価対象となるシステムが大規模,分散化し,これにともなって研究発表の大半が分散システムやネットワーク応用システムの性能評価に関するものになり,IOT研究会の扱う研究分野と重なる部分が大きくなった.そこでEVA研究会とIOT研究会を統合し,新たなIOT研究会となった.統合することで,IOT研究会はさらに幅広いテーマで多くの人の参加が可能になると期待された.

この統合後もIOT研究会では定例の研究会(年4回)開催のほか,IOTシンポジウム(IOTS)の開催,DICOMO(マルチメディア,分散,協調とモバイルシンポジウム),災害コミュニケーションシンポジウムの開催および論文誌特集号の発行を継続している(DICOMOは関連10研究会で主催,災害コミュニケーションシンポジウムはセキュリティ心理学とトラスト(SPT)研究会および情報システムと社会環境(IS)研究会とで主催).また,国際会議International Computers Software & Applications Conference(COMPSAC)においてワークショップInternational Workshop on Architecture,Design,Deployment and Management of Networks and Applications(ADM-NET)の開催に深く関与している.

最近10年間の研究発表件数や研究会登録者数を表1に示す.登録者は400名前後を維持している.定例研究会での発表は100件前後,シンポジウムでの発表は30件前後となっている.ここでシンポジウム発表件数は平成23年度まではIOTSのみ,平成24年度以降はIOTSと災害コミュニケーションシンポジウムを合わせた件数となっている(DICOMOの件数は含まれていない).

表1 最近10年間のIOT研究会の動向

2. 研究分野の変遷

前述のとおり,IOT研究会の前身であるDSM研究会では,当初,大規模分散システムの構築技術や運用技術を主なテーマとしていたが,インターネットの爆発的な普及を背景に,ネットワークの構築・運用技術に関する技術的な課題に関する研究発表が多くなり,さらに運用管理だけでなくコンピュータやネットワークのさまざまな利用方法に関する研究など幅広い分野の研究発表の場となっていった.

また,もう1つの前身であるQAI研究会は,インターネットにおける通信サービス品質向上のための諸問題や高品質な次世代インターネットの構築に関する研究などから,さまざまなインターネット上の通信を安定かつ確実に行うための方式およびネットワーク構築技術の研究が中心となっていった.

IOT研究会は,発足当初からインターネット技術全般および大規模分散システムの構成と管理・運用技術を研究対象としており,EVA研究会との統合後には,組織の情報システムの評価という分野もその対象としている.

特に2011年3月の東日本大震災以降,災害発生時および発生後の情報伝達を情報技術や情報システム運用の視点から考えるテーマが注目され,定例研究会やIOTSでさかんに発表されるようになった.これを受けてSPT研究会やIS研究会などとともに災害コミュニケーションシンポジウムを開催するようになった.あれから8年の月日が経った現在でも,事業継続計画に情報システムが深く関与することから,その運用や可用性確保などの手法が大きなテーマとなっている.

3. 今後の展望

この10年間でインターネットは「あって当たり前」の社会基盤となった.組織における情報システムも,その昔は「あると便利」な存在だったものが,今では「なくてはならない」存在になっている.この先もこの傾向は変わらず,インターネットや情報システムの役割はますます重要なものになるだろう.IOT研究会では,これからも社会基盤としてのインターネットや組織の情報システムを支える運用技術に関する研究発表の場を継続して提供したいと考える.

また,IOT研究会はインターネットの健全な発展に貢献したいと願っている.2018年には,知的財産戦略本部会合・犯罪対策閣僚会議で「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)」等について議論され,短期的な緊急措置としてインターネットサービスプロバイダ事業者によるブロッキングが検討されていた.これに対しIOT研究会では,ブロッキングが効率的でないことや手法によっては憲法に謳われている通信の秘密を侵害する虞があることなどを理由にあげ,ホスティングサービス運営者やコンテンツデリバリネットワーク側へのコンテンツ削除要請,海賊版配信サイトへの広告配信の差止め要請などを含む,海賊版配信サイト運営にかかるシステム全体への法的措置の在り方へ議論が進むことを望むとする反対声明を掲げた.今後もこのような社会問題に対して冷静かつ果敢に声をあげることで,インターネットの健全な発展に寄与したいと考える.

(宮下健輔)

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