情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[MPS]数理モデル化と問題解決研究会

 

1. 最近10年間の動向

数理モデル化と問題解決(Mathematical Modeling and Problem Solving:MPS)研究会は,1995年から始まった研究会で,問題を数理的に記述し,計算機などを用いて問題解決を図っていく研究者たちの交流の場として機能している.本章ではMPS研究会の最近10年間の動向について紹介する.

表1に過去10年間の登録人数と発表件数と連動投稿論文誌「数理モデル化と応用」(Transaction on Mathematical Modeling and its Applications:TOM)の掲載数を示す.現在の登録人数はおおよそ300名程度であるが,この10年間で減少傾向にあり,今後の会員登録数をいかに増やしていくかは大きな課題としてとらえる必要がある.一方,発表件数は,おおよそ120件程度を維持している.ただし,この件数は共催の件数をカウントしているため実際は年間100件程度の発表件数である.MPS研究会は年5回の開催をしており,単純な平均発表件数から考えると1回の研究会につき20件程度の発表があることから,研究会の需要自体は高いことがうかがえる.MPS研究会独自の取り組みとしては,研究会発表と同時に論文投稿を行えるTOM論文誌を発行している点があげられる.TOM論文誌は,研究会発表とリンクしており,研究会開催日当日の編集委員会で採否を協議し,当日に結果を著者に返すといったシステムを持つ.年間の掲載数は,この10年間で20~50件程度を推移しており安定した発行が行えている.TOM誌発行開始当初の1999年からすでに20年経過しているが,この10年間でかなり安定したシステムとして定着してきている.

表1 MPS研究会の登録数と発表件数の推移

研究会同士の交流も活発に行っている.毎年夏に開催される国際会議Parallel Distributed Processing Techniques and its Applications(PDPTA)とは10年以上の連携関係を持っている.また生命科学系研究の受け皿であるSIGBIO研究会とも共催関係を1年に1回持っていたが,これを2015年度から拡大し,電子情報通信学会の情報論的学習理論と機械学習(IBISML)研究会と,ニューロコンピューティング(NC)研究会とも共催関係を築いており,6月期の沖縄科学技術大学院大学において,合同研究会を執り行っている.

2015年の秋には,節目となる第100回の記念研究会を開催し,数理モデルを取り扱う研究会として安定的な発表を行える場として認知されてきているというのが,ここ10年間の動向であると著者は認識している.

2. 研究分野の変遷

MPS研究会は,数理モデルの研究会として設立された経緯から,問題解決部分の数理的な記述と解法とを主軸においた研究発表と,実際の現場から報告されてくるデータをもとに解析を執り行うデータサイエンス的な研究発表とが入り混じって報告されてきている.ここ10年間では計測技術の進歩やビッグデータといったキーワードが勃興してきたようにデータを元に数理モデルを構築した例が増えたように感じられる.古典的なスケジューリング問題である時間割作成などの定式化においても,現場での現実的な制約条件を埋め込んだモデリング(雇用における時短や教員の嗜好や負荷などを入れ込んだモデル)なども提案されてきており,現実的,実践的な題材をモデルとした報告が多くなってきている.題材に関してもヘルスケアや医療といったデータ,経営工学や金融工学といった社会科学系のデータに対する解析技術などを題材とした研究が多くなってきている.

問題を解くための技術的なアプローチに関して,数理的な方程式の求解手法や,グラフ理論などの離散系特有の数理を用いた情報論的なアプローチといった手法も多く研究発表されてきている.その一方で,新しい技術潮流として,進化計算,機械学習などといったモダンなアプローチがなされた報告も増えてきている.進化計算と呼ばれる計算手法は,最適化手法の一種で,生物の進化からヒントを得た計算手法である.進化計算は,多数の個体群による解探索を行うことで,古典的な探索手法以上の性能を発揮する.この10年間の研究会の動向では,進化計算手法自体も洗練されてきており,多数の目的関数をなるべく満足させるような多目的化された進化計算手法の研究成果などが発表され,上記の様々なデータに関する解析タスクに対して適用がなされてきている.この進化計算の考え方の基本は,多数の個体群による計算であり,個体1つ1つを計算媒体(エージェント)として考えるマルチエージェントの考え方は並列計算の考え方としてつながってきている.一方,機械学習は,数理統計学,ニューラルネットワークといった学問を含んでおり,広い意味で問題解決のためのツールとして用いられている.2000年台後半のベイズ統計学による実データの取り扱い方法の洗練化によりベイジアンネットワークなどの研究成果が報告されている.ベイズ統計自体は古い学問であるが,情報量が少ないようなデータ解析において力を発揮するため,データサイエンス勃興とともに,用いられることが多い.さらに近年のAIブームの影響からか,一時はかなり衰退していたニューラルネット関連の研究が,深層学習(ディープラーニング)というキーワードをもとに復活を遂げつつある.

3. 今後の展望

ここまで述べてきたとおり,MPS研究会は,取り扱う題材が数理化できるものは貪欲に取り込んできており,今後10年間でどのように取り扱うテーマが変化し,主流になっていくのかを予測するのは困難である.それでもデータを主軸に添えた考え方であるデータサイエンスの流れが加速したのは,そこにデータ解析をしたいといった需要が存在し,経験科学から脱却し,データ的な裏付けを数理的に行うといった考え方が必要になったためである.このような流れは今後加速していくと考えられ,データ解析が重視されるような学問分野の研究が数多く発表されると予測している.またツールである,最適化などの手法や近似アプローチも,現実的な時間制約のなかで解くことが必要になるため,今後も進歩していくと思われる.MPS研究会で取り扱うこのようなツールは,情報系だけに通用する特殊なツールではないため,適用対象は,工学を含む応用科学のテーマだけにとどまらず,観測を主体とする自然科学や,社会科学にも広く浸透していくことが予想される.MPS研究会が今後も継続して発展していくためには,広く研究テーマを知る必要があり,多くの研究者たちと交流することが望ましい.その一方で書く学問体系の裏にある考え方を,互いが理解し,数理化していくには一層の努力が必要でもあり,多くの研究者を巻き込んだ形で発展していくのではないかと予想している.

(庄野 逸)

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