情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[EMB]組込みシステム研究会

 

1. 最近10年間の動向

クラウドコンピューティング,スマートフォンなどが我が国でも急速に普及し始めた2010年,組込み分野では「IoT(Internet Of Things)」が注目を集め始めた.1999年のケビン・アシュトン(Kevin Ashton)氏の講演タイトルで登場した「Internet Of Things」.ケビン・アシュトン氏自身がその講演について「コンピュータに蓄積されたデータがさまざまな分野で活用され大きな価値を生み出し始めている.しかし,その大部分は人手を介して入力されたものだ.もし,世の中の物事のデータが,人手を介すことなく自動的にコンピュータに蓄積できるようになれば,それにより蓄積される膨大なデータは,インターネットが世の中を変えたように,物事(Things)を変えるに違いない.」とその趣旨を寄稿している.

アシュトン氏が見通したとおりに変革が進んでいる.リアルタイム制御などを中心に発展してきた我が国の組込み分野も,IoTを中心として新たな変化/進化が始まった.物事のデータを捉えるためのセンシング技術,収集したデータを送るためのLPWA(Low Power,Wide Area)などの無線通信・ネットワーク技術,蓄積されたデータを活用するためのAI技術などさまざまな技術が発展した.今では,「組込み/IoT」と1組にした言葉も広く使われるようになり,IoTを包含して新たな組込みの形ができ始めている.

2. 研究分野の変遷

(独)情報処理推進機構(IPA)が公開している組込みに関するアンケート調査は,2003年から経済産業省ならびにIPAが実施している組込み分野にフォーカスした調査である.中断時期もあるが,15年間の組込み分野の状況を見て取れる(参考:https://www.ipa.go.jp/ikc/reports/20190327.html).

2.1 10年弱でIoTに取り組む企業は7割近くまで拡大

2010年度の調査にはIoTの言葉は登場しない.その後,IoTがバズワードの1つとなり,7~8年で急速に進展した.最新の2019年度の調査ではIoT事業に取り組む企業の割合は7割弱にまで拡大.全体の3分の2以上の企業が取り組む状況になった.IoTの応用分野では「工場/プラント」分野が取り組む企業が4割強でトップ.「住宅/生活」,「移動/交通」,「健康/介護/スポーツ」,「流通/物流」分野はそれぞれ2割,「防犯/防災」,「オフィス/店舗」,「病院/医療」,「農林水産」分野もそれぞれ1割を超える.IoTを活用する分野は幅広く,従来の組込み事業の領域を超えて,IoTがさまざまな領域に急速に浸透し始めている.IoTが組込み事業を牽引する状況となっている.

2.2 IoTより急速に進展したAI技術,活用する企業は6割強に

IoT以上に急速に進展したのが,AI技術の活用である.IoTと同じく2010年度の調査にはAIの言葉はない.最新の調査ではAI技術の活用に取り組む企業の割合は6割強.IoTよりも短い期間で,全体の約3分の2の企業が取り組む状況となっている.AIに取り組む企業の約8割はIoTにも取り組んでおり,組込み分野全体の約5割の企業がIoTとAIの両方に取り組む状況になっている.小型の組込みシステムも搭載できる軽量なAI技術,学習済みのAIを組み込むFPGA化技術などが登場してきたことが,組込み分野でAI技術の活用が進んだ要因である.

AI技術を活用する応用分野でも,「工場/プラント」分野がトップでAI技術の活用する組込み企業の5割以上が取り組む.2位の「移動/交通」をはじめ,IoTが活用されるすべての応用分野でAIの活用が進んでいる.

AI技術を活用する目的は,「高性能化・高機能化」をあげる企業が8割弱でトップとなっている.AI技術を活用する際の課題では「AI関連人材の不足」がトップだが,2位は「AIを搭載した製品・サービスの品質保証が難しい」で,5割弱の企業が課題としてあげる.品質に拘る組込み分野らしい結果となっている.「高性能化・高機能化」に有効なAI技術だが,人材の確保,品質保証も含め効率的な開発方法の確立が重要となっている.

2.3 変わらぬ課題「品質の向上」,変わらぬ解決策「技術者のスキル向上」

技術が急速に進化する中,2003年から結果が変わらない調査項目がある.「組込み開発における課題」である.「品質の向上」が2003年の調査開始から連続1位となっている.品質の向上が進んでいないからではない.開発対象の大規模化/複雑化が急速に進み,また,システム要件も多様化する中,「品質の向上」が継続的な課題となっているからである.

「品質の向上」の課題の解決策の1位は「技術者のスキル向上」である.これも,2003年の調査開始から連続1位である.同じく,技術者のスキルが向上していないからではない.「技術者のスキル向上」が,さまざまな課題解決に有効だからである.

2.4 湯河原宣言2018

このような背景のもと,我々,情報処理学会組込みシステム研究会(SIGEMB)の有志メンバで議論を行い,研究開発に早急に取り組むべき目標を湯河原宣言2018として発表した.

  1. 先端デジタル技術を活用して設計生産性を10倍に
  2. 利用時情報のフィードバックによるプロダクトのアップデートで価値を2倍に
  3. サービスの変化に応えられるIoTプラットフォームによりビジネスを変革
  4. 社会実装と新規ビジネスの創出
  5. 国際標準化

(参考:http://www.sigemb.jp/wordpress/archives/394

3. 今後の展望

この10年,IoTとAIで大きく変化した組込み分野だが,次の10年も大きく変化しそうだ.最新の調査に「現在と将来(5年程先を想定)」を問う設問がある.重要な技術では,「センサー技術」,「IoTシステム構築技術」,「無線通信・ネットワーク技術」,「画像・音声認識/合成技術」,「システムズ・エンジニアリング技術」は現在も将来も上位を占める.一方,現在は上位の「設計・実装技術」,「デバイス技術」は順位を下げ,「AI技術」,「セーフティ・セキュリティ技術」が順位を上げる.組込み分野の中核技術についてはその重要性には大きな変化はないものの,AI技術の活用で「論理を作り込む開発」中心から「学習させる開発」中心に開発スタイルは大きく変わりそうだ.

ハードウェア・プラットフォームも変化する.組込み分野では,「専用ハードウェア」が最も多く約7割を占める状況は現在も将来も変わらないが,2位以下は大きく変化する.現在は「民生用PC」と「産業用PC」が2位と3位で約5割を占めるが,将来は「クラウド」が約7割で2位に浮上する.「民生用PC」と「産業用PC」は,4割以下に減少し,「スマートフォン」が5割を超えて3位に浮上する.5Gの登場で無線通信・ネットワーク環境も大きく変わり,「専用ハードウェア」+「クラウド」+「スマートフォン」が,組込みシステムの将来の姿となっている.

「組込み/IoT」の分野を牽引してきた我が国が,今後もこの分野で世界を牽引し続けることを期待したい.

(田丸喜一郎)

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