情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[CDS]コンシューマ・デバイス&システム研究会

 

1. 最近10年間の動向

1.1 設立時の趣旨

CDS研究会は,1年の研究グループ活動を経て,2011年に設立された.情報家電や自動運転などの新たな生活インフラとなる「コンシューマ・サービス」,センサやカメラなど魅力のある「コンシューマ・デバイス」,「コンシューマ・システム」を構築する信頼性の高いネットワーク,連携/管理/セキュリティ技術を研究領域に設定している.大学や企業での基礎研究だけでなく,変化や進展の激しい市場にも目を向け,開発や市場展開に必要なデファクトや国際/国内/業界標準規格の策定,普及活動も重要な技術ととらえ,産学の幅広い技術者が議論できる場の提供を目指した.この狙いから特に産業界からの新たな学会参加も期待し,幅広い専門分野を担う産学24人の発起人が研究会の研究領域や運営方法を検討し活動を開始した.現在も設立時の狙いは引き継がれており,8年間で会員数は200人規模に発展している.

1.2 トランザクション論文誌との連携

研究会最大の特徴は,研究発表会と強く連携したトランザクション論文誌の編集である.研究成果を積極的かつ迅速に論文として公開することにより,実用的な技術を提供して社会に貢献することを目指している.論文誌への投稿は,事前に研究発表会にて報告,議論を受けた後に研究会推薦を得ることを条件としており,さまざまな意見やコメントを直接反映した品質の高い論文提供を実現している.ここでは要素技術に関する研究論文に加え,コンシューマ・デバイス論文,コンシューマ・システム論文,コンシューマ・サービス論文からなる4種類の論文を用意している.これにより,システム,デバイス,サービスの要素研究だけでなく,開発や市場にかかわる主に企業の成果も積極的に論文として取り込んでいる.すでに150件を超える論文を公開しており,企業のみが知る国際標準化の難しさや高い信頼性が必要な大規模システム開発の工夫など,一般の研究活動では触れられることが少ない貴重な情報も報告されている.

1.3 学生スマートフォンアプリコンテスト

2013年から,MBL研究会との協賛,情報環境プロジェクト支援を受け,学生スマートフォンアプリコンテストを開催している.参加対象は,小学生から大学院生までの幅広い層の児童・生徒・学生とし,参加を通じて情報処理に関する知識やスキル向上を支援する.同時に学生と学会との接点を作ることで情報処理研究を活性化させることを目的としている.コンテストは,応募時およびコンテスト本番当日に行う2段階の審査にて評価しており,1次審査は,企画資料を基に研究会幹事団が参加可否を判断し,2次審査は研究報告会に参加する産学研究者も加わり,提案アプリのプレゼンテーションとデモから受賞作品を選定する.年々,自由で独創的な作品,プロ並みに完成度の高い作品までさまざまな発表があり,学生だけでなく一般の研究者も強い刺激を受ける機会となっている.開催規模は年々拡大しており,ここ数年はつねに40~50件もの応募がある.特筆すべきは,当初,想定していた大学生だけでなく,学会との接点が少ない高等専門学校生や専門学校生からも数多く応募があることである.多くの学生が,本コンテストを通じて情報処理研究に理解と興味を示しており,学会としてもジュニア会員獲得に大きく貢献している.一部の学生は,さらに研究を進めて研究発表会での報告も行っており,本イベントが本会と若手研究者の新しいつながりを作る場の1つとして機能している.学生だけでなく,聴講する産学の研究者や企業リクルート担当者からも本イベントが開拓したつながりには高い期待がある.

表1 登録者数と発表件数

2. 研究分野の変遷

設立当時は,3G/HSPA(High Speed Packet Access)/LTE/4Gなどの高速広域通信技術の発展,無線LANやBluetooth,ZigBeeをはじめとする無線ホームネットワークの浸透,高速電力線通信PLC(Power Line Communication)の商用化,多様なセンサを省電力制御するセンサネットワークの登場,NGN(Next Generation Network)を利用したIPTVサービスの展開,ガラパゴス携帯からスマートフォンへのシフト,タブレット端末の普及,ウェアラブルデバイス,飛行ロボットやパーソナルロボットの実用化など,さまざまな分野において複合的な要因がコンシューマエレクトロニクスの進化を加速させ,ホームネットワークのパラダイムシフトとコンシューマ向けサービスの新潮流が大きく動き出した時代であった.研究会では,デバイス,システムに関する研究分野を中心に,デジタルサイネージ,インタラクティブTV,相互情報提示技術,ホームヘルスケア,東日本大震災後のエネルギー管理(グリーンホーム,スマートグリッド関連技術を含む)に関する基礎から応用までのさまざまな研究発表が活発に行われた.2014年頃からは,LTE/4Gから5Gに向けた通信技術の発展,汎用的なマイコンボードの低価格化,ソーシャルメディアや3D・VR技術の発展,IoT(Internet of Things)M2M(Machine to Machine),Industry 4.0,ビッグデータ,クラウド・エッジコンピューティング,CPS(Cyber Physical System)に加えて,スマートシティやスマートホーム環境における家電制御,ECHONET Liteシステム,モバイル環境を含むインターネットとホームネットワーク,センサネットワークとの連携に対する研究発表が活発に議論されるようになった.特に,対象となる機器は,従来の情報家電からスマートフォン,薄型TV,電子錠,防犯カメラ,ヘルスケア機器,ウェアラブル機器,ロボット,自動車などに拡大し,デバイス,システムに加えて,新たなサービス創出やシステムを支える基盤技術に関する研究発表も多く行われるようになった.近年では,コンピュータビジョンの実用化,クラウドと仮想化技術,人工知能(AI)技術や音声認識技術,ブロックチェーン技術をはじめとする研究分野の発表に加えて,認証技術,対話型ロボット,地域・人流データを活用した利用者支援システムなどの多岐にわたる実践的な取り組みも活発に議論されている.

3. 今後の展望

これまで,要素研究に加え,コンシューマにかかわるサービス,デバイス,システムという新たな視点を設定し,産学による実用性の高い研究成果の発信を狙ってきた.8年間の研究会活動では,多くの企業研究者の参加も得て,市場展開を反映した技術開発や実用性に関して評価する方法の工夫など,現実の知識や経験を発信し,同時に若手研究者を開拓する成果をあげている.一方でCDS研究に関連する研究領域は広く,変化が激しく,また,新技術も矢継ぎ早に登場している.今後は,設立時に定義したサービス,デバイス,システム研究の妥当性も見直しつつ,学術的な議論として信頼性の高い情報発信を目指す必要がある.具体的には,アイデアの工夫や市場実績の説明方法,実用性や市場実績に関する評価方法など,CDS研究成果をできるだけ厳密に取り扱う方法を検討する.引き続きコンシューマに有益な研究について,トランザクション論文編集とも連携しながら,産学の立場や世代を超えた研究者が自由闊達に情報交換や議論を行い,質の高い研究成果を迅速に発信する場の提供を目指して積極的に取り組みたい.

(森信一郎,神山 剛,高橋秀幸,寺島美昭)

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