情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[IS]情報システムと社会環境研究会

 

1. 最近10年間の動向

情報システムは「情報処理システムと,これに関連する人的資源,技術的資源,財的資源などの組織上の資源とからなり,情報を提供し配布するもの(JIS X0001 情報処理用語–基本用語)」である.組織上の資源が加わることによって,情報システムは複雑で,個別的で,再現しにくい社会的現象となる.本研究会は,1984年に「情報システム」研究会として設立され,1998年に「情報システムと社会環境」研究会に名称変更し,この立場をより強化して研究を続けている.

1.1 主な研究分野

主な研究分野は,情報システムの構想と計画,情報システムの開発と運用,情報システムの利用,情報システムと社会(政策,制度含む),情報システムの理論と技術,情報システムの維持と管理,情報システムの教育であり,非常に幅広く,その多くが実践をともなうものである.

1.2 研究会登録数および発表件数

この10年間の活動を,研究会登録者数と研究発表会での発表数で見たのが表1である.

表1 研究会登録者数および発表数の変遷

1.3 論文誌の情報システム特集

情報システムを構築する際に行われている実践的工夫に関する研究成果や新しい情報システムの適用によって得られた知見を共有することが強く望まれている.本研究会では,2005年の第1回「情報システム論文」特集以来,毎年,情報システム論文の特集を企画し,良質な論文を採録してきた.2010年以降の投稿数と採録数を表2に示す.

表2 論文誌IS特集号の採録状況の変遷

不採録の理由で最も多いのは,情報システム論文の有効性に関する問題である.これは,個別一回性の強い情報システムの有効性について,信頼性のある主張をどのように展開するかという課題であり,これは論文の著者だけでなく,本研究会が解決すべき課題でもある.

2. 研究分科会の活動と成果

本研究会の特徴的な活動例として研究分科会の成果を紹介する.研究分科会は発起人が運営委員会にはかって認められれば,比較的自由に設立でき,メンバを募って活動し,成果の報告をもって活動を終える.

この10年間で設置された研究分科会は,IS論文ワークショップ分科会,レビュー論文分科会,ISディジタル辞典分科会,情報システムの有効性評価手法分科会,情報システムのデザイン論分科会である.このうち,後ろの3分科会について簡単に紹介する.なお,IS論文ワークショップ分科会は,情報システム論文を魅力的に書くためのワークショップを企画し開催する分科会,レビュー論文分科会は,情報システムの研究領域を定めて展望し,これまでの研究論文をサーベイして,研究マップをレビュー論文という形で整理することを目指している.

2.1 ISディジタル辞典分科会

情報システムの分野で使われる重要用語の意味を短文で解説している.解説文に出てくる用語は相互にリンクされ,芋づる式に解説をたどることで重要用語が体系的に理解できるように工夫した.2年間の執筆期間を経て,2012年に公開した.形式的にはDVDによる出版物としているが,Webでも公開している(https://ipsj-is.jp/isdic/).

執筆者が64名,採録項目数が333語あり,情報システムの基礎,情報システムの開発・保守・運用とその技法,業種別情報システム化動向の3章からなる(図1).

図1 ISディジタル辞典の目次

最初の出版から7年を経て,現在,第2版の出版に向けて改訂作業中である.情報システムの環境の変化に合わせて,133語を追加する予定である.

2.2 情報システムの有効性評価手法分科会

情報システムの有効性について,信頼性のある主張をどのように展開するかという課題に対応するため,情報システムの有効性評価手法に関する研究分科会を2012年に立ち上げた.

FIT2012では「情報学研究における質的アプローチの可能性を探る」と題してシンポジウムを開催するなどの活動を通して,有効性の評価は,情報システムを形成する組織の人的条件,技術的条件,さらには歴史的条件などによって異なり,比較しようとしても条件が統制しにくいことが明確になった.個別一回性の問題である.一方で,創発される効果も多面的にとらえる必要性が明らかになった(図2).

図2 情報システムの効果の多面性

研究成果として,情報システムの個別一回性の問題に対処するため,看護学,心理学,教育学などで用いられる質的研究アプローチを取り入れることを提言し,量的評価と質的評価についてのガイドラインを発行した.

2.3 情報システムのデザインガイド分科会

情報システムのデザインはいつ,どのように生まれるのだろう.2015年,本分科会はこんな素朴な疑問から設立された.同年,「情報システムのデザイン論シンポジウム」を開催し,製品,建築,社会システムの異なる領域のデザイナたちの実践を問うた.次いで,建築家の育成システムと目されるデザインコンペを参考に,2017年3月の全国大会にてイベント企画「情報システムのデザインコンペ」を開催した.テーマが絞り込まれたものであったために,飛んだ発想のデザインは見られなかった.今後はテーマを工夫してコンペを続けていき,良いデザインのための指針を発行したい.

3. 今後の展望

情報システム学は臨床の学であるといえる.つまり具体的なクライアントが存在し,そのケースへの処方と結果を記録する.ケース研究と理論化は表裏一体である.本研究会は,実務者と研究者がぶつかる場でありたい.機密事項にかかわる制約が多いことは分かるが,できるだけケースの発表が増えるような工夫をしたい.

また,行政システムにおける政策や制度に対する処方を提案するために,社会提言分科会の設立を準備中である.道は険しいが,政府からの諮問を受け止められる研究会でありたい.

(児玉公信)

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