情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[DPS]マルチメディア通信と分散処理研究会

 

1. 最近10年間の動向

マルチメディアと分散処理(DPS)研究会は,1985年に設立され,2015年に30周年を迎えた研究会である.1993年にスタートした合宿形式の「マルチメディア通信と分散処理ワークショップ(DPSWS)」も2019年に第27回を開催するに至り,研究に関する情報交換,議論,研究者間の交流の場として活用されている.さらに年4回開催している研究会のうち,単独開催の1回も,2012年より合宿形式とし,密な議論の場となっている.合宿形式でない3回の研究会も,他研究会との合同研究会とし,さまざまな分野の研究者との交流の場を提供している.

2. 研究分野の変遷

DPS研究会はマルチメディア情報通信と,分散コンピューティングという,ある意味,現在のインターネットの基礎となる研究分野を対象とする.このため,それらを支える技術や,応用技術を含めると多岐にわたるテーマを取り扱っている.さらに,本研究会では,分野が十分に確立されていない新しいテーマに関する研究発表も広く受け入れ,コミュニティを育てることも,その目的に掲げている.これは,30年の歴史がある研究会であり,無線技術やハードウェア技術からアプリケーション,サービスまで幅広い専門家が参加しているため実現できている.よって,DPS研究会の研究分野の変遷というと情報通信分野の研究の変遷となってしまうが,ここでは特に「分散処理」という観点から,ここ10年を振り返ってみたい.

表1 登録者数と発表件数

2.1 MANETからD2D,V2Xへ

Mobile Ad-hoc Network(MANET)は1990年代から研究されていた分野である.通信インフラが構築できない場面においても,L2での端末間通信のみでネットワークを自己形成できるというメリットがある.日本でiPhone,Android端末が初めて発売されたのが,それぞれ2008年,2009年であり,容易にプログラミング可能なモバイル端末が広まったことから,応用も含めて多くの研究発表がなされている.特に近年多くの災害が発生し,通信インフラの断絶が社会問題となっており,その対応としても注目されている.

ただし,携帯各社が競うようにエリアを展開し,広帯域な通信インフラを広く構築していったため,通常時にMANETを必要とするユースケースが中々見つからなかったのも事実である.近年注目されているユースケースとしては,端末が直接通信を行うことによる,低遅延通信の実現がある.携帯電話網においても,D2D(Device-to-Device)通信として標準化されるなど,需要が高まっている.もう1つのユースケースは,V2X(Vehicle to Everything)に代表されるIoT向けの応用である.これには甚大な数の端末に対応できるスケーラビリティや,情報の地産地消といった効率性が求められている.どちらのユースケースにおいても,Ad-hocネットワークだけで閉じず,インターネットとの協調や補完といった方向に変遷している.

2.2 P2PからMEC,ICNへ

P2P(Peer-to-Peer Networking)は,分散情報共有技術として,さかんに研究されている分野である.L3でのエンド端末間を直接接続,ネットワークを構築し,スケーラビリティや耐障害性の点でメリットがある.一方で,「クラウドコンピューティング」の用語が最初に使用されたのが2006年,Dropboxのサービス開始は2007年,ライブ配信のlivestreamが2008年と,過去10年の流れとしては,分散型よりもクラウド型の情報共有が主流であった.しかしながら,近年では,クラウドの機能を向上させる目的で,フォグコンピューティングやMEC(Multi-access Edge Computing)といったユーザに「近い」場所での計算処理技術が注目され始めている.それらも,単純にクラウドのキャッシュ的な利用ではなく,フォグ間通信の活用など,クラウドに依存せずに処理を行うP2P技術の適用もなされている.また,ICN(Information-Centric Networking)も,ネットワーク内のキャッシュを利用して効率良く情報を流通させるという意味では,分散情報共有技術の1つであるといえる.P2Pおよびオーバレイネットワーク自体の研究も活発に行われているが,それらが想定しているエンド端末間通信の活用だけでなく,ネットワーク内のノード間通信など,P2P技術の適用範囲は広がってきている.

2.2 分散処理研究の変遷

通信分野におけるここ10年間の変化としては,SDN(Software Defined Networking)やNFV(Network Function Virtualization)といったネットワークのプログラマブル化/ソフトウェア化がある.本技術はオーケストレータによる集中管理のイメージが強いが,ネットワーク内に機能を配置でき,分散処理基盤としても活用できる.また,インターネットトラフィックの増加や,ビッグデータ処理,IoT/コネクティドカーによる接続端末の多様化/増加などによる,スケーラビティの課題に対応するためにMapReduceやKafkaのような並列処理技術も広く検討されている.

今までは集中処置による統計多重効果と分散処理による負荷分散のトレードオフという関係で語られることが多かった両技術であるが,近年では,どちらというわけではなく,双方のメリットを組み合わせた技術が求められている.

3. 今後の展望

2030年に向けて,5Gの普及・高度化,さらに,Post 5Gの議論も始まりつつある.5Gが要件として揚げている高速大容量(eMBB,enhanced Mobile Broadband),超高信頼低遅延(URLLC,Ultra-Reliable and Low Latency Communications),超大量端末(mMTC,massive Machine Type Communication)を実現したネットワークが普及したとき,新しいサービスや利用シーンが生まれてくると考えられる.特にURLLCに関しては無線区間の低遅延を有効に活用するためには,エッジやフォグなど「近く」での計算機処理がより重要になる.また,計算機処理に関しても新しいフレームワークが求められており,ポストムーア(Post-Moore)も今後10年のキーワードの1つになるであろう.1台のCPUによる計算処理が限界に近づいており,並列処理や分散処理,または量子コンピュータといった新しいアーキテクチャの重要度が増している.さらに,新しい領域として宇宙開発が進むことが考えられる.現在VLEO(Very Low Earth Orbit)衛星を用いたサービスがいくつか計画されており,宇宙通信や,宇宙で収集されたデータの利活用など,新しい研究分野が立ち上がってくると考えている.

DPS研究会では,新しいテーマに関する研究発表も広く受け入れることを研究会の目的の1つとしており,次々とでてくる新しい研究テーマに関する議論をより一層促進し,コミュニティを育てることを助力したい.具体的には,まだ結果がでていないような「Work-in-progress」的な研究の発表や議論,さまざまな分野/レイヤの研究者の交流を促進していきたい.事実,最近では「マルチメディア通信」とも「分散処理」ともあまり関係なさそうな発表もDPS研究会でなされているが,それも「DPS研究会らしさ」として残していくことを今後の展望とする.

(田上敦士)

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