情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[ASD]高齢社会デザイン研究会

 

1. 最近5年間の動向

2014年に日本は世界に先駆けて4人に1人が「お年寄り」の国になった.本研究会は情報学の観点から人類未踏の高齢社会をデザインする研究に取り組むことを目的に2015年度4月に発足した.研究会を新たに設置するときはワーキンググループなどを経て行うのが通例である.しかし,本研究の緊急性に鑑み,当時の喜連川会長他の後押しもあり,直接,研究会から開始することになった.

本研究会では日本が高齢化で世界を先導する「実験国家」であるととらえ,高齢社会の諸問題を明確化し,情報の研究者を始めとした異分野の研究者や行政関係者などの交流を促進することによって,高齢社会の問題解決を目指した.さらに,高齢化社会の進むべき方向性を見い出すことによって,高齢化社会の新たな意味付け(デザイン)を志向した.これまでは,医学,看護学,介護学,薬学,心理学,社会学,経営学,建築学,交通工学,電子工学,ロボット,福祉工学などが,高齢者支援や高齢社会構築の研究にかかわってきた.しかし,「専門」という壁によって分野間の交流が不足し,高齢社会が直面する問題に対して,有機的に連携して取り組むことが困難であった.本研究会は多くの学問分野,産業分野や地方自治体等とかかわり,情報処理や情報学以外の分野の研究者や実務家にも有益な内容となるように,また,本学会の新たな分野への進出に貢献するべく活動してきた.

2. 研究分野の変遷

2.1 研究分野

本研究会は,次の多様な分野を対象にする.

①高齢社会の自助・共助の促進,CSCW,クラウドソーシング ②エビデンスに基づく認知症ケア技法の評価,ビッグデータ,行動観察 ③パーソナル情報の表現・管理・利活用,個人情報保護 ④福祉介護機器システム,ウェアラブル機器,生活アシストロボット ⑤認知症高齢者の行動センシング,徘徊モニタリング,意図感情理解,ライフログ ⑥多様な高齢者のための住空間デザイン,見守り,安全運転支援,地域交通システム ⑦地域包括ケアシステム,医療介護スタッフの多職種連携促進システム ⑧看護・介護技術の暗黙知の形式知化,看護・介護・リハビリテーション教育とナレッジマネジメント ⑨認知症高齢者との対話,マルチモーダルコミュニケーション ⑩臨床倫理,プライバシ,ソフトローに基づく社会改革.

2018年に,次の分野をより明確化し追加した.

⑪健康長寿社会実現のための施策提案およびその実証実験 ⑫高齢者の摂食嚥下機能のケアとリハビリ,高齢者の運動支援.

2.2 研究発表会とシンポジウム

本研究会の登録数と発表数を表に示す.また,図1には研究分野に対応した年度ごとの発表件数を掲載した.初期のころは,①,②など介護の現場に入り込んで,その状態を情報化するための手法やシステムの提案が多かった.現在は,⑤,⑧など蓄積したデータをどう解釈するか,またどのように構造化して有用なデータにするかといった,利用法の提案につながった.さらに,施設担当者が共著に入った共同研究テーマなど,現場接点が強化された研究も増加し,また,収集データを活用し,より深く具体的な現場課題の解決の提案が出つつある.

表1 登録者数と発表件数
図1 研究分野ごとの発表件数の推移

一方,特別講演の企画は本研究会の意思が最もよく表れているといえるため,次に述べる.

  • 第1回研究発表会(2015年5月)辻哲夫氏の「医療介護の連携とICTについて」では今後の医療介護政策の方向として地域包括ケアと地域医療・在宅医療の連携を提起.
  • 第2回(2015年7月)上野秀樹氏の「認知症支援における医療,介護,情報技術の役割」では認知症の理解が深まった.
  • 第5回(2016年8月)橋田浩一氏の「IoT時代におけるパーソナルデータの管理とヘルスケアでの活用」ではデータを個人に帰することを提唱.
  • 第7回(2017年2月)長谷川敏彦氏の「50年で全く違う国になる日本…その社会のデザイン」では明治から1970年代まで50歳以上が20%弱であったが,徐々に増え,2050年過ぎには50歳以上が60%程度で安定し,日本はまったく違う国になるとの衝撃的な話だった.しかし,日本ならこの変化を克服できるはずであり,世界の実験国家としての役割が期待されるとのこと.
  • 第1回高齢社会デザインシンポジウム(2016年7月)福永哲夫氏の「使って貯めよう筋肉貯筋―使えば無くなるお金の貯金―」では筋肉貯筋がなければ,骨折や大病で入院すればたちまち寝たきりなってしまうとのこと.また,イブ・ジネスト氏の「優しさを伝えるケア技術:ユマニチュード」では,認知症の方は認知能力が落ちているため,「目を見る」,「絶えず話しかける」,「優しく触る」ことによって症状が改善することや,ベッド・車いすからの立ち上がらせることを強調.
  • 第8回(2016年6月)山田和範氏の「ケアロボットの可能性」では歩行訓練ロボなど紹介.
  • 第9回(2017年8月)竹林洋一氏の「未踏高齢社会を拓く『みんなの認知症情報学』の発展に向けて」では本研究会の学術的な認知症情報学から当事者を含めた活動への発展が紹介された.
  • 第10回(2017年11月)石山洸氏は介護×AIをテーマにAIの活用を紹介した.また,歴史人口学者の鬼頭宏氏によれば,少子化の原因は戦後に技術や社会システムなど多くを海外から取り込んだものの,まだ十分に日本的にアレンジされておらず,家族制度の変化などはその最たるもので,不安定な空気が少子化を加速させているとのこと.
  • 第12回(2018年6月)レビー小体型認知症から復活した樋口直美氏の「認知症当事者が持つ認知機能障害とITの親和性」により,当事者をより理解できた.講演の様子はYouTubeでも公開.
  • 第13回(2018年8月)中澤篤志氏の「優しい介護インタラクションの計算的・脳科学的解明」ではCRESTの研究であるユマニチュードの「見る」,「触れる」などの科学的な解明について紹介.
  • 第14回(2018年12月)島圭介氏の「高齢者の転倒事故予防のための立位機能支援・評価技術」では仮想で触るだけでも姿勢は安定するとのこと.

3. 今後の展望

「令和」の考案に係る中西進氏は,日本の歴史700年周期説を唱えられている.5世紀に始まる「情(感性)の文化」,平家滅亡に始まる「知(技術)の文化」に続く,明治維新に始まる「意(道徳)の文化」が現在である.令和時代は理性によって善悪を判断し,善を実践するという意思が求められるとのことである.超高齢化社会の克服には技術開発だけではなく,道徳的で調和のとれた日本社会をデザインし実践する意思が求められる.すなわち,高齢化への対応は文化の影響を受けるため,日本の文化に根差した人口対策,AI・ロボット技術の活用,高齢化に立ち向かう介護技術や健康維持技術への注力が本研究会に求められる.

(松浦 博)

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