ヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)研究会は,1981年に日本文入力方式研究会として発足した.その後,日本語文書処理研究会(1985~1986年),文書処理とヒューマンインタフェース研究会(1987~1988年),ヒューマンインタフェース研究会(1989~2006年)と改名し,中小路久美代先生が主査を担当された2007年に現在のHCI研究会に改名された.その後,この十数年は大きな方針変更は行われず,毎年5回の研究会と3月上旬頃にインタラクションというシンポジウムを開催している.表1に2010年度以降のHCI研究会の登録者数と研究会での発表件数,シンポジウムの発表件数の推移を示す.
年5回開催される研究会では,各回十数件から30件強の発表が集まり,座長が質問させてもらえないといわれるほど闊達な議論が行われる.中でも,年に1回程度行われる合宿形式での研究発表会では,全員参加型のナイトセッションを実施し,研究者同士のつながりの強化を推進している.通常の研究発表会だけでは交流の難しい若手とシニアの研究者が,このような取り組みを通して気軽に対話できるようになったり,SNSでつながるといった様子が見られる.
インタラクションは,1996年に本研究会の単独開催で始まったが,その後GN,UBI,EC,DCC研究会が加わり,現在は5研究会で共催している.発表件数は約200件,参加者は600~700名という大変賑やかなシンポジウムである.このシンポジウムの特徴は,登壇発表に対して厳正な査読が行われる点で,厳選された研究発表をシングルセッションで聞くことができる.優秀な発表論文には賞の授与とともに論文誌への推薦も行われる.もう1つの特徴は,インタラクティブ発表である.200件近い発表のほとんどが,実機の展示やシステムのデモンストレーションを行うため,近隣分野の多くの研究を実際に体感することができる.
同シンポジウムでは,2013年度より子育て中の研究者の発表や聴講を促進するために,託児サービスを行うとともに,女性研究者が一堂に介し,女性のキャリアデザインや家庭と研究との両立に関する意見交換を行う場も提供している.
そのほかの活動として,本研究会では,2015年度から,ヒューマンコンピュータインタラクション分野で最大かつ最難関の国際会議であるThe ACM CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI)のプログラム内Workshopとして設置された「Asian CHI Symposium」の開催をサポートしている.
このWorkshopは若手研究者や学生が企画・組織運営を行っており,若手がリモートで協力しながら組織作りを行い,さらにWorkshopを企画・運営する経験を通じて成長し,世界の関連コミュニティに参入するきっかけとして大いに役立っている.同Workshopは,CHI本体の運営組織でも好評を博している.
2010年以降の研究会で発表されたタイトルを年ごとで解析してみた.10年を通してつねに上位に位置していたキーワードは,支援ツール,コミュニケーション,可視化,入力手法,行動認識であった.一方,スマートフォンへの入力方法に関する研究や3Dプリンタを活用した研究,スポーツや教育のためのシステムなど,この10年の時流を感じる研究も多く発表された.
コンピュータを個人が所有できるようになった1970年代.マウス,キーボード,ウィンドウ,メニューなど,現在主流となっているユーザインタフェース(UI)のほとんどがこの時期に提案されているが,実はジェスチャ認識,音声認識,バーチャルリアリティなどの技術もこの同じ時期に提案されている.しかし,これらの技術が「使える」レベルに達するまでには大きなハードルがあると思われていた.このハードルを越えるハードやソフトが,40年後となるこの十数年の間に次々と発売され,個人でも購入,利用できるようになった.
2007年にiPod touch,iPhoneやiOS,Androidが発表されて以降,携帯端末に搭載された多様なセンサを活用したインタラクションの研究が加速した.2015年前後にApple Watchなどプログラマブルな時計型デバイスが各種発売され,小さなウェアラブル端末を駆使した研究発表が増加した.
2010年に発売された3次元距離計測装置Kinectは衝撃的だった.当時,実時間で3次元距離計測ができる装置は大変高額で,HCI分野で使っている研究者はほとんどいなかった.ところがMicrosoft社はこれを破格の値段で販売した.その後各社からハンドジェスチャ認識装置が発売されたが,いずれも数千円から数万円で,HCI分野の国内・外の会議でジェスチャ入力を使ったシステムのデモが急増した.
ソフトウェアという点では,ゲームエンジンUnityの登場で,VR/MR/ARシステムの開発が飛躍的に効率化された.Unityの初版は2005年であるが,我々の分野でもUnityを利用する研究者が爆発的に増加していると感じる.特に,2016年にOculusやHTC ViveなどのVR向けHead Mounted Display(HMD),MR/AR用HMDであるMicrosoftのHoloLensが立て続けに販売されると,VR/MR/ARを利用したシステムやVR/MR/AR用のUIの研究発表が増加した.
マルチコプター(ドローン)や3Dプリンタ,視線検出装置,脳波計測装置なども,この十数年で特殊な装置から脱却し,日常的に利用可能な装置という位置づけでHCI研究会でも研究発表が行われるようになっている.
さらに,2021年に開催延期された東京オリンピックや現在進行中の教育改革プログラムなどもHCI分野での研究に色濃く影響している.新たなスポーツの提案や人間の身体拡張,VR/MR/ARを利用した教育コンテンツの開発,認知症や発達障害を有するユーザやその家族のためのシステムなど,具体的な応用を想定した研究発表が増加してきている.
ハード,ソフトの技術革新,低価格化にともない,それらを活用する新しいインタラクションに関する研究は,今後ますます加速するだろう.また,システムの実装が容易になったことから,具体的なユーザを想定した応用研究も活発化すると思われる.
一方,HCI分野に関連する国際会議が,この数年立て続けに日本で開催され,さらに来たる2021年には前述したCHI2021が日本で開催される予定となっている.HCI分野のトップカンファレンスが日本で開催されることで,日本発のHCI研究が今後ますます世界に発信され,認知されることが期待される.
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